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豹頭王異伝

作者:fw187
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邂逅
  スカールの異変

「お前に後催眠の術を施し命令を植え付けた竜王、黒魔道師は実に厄介な敵だ。
 謎の王太子アモンを護る為、お前を利用した理由は推測しているだろう?
 キタイの竜王に敵対する戦力の削減、同士討ちを狙っている事は明白だ。
 マルガ北方の新生ゴーラ軍、ケイロニア軍の激突を再現する気は無かろう」
 穏やかな言葉と温顔にも誤魔化されず、中原の風雲児は鼻に皺を寄せ獰猛に唸った。
 仏頂面の上級魔道師は粗野な魔戦士を依怙地に無視、ナリスの顔色を横目で窺う事に専念。

「そんときゃ、そん時だ。
 ケイロニア軍だけ戦わせて、卑怯なやり方をしてると見られんのは願い下げだかんな。
 口先で上手く丸め込もうったって駄目だぜ、俺だっていろいろ考えてんだ。
 あんまり、ゴーラ軍を悪役にしねえでくれよ。
 あんたなら、わかってくれるよな。
 俺が本物の王様になろうと足掻いてんだ、って事をさ」

 昨夜に新生ゴーラ軍を襲った非常事態、ゾンビーの夜襲は早目の的確な対処が功を奏した。
 イシュトとマルコが松明で闇を照らし、兵士達の動転も冷静な指揮官を得て鎮静化。
 ゴーラ軍将兵の中には若さ故に経験が浅く、心理平面に重大な衝撃を受けた者も居るが。
 経験の浅い若武者達は雪辱を誓い、ケイロニア軍への対抗心に燃え脱落者は僅少であった。
「レムスの小僧、寝覚めの悪くなる様な厭らしい手を使いやがって。
 悪い夢を見ちまったぜ、クリスタルで逢ったら只じゃ済まさねえからな!」

「我が従兄弟殿に代わって御詫びを申し上げるよ、新たに国を興した勇猛なる国王陛下。
 誠に済まないね、イシュトヴァーン。
 キタイの竜王が動かす操り人形、若き聖王自身には何の力も無いのだが。
 レムスが豹変する所は、そなたも見た筈だが思い出せるかね?」
 イシュトヴァーンを盗み見て、ナリスが笑いながら応える。
 聖王家の麗人は親密さを誇示、ヴァレリウスは思わず渋面になり内心を暴露。

「あぁ、はっきり覚えてるさ。
 ありゃあ、レムスなんかじゃなかったさ。
 外面は、レムスだったけどな。
 あのガキにゃ、あんな迫力は出せやしねぇよ」
 パロ最高峰の知性を誇る主従の幕間劇、無言の抗議を察知する術は無い筈だが。
 予知能力者と噂される第六感を備えた紅の傭兵、魔戦士の不審気な瞳が魔道師を直視。

「そなたは、わかってくれるから助かるよ。
 レムスが竜王に乗っ取られている、と告発したのだが当初は誰も信じてくれなくてね!
 竜王の憑依から解いてしまえば、あの子は無害だよ。
 私に免じて、許してやってくれないか」
「別に構わねぇだろ、レムスなんざブッタ斬っちまってもさ!
 あんなガキは放っといて、ナリス様がパロ国王になれば良いじゃねぇか?」

 会心の微笑を披露する闇と炎の王子、肝を冷やし更に顔を顰める従者の魔道師。
 野性の勘を披露した天性の風雲児、嵐を呼ぶ男は何も気付いておらぬ。
「勘弁しておくれ、イシュトヴァーン!
 リンダに愛する弟を殺されたと恨まれ、呪い殺されてしまうじゃないか!!」
 イシュトヴァーンのみならず忠実なマルコ、当直の騎士コー・エンも爆笑。
 大袈裟に眼を剥く上級魔道師を平然と無視、韜晦と挑発を続ける闇と炎の王子。

「モンゴールの大公を戴いた左府将軍様と同様、私は聖王陛下の最高顧問で充分さ。
 因習で雁字搦めの聖王を誰が務めるかより、ゴーラの安泰を図る方が先決だ。
 ケイロニア王と新生ゴーラ王が共闘の意志を固め、パロ解放に尽力した事実は残る。
 レムスに私は感謝しているのだよ、よくぞ聖王に即位する気になってくれたとね!
 憑依から解放された後で、国王はもう懲り懲りだから嫌だと言って貰っては困る。
 そなたなら理解してもらえると思うけれど、国王なんて窮屈なものだよ!
 自由に使える時間は無くなるし、影で実権を握る方が遙かに賢明と云うものさ。
 古い因習で雁字搦めに縛られ、窮屈な聖王の役を演じる気は全く無いのだからね!」

 (ミャオ)の様に妖しく笑う悪戯っ子、ナリスの脳裏に心話が響いた。
 密かに期待していた予想と異なり、ヴァレリウスの切迫した思考が閃く。
(ナリス様、一大事です!
 スカール太子が重篤、命旦夕に迫っていると緊急の報告が入りました!!)
(何だって、スカールが!?
 イシュトヴァーンと一騎打ちの後、行方を晦ましていた筈だね?
 私も見落としていたが何故、今頃になって報告が来た?)

(スカール殿の追跡に、魔道師を割く余裕が無かったのです。
 イシュタールから帰還の途中、下級魔道師コームが気を感知しました。
 自力で立つ事も出来ぬ程、極度に衰弱していると報告しています。
 パロ北方の自由国境地帯で身動きが取れず、部下達も途方に暮れている模様)

(以前マルガで聞いた話では確か、グラチウスが治療したと言っていたね。
 魔道師ギルドの薬物を専門に扱う部署で、投与された薬の見当は付くか?
 グル=ヌーの鍵を握る重要人物、スカールの死を闇の司祭が見過ごす筈は無いが。
 ロカンドラスが太子に託した言葉の鍵《パスワード》を盗み、用済みと判断したのか?
 ゴーラ軍に私が同行する理由の一つ、イシュトを操りに闇の司祭が現れた兆候は無い。
 スカールの危機を放置する訳には行かない、グラチウスと連絡は取れないか?)

(黒魔道に使われる類の魔薬でしょうが、薬の成分は特定不可能です。
 闇の司祭は魔道師軍団の統合念波、心話に応えず気を感知する事も出来ません)
(イェライシャ老師は白魔道に転向する以前、ドール教団の最高祭司であった筈。
 闇の司祭グラチウスの先達、ドールに追われる男に協力を要請する事は可能か?)
(ナリス様の治療中に老師は豹頭王の懇請を受け、キタイへ飛び青星党を護衛中の筈。
 超遠距離心話には複数の中継班を派遣しなければならず、数日の準備が必要です)

(古代機械を用いて私と同じ治療を試みさせるのも、ひとつの手だと思う。
 ファーンの治療が終わる刻限も近い、ヨナの意見も聞く為に合流しよう)
 ナリスは何食わぬ顔で大欠伸をした後、眠気を偽装し呆けた瞳を巡らせた。
 虫も殺さぬ無邪気な微笑を投げ、ゴーラ王から暗躍に必要な自由時間を勝ち取った。

「親愛なる我が友イシュトヴァーン、済まないが少し疲れが出て来たらしい。
 昨日と同じ無様な処は見せたくないのでね、暫く休ませて貰っても良いかな?」
 <セカンド・マスター>アルド・ナリス、パロ解放軍の参謀長ヨナ・ハンゼ。
 2人を護衛する魔道師軍団の総帥、ヴァレリウスは念波を統合し閉じた空間の術を操作。
 ベック公ファーンの治療を実施中の後方拠点サラミス、古代機械の前に到着するが。
 数モータッドに渡り、方向感覚を操作する領域《テリトリー》が展開されていた。

 接近を図る者は本人も気付かぬ内に、力場の中心から逸れる方向へと誘導される。
 其処に存在する筈だが触れる事は出来ず、何度試しても光の船に接近は不可能だが。
 ナリスは有資格者のみが知る《パスワード》、思念波を組み合わせた暗号を投射。
 古代機械の《声》が、脳裏に響く。

( 治療は正常に完了しました、バリヤーの外に搬送します。
 自然に覚醒しますので肉体的刺激、及び投薬は不要です。
 反重力フィールド展開、発光《イルミネーション》の領域外へ移動してください。
 《光の船》を構成する水晶の壁が開き、奥から銀色の光が射した。

 眼を閉じた武人の身体が仰向けの侭、何の支えも無く空中を浮揚し滑る様に進む。
 意識を喪っているが血色が良くなり、顔や皮膚に艶と張りが戻って来ている。
 魔の胞子に浸蝕された痕跡は見えず、健康体の男性が普通に眠っている様だが。
 ファーンが芝生の上に音も無く接地すると同時に、通路は閉じ光の船も姿を消した。
 魔道師の結界と異なり、力場《フィールド》が光を屈折させ視界には何も映らぬ。

「パロ聖王家の一員ベック公ファーンの容態、病状に付き説明を求める。
 今後の経過観察に必要と判断される総合的な知識、情報を提供せよ」
 試行錯誤を繰り返した挙句、偶然に探し当てた聖句《キイワード》。
 銀色に輝く金属の光沢を秘めた古代機械の返答、無機質な思念波が脳裏に響く。

( 未知の胞子及び変質した脳細胞の除去、再生細胞の高速増殖/置換作業は無事終了。
 生命活動、消化器官組織、感覚神経、筋肉動作に影響は無いものと判断されます。
 ファイファ・システムより情報を補完、データを空白化した脳細胞に書込んであります。
 当惑星文明の公開可能限度を超える治療技術が使用され、記憶の改変を行いました。
 走査《スキャンニング》の結果、支障は認められず数秒後に意識が回復します。
 命令完了《コマンド・コンプリート》、セカンド・マスター入室の必要は認められません。 )

 カイサール転送機の指名した管理者、アルド・ナリスは前回の経験から学んだ。
 古代機械に異議申し立て、撤回の要求は無効であり判断が覆る可能性は皆無に等しい。
 アルシス王家の後継者は第13号レセプター、水晶の如き扉の前で踵を返した。 
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