SAO-銀ノ月-
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第七十三話
『未だ天の高みを知らぬ者よ、王の城へ至らんと欲するか』
世界樹のゲートの前に置いてあった、仰々しい石像から低い音の問いかけが発せられる。その答えはもちろん決まっており、石像は目を青く光らせながらゲートを破裂させる。
『さればそなたが背の双翼の、天翔に足ることを示すがよい――』
石像がその言葉を発した時には、既にその言葉は背後にあった。シルフの精鋭部隊やケットシーのワイバーン部隊に混じり、俺たちも世界樹の内部へと侵入していく。中は何の光も見えないほどの暗闇だったが、しばしの時間も経たないうちに光が灯され、世界樹の内部を照らしだした。
どこかアインクラッド75層に似た円形のホールだったが、その広さは比べられる筈もない。天を貫くほどの高さだった世界樹が、そのままホール状のダンジョンになっており、世界樹の中は全てがらんどうだったらしい。そして、頂上からは光が降り注ぐ天蓋があり、おそらくはその向こう側がゴール――たどり着けばクエストクリアとなるのか。
もちろん、そう簡単にたどり着けるわけもなく、行く手を阻むモンスターが――いや、モンスターにしてはずいぶんと神々しい外見をしていた。天界を守護する戦士のような印象を持たせるガーディアンが、数えるのが面倒になる程に出現する。武器は光の弓矢を携えており、全身はサラマンダー部隊と同じように、全身が鎧で覆われており――
――そして、消滅した。
「にっひひひ、油断大敵だヨ」
つい背後を振り向くと、ケットシーの領主であるアリシャ・ルーが嫌らしい顔でニヤリと笑っていた。飛竜隊の業火によって守護戦士たちは一瞬のうちに焼き尽くされ、その隙に精鋭たるドラグーン部隊が飛翔を開始する。文字通り残りカスとなった守護戦士を蹴散らし、十騎のドラグーンが雷のような雄叫びをあげ、一気に天蓋へと距離を詰める。
「……ふふふ。さあ、我々も負けてはいられないぞ! シルフ隊、恐れず突き進め!」
ケットシーたちに遅れることしばし、シルフの領主、サクヤが扇子を振り上げてシルフ隊に攻撃を命じる。シルフ隊はケットシーと違って派手さはない――金色がピカピカして違う意味では目立つが――ものの、各員が一目で名刀と分かる長剣を帯刀していた。中にはロッドを持っているものもおり、リーファやレコンのように、魔法によるサポートも可能らしい。
即座に復活した守護戦士を切り裂きながら、シルフ隊の面々もケットシーのドラグーンへと追いついた。それでも守護戦士の数は減らず、遠くから見ているとその神々しい外見とは裏腹に、白い虫が涌いているようだった。
全員が全員突撃したわけではなく、完全に魔法使いのような外見をした者や飛竜、二人の領主は後方に待機しており、後方支援の役目を担っていた。
「……俺たちいらなくないか?」
対する俺たちへの役割は遊撃隊。――要するに『勝手に暴れろ』ということか。
「なーに言ってんの、よ!」
そんな心にもないことを言ってみると、後ろにいたリズに背中を叩かれる。リーファとレコンは俺やキリトにサポートとして同行するが、リズだけはこの後方支援隊の護衛として残ることにしていた。エアレイドの練度からしてリズでは守護戦士とは戦えない――という彼女本人の希望として。
「ほら、行ってきなさい!」
「……ああ!」
代わりに背中を押してくれる。勝利の女神のような声援を受けるとともに、金色の翼を展開する。しかし、やはり金色は苦手というか……派手すぎる。
「行くぞ!」
などと、くだらないことを考えながら、キリトの号令の下四人で飛翔する。正直、エアレイドという点では俺にも自信はないが、飛翔速度ならば少しは自信がある。ここに来る前にプレイヤーに襲われたおかげ、となると皮肉だが、少しは自分なりのエアレイドの心得もある。
……まあつまり、足手まといにはならな――いや、キリトを頂上まで送り届けるぐらいは。……まあ、キリトならばそんな手助けも必要ないだろうが。
「右側から正面まで、五秒後に守護戦士が出現します!」
キリトの胸ポケットからユイのよく通る声が響き、その五秒後に右側から俺たちを囲むように守護戦士が出現する。出現した瞬間、右側にいた守護戦士が飛竜の火炎弾で消滅したが、正面の守護戦士が弓矢をつがえる。
「キリトくん、ショウキくん、強化いくよ!」
キリトと平行に飛んでいたリーファが、スピードを抑えて俺たちの背後につく。レコンとともに俺とキリトの強化が済まされると、俺たちは守護戦士と相対する。無数の矢が同時に俺たちへ放たれると同時に、俺はスピードを上げてキリトの前に立つ。
「……せい!」
日本刀《銀ノ月》を勢いよく鞘から引き抜くと、その風圧によって矢の勢いを減じさせるとともに、矢の中ほどからバッサリと斬り捨てる。そのまま、次の矢の発射準備をしようとしている守護戦士に向けて飛翔しようとした瞬間、目の前に新たな守護戦士が出現する。
「なっ……!」
新たに出現した守護戦士は、弓矢ではなく大剣を持った近接戦型だった。驚愕の言葉とともに、守護戦士の大剣が俺に向かって振り下ろされる――前に、反射的に放った前蹴り……要するにケンカキックが守護戦士の腹を直撃し、怯んだ隙に返す刀で守護戦士を横一線に両断する。
しかし、その間にはもう弓矢を持った部隊の次弾装填は終わっており、またもや一斉に放たれた守護戦士の矢を、切り裂いた守護戦士の上半身を盾にする。なまじ身体が巨体なばかりに、ドスドスドス、と守護戦士の上半身に矢が突き刺さっていく。
これはいい盾か――と思った瞬間、当然のごとく消えてしまう。しかし、もう弓矢を放つ守護戦士はおらず、代わりにいたのは黒と白の二本の剣。
「流石リズ、いい仕事だな」
ちょっと軽いけど――などとキリトは少しこぼすものの、まるでアインクラッドの時のように、自在に黒白の双剣を見事に操ってみせていた。
「ショウキさん、右!」
レコンの声に反応して右を見ると、やはりというべきか守護戦士が弓矢を持ち、間違いなく俺の頭に狙いをすましていた。あの場所に守護戦士がいたとは思えないし、出現した気配もしなかったが……と思いつつ、そのヘッドショットを首を傾けて避けると、返礼としてクナイを放つ。
クナイは、ギリギリ守護戦士に刺さった程度で大したダメージはなく、守護戦士は陽炎のように揺らめいて背景に溶け込んで――いく前に、俺のクナイが目印となったのか、飛竜の火炎弾の餌食となり消滅した。
「ユイちゃん、皆に伝えて! ガーディアンたちにステルススキル持ちが紛れてる!」
自らもステルスが得意なこともあってか、今の守護戦士からそう見破ったレコンがユイに伝令を頼む。しかし、全く姿が同一のモンスターの中に、姿が消えるものが混じっているとは……
「……開発者も趣味が悪いな!」
そう吐き捨てながら、キリトの背後にいた大剣持ちの守護戦士にドロップキックを食らわせると、キリトが後ろも見ずに片方の剣を守護戦士に突き刺してトドメをさす。もう片方の剣は前方からの矢を切り払っていた。
しかし、こうしていくら数を減らしたところで埒があかない。確かに、守護戦士一体一体の強さはそうでもないものの、とにかくその出現率からの数が違う。
「ショウキくん!」
側面に出現した大剣持ちの守護戦士の挟み撃ちを受けそうになったが、弾丸のようにすっ飛んできたリーファの突きによって片方の守護戦士が四散し、おかげでもう一方の守護戦士を斬り伏せることに成功する。
「悪い、助かった……だけど、回復役は大丈夫なのか?」
作戦ではリーファとレコンは回復やサポート、魔法攻撃役ということだったが、リーファが前線にきてレコンのみで大丈夫なのだろうか。
「それは他のプレイヤーもいるから大丈夫! それより、囮役が足りないよ!」
それだけ言い残すと、リーファは後方に向かう守護戦士を見つけてそちらへ飛翔していく。ALOのモンスターは後方での回復役より、前線での攻撃役を狙うと聞いていたが、どうやらこの守護戦士は違うらしい。後方支援隊の方にもその物量は向かっており、確かに飛竜の砲撃支援が自衛のためだろう、徐々に減ってきている。
「くっ……!」
そう考えてばかりいる暇はない。攻撃を避ける視界の端に、守護戦士に囲まれているドラグーンの姿が写り、今戦ってる守護戦士に牽制としてクナイを投げながら救助に向かう。ドラグーンはその巨体が災いし、守護戦士に囲まれて思うように動けなくなってしまったらしく、そこを狙っていた弓矢の守護戦士の後頭部にかかと落としを叩き込む。
しかし、わずか一体の注意を引いただけでは何も足りず、ただドラグーンの近くに行っただけでは巻き込まれるだけだ。注意を引いた一体の攻撃を避けながらも、狙っている所定の位置に日本刀《銀ノ月》を鞘にしまいつつ飛翔する。……魔法を放つための呪文を唱えながらも。
「よし……」
スペルワードを唱え終わるとと同時に、狙っていた位置への移動を終了する。ドラグーンを狙う守護戦士の軍団が、全て横一線で並んでいるこの地点を。日本刀《銀ノ月》の射程には誰もいないが、それでも全力を込め抜き放つ。
「抜刀術《十六夜――鎌鼬》!」
思いっきり空ぶった日本刀《銀ノ月》の抜刀術だったが、その剣先からは風の刃が伸びていく。俺が唱えていた魔法は、ただ風を放つ魔法にずぎない。だが、その発生源が高速であるならば、その発生した風もまた、高速となる。高速となった風は刃と化し、刃と化した風は俗に、カマイタチと呼ばれるのだ。
つまり、俺が全力を持って空振った抜刀術《十六夜》はカマイタチとなり――横一線にあったものを全て切り裂く風の刃となった。……正直ぶっつけ本番だったことは否定しないが、狙い通り、ドラグーンを囲んでいた守護戦士は、綺麗さっぱり切り裂かれていたので良しとする。
「次は……」
次はドラグーンに肉薄している守護戦士の排除か、と思い翼を展開しようとしたものの、ドラグーンは既に大剣持ちの守護戦士たちを容易く薙払っていた。炎のブレスがさらに出現した守護戦士を焼き払い、ついでに俺のことを狙っていた弓矢持ちを噛み砕いた。
「シルフ、助かった!」
飛竜に乗ったケットシーからの礼を聞くと、ドラグーンはダンジョンの中央部へと飛翔していく。その中央部には、真っ先に突撃していったドラグーン十騎とシルフの精鋭部隊が揃っており、彼らを守るようにして、キリトとリーファがレコンのサポートを受けつつ、その直上で守護戦士たちと激戦を繰り広げていた。何をする気かと考えた瞬間に、ユイからの作戦の伝令が表示された。
――要するに、今からドラグーンと精鋭部隊が大技で道を開くので、その隙に機動部隊は出来るだけ奥まで進め、ということらしい。そして、進んだ機動部隊がいるところに援護射撃を集中させ、ドラグーンと精鋭部隊の合流とともに天蓋に向かう、とのことだ。奥まで進んだ機動部隊が取り囲まれて、そのまま各個撃破される……という危険性もある、いわゆる背水の陣でもあったが。
「シルフ隊、エクストラアタック、用意!」
「ドラグーン隊、ブレス攻撃! 用ーーー意!」
二人の領主の声に反応し、キリトとリーファが守護戦士たちの前から退いた。突破ではなく足止めが目的だったとはいえ、大量の守護戦士を防ぎきっており、その二人が退いた為に一気呵成に守護戦士がなだれ込んでくる。……しかしその頃には、彼らの運命は決まっていた。
「フェンリルストーム、放てっ!」
「ファイアブレス、撃てーーっ!」
轟音。チャージを終えた二種族の必殺技が火を噴き、キリトとリーファがせき止めていた守護戦士たちを壊滅させる。
ドラグーンから放たれたファイアブレスは、支援に使われていた飛竜の火炎弾の比ではなく、十本の炎の柱が突き立ったかと思えば、数え切れないほどの火球に分裂してそれぞれが爆発を起こす。その爆発がまた新たな爆発を呼び、爆発する敵がいなくなるまでその炎が止むことはなかった。
そしてその爆発に、フェンリルストームと呼ばれた、シルフの軍勢が放った一撃が加わった。その長剣から、まるで名のある聖剣の奇跡のような雷撃が現出し、神の裁きであるかのごとくその雷撃は寸分違わず守護戦士を引き裂いていく。
二種類の閃光が世界を包み込んだ後、残ったものは何もなかった。あれだけ虫のように溢れていた守護戦士どころか、もはや塵一つとしてそこには残っていなかった。
「――行けぇ!」
その光景にほんの一瞬目を奪われていたが、サクヤの一声で目を覚ます。守護戦士を全て消し去ったとしても、おそらくあの敵に上限はない。再び同じ数だけ復活するより早く、キリトにリーファ、レコン、俺やシルフとケットシーの軽装戦士部隊は、力の限りその翼を翻すと、頂上の天蓋に向かって飛翔する。
すぐさま守護戦士が再出現するものの、スピードに乗った機動部隊を捉えるには出現が遅く、出現と同時にもはやそこには誰もいない。それでも食い下がってくる守護戦士には、後方支援隊の飛竜の火炎弾や、ドラグーンのブレス攻撃が炸裂し焼き尽くされていく。
「ど……けぇぇぇぇぇ!」
一発の弾丸のように突き進む機動部隊の先端にいるのはキリトであり、最速のスピードのまま二本の剣が大剣持ちの守護戦士をあっさりと切り裂いていく。一太刀で三体の守護戦士を蹴散らし、さらに出現する三体の守護戦士をもう一方の剣の一太刀で切り裂く、その繰り返し。キリトが前方の敵を倒すことに集中出来るように、弓矢による攻撃をしてくる守護戦士は、俺とリーファによって排除して回っていた。
もはや誰にも止めることは出来ない。そんな状況の中、機動部隊が天蓋に近づいた瞬間――ジジジ、という音がした。またもや守護戦士が出現するのだろう、とさして気にも留めずにおいた時、新たなガーディアンが出現した。今までの鎧を纏った大剣か弓矢を持った守護戦士ではなく、巨大な蜘蛛のような姿をした……モンスターだった。
その蜘蛛の姿をしたモンスターは、天蓋を塞ぐように出現すると、そのままピクリとも動かなくなった。天蓋の奥にあるゲートに向かうための、最後の壁、といったところか。この蜘蛛型モンスターを倒すことが出来なければ、あのゲートを突破するどころか、天蓋の内側に侵入することすら難しい。
さらによくないところは、守護戦士以外のモンスターの出現という想定外の事態により、機動部隊の足が止まってしまったこと。機動部隊という名の通り、ここまでハイスピードで突き抜けることは出来たものの、ボスを倒す火力を備えている者は少ない。慌てずに立ち止まったことにより、一瞬のうちに守護戦士たちに取り囲まれてしまう。
「……俺たちであの蜘蛛を倒すぞ!」
……もはや退路はない。キリトが自らに言い聞かせるようにしてそう叫ぶと、ついてきた機動部隊の腹は決まる。あの蜘蛛を倒すことが出来れば、ゲートまでもう少しなのだから。
まず我先にとキリトが蜘蛛に向けて翼に力を込めた瞬間、動かなくなっていた蜘蛛の目がグルリとこちらを向き、不気味な目が俺たちを捉えた。この場には似つかわしくない目から、嫌な気配として俺の脳内に警鐘を鳴らす。
「避け――!」
俺の警告の言葉よりも早く、蜘蛛の口から散弾銃のように糸が発射される。高速で大量の弾丸の如く糸が幅広く広がり、そちらに向かって飛翔していた機動部隊を包み込むようにして放たれる。
「くっ……!」
「うわぁ!」
幸いにして射程は短く、後方にいた者は下がるだけで対処が出来た。しかし、ギリギリまで接近していた者たちはそうはいかなかった。俺はやはり日本刀《銀ノ月》での切り払いを選択し、蜘蛛の糸の真芯を捉えて切り裂くことに――失敗する。弾丸のようだった糸の形状が、日本刀《銀ノ月》に接近した瞬間、捕縛用の網のように変化、そのまま《銀ノ月》ごと俺を拘束する。
「っ……!」
捕縛する糸には何のダメージもないが、翼も拘束され全く身動きが取れなくなってしまう。動くのは足ぐらいだが、空中で翼が拘束された者の運命は、墜落のみだ。俺と同様に捕縛されたプレイヤーも、抵抗するものの身動きが取れず、下には守護戦士たちが手くずね引いて待ち構えていた。
「みんな!」
そこに散弾銃を避けていたリーファが現れると、網で捕縛されたプレイヤーたちの糸のみを切り裂く。翼を勢いよく展開すると糸は弾け飛び、守護戦士たちが放った矢を腕に装着された籠手で弾き飛ばす。
「助かった!」
しかし、今回は運よくリーファに助けられたが、そうずっと上手くいく訳もない。蜘蛛はまるで雨のように糸を降り注がせており、射程圏内にはとても入れそうになかった。しかし、機動部隊に射程圏外からの攻撃手段を持つ者は少ない……!
「このっ!」
後方から切りかかってきた大剣持ちの守護戦士に、回避のついでの回し蹴りを叩き込みつつ、弾丸状の蜘蛛の糸の盾にする。俺がくらったのは捕縛用の糸だったが、弾丸状の糸の威力は絶大で、守護戦士の装甲を容易く貫通する。
さらに、眼前に出現した守護戦士を唐竹割りでポリゴン片と化させ、放たれた矢を蹴り返して次弾へとぶつけて無効化する。その隙に、今倒した守護戦士が持っていた大剣をポリゴン片になる前に投げつけ、ブーメランのように弓矢持ちの守護戦士たちに襲いかかっていく。
だが、その大剣ブーメランも長くは保たずにこの世界から消える。弓矢持ちの守護戦士の狙いが、ブーメランを放った俺へと集中し、大量の矢が俺に向かって放たれる。光の矢が殺到するより早く俺は翼をしまい込み、墜落することでその矢を回避すると、翼を展開し直してその守護戦士たちに向かい飛翔する。
「ぐあっ!」
しかしそうすることは叶わずに、翼を再展開する隙を狙い、突如として現れた大剣持ちが俺の背中を切り裂いた。背後を見るとその守護戦士はうっすらと消えかかっており、どうやらステルス持ちに付け狙われていたらしい。もはやアタッカーを回復している余裕もなく、消える前にステルス持ちを蹴りつけ、その勢いで大剣持ちから離れることに成功する。
なんとか姿勢制御をしようとした時、俺の足があるはずのない『足場』に触れる。もちろん、空中に本物の足場があるわけではなく、これは――飛竜の背中だった。
「さっき助けられたお礼だ、シルフ!」
気づけば俺は、ケットシーのプレイヤーとともに飛竜に乗り込んでいた。乗り込む、といっても無理やりへばりついているだけだが。遂に合流したドラグーン隊の一人は、手始めに近づいてきた大剣持ちの守護戦士を鋼のような翼で切り裂き、俺が戦っていた弓矢持ちをファイアブレスで焼き尽くしていく。
「どけ、ぶちかますぞ!」
そしてチャージした特大のファイアブレスを――先の必殺技ほどではないが――ドラグーンは天蓋を守る蜘蛛へと放つ。降り注いでいた糸の弾丸など全て焼き尽くしていき、やがて蜘蛛へと届く――という時に、蜘蛛は新たな行動を起こした。
今まで弾丸のように放たれていた糸が、最初から捕縛用の網と同じ形状として放たれたかと思えば、それらが合体して巨大化していく。一瞬で網状の糸は蜘蛛全体を包み込むような形状と――バリアと化し、ドラグーンのファイアブレスと真っ向からぶつかり合う。
結果として、蜘蛛は無傷。糸の弾丸の射程圏外からの砲撃の対策も、あのガーディアンにはインプットされていた。そして返礼ということか、ドラグーンに向けて糸の弾丸が一気呵成に発射される。
「やらせるか!」
発射された糸の弾丸に向けてクナイを投げると、クナイと当たる瞬間に弾丸は網となり、クナイを捕縛して地上に墜ちていく。日本刀《銀ノ月》で切り払う直前に網となったため、狙ってみたが、やはりあの弾丸は武器が近づくと網になるらしい。その習性を利用すれば、今のように無力化が可能のようだが……この程度の対処法では焼け石に水に過ぎない。
「皆さん!」
ドラグーンが回避行動を取るために飛竜にへばりついていると、ユイの伝令が拡声されて天蓋近くから響き渡る。ここからはよく見えないが、やはりキリトは蜘蛛の近くで戦っているらしい。
「『防壁』が発射される時は、『弾丸』も『網』も出て来ません!」
「――おい!」
「分かっている、お前も行け!」
ユイの――キリトのかもしれないが――作戦の真意を察すると、俺は飛竜から放り投げられるようにして飛翔する。接近していた大剣持ちの守護戦士を、勢い任せに一体切り裂きながら、守護戦士の上半身を蹴って踏み台にしながら加速、急ぎ天蓋近くへと羽ばたいていく。
「うっ……!」
その俺の背後には、大剣持ちに囲まれたドラグーンが、鋼のようだった翼を無残にも切り裂かれていた。それを操っていたケットシーのプレイヤーも、飛竜の身動きが取れずに弓矢の攻撃を受けたらしく、そのHPを大きく減じさせていた。救援にいきたいが、もう天蓋に向かって加速してしまって――いや、もはやあれだけの守護戦士に囲まれては手遅れだ。
ドラグーンを見捨ててさらに加速すると、背後で飛竜の断末魔が木霊した。出撃の際には、雷のようだと形容したその断末魔はまた大きく――最後の抵抗もまた、誇り高き飛竜に相応しいものだった。
「ファイアブレス、撃てぇ!」
ドラグーンが2つのポリゴン片になる直前、再びチャージをしたファイアブレスが蜘蛛に向かって発射された。圧倒的火力に飛竜の首を切り裂こうとしていた守護戦士は一瞬にして蒸発し、遠距離で狙いを済ましていた弓矢持ちも燃えカスとなる。そのファイアブレスを、蜘蛛は先と同じように大量の糸を吐き出し防壁と化すと、渾身のファイアブレスと糸の防壁がぶつかり合った。
……結果は同じ。ファイアブレスは無情にも糸の防壁を突破出来ず、焼き痕を残すだけにすぎなかった。
「せやっ!」
――そして糸の防壁を、ファイアブレスの真後ろにつけていた俺が切り裂いた。ファイアブレスでダメージを受けた糸の防壁は容易く切り裂くことに成功し、横一文字で切り裂いた防壁から、待機していた機動部隊が一気に突き進む。狙い通り、糸の防壁を作り上げた直後の蜘蛛からは、散弾銃のような糸の弾丸の抵抗はない。
待機していた機動部隊が全員糸の防壁をくぐり抜けたことを確認すると、最後に俺が防壁を突破する。俺たちに追いすがってきていた守護戦士たちは、光の矢は防壁を突破出来ず、大剣持ちはその巨体のために防壁をくぐり抜けることが出来ない。……要するに、チャンスだった。
「おおおっっっ!」
キリトの雄叫びを伴った苛烈な連撃が蜘蛛に加えられる。二刀流上位剣術、十六連撃の《スターバースト・ストリーム》――かつてグリームアイズに引導を渡した技が、再びガーディアンに叩き込まれていく。魔法を使える者は自らの攻撃よりキリトの強化を優先し、俺を含む戦士型のプレイヤーはキリトと同じく自らの技を持てる限り蜘蛛に与えた。
そして、《スターバースト・ストリーム》の十六連撃が全て蜘蛛にクリティカルヒットした時、蜘蛛が再動する。ギョロリとした目つきでキリトを睨みつけ、ヒクヒクとその口を弾丸を発射するべく動かしていく。
「ッ――――!」
「そこどいてキリトくん! みんなも!」
散弾銃のような糸が発射されるより早く、リーファの言葉を聞いたキリトと戦士型プレイヤーは即座に蜘蛛から離れていく。これでは糸の弾丸が当たるのがキリトからリーファに変わっただけだが、リーファは恐れず蜘蛛の前にその長剣を向けて立っていた。
――いや、リーファがその手に掲げている長剣は、今まで彼女が愛用した長剣ではない……?
「フェンリルっ……ストーム!」
リーファが持っていた長剣は、シルフの精鋭部隊が持っていた雷撃のエクストラアタックが付与された長剣。シルフの精鋭にのみ用意されたその長剣が、シルフでも五指に入る腕前のリーファに用意されていない筈もなく、この戦いの直前にサクヤから渡されていた――ここ一番の切り札として。
そしてリーファの叫びとともに雷が長剣から現出し、糸の散弾銃を放とうとしていた直前の蜘蛛に炸裂する。糸を放とうとしていた口から身体に入り込み、ジグザグの軌道を描いて蜘蛛の身体を暴れまわった挙げ句、貫通して天蓋の向こうへと消えていく。
そして、雷撃が身体を貫通した蜘蛛が力なく片足を天蓋から離し――天蓋の向こう側が姿を見せた。天蓋のさらに奥にあるゲート、そこがこのラストダンジョンのクリア条件。……だが、HPが0になった筈の蜘蛛はその姿を消さず、またもやジジジ……と音をたてていた。怪しげな気配を纏っていた目は、HPが0になったとともにその色をなくし、今はただ空虚な黒色のみが映し出されている。
「…………罠だろうがなんだろうが!」
そんな妙な姿にも動じずに、キリトがその二刀をかざして飛翔する。――その瞬間。
ダンジョン内にいた守護戦士たちが全て、ドロリと黒い泥のように溶けていく。その異様な光景に、天蓋を突破しようとしていたキリトもつい足が止まってしまう。プレイヤーたちが言葉を失っているなか、死骸となった蜘蛛からある文字が浮かび上がっていた。
『Raise Dead Skill』――死者再生スキル。
「キリト、早く行け!」
天蓋に最も近いキリトにそう促し、キリトもそれに頷いて天蓋を突破しようとした時、死骸だった蜘蛛が再び動き出した。超高速で発射された糸の弾丸がキリトを貫き、キリトと言えどもたまらず落下していく。
「ぐはっ……!?」
「キリトくん!」
近くにいたリーファが回収することにより事なきを得るが、その間にも、蜘蛛は再びへばりついて天蓋への道を閉ざす。そして、俺たちを見回すように目がグルグルと動いていた――完全に復活している。
「逃げろっ!」
糸の散弾銃の一斉射が再び雨のようにまき散らされる。蜘蛛の近くにいた機動部隊は、もれなくその弾丸の餌食になり、大なり小なりダメージを受けてなんとか範囲外まで逃げ切った。……リメインライトとなってしまった者も少なくなかったが。
「何がどうなってる……ッ!?」
糸の散弾銃の範囲外から逃げたと思えば、いきなり大剣持ちの守護戦士の群れに囲まれる。一斉に突きだしてくる大剣をしゃがんで避けると、追撃を逃れるためにその場から下りると、並んでいた弓矢持ちの守護戦士の攻撃に晒される。
その光の矢を可能な限り切り払いながら、この場に起きたことがどういうことか確信する。すなわち、あの蜘蛛のHPが0になったことを引き金に、このダンジョンにいるガーディアンたちの生と死が入れ替わったのだと。
――つまり、その時いた守護戦士は全て死に至り、今まで俺たちが倒してきた守護戦士が全て……蘇ったのだ。
「ぐあっ……くそ!」
ステルススキル持ちの守護戦士に背中から矢を射られ、反骨的に叫ぶものの状況は最悪から変わらない。上から振り下ろしてきた大剣を横から蹴りつけることで吹き飛ばし、その大剣を持っていた守護戦士を殴りつけて糸の弾丸の射線上に誘導し、カマイタチでステルススキルの弓矢持ち守護戦士を遠くから両断する。
その隙に飛んできた光の矢を籠手で掴んで無力化し、他のシルフのプレイヤーを襲おうとしていた守護戦士を背後から切り裂くが、そのシルフのプレイヤーは弓矢で射られて目の前でリメインライトと化した。そのプレイヤーの代わりのように、その場に守護戦士が出現したが、その次の瞬間には《銀ノ月》によって首と胴体が分かれていた。
ここからではもはや守護戦士しか見えないが、恐らくは後方にいた部隊も同様の現象に襲われているため、支援はまるで期待できない。しかし、このまま支援か追加戦力がなくては、機動部隊は各個撃破の後に全滅の道をたどるしかない。
どうにかして、後方の部隊と俺たちを分けさせている守護戦士を倒し、合流するしか道はない……のだが。そこには、ケットシーとシルフのファイアブレスとフェンリルストームで全滅させた守護戦士が大半のため、復活しているとなると最も密度が濃い場所だろう。そうでなくとも、今は回避をしながら数体を倒すのが限度で、そこにたどり着くことすら出来ない。
変わらずワラワラと湧き続ける守護戦士を一瞥すると、正面から突撃してきた大剣持ちを《銀ノ月》の刀身を飛ばして串刺しにするが、当たりどころが悪くその突進に何の影響も与えられなかった。再び生えてきた《銀ノ月》を傷ついたところに突き刺し、何とかその突進してきていた守護戦士を排除したものの、その背後からさらに一体。同じ守護戦士の影に隠れていた、もう一体の守護戦士の接近を許してしまう。
蹴りつけてやろうと足を動かした瞬間、その俺の足に向けて光の矢が突き刺さる。光の矢は膝の辺りを貫通し、さらに追撃すべくまだ降り注ぐが、その追撃は《銀ノ月》と籠手で弾くことで難を逃れる……が、接近を許した大剣持ちの守護戦士が、その手に掲げた大剣を振りかぶり――
――振りかぶったままの態勢で地に落ちていった。
「ショウキさん、回復するね!」
その後ろの何もない空間から、短剣を持ったレコンが姿を表した。彼お得意のステルスと毒による奇襲のおかげで助かったのか、とようやく理解しながら、光の矢の攻撃を避けつつ足の回復を受ける。どうやらレコンも酷くやられたらしく、自分で回復してHPは保っていたものの、服はボロボロで疲労が見えていた。
「ああ、助かった……でも大丈夫か、レコン」
「な、なんとか……リーファちゃんについて行ってると、こんなのしょっちゅうだよ」
「……危ない!」
力なく笑うレコンを突き飛ばすと、俺たちがさっきまでいた空間に大剣持ちの上段からの大切断が襲来する。その攻撃は突き飛ばしたおかげで空を斬り、そのまま守護戦士は下に降りていく。
「ショウキさん……僕がやってみる」
「なに?」
再びレコンが近づいてくると、もう一度ヒールを俺にかけてそう宣言する。聞き返すとレコンは決心した表情を見せ、チラリと天蓋の方を――リーファがいた方を見ると、短剣を構えて補助コントローラーを強く握りしめた。
「ううん、僕がやるんだ!」
力強くそう宣言するとともに、レコンは今守護戦士が落ちて行った方向――つまり、天蓋とは逆方向に落下していく。そこには、後方にいた隊と自分たち機動部隊を分断している守護戦士の群がたむろしていた。ステルススキルである《ホロウ・ボディ》も使わず、そこに一直線へ向かっていく。
まさか、無理やりあの群を突破して合流しようとしているのか……?
「レコン!」
「来ないで!」
レコンに合流しようと翼をはためかせるものの、そのレコンの言葉とともに目の前に光の矢が横切り、大剣持ちの攻撃を《銀ノ月》で防ぐ。そうしているうちにレコンはとても追いつけない距離に離れていき、風の刃を広範囲に撃つ魔法を発射すると、辺りの守護戦士の狙いを自分に集中させる。
さらに続けて緑色のカッターが守護戦士を襲うが、速度はともかくとして威力はなく、やはりレコン自らに狙いを集中させるという効果しか発揮されない。光の矢を短剣で弾きつつ、大剣をギリギリのところで避けてさらに守護戦士の群れへと向かう。なんとか直撃は避けているが、じりじりとそのHPが削られていく……群れを突破するまで保ちそうにない。
そして遂に、守護戦士の群れの中心にまでたどり着く。しかし広範囲に魔法を撃ち込んでいったことにより、レコンの周りには群れの中心ということもあって守護戦士が跋扈していた。もはやどこかに抜けだす網目もなく、弓矢持ちの守護戦士は一斉に弓矢を引き絞る。
しかし、守護戦士たちの中心でレコンは呪文を唱え始め、紫色の光とともに立体的な魔法陣がレコンの前に浮かび上がる。ここに来るまでに幾度となく見た、レコンが得意とする闇魔法の輝きだ。魔法陣はみるからに巨大化していき、グルグルと回転しながら守護戦士の群れを包み込んでいく。だが、その魔法陣には何の効果もなく、守護戦士たちの光の矢は正確にレコンを射抜くべく狙いをつける。
「どけぇ!」
鍔迫り合いを演じていた守護戦士の大剣を側面から蹴り飛ばすと、がら空きになった胴体に日本刀《銀ノ月》を突き刺した。だが、レコンのどころへ行く前に光の矢が俺を妨害し、レコンに対しても光の矢が放たれる。それでもレコンはその魔法を止める様子はなく、周囲の魔法陣から紫色の光が灯り、その光がチカチカと点灯すると収束・凝縮していく。そして、放たれた守護戦士たちの矢がレコンを貫くか貫かないか、という瞬間に、恐ろしいほどの閃光がその空間を支配する。魔法陣全てからその閃光はほとばると、とてつもない光量に一瞬その目を奪われてしまう。
目が慣れてきた頃、ようやくレコンがいた場所を見ると、何もない。文字通り、本当に何も――何もない。 あれだけいた守護戦士のことだけではなく、その大魔法を行使したレコンの姿すらも。
「レコン……ぐっ!?」
自爆――その言葉が俺の脳裏に浮かんだ瞬間に、俺の耳に超音波のような振動が届き、反射的に耳へと手を当ててしまう。平衡感覚を失いながらも、何とか超音波の発生源を捜そうと天蓋の方を向くと、守護戦士の他に新たなモンスターが出現していた。先に現れたのが天蓋に張り付いた蜘蛛ならば、新たに現れたのは獰猛なる鷹が三体。
鷹というと通例的には小さな種類のことを指すが、その鷹はケットシーのドラグーンほどの大きさもあった。口から平衡感覚を狂わせる超音波を発しながら、鋭い目で近くのプレイヤーを標的と見なしていた。守護戦士とは別の新たなガーディアンの登場に、無理やりその超音波に堪えて日本刀《銀ノ月》を構えなおすが、その鷹の出現に気を取られて光の矢の接近に気づかなかった。
「ぐっ!」
気づいた時には、その光の矢は深々と、日本刀を支える支点である俺の肩に突き刺さっていた。さらに、追撃として大剣持ちが近づいてくる気配を感じ取り、背後の守護戦士に向けて日本刀を振りかぶるが、その隙にもう一体の大剣持ちの守護戦士が背後に忍び寄っており、翼を無理やり斬り伏せられてコントロールを失う。
「うあっ……!」
コントロールを失いながらも、忍び寄っていた守護戦士を蹴りつけたが、大したダメージにもならないという結果に終わる。そのまま何の感情も見せずに腕甲付きの腕を俺の頭に伸ばし、アイアンクローのように握りしめて拘束すると、ゆっくりと大剣を俺の首に這わせる。
ジリジリと強く握り締めてくる腕からは筋力値の違いから逃れられず、前蹴りを叩き込もうとするが、その前に両足の健を大剣に切り裂かれてしまう。復活した時からか時間経過か、明らかにルーチンが強化されている守護戦士だったが、それを誰に伝える間もなく俺のHPは0へと近づいていく――
『諦めちゃダメです!』
――もうダメだ、と思った瞬間に鷹が放つ超音波に交じって、小さな少女の声が声が響く。そして俺を拘束する守護戦士に対し、青色の小さな鳥がつかみかかった。……いや、あれは鳥ではなく、二本の尾羽を持った青い綿毛の――ドラゴン。鳥に見紛うほどに小さな姿だったが、あれは確かに竜の姿だった。
その小さな竜の攻撃によって抵抗が弱まり、日本刀《銀ノ月》を守護戦士の鎧と鎧の隙間に差し込むと、無理やりその拘束から脱出する。足が動かない為に無理やり籠手付きの腕で殴りつけ、ほうほうの体で大剣持ちの守護戦士から距離を取る。
青い小竜はパタパタと俺の近くまで飛んでくると、透明なブレスを俺に向かって吐いていった。ケットシーの飛竜やドラグーンのブレス攻撃を見た後では、やはり少し身構えてしまったものの、どうやら回復効果のあるブレスで安心する。俺のHPが回復していくのを確認した後、その小さな竜は下に向かって飛んでいく。その先には――
「ワイバーン!?」
――レコンの自爆がこじ開けた守護戦士の穴から、巨大なワイバーンが姿を見せていた。巨大といっても戦闘用ではないらしく、輸送用なのか大量のケットシーのプレイヤーがその背中に乗っていた。青い小竜は、そのワイバーンの首の上に乗っていた、操縦士らしいケットシーのプレイヤーの肩に乗る。
「あいつは……」
俺はあの青い小竜を知っていた。このアルヴヘイムの時ではなく、アインクラッド――あのデスゲームの時にだ。
「……ピナ?」
アインクラッド第三十五層で会った、ビーストテイマーの少女の使い魔であるピナ。ここにいる筈のない《フェザーリドラ》と呼ばれた小さな竜は、ケットシーの少女の肩から頭の上に飛び移って小さくいなないた。
「皆さん、お願いします!」
ピナを従えたケットシーの少女プレイヤーがそう叫ぶと、輸送用ワイバーンに乗った様々なプレイヤーたちが多種多様な武器を構えた。そのプレイヤーたちは誰もケットシーであり、装備はキリトが持っていた大剣のような、高級品ではあるが店売りの安っぽい輝きを照らしていた。精鋭たちのオーダーメイド品に比べれば大分……いや、かなり見劣る武器ではあるものの、そのプレイヤーたちから発せられる気配は他のプレイヤーに勝るとも劣らない。
「お前ら……?」
回復のためも兼ねてそのワイバーンに降り立つと、首の上に乗った操縦士のプレイヤーが、頭の上に乗ったピナごとこちらを振り向いた。あの青い小竜を従えること出来るプレイヤーを、俺はアインクラッドもアルヴヘイムでも、ただ一人しか知らない。
「ショウキさん、助けにきました! ――みんなで!」
シリカはそう言って笑うと、輸送用ワイバーンに乗っていたプレイヤーたちも、合い言葉のように同じ言葉を発した。
――死んでもいいゲームなんてヌルすぎるぜ、と。
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