Shangri-La...
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第一部 学園都市篇
第3章 禁書目録
七月二十七日:『星辰の日』Ⅰ
前書き
明けましておめでとうございます!m(._.)m
早速、新年最初の投稿をさせていただきます!
今年も一年、宜しくお願い致します!
暗闇。否、それすらもない。さながら、電気羊の夢。グリッドもシグナルもないが……確かに、それは機械が見る夢。『正体非在の怪物』と呼ばれた、暗部の掃除機が。
『いい気なものだな、人間よ。悪質な機械よ』
それを、嘲笑う者が居る。ギリギリと擦れ、軋むような刃金の塊が。
和風とも洋風とも判別のつかない甲冑。暗闇を溶かしたように禍々しい爬虫類の翅のような黒羅紗の陣羽織に、毒牙や毒爪、或いは魂を籠めて鍛錬たれた『剱冑』の鋭さを思わせる、侍の鎧兜。腕を組み、仁王立ちするその全身の隙間から覗く、燃え盛る憤怒を灯した無数の蛇じみた赫瞳。
余りに雑な和洋折衷に、一瞬感じた不快感。焔と油、乱雑な檻は、何か嫌な記憶を。
『■ぃ■……』
頭を振り、『記憶』を振り払う。思い出しては、『対馬嚆矢』が成り立たない。
『“第六天魔王”は貴様を気に入ったようだが……余は違うぞ。あの痴れ者の小娘とは違う。この“第六元魔王”こそが、真なる魔王!』
刃金の甲冑が、黒い兇刃が解けて渦を巻く。鎧武者の具足が、飾られたような状態から別物へと形を変える。
長い、まるで黒い昆虫のようなその姿。二本の角と複眼を備え、強固な外骨格と天鵞絨じみた毛皮に包まれた三節構造。背には殻の二枚の外翅と、薄く繊細な内翅二枚。前肢は太く強靭、中の肢は細く鋭利、後の肢は強く壮健。
さながら────それは、『七つの芸を持つ』という昆虫『螻蛄』のようでもあった。
『覚えておけ……このままでは済まさぬ。この余を虚仮にした貴様らは……!』
軋むような声が、遠ざかる。それは、覚醒の兆し。この漆黒からの生還の兆し。
“第六元魔王”を称した『邪竜』は、それを軋みながら睨み付けていた。
………………
…………
……
チュンチュン、と。小鳥の囀りが、覚醒したばかりの鼓膜を揺らす。カーテンをすり抜けてくる優しい朝陽に、蜂蜜色の胡乱な瞳が周囲を見渡す。状況の確認を開始する。
寸暇、状況把握。第七学区『メゾン・ノスタルジ』の自室、その寝室である。3LDK、風呂便所共用。三階建て、部屋数六。現在使用中の部屋は、二階の東に位置するこの部屋を除いて二室。一階一号室の管理人室、二階二号室の此処、そして三階一号室の名前も知らない『誰か』。
状況掌握、終了。今日の予定は二件、昼は風紀委員の仕事、夜は────神弑し。低血圧の自堕落も此処まで、布団を抜け出してダイニングヘ。背伸び、欠伸。その仕草で、昨日の負傷が癒えている事を確認する。
胸と両掌の傷は、既に古傷。肋骨は……まだ、繋がり始めたくらいか。ルーンの癒しや、錬金術の応用で『金属』を繋げた事。そして、元々の回復力の高さで、何とか復帰した。
「ほうほう、これが映写機という奴か……ふぅむ、何故に絵が動くのやら」
『てけり・り。てけり・り』
「…………」
リビングの、朝の某変身ヒロインアニメが流れているテレビにかじりついている悪姫と床上を蠢く不気味な粘塊とかを無視する道々、体の調子と共に確認した時間は五時二十分。風紀委員の活動までは、まだ三時間ほどある。
冷蔵庫から、凍ったお握り六つを取り出してレンジで加熱、十分。その間に残り三分でカップ麺三つにお湯を注ぎ、待つ。
「ほう……何故、握り飯をくるくる回しながら照らしておるのじゃ? そもそも、これはどんな絡繰じゃ?」
「温めてんだよ、電磁波で。これはレンジ、食べ物を温める機械」
「ほう……して、『電磁波』とやらをあてると、何故温まる?」
「水分が振動して熱を発生させる……らしい。やり過ぎると爆発するからな、勝手に使うなよ」
「なんと、爆発とな!?」
「目を輝かすな」
寄ってきた市媛に応じていると、そこで丁度レンジが鳴る。取り出されたホカホカのお握り六つを片手で器用にジャグリング……は無理臭いので、受け皿ごとテーブルへ。
因みに嚆矢は醤油、市媛は味噌。そしてショゴスは犬用の餌入れに、塩ラーメンをお握りに引っかけたねこまんま。何気に、一回で三食分の費用がかかってしまう事になったが。
──最近の暗部って、儲かるんだな……新聞配達のバイトの四ヶ月分だったぜ。
沈利に貰った報酬のマネーカード、その金額にコンビニ内で鼻水を吹き出したのが昨日の夜半過ぎ。
お陰で、深夜の交渉時は嫌に落ち着いてしまったが。
「そういや、あの鎧の夢を見た」
「そうか。あのまやかし、なんと?」
「『このままでは済まさぬ』だと。“第六元魔王”様は」
「呵、負け犬の遠吠えほど心地よいものはないのう」
「悪趣味な」
唐突に、話を振る。しかし、市媛はほとんど無関心でラーメンをすすっている。当然だが、箸使いは巧みだ。
そこで、話が途切れた。後には、ラーメンを啜る音とショゴスが餌を貪る音。
「あぁ、そうだ。俺、今日は夕方まで居ないから……大人しくしとけよ、見付かったら退去もあるかなら」
「管理人とやらだったか? 呵呵、心配無用じゃ。あの小娘どもの時を忘れたか?」
「それもそうか……だからって、迷惑になるような事すんなよ」
「わかったわかった」
揃って食事を終え、ゴミを捨てて箸を洗って水切りに。時刻、午前六時ジャスト。七時までに家を出れば、余裕で間に合う。
「ほう、ほうほう。天気予報とな……織姫一号か。これが儂の時代にもあればのう」
『てけり・り。てけり・り』
しかし、どうも置いていくのが心配だ。見詰める先、ショゴスを座椅子がわりに番茶を啜りながら、またもテレビにかじりついている市媛。熱心に、朝の情報番組を見ている。
勿論、連れていった方が問題が大きい。因みに、ショゴスは二分割している。これで、逐一部屋の情報を知れる筈だ。ショゴスが買収されなければ、だが。
「じゃあ、行ってくる。今日の夜は、ちゃんと居ろよ?」
「応とも。閨の用意は任せておくが佳い。後、そうさな……三人くらい生娘を連れて楽しもうぞ」
「はいはい、寝言は寝てから言えよ」
「呵呵呵呵……すぴ~」
冗談めかして笑って済ませているが、一体どこまで冗談なのか。戦国時代は両刀遣いが多かったとは聞くが。
そんな一抹の懸念を、振り払って。二本預かっている部屋の鍵の一つを残して、部屋を出た。
コンクリートの階段を降りる。エレベーターなどと言う便利なものはない。
その道すがら、見付けた後ろ姿。藤色の和服に割烹着、足袋に草鞋。竹箒を動かす度に、艶めく黒髪。長く垂れ下がる、纏められて猫の尻尾めいた後ろ髪がゆらゆらと。
「おはよう御座います、撫子さん」
「あら……おはよう、嚆矢くん」
声を掛ければ、振り返った眼鏡の女性。管理人の大和撫子。朗らかに、癒されるような微笑みを浮かべて。
足下、数匹の猫達。三毛、斑、白、黒。じゃれつくように、仔猫達は竹箒に猫パンチを繰り出している。どうやら、掃除をしていたのではなく……既に済ませた後で、猫と遊んでいたようだ。
「相変わらず、猫好きなんですね」
「ええ、犬も嫌いじゃないけどね。やっぱり猫の方が好きかしら」
楽し気に仔猫達をあしらい、転がしたり撫でたりしながら。答えた彼女が、思い出したように。
「あ、そうだわ。ねぇ嚆矢くん、実は実家からお肉が送られてきたんだけど」
「頂きます」
「はやっ……! まぁ、お裾分けするつもりだったんだけどね。一人じゃ腐らせるだけだから」
即答であった。だが、仕方ない。年頃の男子としては、やはり肉が食いたいものだ。
しかも彼女の実家から送られてくる肉というのは、牛や豚、鶏ではなく『山羊』。やたら黒く、見た目は悪いが……そもそも、他の山羊肉など見た事はないが……滋味に溢れ、まさに活力そのものといった具合だ。
「実はカレーを作ってあるの。今日が二日め、食べ頃よ?」
「はい、それじゃあ風紀委員の活動が終わってから伺います。ライスと、今月の家賃持参で」
「ふふ。ええ、待ってるわね」
にこりと微笑みを向けられ、此方も笑い返して別れの挨拶。敷地内の駐車スペースからスクーターに乗り、支部を目指す。最後に、ちらりと自室の窓を見る。無論、何も映ってなどいないが。
何故か、そこから……燃え盛るような三つの瞳に、見詰められている気がして。
「呵呵……」
朝の残響のような空耳を、間近に聞いたような気がした。
………………
…………
……
今日も今日で、先の『幻想御手事件』で人員の足りない警備員の小間使いの日々。下部組織の辛いところである。
愚痴を言っても仕方はない。それは分かる。人間には誰しも身の程があり、大した人間など一握りだと。それは分かる。そして、大変なのは得てして『そうでない人間』の方だと言う事も。
「…………」
ピッ、ピッと警笛を鳴らす。快晴、炎天下の交通整理。まさかの信号機の故障、まさかの十字路。主要な道路でなく、学生主体の学園都市なのが救いだが。
それでも、かなりの車の数。それを陽炎の立ち上る十字路の真ん中で、既に三時間。無論、キチンと水分は摂っているが。
「交代だぜ、ロリコン先輩……」
「おう……悪いな、おむすびくん」
へろへろと交代に来た巨漢、『巨乳』Tシャツの後輩と、へろへろ交代する。これで今日のノルマは終了、後は支部に寄ってから帰るだけだ。
「お疲れ様です、嚆矢先輩」
「お疲れ様ですの、先輩」
「ああ、サンキュー。飾利ちゃん、黒子ちゃん」
と、そこに二人の少女が立つ。花の髪飾りのセーラー服の飾利と、ツインテールにブレザーの黒子。これもやはり後輩、しかし間違いなく来てくれて嬉しい女の子の方。
飾利から渡された、キンキンに冷えた缶ジュースを一気に煽って。
「…………何というか……独特な」
『味だ』とは言わずに、銘柄を見る。『芋サイダー』なるドリンク。一体、どんな会社がこんな物を販売するなどという英断を下したのか。
「あはは、実はさっき試しに買ったんですけど……やっぱり、不味いですよね……」
「まだ、口の中が澱粉臭いですの……だから止めましょうと申しましたのに」
「ちょ、先にわたしの時にこのジュースの釦を押したの、白井さんじゃないで─────」
苦く笑う二人。じゃれあう女の子二人、微笑ましいものだ。だが、それよりもこれまで。
「う~い~は~る~~~っ!」
「へあっ?!?」
「とう!」
「ンぶふゥ!?!」
背後から忍び寄り、一瞬で飾利のスカートを巻き上げた少女。その長い黒髪が、しばしばさりと。飾利のスカートの裾とぴったり同じだけ、滞空して。
真正面から見てしまって、吹いた嚆矢。否、正確には黒子の裏拳で鼻面を叩かれて。
「おお、今日は水色と白のストライプかぁ。オーソドックスながら、ツボを押さえた選択ですなぁ」
「あ、あぁ……さ、佐天さんのバカぁぁぁぁぁ!」
佐天涙子は、びしりと親指を立てて笑い掛けたのだった。
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