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Shangri-La...

作者:ドラケン
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第一部 学園都市篇
第3章 禁書目録
  七月二十七日:『星辰の日』Ⅱ

 夕刻、十六時。本部宛に本日の活動記録を提出し、後は帰るのみとなった。まだまだ日は高いとは言え、もしかしてと言う事もある。後輩(女の子限定)と涙子を送っていく事にした。
 その道すがら、涙子がポツリと口を開いた。

「そう言えば、こんな都市伝説知ってますか?」

 と、前置きして涙子が口を開く。相も変わらず、あんな目に遭っておきながら……記憶を消したのが悪かったか、アングラに首を突っ込んでいるようだ。

「『駅前広場の黒猫男』って話。何でも、第七学区の駅前で黒い猫の覆面を被った男が女学生に声を掛けてて、うっかり着いていくとボロボロに弄ばれた上に人体実験の材料にされちゃうんだって」
「何それ怖い。駄目だぞ、三人とも。そんな変態に着いていっちゃあ」
「御心配されなくても、まともな感性の人間であればそんな怪人物に着いていったりしませんの」

 なんだか思い当たる節もあるような無いような気もするが、気にしない事にして。当たり二回、実質二人分で四人に行き渡らせたジュースを啜る。
 因みに、今度はまともな自販機のジュースだ。その上で、何故か嚆矢は芋サイダー。

「う~ん、ドロッとしていてザラッとした最悪の舌触りと喉越し。後味を引くどころか、後味が悪いとしか言いようがない澱粉質。うん、一片の余地もなく不味い、最早糞不味い! ある意味凄い!」
「あの、幾ら勿体無いからって、そこまで言いながら飲まないでも……」

 自らの『確率使い(エンカウンター)』を過信し、『何が出るかお楽しみ』の釦を押したのがそもそもの間違いだった。この能力(スキル)は、一から九十九の間でしか効果はない。()()()()()()()()()()()()()()()()
 詰まり、最初から『何が出るかお楽しみ』にこの芋サイダーしか入っていないのであれば、当然コレ以外が出る事はないのだ。単純な話である。

「え~、じゃあ、これは未確認情報なんだけど……御坂さんらしき女の子が真夜中に男性と追いかけっこしてるっていう噂が」
「あ~……まぁ、御坂も女の子だし」
「お姉様に限って、そんな事がある訳がありませんの! 証拠は、ソースはどこですの! 完膚なきまでに擂り潰してやりますわ!」

 そんなこんなで、ツインテールで怒髪天を突いた黒子を宥めながら。気が付けば、別れ道。右方面の、駅を挟んだ彼方に嚆矢のアパート。前の通りのバス停に柵川中の寮方向のバス、そして左方面の彼方に常盤台の寮。

「では、わたくしはこちらですので。ごきげんよう、ですわ」
「じゃあ、ここで。気を付けて帰るんだよ、二人とも」
「貴方もですわよ」

 然り気無く、一人になる黒子を送っていこうとしたのだが……流石に、新幹線には追い付けない。八十メートル先に空間移動(テレポート)した黒子の後ろ姿を見送って。
 苦笑する飾利と涙子に向けて、肩を竦めて戯けてみせた。

「と言う訳で、送ってくよ」

 幸い、彼女らの寮の場所は知っている。帰り道に迷うような事もない。ジュースを何とか飲み干し、何処かに屑籠はないかと見回す。

「あ、わたしが捨ててきますよ」
「いやいや、そんな悪いし」
「奢って貰ったお礼です」

 おっとりしているように見えて、飾利が一度こうと決めたら梃子でも動かない事は、もう分かっている。
 仕方なく空き缶を預ければ、自分の分と涙子の分も含めた三人分を持って、少し離れた場所にある……と言うか『居る』清掃ロボットの方へと、とてとてと駆けていく。

 転ばないかと胸を高鳴らせた……ではなく、手に汗握ったのは内緒。

「────もし、そこのお二方。お訊ねしたい事があるのですが」
「え、あ、はい?」
「はい、どうかしましたか?」

 そこに、背中から野太い声が掛かる。不思議と、どこかで聞いた覚えがある気がしたが……今は気にしない事にして。
 振り向いた先、そこに────見覚えの無い、三十絡みの男性の姿。甚平に雪駄、扇子と言うこれから夏祭りにでも行きそうな出で立ちの長身に、痩躯にすら見える程に引き締まった身体。糸のように細い眼差しに笑みの張り付いた、スキンヘッドの好好爺(こうこうや)然とした男性が。

「いや、実は道に迷ってしまいましてな。ここにはどう行けばよいのですかな」

 見せられた紙、そこには住所とアクセス方法。しかし、そこは。

「対馬さん、ココ、柵川中の寮ですよね?」
「多分……そうだと。お子さんにでも会いに?」
「似たようなもの、ですかな? ハッハッハ……」

 いきなりの不躾にも、笑って済ませる鷹揚な人物のようだ。そのせいか、警戒心は失せている。
 そのスキンヘッドが、夕方の日差しを浴びてキラリと光って。

「だったら、私達が送りますよ。丁度、そこに住んでますから」
「おや、それは有り難い。篤く御礼申し上げます」
否々(いやいや)、元々用事があっただけですから。頭なんて下げないでくださいよ」

 深く頭を下げられ、此方が恐縮してしまう。涙子も嚆矢も、揃って一歩前に。

「何の、恩を受ければ礼を尽くすのは当たり前の事。礼を失しては沽券に関わりますからなぁ……」

 そんな二人に向け、頭を下げたまま。男性もまた、一歩足を踏み出して────。

「────この、鷹尾 蔵人(たかお くろうど)の」
「────」

 にたりと、嘲笑う声。背筋に感じた悪寒と、目に見えるかのように昂る瘴気。しかし、既に遅い。()()()()()()()()()()()()
 胸に走る冷感。次いで、灼熱。最早、痛みはなかった。目にも止まらぬ『応無手突(オウブシュトツ)』により胸に突き立つ、鉛筆ほどの『グラーキの棘』を目の当たりにしたところで。

「…………!? …………!!」

 その猛毒により倒れ伏し、指先すら動かせない。そもそも、絶命していないだけで奇蹟だが。
 此方に呼び掛けているらしい涙子の声も、最早意味を成さない。ただ、『逃げろ』と口に出来ない事が悔しかった。見下ろし、嘲笑う男性──『Ⅱ』と表紙に印された魔導書(グリモワール)を携えた鷹尾蔵人の手が、彼女に迫っているのを無力にも見ているしかなく。

 意識を失う瞬間まで、それを。自らの浅慮を恥じながら…………


………………
…………
……


 彼女が帰ってきた時、そこにはもう、誰の姿もなく。飾利は、ぽつねんと佇んで

「あれ……佐天さん、嚆矢先輩?」

 見回したバス停に、二人の姿はない。無論、()()()()の姿も。充満していた瘴気も、『非日常』は何も。そこには、『当たり前』の日常しかない。
 それに、彼女はぷくりと頬を膨らませて。

「もう、置いてくなんて酷いですよぅ……」

 『当たり前』の日常らしい言葉を口にしたのだった。 
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