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戦国異伝

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第百九十六話 二匹の虎その四

「柵を倒させるな、ではな」
「このままですな」
「それではですな」
「このまま朝まで、ですな」
「守り続ければ」
「それで」
「我等の勝ちじゃ、ではな」
 こうしてだった、信長は茶を飲みそれで目を覚ましてだ。そのうえで采配を取り続け戦い続けていた。そうして。
 その中でだ、時つまり信長の味方は少しずつ進み。
 遂にだ、その夜がだった。
 更けてきた、朝日が戦の場を照らすと。
 柵は全く倒れていなかった、織田家の陣は健在だった。
 そしてだ、武田の兵達はというと。
 朝日を見ても士気は落ちていなかった、だがその顔にはどの者にも疲れが見えていた。その疲れを見てだった。
 信玄は意を決した顔でだ、家臣達に言った。
「よく戦ったがな」
「?といいますと」
「御館様、一体」
「これまでじゃ」
 こう言うのだった。
「最早な」
「それではまさか」
「まさかと思いますが」
「我等がですか」
「これで」
「退く」
 信玄は確かな声で言った。
「最早これ以上戦っても何にもならぬ」
「では我等はですか」
「敗れたのですか」
「誰もが疲れきっておる」
 士気は健在だ、しかしもう身体がというのだ。
「だからじゃ、ここはじゃ」
「退くのですか」
「甲斐まで」
「手筈通りに進めよ」
 退きのそれはというのだ。
「よいな」
「では、ですな」
「太郎様が兵を率いられ」
「そのうえで」
「後詰はわしが務める」
 信玄は自ら名乗り出た、それも誰にも有無を言わせない声で。
「御主達二十四将は太郎と共にな」
「はい、軍勢をまとめ」
「そうしてですな」
「動ける兵は一兵残らず、傷ついておる者も全てじゃ」
 まさに全員をというのだ。
「連れて退け、わしが全てを食い止める」
「それがしもですか」
 武田家きっての退きの名人である高坂が名乗り出ようとしてきた。
「後詰には」
「御主は太郎を守れ」
「左様ですか、それでは」
 主に忠実な高坂だ、しかも信玄の強い言葉を受けてはそれ以上強く言えなかった。だがそれでもこう言うのだった。
「しかしそれがしでなければ」
「他に、じゃな」
「どの者かお傍に置かれるべきです」
「そしてその者は誰じゃ」
「はい、その者は」
 ここでだ、高坂が言おうとしたところでだった。
 幸村がだ、信玄のところに飛び込んで言ってきた。
「御館様、退かれるとのことですが」
「ふむ、来たか」
「御館様が務められると仰いましたが」
「御主が務めたいというのじゃな」
「僭越ながら」
 こう申し出るのだった。
「それがしと十勇士、一命にかえても務めさせて頂きます」
「そこまで言うか」
「全ての神仏に誓って」
 その目は退かぬものだった、それを聞いてだ。
 高坂がだ、信玄に言った。
「この者ですが」
「そうじゃな。こうした時こ奴は言っても聞かぬ」
 信玄が最もわかっていることだ、幸村のこうした時の頑固さはだ。私がない故にこうした場合は退かない男なのだ。 
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