| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

Shangri-La...

作者:ドラケン
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第一部 学園都市篇
第4章 “妹達”
  八月一日・夜:『“ダァク・ブラザァフッヅ”』



 何故こうなったのか、と頭を抱える。席について駄弁っている闖入者達にバレないようにカウンターに引っ込んで、しゃがみこんで。
 バレている訳ではない、と信じたい。もしもそうであれば、暗部の情報網であっという間に個人情報を丸裸にされて『風紀委員(ジャッジメント)所属』……引いては『警備員(アンチスキル)所属』と知れてしまうだろう。そうなってしまえば、麦野沈利の事だ。即座に『物理的にクビ(メルトダウナー)』モノ。


「うわっ、見てよ絹旗。さっきの女のテーブルの料理……こんなもの誰が食う訳よ」
「超えげつないラインナップですね、あの根菜とか引き抜かれた時に超悲鳴を上げそうな形してます」
「美味しいのかしらねぇ? フレンダぁ、アレ、摘まんでみな?」
「ちょっ! 勘弁してよ、麦野! あれ、ゲームとかで見た事ある訳よ! 食べたら即死する奴なのよ!」
「大丈夫だよ、ふれんだ。わたし、胃薬持ってる」
「……滝壺、それ結局食えって言ってる訳?」


 その様を想像して青くなりながらそっと除き見れば、四人は海神の姫君が残していった下手物料理の方に気を取られているらしい。
 そもそも、考えるべき事は他にもある。彼女らが、此処に来れた理由であるとか。


──まさか、実はあの中に魔術師が居る訳じゃねぇよな……だとすれば、まさかとは思うが滝壺ちゃんの『能力追跡(AIMストーカー)』か?
 (いや)、それはない筈だ。それならもうバレてる事になるし、そもそも根性莫迦(ナンバーセブン)に負けた事により、どんな作用でかは不明だが『自分だけの現実(パーソナル・リアリティ)』を()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である、俺の『確率使い(エンカウンター)』を追跡はできない。


 では、何故か。そこで行き詰まる。魔術の気配はしないが、隠遁に優れた術者ならば尻尾を見せなくてもおかしくはない。
 何か、気に懸かるモノはある。『他人の精神に働き掛ける魔術や能力』、嚆矢が知り得る中で、この店の隠蔽を剥がせる程のモノは、たった二つ。


──超能力者(Level5)・第五位の能力と、もう一つ。“()()()()()()()()()()()()”────


 詳しい事は良く覚えていない精神操作系能力の最高峰と、()()()()()()()()()
 何にせよ、気は抜けないと言う事だけは確かだ。どちらだとしても、どんな意図があるのか知れたものではない。


《ふむ、何者かが手引きした、と。しかし、なんの為にじゃ?》
(そこだな、問題は……真意が掴めない。だから、尚の事厄介だ)


 考えれば考える程、分からなくなる。だが、時間はそうはない。既に二分が過ぎた、早くお冷やとおしぼりを出して注文(オーダー)を取らねばなるまい。
 そんな些細な事で沈利の逆鱗に触れては敵わない。覚悟を決めて、更に強く『話術(アンサズ)』と『博奕(ペオース)』のルーンを励起して。


「お待たせ致しました、お水とお手拭き、メニューでございます」


 テーブルに水とおしぼりを四つ、メニューを真ん中に。最初にメニューを取ったのは矢張(やはり)頭目(かしら)であり一番上座、左奥の窓際に座っている沈利。


「どうも。今日のお勧めとかあるかしら?」
「今晩は(サーモン)の良いモノが入っておりますので、ムニエルがお勧めでございます。ソースはバジル、付け合わせにアスパラとパプリカとなっております」
「良いわね、それを頂こうかしら」
「畏まりました、合わせてワイン等は如何でしょうか」
「そうね、赤を」
「承りました」


 慣れた様子でチップを渡してきた沈利は、メニューを隣のフレンダに渡す。どうやら、こういった経験は豊富なようだ。まぁ、超能力者で暗部所属など並大抵な財力ではないだろうし、不思議ではない。
 因みに本来、純喫茶では酒は出さない。だがこの店は夜間のみ、酒類を提供している……らしい。客が入っているところなど見た事がないので、今一ピンと来ないが。


「え~と……じゃあ麦野と同じもので」
(サーモン)でございますね。ですが、恐れ入りますが……ワインの方は、二十歳になってからでございます」
「ちょっ、子供扱いすんなってのよ!」
「未成年者にアルコールを出してしまっては、店長に叱られてしまいますので……」
「むむ……分かったわよ、コーヒーで。はぁ……結局アンタ、堅物な訳よ」


 多少気分を害したらしく、膨れっ面になったがなんとか納得はしてくれたらしい。恨みがましい目で見られてしまうが。
 メニューは、対偶の位置の離后に渡された。彼女はそれを受け取り、暫くペラペラと捲って。


「ん……じゃあ、カルボナーラ」
「承りました。お飲物は如何しましょう?」
「水でいい」
「承知致しました」


 そして、必要最低限の会話で注文が終わる。メニューは最後の一人、右の通路側の最愛へ渡された。
 一番小柄な彼女は、それを数度だけ捲って。


「じゃあ、この油焼きそばで。鰹節と青海苔は超多目でお願いします」
「承り……えっと、油焼きそばですか?」
「……何か、超文句でも?」


 それに、思わず聞き返してしまった。然もありなん、某グランプリに出てもおかしくないレベルのB級メニューだ。今までの三人とは全くもってベクトルが違う注文に、つい。
 そのせいで、最愛から見上げるように睨み付けられた。そもそも、この少女は目付きが悪いのだが。


「い、いえ……失礼致しました。お飲物は」
「コーラで」
「畏まりました、暫しお待ちを」


 注文を取り終え、厨房に引っ込む。其所では、師父が既に調理を始めている。この魔術師の店内(すみか)での話であれば、それがどんなに小さな言葉であれ彼の耳に入らない事はない。
 なので、注文表だけを置いてドリンクの方を持って行く事にして。


《どうじゃ、何か気付いたか?》
(まぁな……微かにだけど、魔力の残り香があった)
《つまり?》
(能力開発を受けてる人間は魔術は使えねェ……(いや)、使えるには使えるが、反動でどうなるか分かったもんじゃねェ。“魔導書(グリモワール)”を媒介にしたか、或いは他の魔術師からの干渉か……やっぱり、今一判断が出来ねェ)


 無論、例外はある。何しろ己自身がそうなのだから。能力者が魔術を行使した際の……正確には『生命力を魔力に精製した際の反動』は、規模で違いはあれども完全にランダム。故に、『最も軽い確率』を掴み取る事で。
 昔、蛙みたいな顔をした医者に『僕の研究成果でも使ってるのかな?』と聞かれたくらいに異常なレベルの、生来の『回復力』で騙し騙し使えている。最近はそれに“万能細胞(ショゴス)”も加わって、回復だけなら万全の体制だ。


《後者、であろう。“魔導書(ぐりもわーる)”のようなモノがあれば、(わらわ)が気付くからのう》
(…………)
《…………なんじゃ、その眼は? 胡散臭さの塊を見ておるようではないか》
(まぁ、兎に角気ィ抜くな。ショゴス、自律防御(オートディフェンス)は任せた。帰ったら煙草やるから)
『てけり・り。てけり・り』


 少なくとも背後に沸き立つ燃え盛る三つの瞳で嘲笑う(かげ)の魔王よりは付き合いが長い、足下に湧き立つ無数の血涙を流す瞳で見上げてくる(カゲ)の怪物の協力を取り付けて。


「お待たせ致しました」


 先にドリンクを並べて、帰り際に先の客が残していった下手物料理の数々を下げる。


「そう言えば、ジャーヴィスの奴。アンタらどう思う?」


 そこで、赤ワインを一口含んだ沈利がそんな事を口にした。思わずそれに、片付ける振りをしつつ耳を傾けて。


「どうって、結局どうもこうもない訳よ。素顔も見せないような奴、どう思えばいいのよ」
「超胡散臭いってところは、最初から変わりませんが。少なくとも戦力としては上々ですね」
「うん、でも……わたしの『能力追跡(AIMストーカー)』が効かないのは不思議」


 そこに本人が居ると、知っていての評価か。だとすれば、真綿で首を絞めるような良い性格をしている事になる。
 そして矢張(やはり)、まだ一~二週間の付き合いではこんなものだろうと。


「よね。『正体非在(ザーバウォッカ)』って結局、どんな能力な訳? 大能力者(Level4)の滝壺の『能力追跡(AIMストーカー)』が効かないなんて、超能力(Level5)?」
「顔が分かんないんだから分かる訳ないでしょうが……少なくとも、第二位(垣根帝督)ではないみたいだけど」
「じゃあ、第一位とか?」
「…………超笑えねェ冗談ですねェ、フレンダ」
「な、何でアンタがキレる訳よ、絹旗…………じゃあ、正体不明の第六位とか?」
「さぁ、どうだろうにゃ~?」
「麦野が分からないなら私らにはもっと分からない訳よ……あ、良い事を思い付いたのよ」


 四人組は直ぐ側に本人が居ると知ってか知らずか、そんな話で盛り上がって。
 そうこうしている内に、幾つかの料理が出来上がっていた。片付けを終え、それを彼女らのテーブルに運ぶ。流石に纏めては無理なので、先ずは窓際の沈利と離后の分を。


「サーモンのムニエルと、カルボナーラでございます」
「へぇ、悪くない。悪くないわね」
「ありがとうございます、後の二皿も直ぐにお持ち致しま────」


 携帯を操作しているフレンダと、窓の向こうの夜の闇を眺めている最愛の前を越えて二皿を置き、一礼して踵を返す。


「等の本人を呼び出してみる訳よ、財布も兼ねてね」
「す、ね────!」


 正に、その刹那だった。フレンダが誰かに向けて通話を始めた数瞬の後に────嚆矢のポケットの中から、着信音が響いたのは。
 それに、四人の視線が一斉に此方に。沈利と離后は料理から、フレンダは彷徨わせていた虚空から、最愛は窓の向こうから此方に向いた。


「し、失礼致しました────」


 血の気が引く。有り得ない事だ、仕事用の携帯は常にマナーモードにしてあるはず。それが何故、と。


《…………あ、昨夜(ゆうべ)黙って触った時に間違えて解除してしもうた気が》
(…………お前が謀叛に遭って死んだ理由が、今ハッキリと分かった)


 背後の新物(あたらしもの)好きの魔王の、知識欲を甘く見ていた事に臍を噛む。無論、表情には出さずに。あくまで関係ない風を装って。その間も、着信音が鳴り響いている。
 そして、見える。フレンダが携帯の呼び出しを切ろうとしているのが。もし、あれを切られてそこで着信音が途切れれば……最早、詰みだ。疑いようもなく、絶対にバレる。


──考えろ、どう切り抜ける……この状況で、俺の取るべき最善の手は何だ!


 思考を回転させる。()()()()()()()()()()()。演算強度だけは大能力者(Level4)級の、その頭脳で弾き出した答えは。


『ハァ~イニャア、フレンダチャン? ジャーヴィスナ~ゴ?』
「あ、やっと出た訳よ」


 フレンダの携帯から響いた、金切り声のような声。間違いなく、それは嚆矢の『裏の顔』であるMr.ジャーヴィスのもの。ただし、微妙に片言だが。
 そして、その等の本人は────


『フレンダチャンカラ電話ガ頂ケルナンテ思ワナカッタニャア、一体何ノゴ用ナ~ゴ?』
「では、残りの皿をお持ち致しますね」


 猫男の声が響く中、フレンダと最愛に会釈して振り向く。それにより、四人の興味は完全に嚆矢から離れた。
 そして嚆矢は、ポケットの中の────携帯に纏わり付く粘塊に向けて意識を。


(危なかったな……助かったぜ、ショゴス)
『てけり・り。てけり・り』


 精神感応(テレパシー)で此方の意志を読み、携帯に答えさせているショゴスに感謝を。


『何よ、てけりって?』
『あ、気にしないでニャア。それより、何か用事なんじゃないのナ~ゴ?』


 と、(いぶか)しまれて慌てて携帯を口許に。バレないよう、四人にも気を配りながら。幸い、此方を気にしている風ではない。乗り切るまでは気は抜けないが。


『あ、そうそう。こないだの店に皆で来てるんだけど、結局アンタも来ないって訳』
『ダァク・ブラザァフッヅニャア? 残念だけど、今日は無理ナ~ゴ……』
『何、私の招待を蹴るっての?』
『涙を呑んで見送らせていただきますニャアゴ』


 兎に角早く切り上げようと、断りを入れる。厨房に引っ込んでいる内に切れば、一先ずは安心だ。
 因みに師父はこんな時に限って、備え付け型の店電に応対している。随分盛り上がっているらしく、まだまだ終わりそうにない。


『なんな訳よ、もう! 今日は散々な日な訳よ────ウェイターさん、私の分まだー?!』
「あっ、はーい、ただいま!」


 と、携帯とホールの両方から同じ言葉が。それに慌てて反応し、サーモンのムニエルと油焼きそばを持つ。再びショゴスの精神感応に対応を切り替えて、急いで運ぶ。
 テーブルに辿り着いた瞬間、フレンダは捲し立てるように。


『「結局、新入りの癖に生意気なのよ! あと、ウェイターさんも遅い訳よ!』」
『「超待たせ過ぎです』」
「ッ…………!?」


 振り向いた嚆矢の直ぐ目の前まで文句を良いに来ていたフレンダと最愛は、精神感応(テレパシー)と実際の耳で二重に聞こえる音声で文句を口にして。


『申シ訳アリマセンデシタ、直グニオ持チシマス────』
「勘弁してニャア、オイラにも用事ってもんがあるのナ~ゴ────」
「「………………」」


 そう、金切り声が真面目に。バスドラの声が、巫山戯たように二人に答えて。刹那、フレンダと最愛が虚を突かれた顔をしたのを確認して。
 直ぐに、自分がやらかした失態に目の前が真っ暗になった気がした。『終わった』と、だがまだ諦めず。


「成る程……超そォ言う事ですかァ」
「そうね、結局そう言う訳なのよね」
「………………あの、違くてですね、ちょっとお茶目をしてみたくなったと言いますか……」


 フードを被ると仇敵を見付けたようにじろりと睨み付ける最愛、携帯を切ると最高の玩具を見付けたようにニヤリと笑うフレンダ。二人はそれぞれが注文した皿を嚆矢から奪い取ると、テーブルへと戻っていく。


「……後で、話が超あります。逃げたらブチ殺しますから」
「……結局、帰り道が楽しみな訳ね」


 その去り際に、揃って嚆矢の頭の両側に顔を寄せて。怒気を孕み、まるで断罪するように。サドっ気を孕み、まるで嘲弄するように。
 (シャチ)海豹(アザラシ)過剰殺傷(オーバーキル)ように、猫が鼠を甚振(いたぶ)るかのように。


「「────ジャーヴィス?」」
「………………はい」


 掛けられた最愛とフレンダの声に逆らう術など、嚆矢には残されていない。諦めて、窓の外に浮かぶ……赤く潤んだ三日月を見上げたのだった。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧