普通だった少年の憑依&転移転生物語
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ゼロ魔編
052 暗がりでの躍動
SIDE OTHER
「……む、ここは…?」
ある壮年の男性が1人で目を覚ます。……しかし目を覚ますも、眠っていたベッドの上とは明らかに違う景色に──辺り一辺見渡す限り真っ白な空間に、ほぼ無意識にその男性は呟いた。
「ここは貴方の精神世界。ここでは貴方は自分の心を取り繕う事が出来ない。……そして、ここがこんなにも伽藍としているのは貴方の心が空虚な証拠」
「……俺の心が〝空虚〟か…。……ふむ、言い得て妙だな」
いきなり現れた全身白い外套に身を包んでその外套に備わっているフードを目深く被った、青年とも少年ともとれる男が、その男性の呟きに返す。……その男性は高貴な身分にも拘わらず、少年の暴言にも等しき言葉に機嫌を損ねる事も無く、むしろ〝感心した〟とも云わんばかりの表情で少年の言葉を肯定した。
「ここらでジョゼフ陛下と歓談するのもまた一興ですが、本題へと参りましょう」
「よい、確かに俺は余分な前置き等は好きでは無いからな。……だが、その前にそのローブで隠している顔を露にしろ。人の心に土足で入り込んで来て、更には顔も出さぬ奴とは交わす舌なぞ、このジョゼフには備わっておらんからな」
「ウィ」
その青年は恭しく壮年の男性──ジョゼフ・ド・ガリアに一礼すると、そのローブの向こうの顔を露にした。
「お前は確か…、サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガと云ったな。先のアルビオンの内乱を終演(終焉)へと導いた立役者だと〝ミューズ〟から聞いているぞ。俺も一度会ってみたかったぞ。……よもやこんな形で望みが叶おうとはな」
「……陛下にその様に思っていただけるとは恐悦至極」
ジョゼフは才人の顔を見るや否や、とてもおかしそうに言う。終いには〝始祖どののお導きかもな。これも〟などと、普段ではまず言わなさそうな台詞までも溢した。……サイトはサイトで、ジョゼフの変わり様に若干引き気味になりながらも取り繕う。
……ちなみにこの真っ白で伽藍堂な空間は、ジョゼフの精神世界で──つまりはジョゼフ〝だけ〟が自身を取り繕う事が出来ない空間なので、才人はいつも通りの態度が可能だったりする。
閑話休題。
「……では今度こそ本題に…」
「ああ」
才人はジョゼフとの冗長染みたやり取りを取り止め、ジョゼフに進言したかった事に移る。
「これからオルレアン邸で起こるであろう事に目を瞑って貰いたい」
「……何を望む──否、その事に目を瞑るとして、お前は俺に何を差し出す」
「……先にも言いました通り、この空間では〝己〟を取り繕う事は出来ません。……そのことを踏まえて──誠に失礼ながら質問返しとして伺いましょう。……陛下は私に何を望みますか?」
「俺の望みは──」
才人はジョゼフにそう返す。ジョゼフはサイトの質問返しに瞑目して数秒後口を開く。
「……弟の──シャルルの悔しがる姿が見たかった。……魔法にしろ何にしろ、弟には俺が持てなかったもの何でも持っていた。……しかし、〝王位〟以外はだった…。……シャルルは王位を欲していたはずだった。……が、ついぞシャルルは王位を継いだ俺に皮肉の1つも言いはしなかった。……それだけならまだしも、王位を継ぐか決めあぐねいていた俺にシャルルは後押しすらした! ……だから──」
「だから〝態々〟毒を塗った矢で殺した…と?」
「……ああ」
ジョゼフは才人の言葉に鷹揚に頷く。
「……陛下、オルレアン公の〝想い〟が詰まっていそうな──オルレアン公が普段身に付けていた物品は有りませんか? ……もしそれが有るのならば、陛下の切望が叶えられやもしれません」
「……ここに持っている」
ジョゼフはその指に嵌められているシャルルの遺品らしき指輪を瞑目しながら──シャルルの事を思い出しながら撫でる。……その顔には万感の想いが込められており、ジョゼフの身ならぬ才人には、ジョゼフの〝想い〟を測り知る事は出来ない。
「でしたら話が早い。起きたらこのルーンを唱えてみて下さい。……先に言っておきますが、これは報酬の先払いと云う事に。……“ライター”」
才人は〝とある〟魔法のルーンを虚空へと、ジョゼフにも見える様に態々鏡文字にして書く。
……ちなみに“ライター”は“ライト”の応用魔法で、光る文字を虚空に記す事が出来る魔法。……〝灯り(ライト)〟と〝書くもの(ライター)〟が掛かっているが、そこはどうでも蛇足なのは云うまでも無い。
閑話休題。
「……それは…」
「……これは虚無魔法“リコード”のルーン。この魔法でオルレアン公の秘められた想いを覗き見る事が出来るでしょう。……先程の話の合否はまた後日──2~3日後に伺いましょう。……“腑罪証明”」
才人はジョゼフにスキル名が聞こえない様に小声で“腑罪証明”を行使すると、ジョゼフの精神世界から姿を消した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
某かを呟いていた才人が消えるのを確認したジョゼフは大して眠った気がせず、そのまま現実世界で朝を迎えると同時に現実世界でも意識を覚醒させた。
「……俺の…部屋か…」
とりあえずジョゼフは見知った風景に、人知れず安堵の息を漏らす。……自分の精神世界の風景の事だが、さすがに見渡す限り真っ白というのは些か目に毒だった様だ。
「……“リコード”」
ジョゼフ徐には枕元に置いておいた杖を持ち、夢の中──かの精神世界で会った才人から教わったルーンを紡ぎ、その魔法をシャルルの遺品に向けて使う。
「……っ!?」
ジョゼフの頭の中にシャルルの慟哭している姿が──普段ジョゼフに見せていた清廉潔白な姿とは正反対なシャルルの姿が、まるで映画の様に映し出される。
「……俺も泣けたのだな。……嗚呼、満足だ」
ジョゼフはそのシャルルの醜態を見ていると、不意に涙を流していた自分に気が付く。……ジョゼフの中は、既に先程才人に揶揄された様な〝空虚〟では無かった。ジョゼフの心は満たされた…。充たされた…。溜飲が下がったとも云える。
……シャルルの全ての〝記憶〟を見終えたジョゼフの顔は大層晴れ晴れとしていて、先日までジョゼフを支配していた狂気は既に消えていてた。
SIDE END
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
SIDE 平賀 才人
「……っと、サンキュー。ドライグ」
<構わんさ。……逆に相棒はもう少し、〝鎧〟を使うべきだ。……あちらの方が〝力〟の象徴たる≪赤龍皇帝≫らしいからな>
「……じゃあドライグの云う通り、次の〝影〟を使ってでの修行は〝鎧〟を使ってでもするか」
ジョゼフの精神世界からトリステイン魔法学院に割り振られた自室に戻った後、〝外套〟を解除してドライグに一言礼を言う。……ドライグから〝〝鎧〟を使うように〟と、約束を取り付けられるが、それはご愛敬。
閑話休題。
……ちなみに態々ジョゼフの精神世界に行った理由は、この前──スレイプニィルの舞踏会の時にタバサと、オルレアン夫人を救うと約束した代わりに交わした契約の事に関わる。
簡単に纏めると、以下の様な内容になった。
・サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガは、オルレアン公爵夫人を如何なる手段を以てでもその症状を治す。
・サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガはジョゼフ・ド・ガリアにシャルル・ド・オルレアンの死亡事故に関する是非を問い、シャルロット・エレーヌ・オルレアンにその結果を伝える。
・シャルロット・エレーヌ・オルレアンはジョゼフ・ド・ガリアに、上記の結果に拘わらず復讐する事をサイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガが禁ずる。もしこの項がシャルロット・エレーヌ・オルレアンの意思によって破られた場合、シャルロット・エレーヌ・オルレアンは、サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガより、如何なる罰則を拒否する事が出来ない。
・シャルロット・エレーヌ・オルレアンは、オルレアン公爵夫人が快復したのを確認した時を以て、サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガの私用の部下となる。尚、その任期はサイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガの一存とする。
「さて…と、約束通りタバサに報告しに行こうか」
〝簡単に〟の説明のはずが多少長くなってしまったがそれはご愛敬。タバサに事の詳細を説明する為に、自室のドアノブに手を掛けたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
時間は跳んで2日が経った。……タバサにジョゼフとシャルルの確執を教えたが、タバサもどんな顔をして良いか判らなかった様だ。この2日紆余曲折──タバサによる八つ当たりのごとき模擬戦が有ったが、タバサは持ち前の精神力で何とか立ち直ってくれた。
……ちなみにタバサは幾度となく行われた模擬戦中、ジョゼフへの復讐心から訣別して精神浄化が行われたのか、なんと、至高であるスクエアクラスにランクアップした。……多少、凍りついていたタバサの心を刺激したが。
閑話休題。
「……で、お加減の方は如何でしたか?」
「ああ、大層満足させてもらった。……ああ、オルレアン邸の事は好きにするがよい。……お前の事だからシャルロットの母を治す事が出来るのだろう?」
俺は約束通りジョゼフの精神世界に来ていて、この世界の主に先日の件について訊ねる。ジョゼフの様子を見るに──ジョゼフの言葉を聞くに、大層お気に召した様だ。……ついでとばかりに、オルレアン公爵夫人の症状が治せる事がバレた。
(……これが≪無能王≫か…)
ジョゼフの先見の明の良さに戦慄しながらも、以前と同様に“腑罪証明(アリバイブロック)”でジョゼフの精神世界を後にした。
SIDE END
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