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エクシリアmore -過ちを犯したからこそ足掻くRPG-

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第三十八話 不屈の巫子

/Victor

 あの日。ミュゼに海停で襲われた日。我々はバラバラに逃げることを選んだ。

 アルヴィン、ジランド、セルシウスのアルクノア勢はア・ジュールへ。
 残る我々はニ・アケリアに厄介になっている。

 とはいえ、イバルもエリーゼも、そしてミラも、元はニ・アケリアの住人だ。
 その中のエリーゼに宛がわれた家に、私という居候が増えたと言ったほうが正しいか。


 その日も朝食の支度をしていると、外に出ていたエリーゼとティポがご機嫌な様子で帰って来た。

「エリーゼ。その花は?」
「外に咲いてたんです。キレイなお花だから、ミラにも見せてあげようと思って」

 花を見せてミラが喜ぶかはさて置き、その心意気は素晴らしいものだ。
 「いい子だ」と添えてエリーゼの頭を撫でてやると、エリーゼは笑ってくれた。その花は、ミラが来るまで花瓶に活けておこう。

 パサッパサッ

 外から羽音。いつものやつか。

 一度料理を置いて外に出る。
 案の定、家の前にシルフモドキがいた。来たか。

 シルフモドキに括られた便箋を解いて家の中に戻る。シルフモドキはとっとっ、と跳んで後ろから付いて来た。

 便箋を開いて中身を検める。いつものことだが、気分のいいものではない。

「ルタス、いいか」
「っ、イバル」

 早朝からの訪問という点を気にすることは、私もエリーゼももうなくなった。真夜中に比べればマシだ。

「水浴び前にミラ様のお怪我を治して差し上げてくれ。あのまま水に入っては傷口に沁みる」
「……はい」

 これも恒例になったやりとり。エリーゼはティポを抱いて、イバルと入れ違いに家を出た。

 初対面の彼からは考えもつかない。他でもないミラをイバルが他人に任せている。

 徹頭徹尾、とことんまで無視されても、ミラに尽くし続けるイバルは、見ていて痛々しく感じる。私も、エリーゼも。

「傭兵からか?」

 イバルが関心を示したのは、私の手の中の手紙と、横で行儀よく待つシルフモドキ。

「ああ。アルクノアの被害状況をな」
「ミラ様が討伐されている者たちの、か」

 アルクノアは今、暫定的にアルヴィンが統率している。スヴェントの嫡男、首領ジランドの甥という肩書を利用して。
 それだけジランドは重篤で(これはアルヴィンとの対決だけでなく、今までの疲労が出て倒れたというのも加味される)、エレンピオス勢の混乱は酷く、黒いミラには容赦がなかった。

 ミラは毎日、四大精霊を従えて黒匣(ジン)狩りに出かける。四大のいる彼女には空腹も疲労もない。昼夜関係なく襲われてはあちら側も堪るまい。
 ミラは、戦闘員や兵士はもちろん、エレンピオス人であれば、女子供もしらみ潰しに殺している。


 理由は分かりきっている。
 ジルニトラ号沈没の直後、ミュゼが暴露したミラの正体。


 はっきり言って想定外だった。現役時代に分史世界に行った時も、あくまでミラは次代マクスウェル、単なる順番だと漠然と受け止めた。ミラが老マクスウェルに造られたという話も、後継者としてという意味で捉えていた。

 偽物。オトリ。餌。無意味。

 ここまで宣告されたら、並みの人間は心が折れる。それでも黒匣(ジン)狩りをやめないのはミラらしいと言えばらしいが。

 エレンピオス人の前に身を曝し、殺意と憎悪を浴び、それらを返すようにエレンピオス人を殺す。
 ああ、確かにミラは使命を遂行している。
 だが今のミラにはかつての情熱がない。意志がない。ルーティンワークだ。与えられた命令通りに動くだけのロボットだ。

 手紙の内容を読み終えてから、竈の火に手紙をくべた。他の村人に見つかったら大事だからな。内容はもう覚えた。返事は帰ってからにしよう。

「イバル。どうせ行くのはキジル海瀑だろう。私も行こう」
「好きにしろ。俺はミラ様で手一杯だ。ルタスはお前がどうにかしろ」

 出ていくイバルに苦笑し、エリーゼが今朝摘んだ花を持って、家を出た。







 ニ・アケリアを出てキジル海瀑を行くと――いた。ミラ。それにエリーゼ。

 滝の近くで、黒衣と金蘭のポニーテールを血に濡らしたミラを、エリーゼが治療している。
 もっとも、四大精霊がいる彼女に、重い傷の心配は無用なのだが。どちらかといえば、返り血を気にしないミラをイバルが心配して、こうして帰るたびに水浴びか湯浴みを勧めてきた。

「エリーゼ」
「あっ、ヴィクトル」『わーい、来てくれたんだー』
「忘れ物を届けにね。ほら、ミラに渡したかったんだろう?」

 小さな花をエリーゼに見せると、エリーゼははっとした顔をして、礼を言って私から花を受け取った。

「あ、あの、ミラ。これ、キレイな花だったから、ミラに……」

 おずおずとエリーゼが差し出した花々を、ミラは無機質な目で見下ろし、――叩き落とした。
 花が海に落ち、流れて、沈んだ。

「花を摘めば草花の微精霊が死ぬ。鑑賞目的に花を摘む行為を私は好かぬ」
『あうぅ~』「ご、ごめんなさい」

 このままだと泣きかねない。戻ってきたエリーゼの肩に腕を回して抱き締めてやった。

 ミラは意に介したふうもなく、結っていた髪を解き、黒衣を着たままで海に入った。
 水に、赤が染み出す。瀑布をシャワー代わりに、ミラは返り血を落としていく。

 ――〈槍〉に取り込まれていた時に吸わされたマナの影響かもしれない。とは、最近考え出した仮説だ。

 精霊はマナの塊だ。他者のマナを得るとは他者と交わることを意味する。マナの色によっては性格もふるまいも変わる。それが今のあの態度だろう。
 私が知る〈ミラ〉は、厳格だが他人を頭ごなしに叱りつけたり無視したりはしなかった。

 ミラは海瀑から上がらなかった。イバルに背を向けた態勢だったので、イバルがこれ幸いと思ったかは知らないが。イバルはミラの後ろに回って、櫛で髪を梳かし始めた。量の多い金蘭の髪。

 ふいに、エルの亜麻色の髪をブラッシングした時のことが回顧された。何度も、ていねいに、枝毛一つ縮れ毛一つないようにと心を配った。どこか、重なった。

「マクスウェルがエレンピオス人そっちのけで優雅に水浴び?」

 海瀑のあちこちに黒球が着弾し、水柱を立ち昇らせた。
 私たちを狙っていない。ただの威嚇、または力の誇示が目的の攻撃だ。

「ミュゼ――!!」

 水色の大精霊は、艶やかに細い指を片頬に当てて小首を傾げた。

「ニ・アケリアのほうに行こうと思ったら、こんなところにいたのね。ミラ」

 ミラは答えず、水から上がる瞬間にはマナを黒衣の形に形成し直していた。
 得意のポーズで呼び出されるは、地水火風の四大精霊。

「狙いは私か」
「それもあるけど、あっちもね。言ったでしょう? 私の使命は断界殻(シェル)を知った者を殺すことだって」

 晴れがましい笑顔で両腕を広げるミュゼ。

 途方もない悪寒が走った。このミュゼ、ニ・アケリアを襲うつもりだ。口伝程度にしか断界殻(シェル)を知らない老人たちを殺す気だ。

「その前に、後でうるさくなるでしょうから、ここでハエは退治しておきましょう」

 言い返す暇もなかった。ミュゼの天高く掲げた指の上には、風船のように巨大化していく磁場の球。もう人一人すっぽり入り切る大きさになった。

 あれを放たれたら。

 骸殻がある私と、四大精霊のいるミラはいい。だが、イバルとエリーゼは。

「全てを飲み込み、乾きの地へ誘え! 虚数の牢獄!」

 とっさに傍らのエリーゼを抱えて飛びのいた。私の手が届く範囲は彼女一人。イバルとミラには独力で避けてもらうほかない。

「イベントホライズン!!」

 周囲一帯で巨大な黒球が爆ぜ、海瀑が大きく弾けた。一拍置いて、立ち上った海水が雨のように降り注いだ。

「平気か、エリーゼ」
「はい。でも、イバルは」

 一時の雨が降りしきってから、イバルとミラを探した。

 イバルは……いた。岩場に四つん這いになっている。ダメージが深かったのかと思えば、それもあるが、それだけではなかった。
 イバルの下には転がったミラ。
 イバルは自身を盾にミラを守ったんだ。





/Ivar

 体をミラ様の上からどかす。背中、相当やられたな。痛いというより、痺れてきた。

 ああ、あなたがそんな顔をなさらなくてもいいんです。これは俺の意思で、俺の勝手な憧れなんですから。

 ――物心ついた頃にはお社に上がっていた。体のいい口減らしだったのかもしれない。巫子という華々しい肩書きに隠れた悪意があったのかもしれない。だが、どうでもいい。

 幼い俺はミラ様と出会った。

 ミラ様をお守りしたくて剣を練習した。
 獣や魔物と話せると告げるとミラ様は紅い瞳を丸くされた。あれは嬉しかったな。
 俺が親は死んだと申し上げた時、「私がセキニンを持って育ててやる」とおっしゃったこともあった。ミラ様とてお若くていらしたのに。結局、育児書は当人の俺が買いに走ったんだった。

 四大様を伴っての「散歩」は思えば散々だったな。湖に落ちたり、空を飛ぶミラ様を見失って迷子になったり。


「任を解かれようと、貴女が本物のマクスウェルでなかったとしても」


 俺の巫子としての人生、ミラ様と共に在った日々。ミラ様の姉を名乗る精霊の言葉がミラ様の真実でも、俺の「これ」はウソになどならない。


「俺は、ミラ様の巫子です。あなただけが俺のマクスウェルです」


 一度だけミラ様に笑いかけて、ミラ様の上からどいた。

 二刀を構えた。迷いはない。ミラ様の姉上といえど、ミラ様を傷つけるなら力ずくで退ける。

「ふん。主人が使命バカなら従者は主人バカってわけ。いいわ。主人に殉じるがいい!!」

 狂した笑みの水色の精霊。片手の指先には先ほどと同じ巨大な黒球。

 走った。入り江にある坂道を駆け上がる。その間にも小さな黒球が連続して撃たれ、俺の動きを追ったが、俺はどうにか躱しきった。

 丘の上に着いて同じ高さになったミュゼ様。

 助走の勢いで、丘から跳んだ。滞空時間は多く見積もっても10秒。この一撃が、勝負。

「イバルーーーーっ!」『行っけぇーーーー!』

 ルタスとヌイグルミの声が背中を押した。体が軽くなる気がした。

「双牙――煌・裂・陣!!」
「くぁっ、ああああっ!? ……く、どうして、人間なんかが」

 ミュゼ様は頭を両手で抱え、髪を振り乱して、空に開いた裂け目に飛び込んで行った。


 着地なんて考えてなかったから、技を決めた後は一気に海にダイブした。
 水中で急いで刀を片手に持ち替え、空いた刀で水を掻いて水面から頭を出した。

「ぷは!」
「イバルっ。よかった。怪我ないですか」
「何とかな」

 見上げれば、例の黒い男の温和な笑み。どこか満足したようでいて、寂しげな――

「そうだ! ミラ様は」

 ふり返った。だが、滝の近くの岩場にいるはずのミラ様は、忽然と姿を消しておれらた。

 その後、海瀑をどれだけ探しても、ミラ様は見つからなかった―― 
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