【腐】島国だから仕方がない。
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街灯に照らされて
「ちょっと、のぼせてしまいましたね……」
お風呂から上がると、ミネラルウォーターを飲みにキッチンへと入る。
(それになんか色々考えていたら、お腹空いてきましたし)
「そうですね。コンビニで買ってきたヨーグルトがありましたっけ…」
呟きながら冷蔵庫を開けると、入れておいたはずの場所にヨーグルトはなかった。
「あれっ?」
あちこち見渡してみても、その姿は見つからない。
「ここに入れておいたはずなのに……」
顔を冷蔵庫に近づけて、奥まで覗き込んでみる。
「ん……? 菊、どうかしたの?」
誰かがやって来る気配がしたので後ろを振り向くと、フェリシアーノがいた。
「…冷蔵庫と、なにお話ししてるの?」
「おっ、お話なんかしてませんって! 私のヨーグルトが見つからなくて……」
パタンっと閉めて、冷蔵庫を背にそう返した。
「たぶんそれは、きっと今頃、誰かのお中の中だね……」
「えっ」
菊は驚いてフェリシアーノを見つめる。彼は眠そうに目をこすっていた。
「そんな、嘘ですよね」
「ん? 言葉どおりの意味だと思うけど~?」
フェリシアーノが首を傾げてそう答えたので、菊はガクッと肩を落とした。
「そうですか…誰かが食べてしまったのですね…」
言いながら、冷蔵庫を離れてキッチンをあとにしようとする。
「菊、名前書いといた?」
「いえ、書いていないです…」
「じゃあしょうがないね」
フェリシアーノは頷くと、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。
「名前…そうか、そういう決まりもありましたね。今度からは気をつけましょう……」
フェリシアーノの背中を見送りながら菊は呟いて、部屋へと向かう。
慣れたとばかり思っていたシェアハウスの暮らしも、仮とはいえ、まだまだなのだなとそう実感したのだった――。
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気分転換に外を出て、ヨーグルトを買ってこようと思った菊。
玄関に近づくと、薄い人影がドア付近に屈んでいるのが目に入った。思わず身構えて、近くのドアに身を潜める。
するとその影が言った。
「……そこで、なにしてるんだ?」
(え……この声)
よく見ると、影の正体は靴を履こうと屈んでいたアーサーだった。
「あぁ、アーサーさんだったんですか……」
アーサーも、少し驚いたように目を見開く。
「おまえか…」
「すみません。驚かせてしまったようで……」
「いや。しかしお前とはよく会うな」
「そうですよね…」
(本当です……ついさっきだってお風呂で会ったばかりですし)
とたんに洗面所でのことが頭に浮かぶ。菊は慌ててその考えを打ち消して靴を履いた。
「どこか出かけるのか?」
「はい。そこのお店にちょっと買い物に行こうと思いまして」
するとアーサーが、フッと微笑む。
(え……?)
「まさか、行き先も一緒とはな」
その笑顔がいつものクールな雰囲気とは違い、少年っぽく感じられる。
(あ……この顔。アーサーさんがここに来た頃、最初に見せてくれたあの表情みたい……)
瞬間、胸がどきっとなる。
作った笑顔ではなく、自然に笑った感じが少しだけ親近感を覚える。
「どうかした?」
覗き込むように尋ねられ、菊は慌ててアーサーから距離をとった。
「な、なんでもないです…」
(もう……そんなに近くに顔を寄せられたら、さっきのこと嫌でも思い出してしまいますよ……)
私が目を逸らすとクスッと笑われる。
「……また、からかわれたいとか?」
「えっ」
(ということは、やっぱりあの時、からかわれていたんですね)
カアッと顔が熱くなったので、菊はそれを見られないように先に玄関を出た。
「は、はやく、行きましょう!」
言いながら先に行くけれど、きっとアーサーは後ろで笑っているのだと、菊はなぜかそう思った。
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お店につくと、菊は雑誌のコーナーへと足を運んだ。
(さすがにここは、同人誌置いていませんよね……)
つい、同じ職種のフランシスの新刊のことが気になって、棚をザっと確かめる。が、やはりコンビニ。そんなものを置いているはずもなかった。
おつまみの棚にいるアーサーをちらっと盗み見た菊。
こうしてみると、確かに人目を引くルックスだ。
(からかったりしなければ……格好良いのですが)
「……どうかしたのか?」
「い、いえ…」
また飲むんですか、という言葉はあえて言わなかったが、顔に出ていないだろうかと菊は心配になった。
「…そのチーズ、前にも買っていましたよね?」
誤魔化すように言うと、目を細められた。
「よく覚えてるな」
アーサーは答えながら、同じものをいくつかカゴの中に入れていく。
(いえ、あなたの記憶が飛んでいるのだと思いますが…さすがにああ、トラウマを植え付けられては忘れようにも…)
「ワインのつまみにな。まぁ、全部俺が食べるわけじゃないけど…」
「そ、そうなんですね…」
(アーサーさん…今日も付き合わされますね…ああ)
いくら酒癖が悪いとはいえ、なにをしていても育ちの良さが出るように感じるアーサーには、ワインがとても似合う。
(…私と違って、日本酒は飲みませんよね…)
そう思っていると、ふと、そのパッケージをつい最近見たことに気付いた。
(あ、そういえば……ポチ君がおやつ食べていた時、アーサーさんの荷物のそばにこのチーズ置いてありましたよね)
菊は肝心なものを買おうと、ヨーグルトの棚へと移動した。
「あれっ、ない…」
棚にはちょうど、目当てのヨーグルトのスペースだけが空いていた。思わずガクッとうな垂れる。
「よほど、あのヨーグルトに縁がないのか……仕方ない、別のものにしましょう」
そのあと会計をする際、ほかほかの肉まんが目に入った。
(肉まん、ですか……)
「あの、それ2つください」
「申し訳ございません。残り1つしかないんですよ…」
「じゃあ、それを」
菊は肉まんを受け取ると、店をあとにした。
「あ……」
先に店を出たのでてっきり帰ったのだと思っていたアーサーが、壁に寄りかかって菊を待っていた。
「……行くぞ」
そう言うと彼は言い終わる前に歩き出す。菊は小走りにアーサーに追いつくと、そっと隣に並んだ。
「あの……これ、どうぞ」
先ほど買った肉まんの袋を差し出す菊。
「…なんだ?」
アーサーが少し目を見開いて菊を見下ろす。
「良かったら食べてください。肉まんなのですが…」
「…俺にか?」
「はい。お礼です……待っていてくださったので」
少しうつむいて話す菊の顔は、アーサーには見えない。
「すみません。こんなものですけれど」
するとアーサーはスッと顔を逸らす。視線は地面のままでも、気配で分かった。
「…別に、礼が欲しくて…待ってたわけじゃない」
あとの方は声が小さくてよく聞こえなかった。
「……苦手でしたか? 肉まん」
「いや、嫌いじゃないが…」
「そうなんですね」
「ああ、前にも1度食べたことがある。好きだ」
アーサーの口から『好き』という単語が出てきただけで、どきっとなった菊は、おかしくなって笑ってしまった。そんな菊を見て、アーサーは少し心外そうな顔をする。
「急に笑い出すなよ。怖いだろ?」
「ごめんなさい。なんかアーサーさんって、なんでも批判するようなイメージがあったので……って、失礼ですね。私」
「それでも、肉まんは……好きだ」
「じゃあ、こういう時は遠慮しないで、ありがたく受け取っておくものですよ」
菊はレジ袋をやや強引にアーサーに押しつけた。
すると驚いたような顔をしたのち、その顔がフッと笑みを漏らす。
「わかった…お前には敵わないな。ありがたく、受け取っておく」
その笑顔が、いつにも増してとても自然に感じられて……。
(わわわ……)
再び菊の胸が、ドキッと多きく鳴る。
(ああ、フェリシアーノさんがあのようなこと言うから……アーサーさんが笑うたびに意識してしまいますよ…)
その鼓動が聞こえないように、菊はそっと胸を抑えた。と、うつむいた先に、すっと割った半分の肉まんが差し出される。
「え……?」
「ほら」
「いいですよ。これはアーサーさんにあげたものですから、アーサーさんが食べてください」
けれどアーサーは手を引っ込めず、
「こういうときは……ありがたく受け取るんだろ?」
少し悪戯な笑みを浮かべる。そしてそれがすぐに、ふわっと優しい表情へと変化した。
「じゃあ……いただきます」
菊は唇をとがらせながらも、素直にそれを受け取った。
(反則ですって……あんな笑顔で差し出されたら……)
まだ落ち着かない胸のまま、湯気を上げる肉まんを口にする。
「おいしいですぅ……」
思わず本音がこぼれる。
星空の下、静かな住宅街を、アーサーと半分この肉まんを歩きながら頬張る。
菊の頬が自然とゆるんだ。と、こちらを数センチ上からおかしそうな顔で見てくるアーサーと目が合う。
「すごく嬉しそうな顔してるな。菊はホントに単純だよな」
「お、おいしいんですから、いいじゃないですか」
「悪いとは言ってないんだけど」
言いながらアーサーも肉まんを口にする。
「…うまいな」
(あ…また笑いました)
「やっぱりアーサーさんだって、嬉しそうな顔してましたよ?」
思わず指摘すると、アーサーは無理に真剣になろうとする。
「…そんな顔はしてないからな」
「いえ、してますって……ほら、嬉しそうです!」
「…まったく、お前は」
アーサーは少し困ったように苦笑する。が、抑えきれずに顔を赤くして頭をかいた。その視線は空に。
住宅街の電灯に照らされて、2つの影が伸びる。
(…歩調…もしかして、合わせてくれているのでしょうか…)
いつもはあのアルフレッドと並んで歩けるくらいに早歩きなアーサーなのにと、菊は少し温かい気持ちになった。
後書き
ラブストーリーに肉まん…。もう少しなんかロマンチックなものはなかったのか私!
ああ、肉まんが食べたい…!
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