IS インフィニット・ストラトス~普通と平和を目指した果てに…………~
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number-22
「御袰衣! 応答しろ!」
『……織斑先生ですか。悪いが、詳しいことは後にしてくれないか? 俺の知っている限りであれば、すべて話す。だが、あいつらをここから追い払わない限りはそれも叶わない。……時間が惜しい。切る』
「……っ! お、おい!」
千冬の心中は穏やかではなかった。トーナメント中に亡国機業の乱入も頭を抱える一因にはなっているが、それよりも蓮が言い放った言葉が千冬の心を落ち着かせてくれない一番の原因になっていた。
――――織斑姉弟の両親が亡国機業の上層部だった。
まだ真とも偽とも取れない。不確定な情報ではあるが、それが正しいのであれば、両親は殺されてしまったということになる。自分たちを捨てておいて今更という気持ちが強くはあるが、まだ幼かった頃の思い出を思い起こすと、まだどこかであいたいという気持ちもあったのも事実である。
「織斑先生! 来賓の避難は完了。生徒の非難も生徒会の誘導もあって八割方終わっています!」
「そ、そうか。生徒の避難を急がせろ。それと教師部隊はまだアリーナに侵入できないのか?」
「隔壁が下ろされていて、それを開くのにかなり時間を要するようです。現状、何とかできるのは御袰衣君だけかと……」
真耶はこう言っているものの、それはかなり希望的観測に近い言葉だということは分かっていた。いくら蓮が強くても複数のISを相手にするのは無理だろう。モニターから見る限りでは、一人が国家代表レベルであと二人がそこまで及ばなくても近いレベルにいるということがなんとなく分かった。対して蓮は、せいぜいトップレベルの代表候補生レベルだろう。そう予測する。
だが、ここで蓮が追い払ってくれないとあいつらが何をしでかすか分からない。それに加えてVTシステムで暴走してしまったラウラがいる。実質一対四。絶望的だった。
千冬は何とかして揺れる気持ちを抑え込んでいた。まず今は両親のことは置いておこう。なぜか蓮の隣に並び立つ束についても置いておこう。あれを見る限り蓮の仲間みたいだから。でも――――
蓮と束が亡国機業所属とはどういうことなのか。……いや、現実を見よう。蓮と束が仲間という千冬が想像していた中で最悪の状況ではあるが、亡国機業内のクーデターのせいで二人は追い出されたも同然。不謹慎にも安堵してしまうが、それも一瞬のこと。今は、どうやってあの亡国企業メンバーを追い出すこととラウラの暴走を止めるか考えなければ。
「おっ、織斑先生!! ……はあっ、はあっ、はあっ」
「……更識か。どうした」
「全生徒の避難が完了しました。はあっ、はあっ。そ、それで今の、状況は!?」
「まずが落ち着かせてから話したらどうだ? ……そうだな、最悪だ。すべてをアリーナにいる御袰衣にかけなければならないような状況だ」
「そ、そんな……」
息を荒くして管制室に駆け込んできた楯無は、膝に手をつきながら非難完了の報告と状況の確認を求めた。そして、今の状況を知ると体が力が抜けたように膝から床にへたり込む。自分が出来る手を打ってダメで、ここに来れば何か状況を打破できるきっかけがあるかもと思ってきたのだが、それが逆に楯無の気持ちを折る結果となってしまった。
――――悔しい。何もできない自分が悔しい。
何のために力をつけてきたのか分からなくなってしまった楯無。学園最強の名が聞いて呆れる。何が学園最強だ。その自分は、こうしてここで手を拱いていることしかできないなんて。
「……そう言えば、どうしてアリーナに篠ノ之束がいるか分かるか?」
「……それは…………私にも分かりません」
「…………そうか、ならいいんだ」
◯
蓮は、束と一緒に亡国機業を追い出された形となった。前々からスコールたちの動きには思うところがあったが、おそらくすべてはこのためなのだろう。
先程、すべての傘下が彼女らのもとについたと言ったが、ラウラの部隊はどうなのだろうか。やはり彼女が言うとおりに向こう側についてしまったのだろうか。そうなれば、蓮の目的を果たすことは果てしなく遠ざかってしまうし、大きな戦力が向こうにはあるということになってしまう。それはかなり厳しい。それを分かっているからか、束の表情にはいつもの暢気な顔なんてなかった。
「それで? 四対二なわけだけど、どっちが私の相手をしてくれるのかい?」
「私がやるよ。お前らみたいなゴミ虫はぼこぼこにしてやらないと私の腹の虫がおさまらない」
オータムの言葉に束が侮蔑と嘲笑をオプションで付けて挑発する。案の定短気なオータムは、その挑発に乗り束に向かって突貫してくる。その後ろを全身装甲のサイレント・ゼフィルスが同じように束に向かう。操縦者が分からないが、会議通りだったら乗っているのは織斑マドカだ。普段だったら、油断できない相手だが、何せ今の束はぶち切れている。何をしでかすか分からないが、絶対に勝ってくれると信じているから大丈夫だ。
むしろ問題は蓮の方。束がオータムとマドカと戦うのなら、蓮の相手は残った二人――――ラウラ暴走体とスコールの二人。正直言って蓮には負けるビジョンしか見えていない。近接武器を搭載していれば何とかなったかもしれないが、生憎今は遠距離武装しかない。遠距離武装だけで二人に勝てるとは思わない。けれども負けは許されない。
ちらりと束の方を見る。束は蓮の機体とほとんど姿の変わらない機体、新星白天に乗って戦っている。新星白天は蓮の乗る新星黒天の姉妹機でスペックもほとんど変わらない。世代でいうと第四世代に近い第三世代といったところだろう。
彼女はそんな機体に乗って一対二という不利な状況にもかかわらず、相手を翻弄していた。
――――流石。
心の中で束に賛辞の言葉を贈ると、蓮は覚悟を決めた。
「――――その目。」
「あ?」
「私は、その何をしでかすか分からない目に憧れに似たようなものを抱いていた。いや、嫉妬していたのかもしれないわね。こんな不利な状況に追い込まれても巻き返してしまう。そんなあなたが私は嫌いだった。だから――――……。ここで断ち切る」
蓮は一切隙の見られないスコールを見て、舌を巻くほかなかった。ただでさえ強い彼女が全力で自分を潰しにかかってくる。そう思うと震えが止まらなかった。恐れからくる震えではなく、武者震いだ。だから彼女たちを切ろうと思えなかった。何か不穏な動きをしていたと知っていても何もしなかったのは、そんな彼女たちを好ましく思っていたからである。しかし、敵となってしまった今は、容赦なく叩きのめすのみ。思わず、唇が吊り上る。
「形態移行。二次移行」
「やっぱり二次移行していたのね。それでも私のやることは変わらないわ。あなたを殺す、それだけよ」
蓮が光りに包まれる中、スコールは改めて自分の意思を固めていた。
簡単に負けてもらっては困る。どこかでそう思っている。だからこそ超えていきたい。私が私であるためにあなたには礎となってもらう。私の選択が間違っていなかったと証明するために、殺す。
束は余所見はしない。全力でたたきつぶすと決めているため、芸術の域にある操縦技術で確実に戦闘を優位に進めていた。恐るべきことに束の機体には傷一つないどころか、エネルギーすら削られていない。対して、オータムはほとんど限界に近かった。まだ始まって間もないのに自分の負けがそこまで近づいてきている。マドカはそうでもない。まだ機体も健在でエネルギーもそこそこあった。
ただ単純に束がオータムばかり狙っていることにあるが、それよりも束がこんなにも強かったことに二人は驚きを隠せない。
「このクソアマこんなに強かったか!? いつもやるときはギリギリだったのにっ!!」
「誰がお前みたいなゴミ虫に全力出すかよ、ばぁーか。……まったく、面倒だなあ。さっさと終わらせよ」
「……くっ」
アリーナを照らしていた光が収まる。その発生元であった蓮の機体は、ゴツイ見た目からシャープなものに変わっていた。今まで抑えていた速度を早くしたいと願った形が高速戦闘も可能にする。高機動、一点集中型で凄まじい爆発力を備えた機体となっているのだ。
二次移行したため、搭載されていなかった近接武器も新しく搭載されている。
西洋風の剣二刀を両手に一本ずつ持ち、切っ先をスコールに向ける。スコールも右手にアサルトライフルを左手にプラズマブレードを展開して、アサルトライフルの銃口を蓮に向ける。待ちぼうけを食らっていた暴走体もようやくといった感じで自らの剣を構える。
始まりの合図などなく、唐突に火花を散らして始まった。
正確に伝えるならば、スコールに向かって突撃した蓮が、同じように突撃してきた暴走体と切り結び、その後ろから飛んでくるスコールの援護射撃を避けながら再び暴走体と切り結んだのだ。これがあの数瞬の間に起こっていたことである。
「おーやってるねえ。いいなあ、あっち。楽しそうだなあ。二人はそう思わない?」
「……別にどうだっていい。お前を倒すだけ」
「うんうん、威勢だけはいいねぇ。でも、そんなボロボロで何が出来るのかな? ねえねえ、何が出来るの? 私に教えてくれないかなあ?」
「クソッタレが……化け物かよあいつ」
ようやく蓮対スコールと暴走体の戦闘が始まったころ、束はもう戦いを終えようとしていた。もう満身創痍といっても過言でない二人をさらになぶり続けて数分。エネルギーが切れない程度にダメージを与え続けていた。そんな二人を見て愉悦感に浸っている束。ものすごくウザくもあるが、実力が伴っているため何も言い返せないオータムとマドカ。悔しさを隠すこともしないが、それがかえって束の愉悦感を助長していた。
それが束から油断を引き出した。
「ああああっ!!!!」
「――――ッ!」
マドカがその油断からできた隙をついて束に向かって瞬時加速を用いて一瞬のうちに接近する。流石の束も意表をつかれて思わず息を呑んだ。だが、それだけだ。
――ガキィン!
マドカが振りかぶったブレードを弾いて開いた腹に向かって思いっきり叩き込んだ。それはシールド突き破って絶対防御まで発動させた。
肺から空気をすべて吐き出して込みあがってくるものを抑えようともせずにすべて吐き出す。同時にISが解除されて受け身も取れないマドカが自分が吐き出したものの上に落ちてそのまま気を失った。
「いやあ、危ない危ない。いきなりだったから思いっきりやっちゃったけど……うん、大丈夫じゃないね。まあいっか。ついでにお前も眠っておいて」
ゴンとISの上から手加減なしで叩きつけた束は気絶したのを確認すると、オータムもマドカの近くに放り投げる。
マドカとオータムの状態などお構いなしで束は蓮のもとへ向かう。自分でもやり過ぎた感が否めないが、どうせ他人である。全く問題なかった。
束は意気揚々として蓮のもとへ向かった。
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