Shangri-La...
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第一部 学園都市篇
第4章 “妹達”
八月一日・夜:『アイテム』
第七学区のとある公園。昼間はウニ頭の高校生が自販機に金を飲み込まれて喚いたり、ビリビリする中学生がその自販機を後ろ回し蹴りしていたりするような、何処にでもある緑化公園だ。
蒸し暑い夏の暗闇の中、気の早い虫達は既に熾烈な伴侶獲得の為の歌謡祭を催している。無論、虫に限った話ではないが。
青春を謳歌する学生が逢瀬をしたり、それを邪魔する落第生が屯していたり。昼間とは真逆の表にはでない騒がしさが、満ち潮のように溢れている。
「ようよう、お嬢ちゃんどこ行くの~、っと」
「何、一人ぃ?」
「だったらお兄ちゃん達が警備員の支部まで案内したげようかぁ?」
「大丈夫大丈夫、お兄ちゃん達は学園都市には詳しいからさぁ」
「何処に支部があるかも、ホテルの場所も詳しいぜぇ?」
「……………………」
そんな中の六人、高校生くらいか。まだ小学生と言っていい少女を自販機の前で囲んでいる、六人の落第生だ。
朝方にも同じような事をしていて、風紀委員に制圧されて警備員に引き渡された六人であり。
「まだガキじゃねぇか、付き合ってらんねぇ……」
ただ一人、五人に着いていけずに距離を置いた少年。彼が一番まともで、そして────一番、不運であった。
「────うるせぇんだよ、クソ雑魚どもが」
「「「「「あァン──────?!」」」」」
自販機の灯りを逆光に、頭からすっぽりと白いフード付きの上着を被った少女の呟き。それに一気に彼等は逆上して────
「────────」
悲鳴を上げる暇もなく撒き散らされた血飛沫の中、『鉄の装丁の本』を携えたパンキッシュな服装の少女は、嘲るように『呪詛』を呟いて──────
「え──────?」
仲間だった者達の血飛沫と肉片に塗れた少年の耳許に、せせら笑う忍び笑いだけが届いて────
………………
…………
……
時刻、二十時十分。場所、純喫茶ダァク・ブラザァフッヅ。今時珍しいカンテラの灯りに照らされた室内に、芳しい匂いが立ち込めている。
その太源たるテーブル、所狭しと並んだ料理の数々。だが、嗚呼。それに食欲を唆られるのは真っ当な感性では有り得ない。
《とんでもない下手物食いじゃのう》
(食文化は国其々だろ……ウプッ!)
《難儀な性分よのぅ、お主》
各々の頭蓋を器にした牛に豚、鹿に猪、熊に猿の脳味噌と目玉のスープに臓物のソテー、昆虫や爬虫類の素揚げ。得体の知れない茸や木の実、植物のサラダ。最早、コールタールにしか見えないホットドリンク。全て、奥の厨房で師父が作っているものだ。
それを慄然たる思いで並べた嚆矢は、戦慄に打ちひしがれている。何故か? 単純な理由だ。
「ああ、いつ来ても此処の品揃えは最高ね。店主に感謝を伝えて頂戴な」
「は、はぁ……」
それを喜悦に満ちた表情で見詰める、『玖 汀邏』と名乗った海神の姫君の為に。胡乱げに頷けば、その姫君の左右に侍る男女二人、『沱琴』と『沛鑼』と呼ばれた者達が此方を注視している事に気付く。
一挙手一投足を見逃さぬように。まるで、嚆矢の背後の影に脅えて身構えるように。
《ふん……舟虫の番風情が────誰の許しを得て、儂の前で面を上げるか》
「「─────!?」」
対した“悪心影”の燃え盛る三つの瞳と恫喝に近い言葉に、従者二人は臨戦態勢とばかりに剛拳の代表格“八極拳”と柔拳の代表格“太極拳”を構えようとして────
「────うん、美味しいわ。やはり脳髄は哺乳類のモノに限るわね。猿のモノ、御代わりを戴けて?」
「あ、はい。直ぐにお持ちします、お嬢さん」
一触即発じみた空気の中で、そんな言葉が。それを天の助けとばかりに──実際は魔の囁きだろうが──嚆矢は、師父の真似をしながら恭しく礼をする。
それに、ナプキンで口許を拭っていた汀邏はキョトンと、一瞬呆気に取られた後で。
「ぷっ、くふふ……いつ以来かしらね、小娘扱いされるなんて」
口許を隠し、上品に笑う。悪意の無い、まさに小娘のような純朴な笑顔で。それに、従者二人は驚いたかのように“悪心影”から注意を外して。
「あ、済みません。気分を悪くされたのでしたら……」
「いいえ、寧ろ嬉しかったわ……くふふ、まだまだ私もいけるかしらね?」
だがもう、姫君は純朴さを包み隠すように。淑女の嗜みか照れ隠しか、艶やかさの薄絹を纏いながら笑っている。
だから従者達は、今度こそ嚆矢に向けて。陰惨な、夜の磯辺に屯する毒虫じみた殺意を漲らせて。それを受けた嚆矢が、肌を粟立たせるくらいには威圧して。
「────ねぇ、叔父様?」
「…………あの、まだギリギリ十代なんですが」
「あら、そう? でも、私から見れば叔父様だわ。煌めく黄金瞳の、素敵なお・じ・さ・ま」
「ひ、酷い……非道すぎる。あんまりだ─────あ、いらっしゃいませ……」
彼女から放たれた言葉の方に、嚆矢は酷くショックを受けながら。これ幸いとばかりに項垂れて従者達の視線から逃れながら、厨房に引っ込んでいこうとして。
鳴り響いた、冒涜的なドアベルの音色。それに、振り向けば────
「お邪魔しまーす……あれ、店主さん代わった訳?」
「──────な」
息を飲む、衝撃に。夜闇の中から歩き出てきた、裏の自分の良く知る金髪碧眼の娘────フレンダ=セイヴェルンに。
魔術的な抵抗か、記憶操作に関する能力を持たない限り、師父から招かれた訳でもなければ再び辿り着く事など能わぬ筈のこの店に、再び現れた少女に。
「ま、空いてるみたいだし……ウェイターは良しとしようかねぇ」
「そう? 私的には及第点な訳だけど」
「誰もアンタの男の好みなんて超聞いてないんですけど」
「ん……大丈夫。そんなふれんだを、わたしは応援してる」
その後ろから続いた『上司達』、麦野沈利と絹旗最愛、滝壺離后の『アイテム』の面々に相対して。
無論、今は『影』に潜んでいる“呪いの粘塊”で『Mr.ジャーヴィス』の姿をしていない彼を、彼女らは『部下』とは気付かない。
「騒がしくなってきたわね……私、凪の夜の海のような静けさの方が好きなの。御暇させて戴くわ」
「あ、はい……お送り」
「結構よ。それじゃあ、再見」
だが、増えた人口密度に眉を顰めた姫君が立ち上がる。慌てて椅子を引いて見送ろうとするも、制されて。従者を引き連れ、姫君は戸口を跨いでいった。
すかさず握り締めた首飾り、『兎脚の護符』の『話術のルーン』を励起しながら、嚆矢は。
「……い、いらっしゃい……ませ……四名様で宜しいでしょうか」
「そ。結局、良い席を用意して欲しい訳よ。結構格好良いウェイターさん?」
冷や汗を吹き出し、顔を引き攣らせて笑いながら。ウィンクしてきたフレンダの言葉に、窓際の四人掛けの席を促したのだった。
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