SAO-銀ノ月-
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第七十二話
「ショウキ!?」
リーファに続いてショウキまでもが、この世界から突如として消え失せる。それもリーファのようなログアウトではなく、ショウキの方は操作をすることのない、外部からの強制ログアウト。
「リーファちゃんに……ショウキさんも? どういうこと?」
残されたのはあたしにレコン、キリト。二人の予期せぬログアウトに、ここにいる誰も理解が追いつかない。分かるのはリーファがキリトの妹で、ただならぬ様子でログアウトしたということ。ショウキの方は……分からない。
「ああ、もう……!」
理解の追いつかない怒涛の展開に、ショウキが困った時と同じように、つい髪をガシガシと掻いてしまう。リアルではやらないようにしようと思いつつ、まずはショウキに連絡を取るために、ログアウトを――
「…………」
――しようとして、やめる。先程までのあたしと同じように、慌てながらもリアルで連絡を取ろうとしているレコンの腕を掴み、無理やりそのログアウトを止める。
「待ってレコン。ログアウト、キリトにさせてあげて」
レコンを止めながら、唯一その場で行動を起こそうとせず、立ち止まっていたキリトにそう言ってのける。ログアウトする時のリーファの様子は、他人が関わる事情ではないことぐらいは察せられる。彼女がキリトの妹だというのなら、今のリーファに関わることが出来るのは、兄であるキリトだけだ。
「アスナのことが気になるのは分かるけど、リーファの様子も尋常じゃなかった。行ってあげて、キリト」
「……キリトさん」
レコンもそのことはもちろん分かっているらしく、少しの間あたしの腕から逃れようと抵抗しようとしていたが、最終的にはシステムメニューを閉じてキリトの方を向く。すると、そのままキリトに対して頭を下げた。
「……さっきは胸ぐら掴んじゃってすいません。リーファちゃ……直葉ちゃんをお願いします」
「……ああ」
レコンにそう言われるまで、苦々しく顔を歪ませていたキリトだったが、そう肯定するとログアウトするべくシステムメニューを呼び出す。アスナの手がかりである世界樹が目の前にあるとは言え、妹のことを放っておける訳もなく、リーファとショウキに続いてこの世界から消えていく。
そして、この央都《アルン》にはあたしにレコン、ユイだけが残される。
「ごめんねレコン。貧乏クジ引かせちゃって」
「別に……いいよ。大丈夫……」
今からでもリーファのもとに駆けつけていきたいだろうに、口だけそんなことを言うレコンに心中で苦笑する。一瞬でも目を離すとログアウトしそうな様子でそわそわしていて、後で何かレコンにはお詫びをしなくては……と思っていると、あたしの目の前にユイが飛んできた。
「それより、リズさんはショウキさんのところに! 強制ログアウトなんて……」
「そ、そうだ、ショウキさん!」
リーファのことが心配で、本気でレコンの脳内からショウキのことが忘れられていたらしい。クスリと1つ笑うと、二人に宣言する。
「大丈夫」
その一言にポカン、と言った様子のユイとレコンが取り残される。……もちろん心配してないわけじゃないけど、ショウキに連絡を取るよりあたしたちにはやるべきことがある。
「ショウキは大丈夫。それより、三人が戻って来るまで、あたしたちにしか出来ないことをやらないと!」
三人が帰ってきた時に驚かせないとね――と言葉を続けると、三人で顔を見合わせてそれぞれやるべきことを考える。キリトたちが帰って来た時には、もう《世界樹》の攻略が始められるように、と。
「リズちゃんは……」
「ちゃん、じゃない」
さて、あたしたちでやるべきことを決めて、それぞれ飛び立とうとした時に。キリトのポケットの代わりに――と言っては何だが――ユイを肩に乗せたレコンが、おずおずと話しかけて来た。よってニコリと笑顔で訂正すると、何故か怖がらせてしまったようだけれど。
「あの水路の時もそうだけどさ、何でそんなにショウキさんのことを大丈夫、って言い切れるの?」
アルンに来る時の水路でウンディーネにショウキがやられ、川に流されて一時離脱した時も、言われてみればそんなことを言ったような気がする。ショウキが来る前に倒して、ショウキに吠え面かかせてやる――とか何とか。あの時そう言ったのは、自分とレコンを鼓舞するのが主目的だったけど、改めて問われるとすぐには答えられなかった。
「うーん……いざ言われると難しいわね……って、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
どうしてショウキのことを大丈夫だって言い切れるのか、ログアウトして駆けつけるほど心配してないのか。そう聞かれると少し考え込んでしまったが、すぐにそんなことを問答する暇ではないことに気づく。
「あんただって、リーファの為なら自爆するぐらいの気持ちはあるでしょ? ――それと同じ!」
急いで口から飛び出した言葉は、我ながら意味が分からないアドバイスだった。それだけ言い残すと、あたしは背中の翼と左手の補助コントローラーを操り、目的地へ向かうべく大空に飛翔する。取り残されたレコンも、ユイに促されて別方向へと飛翔していく。
「どうしてショウキのことを大丈夫って言い切れるか、か……」
飛翔しながらも、レコンに問われたことを小さく呟く。羽や風の音に混じり、消え去りかねないほどの声だったけれど、発した本人であるあたしの耳にはしっかりと届いた。
あのデスゲームの二年間において、ショウキやキリト、アスナのように最前線で戦っていた訳じゃないけれど、あたしも武器を通して、自分なりに戦っていたと思っている。第四層の時から何人、何百人の武器を見て直して作って……祈ってきた。この武器を使う人間が、どうか無事に帰ってこれますように、と祈って……プレイヤーたちを死地に送り込んできた。
そして一番の傑作を携えた彼は、《笑う棺桶》の討伐戦に各階層のボス戦、最後の層となった75層のボス戦と、様々な死地を巡って、そして帰ってきてくれた。その都度、祈りを込めて武器をメンテして、それでまた彼は攻略に向かって行って……茅場晶彦との戦いでも、彼は――ショウキは帰って来てくれた。
「……もう一生分の心配、しちゃったのかもね……」
もう一度だけ小さく呟くと、こんなこと考えているなんてらしくない、と首を振ってそんな思考を頭から追い出す。レコンのせいで時間を無駄にした……と責任転嫁しつつ、可能な限り素早くスピードを出して目的地に飛ぶ。補助コントローラーだからショウキ達ほどスピードは出ないけれど、あたしが目指している場所はそう遠くない。
「お、っとと……」
高くそびえる世界樹をもう一度見据えながら、まだ少し覚束ないホバリングをしながら目的地を着地する。アスナを助けるために、あたしが出来ることは正直少ない……そんな自分が情けないけれど、それでもあたしにしか出来ないことがある。
そのためにあたしは、目的地である――あたしたちが昨日泊まった宿泊所に入っていった。
人生で二回目の強制ログアウトを経験した俺が最初に見たのは、見知った自分の部屋の天井だった。今度の強制ログアウトでは、現実に帰って来れたことに少なからず安堵しながら、アミュスフィアを頭から取って起き上がった。
アミュスフィアは『今度こそ安全』、などと冗談のようなキャッチコピーを掲げているだけあって、何か異変があった場合にはすぐさま強制ログアウトが起きる。その分ナーヴギアより脳に及ぼす影響が低く設定され、アバターに関する様々なことが劣っていたりするが……それはともかく。そして、強制ログアウトの条件は体調の異変だけではなく、もう一つ決定的なものがある。
「……父さん、母さん」
――外部からコンセントを抜かれることだ。
俺が寝ていた布団の横には、アミュスフィアのコンセントを持った母と、百円ショップで買っていた鍵を片手に持った父が佇んでいた。強制ログアウトの真相はこういうことだろう、と心のどこかで俺も考えていたらしく、驚くほど冷静に両親を眺めていた。
「ここじゃ話すことも話せないわよね。……頭冷やして、道場に来なさい」
母は矢継ぎ早にそう言うと、黙ったままの父とともに、止める間もなく離れの部屋から出て行く。二年間デスゲームに囚われていた俺が、再びナーヴギアと同種のアミュスフィアを使い、そのまま倒れている――それを見た両親の気持ちは想像に難くない。だから秘密にしていた……などと言うのは、ただの俺の都合に過ぎない。
「親不孝者だな……」
明るい母に寡黙な父。デスゲームから帰ってきて剣道も出来なくなって、関係もこじれて、会話も減って……こんな状況になったのも、俺が逃げていたのが原因だ。細かいことをグチグチと考えて行動せず、結局逃げの一手を取ってしまうことが、俺の悪癖だと父は言っていた。同時に、たまには迷わずに即決してみろ、というアドバイスも合わせて。
「……もう逃げるのはやめだ」
まずは現実から逃げないように。頬をパチンと叩いて気合いを入れてから、両親が待っている道場へと、手近にあったコートを羽織って離れの自室から出て行った。
外はコートを着ていても肌寒く、空は雪が降りそうな天気だった。……その空を眺めていると今更ながら、あのデスゲームからもうそれだけ経ったのか、と痛感した。
家の母屋とともに併設された道場。そう聞くと豪邸のようで聞こえは良いが、正直に言うと道場にばかり面積を取られているため、広々とした豪邸には程遠い。聞いたところによると、小さい時にはキリトも通っていたらしく、直葉は俺たちがアインクラッドに囚われていた時も、足繁く通ってくれていたらしい。当然ながら、俺も小さな頃からこの場でお世話になっており、思い出も数え切れない程にある。アインクラッドに囚われていなければ、今もここで、竹刀を振っていただろうと確信できるほどに。
……そんな、古来より続く木造の神聖な場所だ。適当に羽織ってきた黒いコートを脱いで手に持ち、もう一度気合いを込めて襖を開けると、そこにはもちろんのこと両親が鎮座して待っている。礼をしながら敷居を跨ぎ、座る両親の前に自分も座る。
随分と仰々しいことをやっていると自分でも思うが、こういうことは古来からの礼儀を重んじる父の影響だ。神聖なる道場で俺のことを糾弾する――というと、やはり大げさだが、やっていることはリビングに呼び出して家族会議をする、というようなことと何ら変わりはない。
「翔希、何の話かは分かるわよね?」
父はやはり黙ってこちらを見ているのみで、問いかけてくる母に無言でコクリと頷く。ナーヴギアの亜種でフルダイブしていたことについては、何の言い訳が出来るはずもない。
「あの機械じゃなかったみたいだけど、何でまた使ってるの?」
「必要だった。友達に助けられた、恩返しがしたいんだ」
キリトに助けてもらった恩返しを。俺があの世界に行ったのは、まずはそういう目的だった。怪訝な表情を浮かべる母に対し、俺は一から今起きていることを説明していく。キリトのこと、アスナのこと、ALOのこと。俺がどうして、再びフルダイブの世界に行ったのか、必死に伝わるように。
「……言いたいことは分かったわ」
……しかし、いくら話そうが、客観的に見ればそれは、ただのゲームの話である。ましてやフルダイブやアミュスフィア等の機器に、家族揃って疎いここならば尚更のこと。それでも、ただのゲームだとしても。
「俺は確かに、二年間あっちで暮らしてたんだ……」
ゲームの中だったとしても、アインクラッドで過ごした二年間は決してゲーム何かじゃない。確かにあの二年間を暮らして、生き延びて、日々を過ごしていた。それが例え、思い出したくないことも数え切れない程あるデスゲームだったとしても……あの二年間を、良くも悪くもなかったことには出来ない。
「そこで助けられた恩を返したいんだ。今度は俺が助ける番だ、って!」
家族に語った俺の言い分は、端から見ればゲーム中毒か、現実逃避をしきってしまった人間の言葉だった。それでも、そんなことをずっと迷っていないで、キリトの助けになることを優先する。…我ながら、そう考えるまで何て遅いことか。
「第三者から見たらゲームの話なんだろうけど……」
「もういいわ、分かった」
話しているうちに、弁に熱がこもってしまっていた俺の言葉だったが、母の冷静な一言に口をつぐむことになった。俺に対する制止の言葉に続いて、母もまた言葉を紡いでいく。
「言いたいことは分かったわ。頑張ってね」
「……えっ?」
邪魔して悪かったわね――と、さらに続けて母の言葉は終わる。あっけに取られて、間抜けな疑問の声を口から出してしまった俺に対し、母は溜め息混じりに回答する。
「目的があるんなら良いじゃない。何も悪いことしてないんでしょ?」
「あ、ああ……うん」
もっと糾弾を受けてしまうことを覚悟していた身にとって、母のその言葉には肩すかしをくらってしまう。そんな俺の様子を見てか、母はわざとらしく表情を歪ませる。
「なに? もしかして、絶対にあの機械に触るな! って言われることを期待してた? 良いとこのお坊ちゃんじゃあるまいし、そんなわけないでしょ」
……やはり母には一生適いそうにもない。サバサバしたその物言いに、つい身体の力が抜けてしまうものの、何とか耐え抜いて父の方を見る。先程から一言も口を発していない父だったが、いつも無愛想な父も、心なしか顔に笑みを浮かべて――
「ほら、あんたも黙ってないで何か言ってあげて」
――母に小さく叩かれていつもの無愛想な顔に戻る。やはり、我が家で最強なのは基本的に母らしい、ということを今更ながら確認する。
「……早く行ってあげなさい」
結局、父が言ったことはその一言だけだった。しかし、その発言はかなり的確でもあり――随分と時間が経ってしまっていた――慌てて道場の床から立ち上がる。キリトとリーファの間にも、何か問題があったようだが……きっと、リズがキリトの尻を叩いて無理やり行かせただろうから、あちらはキリトによるか。
急いで畳んでいたコートを羽織ると、道場から出る時に深々と礼をする。道場から出る際は必ず行う、神棚への礼と同じく――神様に対して失礼かもしれないが――必要以上に詮索しない両親への礼を込めて。両親のように行動出来るようになるのは、いつか分からないが……今はまず、迷っていないで行動あるのみだ。
「ああ、翔希」
アミュスフィアがある離れに走って向かっていた俺に対し、道場からひょっこりと顔をだした母の声が響く。
「今日は鍋だから、早く帰って来なさいね」
……ALOに行く前に見た、母が買い出しに行っていた様々な食材は、どうやら鍋料理の食材だったらしい。何鍋になるかは分からないけれど、この寒い時期には美味そうな料理だ。
――そして、本日二度目となるALOへのログインを果たす。セーブ地点の宿泊所からではなく、強制ログアウトとなったカフェの光景が辺りには広がっている。しかし、キリトとリーファはもちろんのこと、リズにレコン、ユイの姿も見当たらない。
リズにレコンも一旦ログアウトしたのか、と一瞬思ったものの、フレンド覧で確認したら二人ともログインしたまま。まさか、二人とユイだけで世界樹の攻略に乗りだしたのかとも考え、一応確認しに行ったが門は閉ざされたまま。当然である。
再びログインしたカフェに戻ったものの、やはり誰も見当たらない。あと思い至るのは、宿泊したホテルぐらいなものだが、あそこまで行くならさっさとメッセージで連絡を取った方が早い。そう判断し、リズにメッセージを手早く送ると――
――背後から気配と風を斬る剣の音に振り向くと、黒い大剣がこちらに落下してきていた。圏内だということも忘れ、つい反射的に日本刀《銀ノ月》を引き抜くと、そのまま抜刀術の要領で落下してきた大剣を切り裂いた。
「……ん?」
……その大剣がキリトが使っていた大剣だ、というのに気づくのは、斬って捨ててからであり。
「すいませーん! 当たってませんかー! ……あっ」
「すいませ……あっ」
また、キリトの大剣だった物が無残にもポリゴン片となるのと、頭上からスプリガンとシルフの男女――もちろん、キリトとリーファがやって来たのは、ほとんど同時のことだった。
「何で斬ってるんだよ……」
「……何で落ちてくるのか言ったら答えてやる」
キリトと非生産的な話をしながら、今度は三人でリーファの長剣を探しに行く。幸いなことに、リーファの長剣は簡単に見つかり――折られても斬られてもおらず無事に――リズから『カフェで待ってて』というメッセージが来たため、三度カフェに戻ることとなった。
「翔希くん、なんだよね?」
「ああ。改めてよろしく、直葉」
リーファ改め直葉と向き合う。キリトと何があったのか、事情をわざわざ聞いたりはしないが、リーファは少し吹っ切れた表情をしていた。……いや、何がどうして頭上から剣が落ちてくるような状況になるのか、ということにはとても興味があるが。
そして何とも不思議なもので、直葉だということが分かってから、リーファの挙動の向こうに現実の直葉が見えるような気がしていた。よく共に道場で鍛錬していたからか、都合のいい脳をしているのかは知らないが。
「でも翔希くん、本名そのままはどうかと思うよ?」
「…………」
「遅くなってごめーん!」
直葉……ではなく、リーファの至極ごもっともな意見に、放っておいてくれ――と、言おうとしたその時、カフェに新たな妖精が降り立った。小さいレプラコーン……リズだ。しかし別行動をしているのか、ユイとレコンの姿は見えなかった。
「あ、キリトとリーファもいたの? 良かった良かった」
「それよりリズ、何してたんだ?」
そんな俺の問いかけにニヤリとした笑みのみで応えると、リズは左手に持っていた補助コントローラーを消すと、ニヤニヤしながらメニューを操作していく。すると、その手に光とともに、二本の剣が握られていた。黒と白の二色の片手剣、それはまさしく――
「SAOで使ってた、俺の剣……!?」
――そう、《二刀流》のキリトの剣に他ならない。50層のフロアボスのLAボーナスである黒い剣《エリシュデータ》に、竜の洞穴で見つけた希少なインゴットで作った白い剣《ダークリパルザー》。アインクラッドで、キリトとともに戦場を駆け抜けた二本の剣が、在りし日の姿と同じようにそこにあった。
「もちろん、1から新しく作った別物だけどね。はい、キリト」
「あれが、お兄ちゃんがSAOで使ってた剣……」
トレード申請とともに二本の剣がリズからキリトに渡され、あの浮遊城の時と同様にキリトね手に収まった。……一瞬だけその姿が、スプリガンのキリトではなく、《黒の剣士》キリトであるように幻視する。
「重いな……」
「あんたが店で買ってた大剣より、ちょっと軽いくらいだからね。でもキリトなら大丈夫でしょ?」
あの大剣の少し軽いくらいのが二つ、と聞いて戦々恐々としたが、キリトはアインクラッドの時のように二刀を自在に操ってみせる。今この瞬間に戦闘が始まっても、何も問題なさそうなその動きに、制作者であるリズは満足げに微笑んだ。
「でもリズ。どうしたんだ、これ……?」
「ホテルに鍛冶屋あったでしょ? あそこで造らせて貰ったわ」
もちろん、特別なインゴットとかボスのドロップアイテムとか使ってるわけじゃないから、アインクラッドで使ってた奴には断然劣るけど――と、リズの説明は続く。世界樹に来る前に、リズが武器のメンテナンスをしていたところを思い出し、リズは俺たちがログアウトしてから武器を作っていたのか、と得心がいった。すると、リズが今度はこちらの方を向く。
「はい、ショウキにはコレ!」
「えっ……まだあるのか?」
「時間ないから、キリトとあんたにだけ。感謝しなさいよね?」
てっきりキリトの二刀のみかと思っていたので、素直に驚きながらリズからのトレード申請を受託し、とりあえず装備を取り出すことにする。そして現れたのは、新たなもう一本道の日本刀――などではなく、左右揃った銀色の手甲のような物だった。
「……籠手?」
「ガントレット。……その二つの違い、あたし分からないけど」
籠手とガントレットの違いは俺にもよく分からないので、とりあえず籠手ということにしておく。銀色の美しい装挺をした軽い材質で、試しにつけてみても全く動作を邪魔しない。その分、あまり大威力の攻撃は防げそうにないが、そこは使い方次第だろう。
「しかし、何でまたこんなものを……」
「……あたしの代わりに、ぶん殴ってくれるんでしょ?」
リズは俺の問いを、身長の関係で見上げるようになってしまうものの、真っすぐと目を見据えながら答えた。機会が来たのならば、リズの代わりにアスナを囚えている者を殴る、という約束。……もちろん、忘れてはいない。
「……せいぜい、思いっきりぶん殴るよ」
「よろしい」
二人してクスリと笑いあうと、もう一度しっかりと籠手をはめ直す。この少ない時間で、これだけの装備を用意してくれたリズに感謝しつつ、籠手をつけた状態でもクナイを素早く掴めるように試す。……問題なく出来ていることを確認していると、リズはリーファへと話しかけていた。
「ごめんねリーファ。時間なくてリーファとレコンの分は……」
「そ、それはいいんだけど……レコンはどうしたの?」
「ユイも姿が見えないけど……レコンと一緒なのか?」
姿を見せない残り二人こと、レコンとユイについてキリト兄妹が同時に尋ねる。リズが鍛冶のために宿泊所に戻ったのは分かったが、レコンたちがどこにいるかは皆目見当がつかないが……リズは悪戯っぽく微笑んだ。
「あたしたちにはあたしたちに出来ることを、ね」
リズのその言葉が終わると同時に、遠くの空から轟音が響く。このタイミングをリズが狙ったのならかっこいいものだが、リズ自身も小声で「えっ、はやっ……」などと呟いているので、何とも格好がつかない。聞こえなかったことにしておく。
「……飛竜!」
そして空から響く轟音の正体は、リーファが驚いた通りに飛竜。空を覆い尽くすほどの竜と鎧を纏った妖精たちが、平和なアルンの上空を支配していき、その中の幾つかがカフェの近くの広場に降下を開始する。
「リーファちゃーん!」
その飛竜たちのうちの一匹から、見知ったシルフが――レコンが姿を見せる。よく見ると、その胸ポケットにはユイの姿が見える。そして二人のやっていたことは、このシルフとケットシーの軍勢を、このアルンまで誘導することだと悟る。
偵察に秀でたレコンとナビゲーション・ピクシーのユイの二人ならば、手早くアルンに誘導することも可能なのだろう。事実、シルフとケットシーの軍勢に目立った損害はなく、あとは世界樹の攻略に乗り出すのみ、という状態だ。
「自分に出来ることを、か……」
リズの先程の言葉を思い返しながら、俺は知らず知らずのうちに日本刀《銀ノ月》を握り締めていた。世界樹は変わらずアルンにそびえ立っている……
……そして、その世界樹の頂上では。檻に閉じ込められたアスナが外を眺めていた。見えるものと言えば雲ばかりだが、他に何があるわけでもない。
しかし、今までは祈ることしか出来なかった彼女だったが、今は確かな希望があった。娘であるユイの呼びかけと、一緒にいるはずのキリトに託したカードキー。
すぐにでもキリトが助けに来てくれる――そう、アスナが願っていた矢先に、部屋の扉が開く。もちろん、キリトが早くも来たわけではなく、扉が開いた瞬間に不愉快な声がアスナの耳に届いた。
「やあ、ティターニア。随分とおてんばしてくれたらしいじゃないか」
「……今は出先の機関じゃなかったの? 須郷さん」
この事件の黒幕である須郷伸之のアバター、オベイロンが部屋に仰々しく入ってくる。脱出未遂事件で連絡が取られているため、近いうちに顔を見せるだろう、ということはアスナも予想していたが、今は出先にいて帰ってくるのに時間がかかると思っていたが。
「ああ。キミのせいで、帰る前にこんなところに寄るはめになったよ。……ところで、どうやってそこから出たのか、参考までに教えてくれるかな?」
「嫌よ」
鏡のトリックは、まだ須郷たちにバレてはいない。恐らく、研究室にいる連中が気づくことはないだろうが、一度脱走を許しておいて監視をしていない訳もない。もう鏡を使っての脱走は無理で、隠す意味もないことはアスナも分かってはいた。
「そうか、なら別に構わないよ。……すぐに自分から言う事になるんだからね」
「……どういうこと?」
聞き出す、ではなく自分から言う事になる、という言い方が引っかかり、アスナは須郷に問い返す。須郷もそう聞かれることに期待されていたのか、下卑た表情を浮かべながら演説でもするかのように話しだす。
「今回の出先で、ようやく実用化の目処がたったんだよ。ナーヴギアを使った人間の……そう、俗っぽく言えば洗脳、って奴がね」
「あなた……そんなことが許されると思ってるの!」
アスナが激昂してそう糾弾するものの、その反応が面白いとばかりに須郷が哄笑する。被っていた紳士ぶった仮面を取り外し、アスナの身体を舐めまわすように眺める。アスナもその視線に気づき、『洗脳』という言葉に自然と身構えてしまう。
「ククク……なに、まだキミに何かする気はないさ。大事な身体だからねぇ」
そのまま須郷の独白は続いていく。曰く、大事なティターニアの前に、誰かの身を捧げるような献身的な『協力』がいる。しかし、今まで『協力』してくれていたSAOの方々に、これ以上頼むのは心が痛む。だから他に、ナーヴギアを使った女性プレイヤーはいないだろうか――と。
アスナは、それを何も言わず聞いていた。都合よくそんな人物がいるはずがない、という思いと――都合よくそんな人物がいなければ、須郷という人物は、わざわざそんなことを言わないという思いと、板挟みになって。
「そしたらねぇ、わざわざ『協力』しに来てくれる人がいたのさ。もうこの世界樹の下まで来ている」
須郷はそう言いながら、アスナにその『協力者』の画像を見せる。わざわざSAOにいた時の画像を取ってきたらしく、そこには『ピンク色の髪をしたエプロンドレスの少女』が鮮明に映っていた。
「本名、篠崎里香。プレイヤーネーム、リズベット……ああ、ティターニア――」
戦慄するアスナに須郷は笑いかける。
「――キミの親友なんだっけ?」
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