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クルスニク・オーケストラ

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第九楽章 実らぬ恋の必勝法
  9-2小節

「どうして、ですか」
「自分の名誉も体も思い出も傷つけてまで、世界を壊して回れるのは何故なんだ?」

 何故。何故、と問われたら、そうですね……

「――先ほどの方は《カナンの地》を前にして時歪の因子(タイムファクター)化し、死を迎えました。それがどれだけの悔しさだったか、屈辱だったか。イバル、分かります?」
「なんとなくは……」
「わたくしは『何となく』でなく『本当に』理解できるのです。この《呪い》のおかげで。そんなモノがまだ数十万と時空の海に転がっているなんて思ったら、掬い上げて、ちゃんと存在したんだって証を残さなくちゃ、あんまり可哀想じゃありませんか」

 その「証」が残るのだって、わたくしの頭の中だけだけど。だから、表に出たいと《彼ら》が願ったら、どうしても止められなくて、先日ルドガーたちに曝した失態をくり返して来た。

「可哀想だから、世界を壊すのか?」

 はい、とも、いいえ、とも、どうしてか言えなくて。ただイバルに向けて、苦笑するに留めた。


 ~♪ ~♪ ~♪


 わたくしのGHSですわ。着信は、ヴェル?

「はい、ジゼルです」
『ヴェルです。ユリウス前室長と思われるエージェントの分史世界進入を探知しました。進入点はキジル海瀑。道標存在確率:高です』
「一番近いのはハ・ミルに行ったルドガーね。ヴェル秘書官。彼に連絡を。今回は彼にやらせます。リドウ室長にはわたくしから報告申し上げますから」
『畏まりました』

 たまには兄弟水入らずで会わせてさしあげないと可哀想ですものね。
 もっとも、わたくしとヴェルとリドウ先生も、室長が欠けたせいで家飲み会ができなくなって、フラストレーション溜まりまくりなんですけどねっ。

「お、おいジゼル、そんなに強く握ったらGHS壊れるぞ」

 分かっておりますともっ。

 素早く着信履歴を呼び出して(幸いにもDr.マティスに教えていただいた時のことを思い出せたので)リドウ先生に電話。コール音を聞きながら待つ。

『どうした?』

 「もしもし」でも「はい」でもない、簡潔な答え方。わたくしとリドウ先生の電話は公私を問わずこんな感じ。

「ユリウス前室長らしきエージェントの分史進入を対策室が探知しました。進入点に一番近かったルドガーに行かせましたので、その報告を」
『道標アリの分史世界?』
「アリですわ。ルドガーが適任でしょう?」
『あいつら兄弟だから、わざと逃がしゃしないだろうな』
「飲み会が遠のきますわね」
『…………』
「――――」
『なあ、やっぱ3人で集まらねえ?』
「わたくしもそうしたほうがいい気がして参りました」


 ……この後、ヴェルに電話してその旨伝えたのですが、ヴェルから「《4人》でないとイヤです」と二人してバッサリ一蹴されました。くすん。





 ~♪ ~♪ ~♪

「もしもし~――」
『うわ、どうしたんだよ! すっげえ元気ない声!』
「ストレス発散のチャンスが長引いて滅入ってるだけです」

 ルドガーから、つまり部下からの電話。しゃっきりしなさい、わたくし。

「それで。ユリウス前室長とはコンタクトできました? 首尾は?」
『その……分史世界で、はぐれた』

 故意に逃がしたわけではないなら百歩譲って大目に見ましょう。

「《道標》は? ちゃんと回収してきました?」
『した。《海瀑幻魔の眼》だろ? ちゃんと持って帰った。そっちに戻ったら現物提出しマス』

 ユリウス前室長のことは残念ですが、《道標》が回収できたなら、わたくしに責める理由などありません。それを成し遂げるためだけに、どれだけのご先祖様が苦しんで悩んで傷ついたか、わたくしの頭には全て刻まれていますもの。

「おめでとう。こんなにいいペースで《道標》が集まるなんて今までの歴史でなかったわ。ありがとう。本当に、ありがとう」

 貴方はわたくしたちの最大の希望なのかもしれませんね。ルドガー・ウィル・クルスニク。

『俺のほうこそ。前に教えてもらったことがあったから、ちゃんと戦えた。ありがとう――ござい、ます、先輩』
「いいえ。ではイラート海停で帰投を待ちます。任務ご苦労でした、ルドガー」

 電話を切る。

 ああ、本当に、今日は何て善き日でしょう。
 これだから、人生というものは素晴らしい。 
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