クルスニク・オーケストラ
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最終楽章 祝福
終-2小節
魂のエネルギー。マナ。今日まで区別さえつけてこなかったそれら。空気中に漂い、俺たちの世界を回すナニカ。
それが……人間の魂の、燃えカス?
やばい。吐きそうだ。今までそんな空気を吸って何十年と生きてきたのか俺たちは。
「そんな……ひどい……っ」
『せやかてねーちゃん、そのままやとその魂生まれられへんのやで。よくて死産。地上に降りた途端に砕けて永久に消えてまうんもおる。せやったらリサイクルしたったほうが何ぼか優しい思わへん?』
「ですが、それじゃあまりにも……!」
『自分ら人類、人死に出たらよう言うやんけ。「死んでも風に土になって一緒にいる」とか。ウチらがやっとるんそれ世界規模にしただけやで。世界が大樹なら、正史が幹で分史が枝。擦り切れて形保てんなった魂は枯葉や。枯葉は大地に落ちて腐って土に還る。その土こそウチらの冥府の本質や。樹は土から栄養吸い上げて茂る。何もおかしいことあらへん』
「……じゃあ、じゃあジゼルは、もう……魂のエネルギーに還元されてしまったんですか?」
『ジゼル? ああ、ジゼル・トワイ・リートか。アレはなー、ホンマにレアケースやで。《呪い》のせいで魂の摩耗が一代や思えへんくらい進んどったさかいのう。カナンの地行って《橋》開錠してから即ウチんとこ落とされたさかい』
「――待った。ジゼルじゃないなら、《魂の橋》を支えていたのは」
『ジゼルん中におった奴ら。自分らが《レコードホルダー》とか呼んどった、魂の切れ端らや』
あの《橋》は、本当に多くのクルスニクの祈りで架けられていた。俺たちは本当に2000年分の総決算であそこに至ることができたんだ。
くそっ、不覚にも胸にぐっと来たじゃないか。
いや、今日の本題はそこじゃない。感謝も礼も後でいくらでもしよう。今は。
「ジゼルは冥界にいる。まだ魂のエネルギーに還元されてはいない。間違いないんだな、冥王」
『おうとも、間違いあらへんで。ジゼルはまだ形保ったまんまウチんとこおる』
――掴んだ。お前へ続く糸。
「今日は頼みがあって来た」
『――ほう? 永劫の大精霊に頼み事なあ。オモロそうやんけ。言うてみ』
「冥界にいるジゼル・トワイ・リートを連れ戻したい。プルート。俺たちを冥界へ入れてくれ」
リドウはともかく、戦えないヴェルまで志願したんだ。一欠けらの可能性に賭けて。
元より俺たちクルスニクは、2000年も分の悪い賭けを続けさせられたんだ。このくらいのバッドラックは慣れっこだ。
『アカン言うたら?』
「そん時は腕づくで、になるかな」
リドウの手がメスを入れてる懐に入った。俺も双刀の柄に手をかける。
『あーやめやめ。ウチしんどいのもめんどいのも嫌いやねん。入りたいなら入れたるさかい、その物騒なモン仕舞いや』
今、こいつは入れると言った。言ったよな!? やった、これで!
プルートが剣で差した床に穴が開いた。一見すると大きな黒いシミとしか思えない穴。
『ただし行けるんは一人だけや。1対1。一人連れ戻すんに3人で行くんは反則やさかいな』
ジゼルを迎えに行けるのは、俺とリドウとヴェルの内一人。それなら――
「考えるまでもないだろ」
ドカッ
なっ…!? おいリドウ、今、背中蹴ったの…!
「行ってらっしゃーい」
「リドウさん、何てことを! ――ユリウスさん、ユリウスさーん! 大丈夫ですかー!?」
「ま、何とかするでしょ、アイツなら」
落ちる、落ちる、落ちる。暗い暗い奈落の底へ。
あいつ、手加減なしに背中のど真ん中蹴りやがったっ。帰ったら同じ分だけ蹴り返してやる。
ぼんやり白い地面が見えてきた。さすがに落ちっ放しということはないわけか。
っと。接地成功。
白い夜の砂漠。喩えるならそんな感じの場所だ。
どこまでも広くて、果てがなくて、右も左も分からない。――これが、冥府。
もう俺たちは骸殻を使えない。《審判》が終わった日から、どの骸殻能力者が何度時計に呼びかけても、誰も作動させられなくなった。俺もリドウも然り。
だから、もしこの冥府で何かしらの魔物が出るなら、俺自身の剣だけで道を切り開かなければいけない。
「――上等だ」
クラウンの称号は骸殻で勝ち取ったわけじゃないってことを教えてやる。
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