エクシリアmore -過ちを犯したからこそ足掻くRPG-
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第三十七話 鏡、それは精霊ならざる者
/Alvin
船にある非常用ボートを使って、ジルニトラが沈む前に海停まで逃げ切った。全員……ってわけにゃいかなかったが。
ちなみにボートはミラが風の大精霊とやらに曳航させたんで、俺たちの誰も漕ぐ必要がなかったのが幸いなとこだ。何せ、俺はともかく、イバルとエリーゼが乗った側の漕ぎ手になれそうなヴィクトルが、完っ全に呆然自失だったんだからな。
最初は本当に父娘かって疑うくらい、フェイのこと邪険にしてたくせに。今になって親子愛に目覚めても遅いっちゅーの。
海停の波止場に着けたボートから、ジランドの腕を肩に回させてどうにか下りる。
ジランドの奴、半分意識飛んでやがる。
「何で……助けた」
「言ったろ。みんな連れてエレンピオスに帰るって」
「ハッ……甘ちゃん野郎、が…」
ハイハイ。オチながら毒づくんじゃねーよ。マジで何で俺、コイツ助けちまったかな。
『アルフレド。マスターは』
ふわっとそばに寄ってくる氷の大精霊サマ。
「ああ。心配すんな。コイツがこの程度でくたばるタマかよ」
でも医者に診せて休ませるべきなのは事実。
無給で休日なしの超過勤務。しかもン十年単位。よく精神が保ったもんだ。コッチ来た時のアンタってイバルと同じ歳だろ? 我が叔父ながら呆れるぜ。
あんたには育ててもらった恩がある。恩返しと親孝行、まとめてしてやるよ。まずはイヤってほどの休暇をプレゼントだ。
あんたは本気で、ここらで一度休むべきだ。
「てかセルシウス。自我戻ったのにジランドはまだ『マスター』なのか?」
『一応は現世に呼び戻してくれた恩人だ。感謝と敬意は示す。それに、貴方たちとの戦いでマナを消耗しすぎた。今の私は空気中からマナを摂取できない』
「マナを摂れない?」
『源霊匣化した精霊は化石に残されたマナのみで活動する。世界のマナ減少を進めないために。私だけでなく、源霊匣には全て、マナ摂取ができないようロックが掛けられている。いわばこの身は残り滓――この“私”は、“氷の大精霊セルシウス”の亡霊なんだ』
セルシウスの写し身の少女は、自分を抱いて皮肉げに笑った。
「……いいのかよ、それで」
『ああ。源霊匣の刷り込みもあるだろうが、私はこの在り方を肯定する。マスターが今までしてきたことも』
「そうか」
さて。こっちはこっちで片付いた。次は、と。
エリーゼとイバルが心配げに見下ろす、ヴィクトル。海停に着いてから、波止場にしゃがみ込んで一言もしゃべりやがらねえ。
近寄って声をかける前に、ヴィクトルから口火を切られた。
「今は何も言わないでくれ。正直……何を言われても、まともに答えられそうにない」
こいつのこんな悄然とした声、初めて聞いた。
でも俺の中に憐れみの感情は沸いてこない。沸いたのは、怒りだ。
――人を散々焚きつけたくせに腑抜けやがって。今さら弱いフリしたって許されると思うなよ。
俺はヴィクトルの胸倉を掴んで無理やり立たせた。
「だからどうした。これは現実だ。ゲームみたいにエンドクレジットは出ちゃくれねえ。全部現実なんだよ! 例えユティとフェイが死んだんだとしても、俺もあんたもここで折れるわけにはいかねえ。そうだろ!?」
「アル、ヴィン」
突き飛ばした。ヴィクトルは阿呆みたいにポカンとした顔で、それでも、また倒れることはなかった。まだ芯は残ってる。まだ火は消えてねえ。
「あれだけやって、まだこんなに生き残りがいたのね。しぶとい奴ら」
上から降ってきた声。経験上、ろくなもんじゃねえって分かったから、とっさに銃を抜いて上に向けた。
人が、浮かんでる。水色のマーメイドドレスに身を包んだ、空色から浅黄色へのグラデーションヘアの、パッと見、豪奢な女だ。
いや、混乱するな、俺。空中浮遊なんてフェイがやるの散々見てきただろうが!
「お前、大精霊か」
「そうよ。初めまして、ミラ。私はミュゼ。貴女の姉です」
「姉、だと? 私にそんな者は」
「いない? ふふ。それは貴女が知らなかっただけの話。私は貴女より先にこの世に生を享けた、貴女の、この世でたった一人の家族」
ミラは眼光鋭く、ミュゼと名乗った女精霊を見上げてる。
「おいマクスウェルさんよ、あの女の話、マジか」
「私は知らぬ」
ミラは一歩前に出て、強くミュゼを睨み上げた。
「お前が私の姉妹だと言うなら、私の使命も知っているはずだ。我が使命はリーゼ・マクシアの守護。何故その邪魔をした」
「使命?」
きょと、と水色の精霊は首を傾げ、急にころころと笑い出した。
「おっかしい! 貴女はアルクノアみたいな連中を誘き出すために用意された、エ・サ♪ 使命感や正義感なんて、貴女には無意味なものなの。それなのに頑張っちゃって」
「私が……?」
ミラはバラ色の目を見開いて小さく震え始める。
この反応……まさかミラ本人も知らなかったのか?
「ミラ様っ、しっかりなさってください! ミラ様!」
「っ――触るなッ!!」
ミラがイバルを突き飛ばした。イバルは受身も取れずに近くの壁に背中をぶつけた。
「断界殻を守る使命と、死へ向かう行動の矛盾。それにさえ気づかずにいたなんて、貴女も本当に頭の悪い子ねえ、ミラ? 姉さん、悲しいわ。せっかくマクスウェル様が下さった妹を」
水色の精霊の手に黒い磁力の球。
こいつ、だったのか。ジルニトラごと俺たちを沈めようとしたのは!
「殺さなくちゃいけないなんて」
ヤバイ。あんな反則級の精霊術、どう防げってんだ。フェイがいねえ、渡り合えそうなミラは腑抜けて使いもんにならね……
「アルヴィン! 海面に向けて撃て!」
ヴィクトル!?
海面にって、あんた、何考えて。ああくそ、言い返す時間もないっ。
でぇい、持ってけこの野郎!
「バリアブルフラッシュ!!」
ミュゼの真下を狙って、銃になるべくエネルギーをチャージしてからトリガーを引いた。着弾した弾丸が水ん中で爆ぜて水柱が上がる。
――そういうことか!
「セルシウス、頼む!」
『凍てつけ!』
水柱がセルシウスの腕の一振りで凍りついた。ミュゼを隠すくらいに立ち上った水柱を凍らせた。一時的にだが動きは封じた。
「逃げるぞ!」
気絶してるジランドを背中に担ぐ。ぐっ、あんた地味に重てえのな!?
ヴィクトルはヴィクトルでエリーゼを、イバルはミラをそれぞれのやり方で担いで、全員で走り出した。
三十六計逃げるが勝ちってな!
後書き
旅をしてないミラの精神は脆いです。どちらかといえば分史ミラ寄りかもしれません(なので目の色を「バラ色」と表現したのですがね。これが完璧な正史ミラなら「マゼンタの目」にして区分してきました)。
さて、使命も存在も作り物だと知ったミラ。これからどうなるのでしょう。
キーパーソンは、ずばりイバルです。
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