クルスニク・オーケストラ
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第十楽章 ブレーン・ジャック
10-1小節
ペリューン号。円柱型の中央ホールにて。集まっていた政治家は、リドウ先生率いる混成エージェント部隊が昏倒させました。
今、中央ホールにいるのは、わたくしとリドウ先生だけ。
連れて来たエージェントたちには……その、別の任務に就いて、もらいましたから。
「リドウ室長。侵入者が左舷第3エリア……いえ、中央連絡通路を突破。この中央ホールまで間もなくかと」
「頑張るこった」
リドウ先生はくっくと笑う。分かってらっしゃる。侵入してきた者たちがルドガーたちだと。
ルドガーは積極的に戦地に入りたがるタチじゃないから、きっと発案者はDr.マティスね。彼、いかにもお人好しでしたから。
甘くて若いとなれば、大体の危険地帯には望んで飛び込んでしまうのよねえ。わたくしも経験があります。
「それよりジゼル。召喚陣の用意は」
「今終わりましたわ。後は生体回路をセットすれば起動します」
これも算譜法(ジンテクス)に詳しい《レコードホルダー》のおかげです。生贄式マクスウェル召喚法を編み出した張本人。2000年以上前の人物の記憶を想起しながらの作業でしたから、こっちもクタクタです。
「本当にこんなモンでマクスウェルを連れ戻せるのかねえ」
「《戻せます。絶対》とのことですので、後は天命を待ちましょう?」
ホールのドアが乱暴に開け放たれた。ふり返る。人が雪崩れ込んできた所でした。
皆が皆、息を切らしていた。Dr.マティス、Mr.スヴェント、ミス・ミラ、エルちゃん。そして、ルドガー。
全力疾走の後の息切れを堪えながら、ルドガーはホールを見渡した。尽く机に突っ伏している政治家。そして、正面にはリドウと、ジゼル。
「リドウさん……何であなたが!?」
「マクスウェルの召喚を手伝ってやろうっていうのに、そんな顔するなよ」
「ハッタリにしちゃ三流だな」
アルヴィンが銃を構える。セーフティはすでに外されていた。
「クランスピア社が、マクスウェルを最初に召喚した術士、クルスニクが興した組織でも?」
ジュードやアルヴィンが驚いたように顔を見合わせている。だが、ルドガーの問いたい相手は別だ。
「ジゼル、何で…そっちに…」
最も問わねばならないこと、問いたいことを、自分の指導係にぶつけた。
「『そっち』とはどこのことです?」
「そっちはアルクノア側だろ!? なのに何でエージェントのジゼルが」
ジゼルはリドウと背中合わせに、メスを、ナイフを、ルドガーたちに向けた。
「上司の命に従うことのどこがおかしいんですの?」
そう言い放った女は、まぎれもなく一人の「仕事人」だった。
わたくしはナイフの切っ先を、おそらくは怒りに震えているルドガーに向けた。
「かかってらっしゃい、ルドガー。初日からどれだけ実力をつけたか、先輩がチェックしてあげます」
「あんたなんか、もう先輩でも何でもねえ!」
ルドガーが双剣を猛然と揮ってきた。
一度リドウ先生から離れておきましょう。お互い邪魔になってはいけませんから。
リドウ先生はDr.マティスとMr.スヴェントを相手取るようですので、ルドガーとミス・ミラのお相手はわたくしが務めますわ。
リーチと武器の数で劣るのは承知の上。ルドガーに隙が生じるまで回避に費やします。
「本気でやれよ! ちくしょう!」
「《鍵》である貴方を殺す権限をわたくしは持ちません」
「ふざけろ!」
っ! 《レディの顔に傷をつけるなんて、しつけが成ってないな》。ほんの数ヶ月で格段に実力をつけても、そういう部分は初日と変わらないわね。《最初は素質アリと思ったけれど、それはエルちゃん専用だったわけか、ロリコン》。
「条件はやかましいんだが、まず必要なのは生体回路――」
「がっ!」
「しまっ…!」
あら。そちら、もう片付きましたの。さすがはリドウ先生。では陣の外へ退避しておきましょうか――っと。
Dr.マティスとMr.スヴェントが、壁に刻んだ起動式の一部に磔にされている。こうなった以上、発動は目の前。
「で、隠し味は、生贄だ」
――ホールの床全体が、円状に極彩色の輝きを放った。
「きゃああ!」
「ミラ!!」
ホールに開いた《穴》に落ちるミス・ミラと、彼女の手を掴んで《穴》の中で槍を刺して踏ん張るルドガー。
……そこで掴まなければ、よけいな苦悩を背負わずにすんだでしょうに。中途半端な同情や正義感は身を滅ぼすって、教えてあげればよかったですね。
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