| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

クルスニク・オーケストラ

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

最終楽章 祝福
  終-1小節

 人の死後には二種類ある、とマクスウェル姉妹は言った。《カナンの地》で循環するか、冥界に堕ちて永劫さまようか。

 あの日、時歪の因子化したジゼルは、当然《カナンの地》の魂の循環に乗ったんだと思った。

 “ジゼルはこの地のどこにもいない”

 オリジンはただ逢えないことを比喩的に言ったんだと解釈した。
 でもそれが違ったら? 「この地」が「カナンの地」だったら?
 カナンの地に魂がいないのなら、どこへ行った?

 これに対して手がかりをくれたのが、ルドガーの仲間の一人の、新聞記者の少女だった。

 その子は、魂の循環を司る《カナンの地》とはまた違う死後の世界を、文献を引っくり返して調べて、俺たちに教えてくれた。

 ――リーゼ・マクシア。ザイラの森の教会。かつて冥界の王プルートをマクスウェルが封じたという伝説がある地。




 リドウとヴェルにアイコンタクトで確認。俺は教会のドアを開けて中に踏み込んだ。

「っ、さむ……っ」
「どうやらまだこのブッサイクな防寒着は脱げないみたいだね」

 建物の中にいるのに息が白い。暖房――なんて物はあるわけないか。リーゼ・マクシアだしな。

「「ようこそ、永劫の大精霊の社へ」」

 っ! 講壇の上に女が二人。声をかけられるまで気配が読めなかった。まるで今唐突にここに現れたみたいに。

「私はティース」
「私はパテル」
「「この教会の管理者です。今日はどういったお話をお求めで?」」


 “教会には巫女さんが二人います。その二人に気をつけてください。そいつらこそが――”


 ふり返る。3人で肯き合う。あの子がくれた情報通りなら、こいつらは。

「冥界の王プルートに会いに来た。お前たちがそれだな?」

 ティースとパテルは同じ造作の顔をきょとんとさせて、それから、妖艶に笑った。

「知っているなら話は必要ないわね」
「そう。私たちこそ」

 女たちは互いに滑るように近寄り――交ざって闇が生じた。

「「我らにして我。死すら超える、永劫の大精霊にして冥界の王」」

 晴れた闇からどしんと一歩を踏み出したそれは、「鬼」だった。冥界の「王」を冠するだけはある。禍々しい光背、荊で編んだ両刃の剣と、突起だらけの盾。

 ヴェルはなるべく後ろに、俺とリドウでいつでも応戦できるよう構えを取る。
 武器はまだ抜かない。今から俺たちはこいつに「交渉」するんだ。心証が悪くなる真似は避けたい。

「これが冥王プルート……」
「ハッ。イイ趣味してんじゃん。これなら良心の呵責なくやれるな」
「お前に良心が備わっていた新事実に驚きだ」

『おーおー、勢いづいとるやんけ、クルスニクの末裔。オリジンの審判のうなってテンションハイんなっとんかいな』

「「「……は?」」」

 何だ今のしゃべり方。威厳も畏怖もへったくれもなかったぞ。

『何やねん。鳩に豆鉄砲食ろたような顔しよってからに。って鳩が豆鉄砲打てるかーい! ってツッコむとこやろそこは!』
「なあユリウス。その新聞記者のガキの言うこと、本当に正しかったのか?」
「……自信がなくなってきた」

 とはいえ、しゃべり方だけで判断するのも早計だ。ほんっとーに自信はないんだが、一応聞いておこう。

「お前が冥界の王プルートか」
『せや。よう来たなぁ、クルスニクの末裔。見とったで、自分らの《審判》の一部始終。何百年かぶりに最高に盛り上がったわ。おおきにな~』
「……、冥界にはカナンの地に行かなかった魂が辿り着くと聞いたが、これは事実か?」
『よう勉強してきたみたいやな。確かにカナンの地で循環に乗らんかった魂は、ウチで貰うてリサイクルしとる』

 リサイクル? 魂を?
 意味が分からなくてリドウやヴェルと顔を見合わせた。これには二人も訝しげな表情だ。

『簡単に言うとやな。魂のエネルギーは最大量が決まっとんねん。分史世界が1コやろうが100コやろうが均等に配分されるし、増えへん』
「分史世界が増えることで魂のエネルギーは拡散し、正史世界の魂は枯渇する、ですね」

 ヴェルがエージェントに説明する時用の模範解答で、どうにか話題に参加しようとしてる。

『ちゅーんが人間と精霊の認識』
「違うのですか?」
『ちゃうんやなこれが。よお考えてや。そもそもその「魂のエネルギー」っちゅうの、どこのどいつが拵えたもんや?』
「オリジンだろ。精霊の王ってくらいだし」
『ブッブーっ』

 リドウが青筋立ててメスで斬りかかろうとしたんで、俺とヴェルで両脇から止めた。よせって。せっかく快方に向かってる内臓がヤバイことになるぞ。

『オリジンは自分で力使うことはあらへん。アレが自発的にやっとんのは魂の循環と瘴気の封印くらいや。正解はな、まんま「魂」や』
「魂、ですか」
『何万年とかけて輪廻を巡って、もーこれ以上はアカン! っちゅーくらいに摩耗した、魂の燃えカス。もう産まれられへんほど細かなった魂を、カナンの地から冥界にぽーんと落とすねん。それが魂の「エネルギー」ちゅうヤツや』 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧