我が剣は愛する者の為に
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修行編 その五
「むむむ・・・・」
俺は机の上にある本を見て眉をひそめながら声をあげる。
この本は孫子と呼ばれる本だ。
内容を簡単に説明すれば兵法について書かれている。
俺が必死に考えている内容は敵の部隊がある陣形をとって待機している。
この状況でこちらがどの陣形を組めば一番効果的に敵を倒せるかを問われている。
机を挟んで前には金髪の少女があはは、と苦笑いを浮かべている。
「あの~、関忠さん。」
「ま、待て!
もう少しで答えが浮かびそうなんだよ!」
「そう言って結構時間経ちますよ。
本来なら悩んでいる間に攻撃されて混乱に陥り、関忠さんの軍は敗走及び全滅しています。」
「うっ。」
ズバッ、と言われて少し落ち込む。
俺が落ち込んでいる所を見て、少女は慌ててフォローの言葉を入れる。
「で、でも、こうならない為に勉強しているのですから頑張りましょう!」
「ううっ・・孔明。
君の優しさが俺の傷付いた心を癒してくれるよ。」
泣いているふりをしながら言う。
孔明と二人で勉強している所を後ろから師匠の声が聞こえる。
「縁、修行の時間だ。」
「あれ、もうそんな時間か。」
机の上を片付けて、傍にある愛刀を持って立ち上がる。
「頑張ってください。
終わる頃にはご飯を作って待っています。」
「いつもありがとうな。」
孔明の頭を優しく撫でる。
えへへ、と嬉しそうな笑みを浮かべる孔明。
うん、可愛い。
妹の愛紗を思い出してしまい、無性に抱き着きたい衝動に駆られる。
このまま情に流されれば、俺は変態というレッテルを張られこの私塾を出る事になるだろう。
そうなったら師匠が無理を言ってこの私塾に入れて貰ったのを無駄してしまう。
自身の欲望に喝、を入れて教室を出て行く。
廊下を歩いていると、魔女のような帽子を被った少女鳳統とショートヘヤーの茶髪の髪をした少女法正と出会う。
「関忠さん、これから修行ですか?」
師匠と歩いている俺を見て法正は聞いてくる。
俺はそうだ、と言って頷く。
「け、怪我はしないでください。」
鳳統が少しオドオドしながらそう言った。
最初と比べるとかなり話せるようになったので嬉しい。
恥ずかしがり屋な鳳統は俺と最初に会った時は噛み噛みでまともに話せなかった。
法正はその逆で活発な女の子なのか、すぐに打ち解ける事ができた。
その法正が色々と頑張ってくれて、鳳統ともこうやって話せるようになったのだが。
二人の頭を撫でて、俺と師匠は塾の裏手の拓けた場所の方に足を向ける。
刀を抜いて、いつもの構えをとる。
師匠は既に戟を構えている。
ちなみに少し離れた所では同じ私塾に通っている少女達が俺たちを見守っている。
俺の刀と師匠の戟がぶつかり合い火花が散る。
最近では勉強と勉強の間にこうやって鈍らない程度に訓練している。
俺達がいるのはいつもの山や森などではなく荊州にいる。
その水鏡塾という私塾に泊まり込みで勉強している。
事の発展は約四ヶ月前。
山で修行している師匠がこう言ったのだ。
「縁よ。
お前は学の方はどうなっている?」
「学ですか。」
「そうだ。
お前は皇帝になるのだろう。
確かに武力も必要だが馬鹿では王になれないぞ。
それでお前は頭の方はどうなんだ。」
師匠にそう聞かれるが俺は何も答える事ができない。
冷や汗が俺の頬を伝う。
はぁ~~、と大きなため息を吐いて師匠は言った。
「学もない状態でよく皇帝を目指すと言ったものだ。」
完全に呆れた顔をしている。
それもそうだろう。
王を目指すと言っておきながら、武の方は順調でも学の方がからっきしの状態だ。
これでは皇帝になるなんて無理だ。
一応、父さんから読み書きの練習くらいしかしていないのでそれ以外は全く駄目だろう。
師匠は少しだけ考えてから言う。
「縁、出立の準備をしなさい。」
「どこに行くつもりですか?」
「荊州に行く。
そこに私の知り合いが私塾を開けると言っていてな。
今からそこに行ってお前の面倒を見て貰う。」
「修業はどうするのです?」
「氣に関しては大体分かってきただろう。
構えや基礎体力の方も大方できている筈だ。
勉強の合間に鈍らない程度に修行すればいい。
何より、今は学が必要だ。」
打ち合いの修行をやめて、師匠は出立の準備を始める。
いつもはゆっくりと旅をしている俺達なのだが、珍しく師匠の馬に二人乗りして荊州を急いで目指す事になった。
幸いにも修行していた場所から荊州はそれほど遠い所ではなかったので、馬を走らせれば夕方頃に着く事ができた。
師匠は街の人に水鏡塾がどこかを聞いて、教えて貰った場所へ向かう。
当然、俺はその後をついて行く。
数分くらい歩いて、一つの家についた。
大きく看板には水鏡塾と書かれている。
家の扉から何人か少女が出て行く。
それを女性が手を振って見守っていた。
師匠はその女性に近づき話しかける。
「彗華。」
その声を聞いて女性は師匠の方に振り返る。
「烈じゃない。
どうして此処に?」
「お前に頼み事があってな。」
「話は中でしましょう。
ちょうど塾も終わった事だし。
後ろの子は?」
「私の弟子だ。」
女性が後ろに立っている俺に視線を向けて言う。
それを見て軽く頭を下げる。
「その頼み事。
どうやらその弟子さんにあるみたいね。」
「さすがだな。
全くその通りだ。」
軽く笑い合いながら、二人は家に入って行く。
俺も後に続く。
家の中は広く、二階建てになっている。
一階は教室のような部屋が一つと広い台所がある。
女性は二階に続く階段を上がって行く。
上がると部屋が二つあり、廊下を挟んで扉が対面するような間取りだ。
その内の右側の扉を開ける。
部屋の中は家具などは置いておらず、座の低いテーブルが一つあるだけだった。
押し入れから座布団を三つ取り出した女性は適当にひいて座る。
そこでようやく女性の顔をはっきりと見た。
眼鏡をかけた黒い髪。
つむじの辺りには髪を纏めたお団子頭ができている。
「それで私にどんな頼み事を。」
「この子に勉学を教えてあげて欲しい。」
あら、と呟いて俺の方に視線を向けられる。
「理由を教えて貰える?」
「こいつは皇帝を目指しているみたいなんでな。
その為にはどうしても勉学が必要になる。」
「なるほどね。」
女性は俺の眼を見て言う。
「どうして皇帝を目指すのか教えて貰える。」
その問いかけに俺は迷うことなく即答した。
「大事な人を守る為に皇帝になると決めました。」
「どうして皇帝なのかしら?」
「この世は負の連鎖に陥っています。
俺はその連鎖を断ち切りたい。
大事な人を守るって言いましたけど、もし手が余っているのなら他の人も助けたいんです。」
「それは他の人でもできる事だと思いますが。」
「確かにそうだと思います。
でも、人を斬った時に誓ったんです。
この人の命を背負い、そしてこれから多くの人の命を背負う事になります。
だからこそ、胸を張って生きて生きている人を平和にしていこうって誓ったんです。
自分自身に。」
俺の偽りない決意を聞いて女性はじっと俺の眼を見つめてくる。
それを俺は真っ直ぐに見つめ返す。
数十秒に及ぶ沈黙の後、女性は小さく笑う。
「分かりました。
水鏡塾は貴方を歓迎します。」
「ありがとうございます!」
俺は土下座するような格好でお礼を言う。
「私からも無茶な事を言ってすまなかったな。」
「いいえ、これほど真っ直ぐな目をした人は久しぶりに見ました。
そう言えば自己紹介がまだでしたね。
私は水鏡という名前です。」
「俺は関忠ですよろしくお願いします。」
話や看板を見て薄々気がついていたが、やはりあの水鏡で間違いなかった。
確か諸葛孔明や有名な軍師を育て上げた先生だったはずだ。
そんな先生に教えて貰えれるなんて本当に俺は運が良い。
何より師匠、つまり丁原と知り合いというのも少し驚いている。
まぁ、孫堅と知り合いだというおかしなことになっているのだから少し納得してしまう部分もある。
水鏡は俺達が宿なんて用意していない事も看破して、この部屋で寝泊まりしてもいいと言ってくれた。
それも俺の勉強が終わるまで使ってもいいとも言ってくれた。
俺達は水鏡に感謝しつつその恩に甘えた。
その次の日。
新しい門下生という事で水鏡塾に通っている生徒に紹介された。
そこで驚いたのが通っている子が全員少女という事だ。
その中には諸葛孔明や鳳統や法正。
その他にも有名な軍師になる名前がちらほらいた。
後になって水鏡に聞いてみると歳は三~四歳くらいしか変わらないらしい。
いや、あの幼女体型みたら八~九歳くらい下に思うだろJK(常識的に考えて)
男で年上で背が高く(この時一七〇くらいだったが孔明達から見れば充分大きい)そして極めつけに刀持ち。
第一印象で皆を脅えさせてしまった。
唯一、話しかけてきたのは法正くらいだ。
彼女は孔明や鳳統といつも一緒にいる。
二人と違い結構活発な女の子だ。
最初にその子とよく話をして、俺が見た目より怖くない事を皆に言ってくれたらしい。。
何より授業を一緒に受けて、何も分からない俺が問題の答えを聞かれ慌てふためく姿を見たおかげで怖いというイメージはすぐになくなった。
四ヶ月も経てば皆と仲良く勉強する仲までになっている。
男は俺だけだが。
ギャルゲーで女だけの学校に男の主人公が転入してくるというのがあったのを思い出し、その時主人公はもの凄くテンションが上がっている描写があったが、実際体験してみるとテンションは上がる。
裏手で修行を終えた俺達に法正が声をかけてくれる。
「関忠さ~~ん!
ご飯ができましたよ!」
「今行くよ!」
そう言ってぐぅ~、とお腹が鳴るのを無視して走る。
「ったく、元気だなお前は。」
後ろで師匠がそんな事を言っているがご飯になれば元気になる。
それも孔明達が作ったご飯となれば。
この水鏡塾は勉学だけではなく料理の方も勉強している。
故に昼ごはんなどは門下生で作るのだが、彼女達のご飯が非常に美味い。
毎日食べても飽きないくらい美味い。
既に教室には作られたご飯が並べられている。
師匠と俺は席に着くと、いただきますという合掌して食べ始める。
今回は麻婆豆腐がメインの昼ご飯だ。
一口食べる。
うん、美味い。
俺は修行の後という事で他のと違い大盛りだ。
それでも他の皆より早く食べ終わる。
食べ終わり、洗面台にお皿を持っていき孔明と勉強していた本を持って勉強する。
俺は勉学は苦手だ。
それは前の世界でも同じだ。
麻奈は孔明を超える知力があると言ったが正直これは武より期待できない。
現に本と睨めっこして必死に考えている。
一同、食べ終わり休憩してから授業が再開される。
最初と比べれば孫子などの兵法書や経済書など理解できるようになったが孔明達と比べるとまだまだだ。
王になるのなら彼女達レベルまでにいかないといけない。
塾が終わっても俺は必死に勉強している。
そんなある日の事。
いつもの休憩時間。
俺は休む事無く勉強を続けていると法正が話しかける。
「ねぇねぇ、関忠さん。」
「うん?
どうした。」
教科書から目を逸らさずに答える。
「関忠さんはどうしてそんなに勉強しているの?」
「あれ、言ってなかったけ?」
その言葉を聞いて俺は教科書から視線を外し法正の方に視線を向ける。
「俺は皇帝になるんだ。」
「皇帝ってあの皇帝?」
「そう大陸を制覇してこの世を平和にする。
その為には武と知の両方が必要だ。
武の方は師匠曰く、時期に修行は終わるって言われているけど知の方が全然だからな。
俺は馬鹿だからさ。
こうやって勉強しないといけないんだ。」
「関忠さん凄いね。」
そう言って法正は少しだけ俯いてよし、という声と共に言った。
「もし関忠さんで良ければ私も関忠さんの元で働いても良いですか?」
「はっ!?」
突然の発言に俺は驚きを隠せなかった。
法正は言葉を続ける。
「私も困っている人や苦しんでいる人を助けたいって思って此処で勉強しているの。
関忠さんが目指している理想と私の理想は同じでしょ。
だから、一緒に目指せたらなと思って。
・・・・・・・・・・駄目ですか?」
「い、いや法正は頭が良いからそりゃあ大歓迎だけど。
俺でいいの?
正直、最初はもの凄く辛いぞ。
何せ俺には地位なんてものがない。
零からの始まりになる。」
「大丈夫です!
私は関忠さんと一緒ならやれます!」
そんな事を言った瞬間、自分の言葉を再確認したのか顔を赤くする。
おそらく俺も赤くなっている筈だ。
だってさっきの言葉の意味はそっち方面に受け取らないか普通?
俺は気まずい雰囲気を何とかする為に考え。
「そうだ、なら真名を教えないとな。
俺は縁だ。」
「私は茜と言います。
よろしくお願いします、縁さん!」
この私塾で初めての家臣を得て、真名を教え合った。
その日から茜と一緒に行動する事になり、必然と孔明と鳳統と一緒に勉強する事になった。
その際にお互いの真名は教え合う事になった。
というより、茜の真名を俺が知っている時点で朱里も雛里も俺の事を信頼してくれて教えてくれた。
彼女達を中心とした楽しい生活が二年続いた。
この日、俺と師匠が水鏡塾を出る事になる。
理由は簡単だ。
既に俺がこの水鏡塾で学ぶべき事を学んだからだ。
「ありがとうございました、先生。」
俺は深々と頭を下げる。
「縁さん、学問は日を重ねるごとに進化していきます。
現状に満足せずに常に新しい知識を補完し続けて下さい。」
彗華という真名を教えて貰っているが、俺は先生と呼んでいる。
「彗華、世話になったな。」
「貴方も落ち着いたらまた顔を出してくださいね。」
「ああ、寄らせてもらう。」
最後に俺達は頭を下げて水鏡塾を離れようとする。
「「「縁さ~~ん!!」」」
と、後ろからいつもの三人組の声が聞こえた。
振り向くと朱里と雛里と茜が息を切らして俺の元に駆け寄る。
「はぁ・・はぁ・・こ、これを。」
茜が手を差し出すとそこにはミサンガのように様々な色で絡められた輪っかがある。
「これは私達が作った髪留めです。」
「そ、その縁さん髪が伸びてきたから邪魔になるかもと思って作りました。」
朱里と雛里がそう説明を加える。
俺はそれを受け取り、肩甲骨辺りまで伸びた髪を掴む。
「ありがとう。
早速留めてみるよ。」
正直、かなり伸びてきたので髪留めを買おうと思っていたところだった。
首の辺りに貰った髪留めで縛る。
後ろの方で髪が纏まるのを手で触って確認する。
「本当にありがとう。
朱里、雛里、茜。」
「また、会えますよね。」
少し涙を溜めながら朱里は言う。
隣にいる雛里も別れが辛いのか同じように涙を溜めていた。
俺は二人の頭を撫でながら言う。
「きっとどこかで会える。
だから、泣くな。」
「は、はい・・ひっぐ・・」
と言ったが余計に泣きそうになっている雛里。
最後に茜の方を見る。
「あの時の事、覚えていますよね。」
「ちゃんと覚えているよ。」
「私の方から会いに行きますので待っていてくださいね!」
最後に俺は茜の頭を撫でる。
名残惜しいが俺は背中を向けて歩き出す。
すると俺の名前を呼ぶ声が後ろから数多く聞こえた。
もう一度振り返ると、一緒に勉学を受けた門下生全員がそこにいた。
全員が俺に向かって手を振っている。
俺は全力で振り返して、荊州を出て行った。
後書き
修行編はこれでお終いです。
次は恋姫で一刀が舞い降りる前くらいまでキングクリムゾンします。
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