ソードアート・オンライン‐黒の幻影‐
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第1章 群像のフーガ 2022/11
6話 獣人の王
――――十二月四日、日曜日、午前十時。
このデスゲームの正式サービスが開始開始された日時が十一月六日の午後一時で、もう三時間もすれば四週間が経過することになる。そう考えると、一昨日からのディアベルの快進撃はまさに電光石火と呼ぶに相応しいものだっただろう。さらにアルゴがボス部屋の発見に併せて無償提供した【アルゴの攻略本・第一層ボス編】は、偵察戦で想定されたどれほどの手間を省いたことだろうか。そのおかげで、こうして無理なく予定を大幅に前倒ししてボス討伐を迎えることができるのだから、この二人には頭が上がらない。
………しかし、ベータテスターだった頃も含め、SAOにおけるPTの経験はトールバーナに到着するまでのヒヨリのレベリングや装備調達の為のダンジョン探索ぐらいのもので、ましてやレイドに参加するなど在り得なかったのだ。さらに言えば、隠しダンジョンや隠しクエストの情報収集や攻略ばかりだったためにボス攻略の経験もない。この場においては、俺もヒヨリも同じ土俵なのである。そう言った意味では、アルゴの言っていた《PTに入れてくれるであろうソロプレイヤー》がキリトだったという点が救いなのかも知れないが、不慣れな人間が二人もPTに増えてしまうことになる。かなりの負担だろうが、そんな心配も余所にキリトは俺に昨日の攻略会議の内容を話してくれた。コルは山分けでアイテムは獲得者の所有権が最優先で尊重させる《取った人の物ルール》である。というところまで理解した。
「――――そしてこのレイドの構成だけど、壁部隊が二つ、高機動高火力の攻撃部隊が三つ、長物装備の支援部隊が二つだ。壁役の二隊が交互にボスのタゲを取って、その隙に攻撃役のうちの二隊がボスを叩く。その際、ボスの取り巻きをもう一隊の攻撃役が引き受けて、支援部隊が行動遅延スキルをメインに相手の行動を出来る限り阻害する」
「なるほど、シンプルで解かりやすい。だが、PTの数が少ないんじゃないか?」
PTリーダーであるキリトの説明を受け、PTの構成員の装備でその役割はなんとなく把握できたものの、どうも数が合わないのだ。強いて言うなら、攻撃部隊が一隊少ないようである。控えを用意してPOTローテでもするつもりなのだろうか。だとしたらレイド内のPT数の相違も理解できないわけではない。
「それは………」
「………このPTは取り巻き殲滅部隊のサポート役、オミソの寄せ集めだからよ」
キリトが言葉を探し出すのを差し置いて、既にキリトとPTを組んでいた寝袋女こと【Asuna】が単刀直入に答える。
棘のある辛口の説明だったが、それだけに解かりやすい。他のPTがフルメンバーで組む中で、このPTだけ人数が少ないのだ。ましてや、攻略会議中に組んでいた時点での人数は俺達を抜いてキリトと寝袋女の二名ということになる。そうなっては、如何に火力を持つ彼等であっても前線に出して戦わせるのをディアベルは躊躇ったことだろう。それゆえに、このPTは外野にすらならない端役を与えられたと考えられる。命が掛かっている以上、効率より優先すべきは安全だ。別にボスのLAを取りに行く理由もない。この決定には心から感謝するとしよう。
「おい」
とても友好的とは言い難いような低い声が背後から聞こえ、ひとまず振り向く。
立っていたのは毬栗頭ことキバオウだった。我らオミソパーティーを忌々しそうに睨み付けると、呼びかけた時よりもさらに低い声で言う。
「数が増えとるならちょうどええ。雑魚コボは全部くれたる。わいらがボス仕留めるとこを指咥えて見とけや」
「危険過ぎる。無理だ」
彼の所属するPTが雑魚狩りを任されていたのだろう。という考察を端に追いやって、キバオウの意見を拒否する。態度が気に入らなかったというのも理由にあったが、それ以上にこの土壇場での役割の変更が俺には無謀に思えたのだ。
というのも、ボスを二隊が攻撃するという作戦は、別に始めからどれか一隊に雑魚狩りというハズレくじを押し付けるためではなかったはずだ。雑魚狩りもボスへのダメージを安定化させる上では不可欠な役割だし、攻撃部隊がボスを攻撃する際に互いが一定の間合いを空けていなければ流れ弾ならぬ《流れ刃》を貰う可能性がある。SAOにおいて、混戦時に武器がプレイヤーに偶発的にヒットしてしまってもダメージにはならないが、障害物接触判定を受けてしまい、ソードスキルや直接攻撃が停止してしまうのだ。ボス戦の最中でそうなっては目も当てられない。
「やかましい! 口答えすんなや!」
だが、こちらの懸念を知ってか知らずか、返答として向けられたのはありったけの怒号だった。上下関係を明確にしたかったのかかなり高圧的で、こちらの意見など匙程も受け入れようとしないことがありありと伝わってくる。
まさか商談を断られた翌日に平然と声を掛けてくるとは流石に予想していなかったが、あれだけのヘイトスピーチを断行する胆力の為せる業だろう。それに彼がベータテスターであるとするならば、新規プレイヤーが抱くベータテスターへの憎悪を煽って自分の安全を確保するような人間だ。自分以外を壁としか認識していないようならば、そもそも気まずさも感じないのだろうか。
………それに恐らく、この男はLAを狙いに行くだろう。フロアボスに止めを刺した英雄ともなれば、そのボーナスで入手できるユニーク装備によるステータスの大幅な強化に併せて、多くのプレイヤーに対してリーダー性を発揮できる。そして、その影響力は〝認識の浸透〟の兼ね合いもあり、より早い段階で名が売れた方が強まることは言うまでもない。保身の為に今のスタンスを貫くならば、自分に従うプレイヤーを集めてベータテスターを弾圧しようと考えるのがこの流れでは最も可能性の高いものだろうか。それを狙うとすれば、間違いなく第一層のボスのLAを取るという誉が必要なのである。
「………ジブンらはわいらのサポ役なんやからな………せいぜい、邪魔にならんよう端っこにおれよ」
言いたいことは一頻り言い終えたらしく、止めに唾を吐いて仲間のPTの元へと戻っていった。何とも表現し難い感情が残るが、キバオウに対して抱いている印象も憶測によるものが大きい。今はこれから行われるボス戦に集中するべきか。
「………何、あれ」
不快さをありったけ込めた言葉を吐きつつアスナが、キバオウの背中に突き刺さるような視線を送る。それにしても、赤いフーデッドケープが、この時ばかりは返り血を誤魔化すためのものなのではないかとさえ思えるほどの殺気を放っている。この女が第一層のボスだったら、俺は攻略を諦めていただろう。
「さ、さあ………ソロプレイヤーは調子乗んなってことかな………」
「仲間ごっこは嫌っていたのに逸れ者には随分と差別的だこと」
キリトの言葉で矛を収めたアスナは、つまらなさそうに文句を零すと噴水へ向き直る。
大事な局面を前にして今の闖入は遺憾の一言だが、流石にいつまでも気にしているわけにもいかない。キリトとアスナは、とくに問題にはならないだろうが、ヒヨリが後に引き摺らないか心配になってしまう。モチベーションはパフォーマンスにも関わる重要なものだ。ましてや、この世界において精神も肉体も同一の位置にあるといっても過言ではないのだから。
「大丈夫か?」
「うん、少しだけ怖かったけど大丈夫………」
ありがとね。と返しつつ、ヒヨリはふと何かを思い出したように続ける。
「そういえば、この上ってどんなところなのかな?」
この上とは、恐らく第二層のことだろうか。かなり省略された表現だった所為で把握に少しだけ時間を要したが、俺の記憶では第一層よりも荒涼とした印象が強い。もっと言えば見晴らしが良いとか視界が開けているとかだろうか。とりあえず主街区から説明をしようと考えていたが、ディアベルが前に出たことで会話は自然と途切れ、それ以上の進展はなかった。俺としてはヒヨリが平常心であったと判っただけで十分だったので、それ以上こちらから話題を蒸し返すような真似はしなかった。
それよりも気に掛けなければならなかったのは一部PTの役割変更についての報告だった。
………そう、キバオウ率いるE隊と、その支援役だったG隊が取り巻き殲滅部隊から前線の控え部隊へと変更され、それに伴って人数の増加を理由にオミソパーティーにはE隊G隊が受け持っていた雑魚殲滅を一手に押し付けられたのである。突然の事例に抗議を申し出るも、まともに取り合ってはもらえなかった。
『雑魚が怖いんなら抜けてもええんやで?』というのが、この配置転換をディアベルに進言したキバオウ本人の言葉である。これがボス攻略でなくて、キリトとヒヨリの両名にに宥められていなければ、今頃はSAO正式サービス初の《殺人者》になっていたかも知れない。
出発を目前に控えていきなりの配置転換を想像していたプレイヤー達はざわめき出すものの、対岸の火事だと知るや否や再び雑談やら騎士様を囃し始めるやらで、とても彼等に命を預けられるようには思えなかった。ただ、壁部隊であるB隊リーダーのエギル――――記憶が確かなら、第一回のボス攻略会議でキバオウと対峙した黒人男性だったか――――と、数名がこちらに気遣わしげな視線を送ってくるも、俺はやや挑発的に視線を逸らす。どうせ助けてもらえないならば、下手な同情は無用の長物である。そんなもので喜べるほど馬鹿じゃない。だが、アルゴとの約束もある手前で投げ出すわけにもいかず、キリトとの合意で渋々ながら引き受ける事と相成った。
その後、騎士様の雄弁な演説でより一層士気を増したレイド――――オミソパーティーを除く――――はフィールドを進み、迷宮区を突破して、怪物のレリーフの刻まれた巨大な二枚扉の前まで辿り着いた。
幾度か遭遇したモンスターからの襲撃も俺達の出る幕はないとばかりに速やかに処理されてしまい、消耗と呼べるほどの事もなかったのである。それらが起因してか、レイド内の空気が異様に軽く思える。
道中はそれこそ遠足か何かのような浮ついた空気で、これから死線を潜ろうという危機感が全く感じられなかったのだ。フロアボス戦を経験しなかった俺が異端なのかもしれないが、これから向かう場所の危険度と彼等の心構えが全く合致していない気がした。今でこそボス部屋前だから静かなものの、脳裏に一抹の不安を残してしまう。
「………ちょっといいか」
キリトの小声の呼びかけで、同PTに属する全員が集まる。
「今日の戦闘で俺達が相手する《ルインコボルド・センチネル》は、ボス取り巻きの雑魚扱いだけど充分に強敵だ。頭と胴体の大部分を金属鎧でがっちり守ってるから、二人の《リニアー》もただ撃ったんじゃ徹らない」
ヒヨリとアスナも、それに頷いて答える。
「解ってる。貫けるのは喉元一点だけ、でしょ?」
「スイッチをやるんだよね?」
「そうだ。俺達が奴等の長柄斧にカウンターを撃ち込むから、すかさずスイッチで飛び込んでくれ」
説明が終わると、ディアベルはAからGまでのPTを整列させ終えていた。こちらに声が掛からなかったのは別段咎める気もないが、取り巻き殲滅を押し付けておきながら添え物程度にも扱わないという立ち位置は少々考えさせられる。余りの二名と会議不参加者の集まりとはいえ、ぞんざいなものだ。
「邪魔にならなければ好きにしてろってことか。この様子じゃ俺達、露払い役としても期待されていないかもな」
「そうなら気は楽なんだろうけど、外様なだけに適当な仕事をしたら後でお小言を貰いそうだ」
「だとしたら、出し惜しみはナシだ。あんな奴等と組むのは癪だが、初のボス戦、本気でやらせてもらうとしようじゃないか」
「………ああ、全力でいこう」
ディアベルが大扉を開くのを眺める間、キリトと言葉を交わす。このPTだけが唯一の良心だ。むしろ他のPTでなくて良かった。最後に指貫グローブにしっかりと手をはめ込み、愛剣を抜く。ヒヨリに視線を向けると、頷いて返される。準備は万端ということだろう。
やがて大扉は完全に開かれ、これから戦場となる室内が露となる。奥に伸びる長方形の部屋はどこかの室内競技場を思わせるような広い構造で、ヒヨリもそうだが、層を移動する手段は専ら街の転移門だけしか潜ったことのない俺には実に新鮮な光景だった。それに隠しダンジョンの奥にいるボスモンスターは総じて小型のものであり、部屋もこじんまりとした広さなのに対して、こちらは明らかに大きい。やはり想定された戦闘の形態の差なのだろうか。
取り止めのない思考を巡らせるうちに、暗かったボス部屋の左右に松明の火が次々に灯されてゆく。光源の発生が奥へ奥へと進むうち、ひび割れた石床や壁が、至る箇所に飾られた大小様々な髑髏が、最奥の玉座にて坐する何者かのシルエットが、その全てが照らし出される。
先陣に立つ騎士の長剣が振り下ろされ、それを合図に総勢四十六名からなるフロアボス攻略部隊は戦場へと雪崩れ込んだ。前線部隊が玉座までおよそ二十メートルという距離まで到達すると、コボルドの王が玉座から跳び、空中で一回転した後に地響きを起こしながら着地。獣のそれである咢が開かれ、咆哮が響いた。
巨大な体躯だ。ヒヨリと相手をした《ルインコボルド・ブラッドリッカー》よりも更に頭二つは突き出たような背丈。骨から削り出した斧と、革を貼り合わせたバックラー。腰に差した得物は、各所の情報からするとヒヨリの身長くらいの湾刀らしい。攻撃範囲は広そうだが、《曲刀》のソードスキルは既に知れ渡ったもので対策は万全と言って差し支えはなさそうだ。四本あるHPゲージが最後の一本になった際に、斧と盾を放り投げて腰の得物を抜き放つ無敵モーションを経て、ボスの行動は曲刀による攻撃へと移行するらしい。気にはなるものの恐らく触れずに終わるであろう相手の観察を長々と続けても仕方がない。
コボルド王が放った斧の振り下ろしと、壁役部隊であるA隊のリーダーの分厚いヒーターシールドが衝突し、甲高い音が鳴り響く。そして、音を合図に左右の壁の高い位置に開いた無数の穴から三匹のコボルドが飛び出した。金属鎧に長柄斧、こいつが《ルインコボルド・センチネル》か。
「わかっとるよな。わいらはボスを攻撃するための大事な戦力やぞ」
乱戦するエリアからやや後方、オミソパーティーと並ぶE隊リーダーのキバオウは恫喝するような低い声音で告げる。本来ならば相手にするはずだった取り巻きが現れても一向に動こうとせず、彼らの支援役であるG隊もまたキバオウの統治下にあることから同様に静観の構えをとる。つまり、彼等から一切の手助けはないものと考えた方が無難だろう。それどころか、かすり傷でも付こうものなら鬼の首を取ったような態度で糾弾されそうなものである。幸か不幸かはさておき、キリトの予想が見事的中したわけだ。
「キリト、こっちが二匹受け持つ。そっちは確実に一匹仕留めてくれ」
「そんなこと、できるのか?」
「防具の性能的にも持ち堪えるならそっちより向いてるはずだ。それに、ヒヨリにはスイッチからの一撃離脱しかさせる気はない。安全第一は遵守する」
「………わかった。俺達も手が空き次第援護に向かう」
《ルインコボルド・センチネル》に向かって駆けるキリトとアスナを見送り、ヒヨリには後ろに控えているように指示を出す。俺が率先して敵の敵愾心を引き寄せつつ攻撃、隙や死角を突くようにしてヒヨリがクリティカルを叩き込むシステムこそが、俺達の基本戦術だ。当然、今までは無理のないように一匹ずつ相手にしていたもので、二匹同時に相手取るなど今回この舞台でぶっつけ本番の大勝負である。この四週間で培われたヒヨリの経験値――数値的なものではない、プレイヤー自身のスキル――を疑うわけではないが、それでも不安は残る。そのため、多少負担は掛かるかも知れないが、俺ができる限りモンスターにダメージを与えればリスクを減らすこととした。若しくは、この場で自分のスペックを知っておきたかったのかも知れないが、事の真偽は触れないでおくことにする。
「俺達もやるぞ」
「うん!」
頷くヒヨリから視線を離し、重武装コボルド目掛けて拾っておいた石――これでも立派な投擲武器扱いだが、攻撃力は泣けるほど低い――を投げつける。投剣スキル二連技《ツインスワロー》によって放たれた二つの礫は軽い音を立てて兜に命中。直後、石ころがやっと与えた雀の涙ほどのダメージ以上に上昇したヘイトによって、二匹は武器を振り上げて猛然と走ってくる。《異常にヘイトを上昇させる》石ころ特有の効果を用いたヘイトコントロールだ。攻撃力が低い上にヘイトも無駄に上げるためにあまり常時の使用に向くものではない。用途に合わないときは使用を控えるのが賢明だったりする。
そうこうしているうちに、前後一列に連なったコボルド達は既に接触まで残り五メートルという距離に達した。この状況においても一切の動きを見せない《大事な戦力ご一行》は意識から消し去り、間合いをを詰めるべく駆ける。小柄なコボルドが跳躍して、俺の脳天に向かって刃を振り下ろさんと長柄斧が高々と振り上げられると同時に、晒される弱点部分に獰猛な笑みが零れるのを感じながら、目の前のコボルドに呟く。
「………悪いな、隙だらけだ」
――――一閃。
ソードスキルのライトエフェクトを帯びない刀身が横薙ぎに冷たい軌跡を描き、その頭上に伸ばされたコボルドの腕を断ち斬った。宙に舞う両腕は長柄斧を握ったままポリゴン片となって爆散。同時にHPが減少する。
SAOにおいて、十数種類存在する状態異常のうちの一種、名を《欠損》という。
防御力の数値を持つものは、すべからく隠しステータスとして四肢やその他の部位にそれぞれ耐久数値と弱点を個別に持っている。
欠損とは、一撃や蓄積を問わず一定の箇所へのダメージが耐久数値以上に達した場合、その箇所が破壊されるという形で発生するのである。効果は、その部位によって行われる動作の使用制限。持続時間は3分間。ヒヨリ代行によって過剰に強化された《レイジハウル》のスペックと、鞘《シール・オブ・デモリッション》による《鋭さ》ボーナス、手に装備した指貫グローブ《キリングワークス》の筋力ボーナス、そして《ルインコボルド・センチネル》の腕部の弱点を的確に攻撃したために、第一層ではまず見られないであろう状態異常を引き起こしたのだ。
「今だ!」
「行っくよー!」
剣をそのままの軌道で走らせて背中に運び、そのまま予備動作に移行。起動した片手剣突進技《ソニックリープ》が兜の隙間を貫き、その内部にある部位を破壊する。手応えを感じた瞬間、相棒に叫ぶ。そのまま突進で押し込み、その背後に二段構えの様相で構えていた《センチネル》も突き飛ばされ、HPが全損した一匹目が青い破片となって砕ける。その向こう側で後続がよろめくのを確認したときには、背後から擦り抜けたヒヨリが地面を滑るような軌道で跳躍していた。
さながら全身を弾丸と化した加速度で喉元に《リニアー》が放たれ、二匹目はその一撃を以て力尽きる。敏捷寄りのビルドをしていることで筋力が落ちてしまうものの、間合いを詰める際の加速さえ殺さずにソードスキルが放てればそれだけ運動エネルギーが上乗せされるため、決まればその威力は筋力極振りの一撃さえ易々と上回る。高威力ほど攻撃の速度が遅いと思われがちだが、そのような断じてない。むしろ逆と言っていい。
矢や銃弾は、速いからこそ殺傷力が高いのだから。
とはいえ、あの加速から精密に弱点を射抜く技術には舌を巻かされる。ましてや空中という不安定な位置からソードスキルを繰り出すなど、途轍もない技術ではないか。
「う、うまくできた………失敗しちゃうかと思ったよ………」
しかし、感動は一瞬で崩れ去る。どうやら持ち前の技術ではないらしい。
「………命懸ってるんだから変な賭けはやめてくれ?」
「頑張ったんだから褒めてよね!?」
かなり無茶苦茶な非難を無視して、前線に目を向ける。
戦局は優位を保ったまま進められているらしく、控えのE隊とG隊を除く各前線PTの平均HPも八割前後をキープしていた。正直、このままだと控えの二隊は活躍もままならず幕引きとなることも大いに在り得る。取り巻き殲滅も俺達だけで十分だし、これではどちらがオミソだか分かったものではないが、ひとまず彼等の心配はこのくらいにする。
「………来るぞ。第二ラウンドだ」
コボルド王のHPゲージが三本目に突入し、左右の壁から新たに《ルインコボルド・センチネル》が飛び出す。先程と同じように、ヒヨリが俺の背後に控えたのを確認してから礫を投擲する。
うまくいっている。少なくとも今の段階ではそう思うし、破綻もない。
大丈夫と自分に言い聞かせるように、或いは、このまま無事に終わらせてくれと何者かに祈るように、現状の優勢を何度も確認した。その安心が、最後の一瞬まで継続されるように、ただひたすらに、強く………
後書き
《イルファング・ザ・コボルドロード》戦、その壱。
今までの更新速度からすると時間が空いてしまったようにも思えますが、こんなペースで行かせて頂こうかと思います。
さて、今回はキリトさんと寝袋女のPTに燐ちゃんとヒヨリがお邪魔した所為でPTの役割が変更されています。やっぱりオリジナル要素はいれなきゃですよね。さりげなく頑張った石ころも見てあげてくださいな。
それと、今回追加した燐ちゃんの新設定はなんとフロアボス初体験という事でした。βテスト中は隠しクエストや隠しダンジョンの捜索でそれどころじゃなかったようです。どんだけひねくれてるんだ。
また、細かな設定の導入ですが、防具の継ぎ目や関節部分、兜の隙間といった箇所のような〝生身の部分に刃が届き得るところ〟も弱点になるんじゃないか?ということで独自の設定としてみました。そうすると何だか《ルインコボルド・センチネル》の重武装ががら空きになってしまったような気もしますが、肘は武器を持っている関係で常に動いているし威力によっては切断できない可能性もある。兜(頭部)は意識的に防御されているので当てづらい、あまり気軽に狙えない弱点ということでしょうか。だからこそ、兜の隙間より喉元優先だし、腕の切断を狙うより武器をかち上げるんでしょうね。
そして、KEPとなったヒヨリの加速リニアーは冗談抜きで偶然の産物です。
ではまたノシ
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