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ソードアート・オンライン‐黒の幻影‐

作者:sonas
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第1章 群像のフーガ  2022/11
  7話 露見する真意

 第一層フロアボス攻略戦は、重大な損失や戦術の破綻を見せることなく順調な推移を見せ、いよいよ三本目のHPゲージも四分の三を切るところまで差し掛かった。途中で壁役のPTのHPが黄色く(半減)させた時は流石に斧使いの《エギル》とA隊リーダーを見遣ったが、リカバリーも速やかに行われ、赤の危険域に達するような事は今のところ見受けられない。実に安定した印象を受ける。
 その中で、やはりヒヨリの成長には驚愕を禁じ得なかった。定石であったスイッチからの《リニアー》という戦法を無視したように、始めから《ルインコボルド・センチネル》の前に出ていったのだ。
制しようとしたものの僅かに遅れてしまい、あわやコボルドの直撃を受けるかと思いきや、なんと振り下ろされる長柄斧をサイドステップで躱しただけでなく、地面を打ち付けて硬直している《ルインコボルド・センチネル》の弱点である喉元にそのまま細剣二連技《オヴリール》を放ち、一瞬で息の根を止めて見せたのだ。赤黒のライトエフェクトを纏った細剣を喉に突き刺し、傷を引き裂いて拡げるように横へ振り抜くというモーションが殊の外エグかったものの、相棒の実力を信じようと決意させられた瞬間でもあった。
 ヒヨリが投剣スキルの射程範囲外に湧いてしまった六匹目のコボルドの処理を終える頃にはキリトがこちらに駆け寄ってきていた。どうやら向こうも受け持っていた分を早々に狩り終えていたようで、アスナが手持無沙汰に待機しているのが見受けられる。ヒヨリはその場で前線の様子を見つめているので、こちらにはしばらく戻ってこないだろう。
 

「アルゴの情報だと取り巻きの湧きは次が最後みたいだが、本当に大丈夫なんだよな?」
「何とも言えない。そうあって欲しいとは思うけど、どうだろうな………」


 一応キリトに聞いてみるものの安易に断言できることではないらしく、難しい顔をして唸るだけだった。別に悩ませるつもりで言ったわけではないので、深く考えなくていいように後付けで言おうかと思った瞬間、背後から、微動だにしなかったE隊からキバオウの小さな声が漏れた。


「アテが外れたやろ。ええ気味や」
「…………なんだって?」


 キリトは意味が分からないといった風に、振り向きざまに声をあげた。
 俺は然して気にもならなかったが、次の湧きまでは時間も十分にある。アルゴの攻略本の巻末の注意喚起にもあった通り、不測の事態に備えて警戒しつつ二人の会話に耳を傾けることにした。


「ヘタな芝居すなや。こっちはもう知っとんのや、ジブンがこのボス攻略部隊に潜り込んだ動機っちゅうやつをな」
「動機………だと? ボスを倒すこと以外に何があるって言うんだ?」
「何や、開き直りかい。まさにそれを狙うとったんやろが!」


 会話が全く噛み合っていない。それこそ、せっかく前線に出られるチャンスを得ながら未だに(くすぶ)っているキバオウの怒りを理不尽にぶつけられているようにも思えるが、恐らくは違う。もっと根本的な部分で齟齬が生じているのだろう。
 なんとも得心のいかない会話を端から聞いている所為で、釈然としない感情と無性に込み上げるストレスで不快指数を上昇させるなか、キバオウは核心を口にした。


「わいは知っとんのや。ちゃーんと聞かされとんのやで……()()()()()( )()()()()()()()()()()L()A()()()()()()()()()()()()()()!」
「な………………」
「………なに?」



 思わず、キバオウを睨む。キリトがベータテスターであるということは今更驚くような話ではないものの、その情報は話から察するに伝聞によるものだ。つまり、キバオウはベータテスターではなく、誰かがキバオウにキリトのベータテスト時代の立ち回りや、俺が隠しダンジョンについて知っているという情報を何者かによって聞かされたことになる。しかし、そうするとキバオウはベータテスターとコネクションを持つことになる。このボス攻略部隊に紛れ込んだβテスターを割り出すために、わざわざ当人が嫌う人種と接触するだろうか。ただでさえ、ベータテスターは自身がそれであることを隠している傾向が強いというのに、それでも探し出して聞き出すだろうか。


「お前、誰からそれを聞いた?」
「ジブンの事も聞いとるで。隠しダンジョンやら隠しクエストの情報を独占しとるってな。………他は知らんぷりで情報溜め込んでのうのうとしとるヤツに、何でわいだけが情報くれてやらないかんのや」
「…………キバオウ。あんたにその話をした奴は、どうやってベータテスト時代の情報を入手したんだ?」


 俺とキバオウが睨み合うなか、その膠着を打ち破るようにキリトが問いかける。一度拒絶された時点で答えなどまともに返されないものと思っていたが、意外にもキバオウは口を割って見せた。


「決まっとるやろ。えろう大金積んで、《鼠》からベータ時代のネタを買ったっちゅうとったわ。攻略部隊に紛れ込むハイエナを割り出すためにな」
「最後に一つだけ聞く。そいつはベータテスターじゃないのか?」
「………あの人を、お前等みたいなクズと一緒にすんな」


 キリトとキバオウの対話は終わり、ようやく前線に召集の掛かった控え部隊がボスに向かって駆けてゆくのを睨み付けながら、キバオウの話の信憑性を考察していた。
 答えは嘘。第一、アルゴはベータテスターの情報を売らないし、矛盾が生じている。
 キバオウのいうハイエナとは、文字通りLAを盗んでいくプレイを得意としていた者のことだろう。そして、俺の記憶が確かならばLAを取るのが異常に上手いプレイヤーがベータテスト時代のSAOに確かにいたのである。名前までは興味がなかったから調べようとも思わなかったが、まさかそんな有名人にボス戦をご教授頂いていたとは皮肉抜きで恐悦至極だ。
 それはさておき、そのプレイスタイルで有名だったのが偶然にもキリトだったわけだ。当然、その他にもいなかったわけではないはずだ。つまり、ハイエナを割り出すためにはキリトの情報だけを購入して警戒していても意味はなく、しかも正式サービスに当たって名前を変えているプレイヤーだっているだろう。一万人のうちの千人、名前も顔も昔のベータテスト当時とは全く同じ保証はどこにもない。つまり《確証の得られない情報》というわけだ。仮に心変わりしてベータテスターの情報を売るようなことになったとしても、斯様(かよう)に胡散臭いものをアルゴは商売に使いはしない。そんな無責任な真似をするような奴じゃないことくらい、理解しているつもりだ。
 しかし、《セティスの祠》と一緒に俺の情報もキバオウに伝えたというならば、キバオウの裏にいる人物は間違いなく当時の情報を自前で持っているということになる。目的は何であれ、穏やかではないのは確かだ。


「まあ、気にするな。俺だってバラされたんだからさ」
「………リン、俺はキバオウからこの《アニールブレード》を四万コルで買取るという商談を受けた」


 俯いたままのキリトが心配になったので一応は慰めておこうと声を掛けたものの、返された言葉は意外なものだった。キバオウの件で思い悩んでいる様子はなさそうなので安心したが、どうもこれから話す内容は重要な事のようにも思える。自身の愛剣を俺に見せつつ、キリトはさらに続ける。


「強化数値は+6で、素体の《アニールブレード》と強化素材、鍛冶代も合わせれば三万五千コル程度で十分に同じものが作れる計算になる。時間は掛かるかも知れないけれど、これはそこまで金を掛けるほど価値のある武器ではないんだ」
「………それはまた、気持ち悪い話だな」


 確かに、気前の良い商談だと思う。
 今あるものの中では、性能的には紛れもなく強い部類だ。しかし、価格に色を付けるにしたって総工費の七分の一は大きすぎる。まるで《キリトのアニールブレード+6》でなければならないとでも言いたげな価格設定だ。それを考えると確かに不審ではある。それこそ何かの詐欺か陰謀を疑っても文句は言えないだろう。だからキリトは断った。もっとも、俺の知らない情報や何かしらの条件も重なってのことだろうが、俺が同じ立場でもやはり疑って掛かってしまう。いままでの匿名性の高かったMMOとは違い、この世界では個人が明確なのだから尚更だろう。


「でも、そんな資金があるにも関わらず、キバオウは装備の一切を更新しなかった」
「本当か?」
「間違いない。第一回の攻略会議の時から、まったく変わっていないはずだ」


 俺との取引は支払う意思が定かではないため判断材料から外すが、少なくともキリトとの取引では、キバオウは四万コルかそれ以上の資金を用意していたことが窺える。とても安い金額ではない。高収入なクエストや効率的な狩りを行っていなければ到底稼げない。新規プレイヤーがそれだけ用立てるならば、並々ならぬ苦節を耐え忍んだことだろう。ではなぜ、それだけの資金を用意しながら《アニールブレード+6》以外での装備調達を行わなかったのだろうか。
 先程見たキバオウの装備は決して悪いものではなかった。だが、キリトに提示しただけの金額があれば装備をさらに強力なものに更新することもできたはずだ。このボス戦のために自身の強化を行うべく装備を購入しようとしながら、どうして他の手段で装備を更新しなかったのだろうか。

なぜ、《アニールブレード+6》でなければならないのか………?


「……………自分の金じゃないから遣えなかった、としたら辻褄が合わないか?」
「………なるほど、そういう事か」
 

 キリトの言葉で、バラバラだった情報群が繋がってゆく。
 キバオウが取引で提示した金はキバオウのものでなく、預けられたものだ。そんな事ができるのは、キバオウにベータ時代の情報を与えた人物であることが明白だ。つまり、キリトの持つ《アニールブレード+6》はキバオウ自身の強化の為ではなく、ハイエナとして認識していたキリトがLAを取れないように戦力を削ぐための工作に主眼が置かれていたということになる。俺との取引は自身がLAを取るためのステータス強化が目的だろう。
 キバオウは進んで協力したはずだ。だからこそ、裏から指示を飛ばしていた人物も横領の危険性を恐れずキバオウを使えた。彼の目に映っていたのは《憎い(ベータテスター)と戦う正義(新規プレイヤー)の味方》だったのだから。その本性が、自分の憎む悪だとも知らずに。
 だが、現状では妨害工作は失敗していながらもキリトはこうして前線から離れている。未だディアベルの組んだ戦術は破綻を見せず、ボスの攻撃に飛び込む余地もないように見える。このままこのPTが前線に出ることはないだろう。しかし、それさえも俺は違和感を覚えてしまう。どうにも、その謎の人物の思うように進行しているようで気味が悪い。
 ………だが、そのために思考に耽るには時間が足りなかった。


――――突如として、《イルファング・ザ・コボルドロード》が激しい咆哮を上げたのだ。


 前線からは、それとは対照的な歓声が聞こえてくる。ボスの四段にも渡るHPゲージが遂に最後の一本となっていた。
 ボスを取り巻いて戦線を築いていたE隊、F隊、G隊が後退し、それまで後方で回復に専念していたC隊が単独でボスに向かって突撃する。すれ違い様にE隊リーダーであるキバオウが、俺達に見せたこともないような信頼を湛えた表情でC隊リーダーであるディアベルの肩を叩いて送り出す姿が見えた。

――――そして、解ってしまった。


「ディアベル……あんただったのか………」


 思わず、口からそんな問いかけが零れるが、返答は当然ない。キリトも呆然と、前線で流麗に剣を構える騎士を見つめて何かを問いたげにしている。
 そもそも、ディアベルがこのレイドのリーダーとなって、キリトも含めて俺達が参加する構図が出来上がった時点で既に決していたのだ。キリトがLAを取れないようにその参加PTに取り巻き殲滅部隊を任命したのも、最後に満を持して大取を飾る形に持って行くのも、また、それを最大の功労者としてレイド全体から支持されるように人気者となったのも、全て騎士がLAを取りにいくために仕組まれていた絡繰(からくり)だったのだ。その代償に、新規プレイヤーが抱くベータテスターへの憎悪を煽ったなどと、恐らくは誰も信じまい。
 前線はいよいよ最後の戦いらしく、コボルド王は再度高らかに吼え、骨の斧と革の円盾を投げ捨てて腰に差す湾曲した刃を引き抜く。対するディアベルとC隊はボスを囲む形で陣形を展開する。タネを知っていればあの薄い本から読み取れる情報だけとは思えないような指揮能力だったのだろうが、ベータテスターなのだから当然ともいえる。迷宮区十九層突破からボス部屋発見までの攻略スピードも知っていれば難しいことなどない。それを今まで気づかなかったのだから、まったく馬鹿な話だ。


「燐ちゃん、何かあったの? 怖い顔してるよ?」
「………そんなことない」


 ふと、いつの間にか隣にいたヒヨリの声で意識を取り戻す。
 思えば、ボスのHPが4本目に達したにも関わらず、未だに雑魚が湧いていない。装備交換の無敵モーションによるものかと思ったが、どうも既に武器の交換は終えているらしく、C隊も鬨の声を上げて剣を振るわんとしていた。コボルドロードも湾刀を高々と掲げ………


「あれは………」


 記憶が、認知を拒絶した。あれは湾刀(タルワール)なんかじゃない………
 刀身が細すぎる。それにあの鍛え上げられ、研ぎ澄まされた美しくも冷たい輝きを、俺は見たことがある。かつて、浮遊城で姿を現した華奢な凶刃。プレイヤーには使い手のいない、モンスター専用の装備にしてモンスター専用のスキルであった――――


「だ………だめだ、下がれ!! 全力で後ろに跳べ――――――――ッ!!」


 声を振り絞ってキリトが叫ぶ。だが、届かなかった。イルファングが始動させたソードスキルのサウンドエフェクトに掻き消された。
 獣の巨体が、地面を揺るがせて垂直に跳ぶ。腰溜めに構えて空中で身体を極限まで捻り、着地と同時に溜め込んだ破壊力を深紅の輝きと共に命を削る竜巻として撒き散らす。
 それは、持ち得ていた情報を逸脱する、まさしく想定外の痛恨事だった。


――――《刀》専用ソードスキル、重範囲技《旋車(ツムジグルマ)


 怖いほどに鮮やかな赤い閃光に飲み込まれ、C隊はその平均HPを5割まで落とし、さらに地面に倒れ込んだまま動かない。頭部には黄色の光が旋回し、一時行動不能(スタン)状態となっているのがわかる。俺も度々狙う状態異常であるからよくわかる。持続時間は長くても十秒程度だが、プレイヤーがこれを受けると即時発生であるために回復手段がない。それゆえ、前線のメンバーがスタンした場合は、間髪入れずに仲間が飛び込んでタゲを引き受けるのが模範的な対処法となる。
 ……だが、現時点で行動できる者は誰一人としていなかった。綿密な作戦会議を経て、これまで大きな失敗もなく戦闘が進み、誰もが無事に終わる事を考えていたことだろう。だが、事態は一転してリーダーであるディアベルが打ち倒されてしまい、これまでの余裕綽々といった空気は既に平常心と共に失せてしまっていたのだ。それが、C隊以外の前線メンバー全員を縛り付ける鎖となって、周囲は痛いような静寂に包まれる。居ても立っても居られずボスに向かって駆け出したものの、距離があって間に合わない。コボルド王の技後硬直(ポストモーション)も回復し、低い姿勢から立ち上がる。


「追撃が………」


 キリトの叫び声と同時に、前線からやや離れた位置に待機していた両手斧使いのエギルと以下数名が動き出すも、スキルの発動を食い止める事は叶わなかった。
 地面すれすれから掬い上げるような剣閃、刀スキル単発技《浮舟(ウキフネ)》が放たれる。抵抗もできないまま、薄赤いライトエフェクトを受けた青髪の騎士が宙に浮かされた。そしてコボルド王はこの次に控える剣技を繰り出すべく動き出す。
絶望的な状況だが、幸いまだ間に合う。今なら、まだ助けられる。ディアベル一人がタゲを取ってくれたおかげで《旋車(ツムジグルマ)》の連発による複数人の死亡という状況は避けられている。加えて、《一撃でHPを削り切れるような》ソードスキルではなく、イルファングはスキルコンボによる攻撃を選択してくれた。ならば、これから行使されるソードスキルさえ防げば誰も死なずに済む。《浮舟(ウキフネ)》から繋がるソードスキルはおしなべて準備動作(プレモーション)に時間が掛かる。逆説的な説明をすれば、初動の遅いソードスキルのために《浮舟(ウキフネ)》で宙に浮かして時間を稼ぐともいえる。
 四秒にも満たないような僅かな猶予ではあるが、多少《荒業》を使えば重装備の壁役よりは早く辿り着けるだろう。それに、このような惨劇に遭いながら不謹慎ではあるが、《曲刀》カテゴリーの武器でなかったのは救いだった。俺の経験上、刀という武器は振りの速さと、その鋭さからくる攻撃力の高さが高水準にあるものの、無駄を排して砥ぎあげたために曲刀よりも《軽い》のだ。あくまでも雑魚モンスターでの経験だが、ソードスキル同士の一瞬の衝突に於いて、片手剣ならば競り勝てる。なんといっても、そういった刀の使い手であるモンスターとの苦闘の一幕で《剣技克破(ブラストパリィング)》は生まれたのだから。
 ともあれ、ボスモンスター相手にどう働くかは未知数だが、少なくともソードスキル発動を妨害する程度はできるはずだ。手負いのC隊は他の前線部隊に掩護(えんご)させつつポーションで回復させれば十分に立て直せる。業腹ではあるが、あの騎士様には生きてこのレイドを導いて貰わねばならない。《イルファング・ザ・コボルドロード》の刀がスローモーションに動く姿を見つつ、脳内で不慣れな作戦構築を行い、左手を地面に付き、手前に引かれた剣の先端を前方に向け、曲げた両足に力を込める。片手剣突進技《イグナイトスタブ》。この技の売りである高速の突進と割り込みによるスキル妨害。これで――――


「………なに?」


 思わず歯噛みして、スキルの射線上に飛び降りてきたモンスターを睨む。
 コボルド王の取り巻きが、主の危機に馳せ参じてきたのである。確かに、HPゲージが四本目に到達した際にはコボルドは一切湧かなかった。攻略本でも確認できなかったから、湧出のタイミングのずれもそうなのだろうが、出現した取り巻きコボルドも変化していた。センチネルと共通しているのは兜だけで、肩当や胸当や膝当といった申し訳程度の防具しか付けていなかった。さらに長柄斧の代わりに片手剣を構えている。見たこともないモンスターで、恐らくこのボス戦時のみ出現する取り巻きの亜種だろうか。名前は《ルインコボルド・グラディエイター》………剣闘士ということか。ここへ来て初見のモンスターが出現するとは、想定外にも程がある。
 だが、動揺して行動が滞ればディアベルが死ぬ。防御力は弱そうなので、作戦を変更して《イグナイトスタブ》でこいつを仕留め、余剰の推進力を以て距離を詰める。そして続けて《ソニックリープ》で飛び込めば十分に割り込める。とにかく、障害は払いのけるまでだ。


「リン、ダメだ!」


 スキルアシストによって地面を蹴り飛ばし、新手の取り巻きの鳩尾を目掛けて剣先を構える頃に、ようやくキリトの叫び声が届く。同時にグラディエイターも手に握る片手剣をこちらに向け、獣じみた予備動作(プレモーション)を取り、薄橙のライトエフェクトを纏わせていたのだ。それは、奇しくも俺が今まさに使用した片手剣突進技《イグナイトスタブ》であった。このソードスキルは二連撃技の《クロスライズ》や他数種と共に俺が習得できたものであり、さらにいえば第一層におけるソードスキルの熟練度においてはやや過剰気味な育成であると言える。第一層でも数少ない《ソードスキルを操るモンスター》が単調な単発技しか扱えない域に留まっているところから察するに、《ルインコボルド・グラディエイター》なるモンスターは第一層における雑魚としては破格の強さであることが窺える。だが、既にソードスキルが発動してしまってからでは取り返しも付かない。
 兜の奥で双眸に獰猛な眼光を満たしながら、獣人の剣闘士は地面を蹴り飛ばして片手剣を正面に突き出す。互いの間合いなど意味も為さぬとばかりに次の瞬間には剣の先端同士がぶつかり合い、刹那、反発力が腕を貫いた。コボルドの握る剣を破壊しながら突き進み、握られた柄ごと腕を破壊し、胸に鍔すれすれまで刃が突き刺さった後にグラディエイターは青い破片となって爆散する。運が悪ければ互いに直撃を受けて相討ちも在り得ただろうが、回避した最悪のシナリオまで推察する場合ではない。
 しかし、威力が相殺されてしまったために推進力が削がれ、想定していた距離よりも手前で止まってしまった。《イグナイトスタブ》は冷却時間(クールタイム)に入ったことで使用できず、《ソニックリープ》では届かない。《レイジスパイク》では速度の問題で間に合わないのだ。

 無力に打ちひしがれながら見つめる先で、宙に浮かされたディアベルは空中でソードスキルを発動させて反撃に出ようとする。だが、それは悪手である。自身が能動的に跳躍してのソードスキル――――ちょうど先程ヒヨリがやってのけた――――ならばまだしも、相手に浮かされたアンバランスな姿勢で成功させるなど、それこそ余程の練度を要する。案の定、システムはそのあまりに不安定な動作をソードスキルの初動とは認識しなかった。むなしく剣をかざす騎士を嘲笑うかのように、コボルド王の凶刃が振り下ろされる。瞬時に繰り出される上下からの斬撃、そして放たれる鋭い刺突。刀スキル三連撃技《緋扇(ヒオウギ)》。
 激しい衝撃音が三回、沈黙に閉ざされた空間で弾ける。獲物を屠る獣の爪牙か、或いは不届者に下された王の鉄槌か、鮮烈な赤のダメージエフェクトを刻まれた騎士は力なく吹き飛ばされ、前線メンバーや俺の頭上を越えて、後方でグラディエイターとセンチネルのペアと交戦していたキリト以下同PT所属の2名の近くに落ちる。それに気づいた三人は怒涛の勢いで雑魚を処理すると、キリトが先んじてディアベルに駆け寄る。だが、時は既に逸してしまっていた。
 ほんの僅かな時間、キリト達と言葉を交わしたように見えた騎士は視線をこちらに向けるように首を落として力尽きる………

――――アインクラッド第一層ボス攻略レイド指揮官、ディアベルは、青い欠片となって仮想空間へと溶けていった。 
 

 
後書き
年明けになってしまった《イルファング・ザ・コボルドロード》戦、その弐。


出したかったオリジナル雑魚モンスター《ルインコボルド・グラディエイター》をやっと出せて嬉しい反面、いかんせん地味なので少し複雑な気持ちです。設定上は《イルファング・ザ・コボルドロード》の武器変更と同様にベータテスト時には存在しなかったモンスターということになっていたので、アルゴの攻略本には載っておらず、誰もが初見なモンスターということになっています。
《ルインコボルド・センチネル》が防御型の壁役(タンク)としたら、こちらは攻撃型。片手剣カテゴリーのソードスキルを使用し、熟練度はキリトさんや燐ちゃんと同程度。金属鎧も付けていないので身軽な動作も可能という、機動性特化のダメージディーラーをイメージしていますが、いまいち強さが伝わらなかったですね………


次回もまた時間が空くと思われます。………まあ、場末の二次創作なんで大丈夫ですよね?
ということで、次回は《イルファング・ザ・コボルドロード》戦最終話です。自分の中では次に出す隠しクエストや隠しダンジョンやオリキャラ登場やオリジナル展開本格始動(どうなるかわからない)でわくわくしています。早く進めたいですね。



それでは、今年も一年よろしくお願い申し上げますm(__)m


 
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