エクシリアmore -過ちを犯したからこそ足掻くRPG-
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挿話 泣き紫
/Victor
クレインにとっては必殺を期しての一撃だろうが、躱せないほどではない。今まで通り弾いて―-
「やめてええええ!!」
躍り出る、白い娘。私をクレインから守るように両腕を上げて立ち塞がった。
「フェイリオ!?」
「フェイさん!?」
レイピアは寸での所で軌道をズラした。逸れた刃はフェイリオの髪の結い目を斬った。
ふわりと下りる色の無いおさげの片方。
自分のしたことに愕然とするクレインに、フェイリオはトドメを刺す。
「パパを……わたしのお父さん、を、これ以上、傷つけないで」
「フェイ……」
は――はは、あはははははははは! そら見ろ。フェイは私に味方した。フェイは私を拒めない。私たちの間には何人たりとも入れやしない。フェイは私から逃げられないし、私もフェイを逃がす気はない。
「よくできたな。フェイ」
「っ」
そら、捕まえた。呆気なく堕ちてきたあわれなウサギ。
もう構いやしない。どうせ一度は死んだ身だ。私も、これも。ならどこまでだって堕ちてやる。どこまでも引きずり堕としてやる。
「―――― 風よ狩れ、華散らす如く 」
花吹雪……いや、竜巻!? 精霊術か! クレイン、貴様!
「フェイ! 立って!」
「あっ」
暴風の向こう側で、クレインがフェイの手を引いて闘技場から逃げていった。
竜巻は二人がすっかり見えなくなってからようやく消えた。
今まで剣でしか戦っていなかったから油断した――! クレインとて歴としたリーゼ・マクシア人。ローエンやイバルのように攻撃用の精霊術を使えてもおかしくはなかった。
闘技場のフィールドに、怒りと屈辱に任せて、双剣の一本を突き刺した。刀身は深くフィールドに沈んだ。
「ヴィクトル……」
「! エリーゼ……」
それにローエンも。散策から戻ったら自分の主人とどこの流れ者とも知らない男が切り結んでいたんだ。ローエンも胸中穏やかであるまい。
「さっき、ヴィクトル、フェイと……キス、してましたよね」
「ああ」
「ヴィクトルは、フェイがスキなんですか?」『父娘なのにヘンだよ~』
「……そうじゃない」
好き、なんて可愛らしい感情じゃない。胸の中に渦巻くのは、情念と歪んだ独占欲だけだ。
「私があれに求めているのは死んだ妻と、二度と会えない運命の人の面影だ。ただ彼女たちに似た女がそこにいたから手を出した。フェイリオを愛してはいない。だがもう私はフェイリオを『娘』と思えない。身代わりにしているのでも、私にとってはもうフェイリオは『女』になってしまったんだ」
「ヴィクトル……」
エリーゼが両手で私の手を包んだ。彼女はまだ幼い。ただ私が消沈していると感じ取って気を遣っただけだろう。こんないびつな愛憎は理解できまい。
いや、理解できなくていい。君はこんなもの知らずに大人になってくれ。
「ヴィクトルさん」
「ローエン……すまない、短気を起こした」
危うく貴方の主人を斬り捨ててしまうところだった。逃げてくれて助かった。激情に任せてクレインを葬ってしまったら、革命そのものが瓦解する。こうしてア・ジュールに来た意味さえなくなってしまう。
剣をフィールドから引き抜き、双剣を鞘に納めた。
“愛してた――――愛してるわ、今でも、これからも、ずっと”
私を殺す時のフェイは「娘」として言った。頭では分かっていても、納得しなければならない理由などない。
目の色さえ変わり切れば、あれは「私のラル」になる。ならば抱き止める腕は私のものが最もふさわしいはずだろう?
だからクレイン、しばらくはお前にフェイリオを委ねてやってもいい。
その代わり、フェイリオの瞳にラルと「エル」が帰って来た時は、容赦はしない、どんな手段を使ってでもフェイリオは返してもらう。
/Fay
クレインさまに手を引かれて、空中闘技場からホールまでの階段を駆け下りた。
「はっ…はっ…!」
「正直っ…上手く行くとは、思わなかったっ。いつも攻撃系の精霊術は、はぁっ、失敗しててね」
「で、でも、あれじゃパパは」
「僕程度の精霊術でやられる人じゃない。大丈夫だよ。――怖かったね、フェイ。もう大丈夫」
首を思いっきり横に振る。コワイなんて思ってない。驚いたけど、気持ち悪いわけじゃなかった。
「……だった、の」
「え?」
「ハジメテだったの!」
クレインさまがようやく停まってくれた。と思ったら、周りを見回して、フェイを階段の陰に連れ込んだ。
「……初めてって、何が?」
クレインさまが恐る恐るフェイを問い質す。
両肩を掴んだクレインさまの両手、熱い。たくさん戦ったから。パパと、フェイのせいで。
「パパが、パパがわたしの目をあんなにまっすぐ見てくれたのも。よくできた、なんて優しい言葉をくれたのも。フェイ、って呼んでくれたのも」
拒むなんてできなかった。父娘でキスするのがイケナイコトって分かってる。でも。
「また…っフェイ、ぶたれて、ほっとかれるかもしれない。せっかく、…っく、せっかく、優しくしてもらえたのに……そんなのヤダ…ヤダぁ…っ」
フラッシュバック。湖面を照らすまぶしい三日月。水の冷たさ。酸素が吸えなくて水をたくさん飲みながら、暗い底に沈んで行った。花が欲しいなんてお姉ちゃんに言ってしまったばっかりに。パパに殴られた。痛くて、びっくりして、こわくて。何度も謝ったのに。味がするごはん食べたかった、お姉ちゃんと同じベッドで寝たかった。さむい、さびしい、いたい、かなしい――
「フェイがイヤって言ったら、また、パパに捨てられちゃう…だから、フェイのほうからパパ、拒めないよ…!」
「っフェイ!!」
――え?
これ、なに。さっきパパにされたコトと同じ感触。くち、と、くち、ぴったり、くっついて。
クレインさま、が、フェイ、に、キス、してる?
一日に違う人から2回もキスされた。
でもクレインさまのは、パパのキスと全然ちがう。髪を撫でるみたいに優しくて、水を飲んでるみたいにしとやかで。少し重なる位置がズレただけで、どきどきして、止まらない。
「ん…んぅ…ぁ」
「フェイ――」
「……っは…くれいん、さ、まぁ…」
のぼせる。腕があつい。胸板があつい。口の中を這う舌があつい。くらくらする。
息、できない。できなくていい。クレインさまが酸素よりオイシイモノを口移しでくれてるもの。クルシイけどキモチイイ。魔法みたい。
くちびるが離れた。……ああ、終わっちゃった。あんなにシアワセだったのに。
クレインさまはわたしの体を掻き抱いた。
「すまない――こんな形で打ち明けるつもりじゃなかった。けれど君が、ヴィクトルさんを拒めないと言った時、このままじゃ奪われるって――何て浅ましいんだ、僕は」
わたしを抱く両腕、震えてる。わたし、わたしが、クレインさまを悩ませてしまったんだ。
「好きだ、フェイ。僕は君が好きなんだ」
スキ? クレインさまが、フェイを。好、き?
顔を見たい。クレインさまはどんな顔してそんなこと言ったの? でも、相変わらず抱く腕はキツくって身動きできない。
――フェイは? クレインさまをどう想ってる?
優しい人。王子様みたいな人。凛々しい人。命を懸けて弱者を守ろうとする人。フェイに笑いかけてくれる人。フェイを心配してくれる人。
フェイは、クレインさまが、好き。
スナオに言えばほんの少しのハッピーエンド。でもパパは絶対許さない。フェイのことも、クレインさまのことも。あそこでパパを受け入れた時点で、わたしはパパのお人形さんになる契約書にサインしてしまった。
ダメって言わなくちゃ。ゴメンナサイ無理ですって。でなきゃクレインさまがパパに何されるか分からない。フェイなんかを好きって言ってくれた優しい人を、フェイのせいでキズつけちゃダメだよ。
だから、早く言って。早く。なのに。
何でわたしの口、震えるばっかりで動いてくれないの。
だって、言えない。ウソでも、好きじゃない、なんて言えないよ。言えないくらい、いつのまにか、こんなにも。わたし、クレインさまのこと――
「フェイ……フェイリオ、泣かないで」
次から次へと落ちて来るナミダ、ナミダ、ナミダ。ちがうの。イヤだったからって思われたくない。クレインさま、ごめんなさい。
クレインさまがわたしを強く抱き締めた。
「守るよ。相手が君自身のお父さんであっても。僕のものだと言ってくれた、君を誰にも触れさせたくない」
/Alvin
一難去ってまた一難。
ヴィクトルとフェイとクレインのこじれにこじれた結果の三角関係は、ローエンとエリーゼから聞いた。
そのままあの青い火花飛ばしまくってる男二人と一緒に宿に帰るのがきつそうだったんで。
「ちょっくらキタル族の宿に顔出してくるわ」
と、イバルとエリーゼをガシッと連行した。
宿に着いてイスラの客室へ一直線。事情を話して、今晩だけでも避難させてくれと頼んだ。
「そんなことがあったの……私には絶対無理ね。身代わりの愛なんて」
イスラはお茶を人数分淹れると、カップを俺たちに回し始めた。
「人を愛する気持ちはユルゲンスが教えてくれた。こんな汚い私に優しくしてくれて、過去を知った後も、妻にしたいと言ってくれた。私はだから、ユルゲンスでないとダメ。他のよく似た誰かなんて愛せないわ」
イスラが大事そうに触れるのは、セルリアンブルーの羽根飾り。キタル族のしるし。ユルゲンスから貰った、お前をキタル族にしたいっつー意思表示。有体にいやエンゲージリングだ。
「じゃあやっぱり、ヴィクトルのキモチはまちがい?」
イスラはティーカップをまずエリーゼに渡した。エリーゼは両手で受け取る。
「ハッキリしたことは言えないわ。娘は父親に疑似恋愛することで性役割を学んで精神安定を図るって説もあるくらいだし。父親から娘への独占欲が顕著なのも一般的よ」
「長えこと入り組んだ事情があって親子として接して来なかった上に、軽く10年は離れて暮らしてたっていうからなあ。今さら父娘らしくしろってのが無理か」
会話中に回ってきたマグカップを受け取り、口をつけた。アッチチ。
「だが、シャールも妖精を好いているのだろう。シャールとは血が繋がってないから問題なしじゃないか」
「そいつもフェイの心一つだ」
イバルの分もイスラからマグカップを受け取って、ずい、とイバルに突き出した。
「フェイがファザコンこじらせてヴィクトルになびいちまう線もありうる。10年越しに愛してくれたパパと禁断にドボンするか、理想の王子様と恋に恋してゴールインするか。妖精サマのみぞ知るってね」
「こじれまくってやがる……アッチ!」
猫舌仲間、発見。
/Crane
宿に帰り着いてから、乱暴にベッドに身を投げ出した。
今日は色々あって疲れた。明日からのトーナメント、大丈夫だろうか。
「ローエンは気づいてたのかい? 僕がフェイをどう見てるか」
「そうですね。イラート海停に向かう船の上でも大変仲睦まじいご様子でしたので」
「……気づかなかったのは僕自身だけということか」
目を覆いたくなるとはこのことか。文字通り腕で視界を塞いだ。
「いいえ。フェイさんもいっそ残酷なほど気づいていませんでしたよ」
フェイが気づかないことに関してはとても納得がいく。彼女は幼い。内面だけなら、僕らの中で最年少のエリーゼより幼いかもしれない。その分だけ率直で裏がないから、一緒にいて安心できるのだけど。
そんな彼女に欲望を抱く自分は何なんだろう。
「……ローエン」
「はい、旦那様」
「僕は自分で思っていたほど聖人君子じゃなかったみたいだ」
抱きしめたい。腕の中に閉じ込めて、思う存分キスして。肌も体の奥底も全て僕で満たしたい。
他の男なんて見向きもできないくらい、僕だけに夢中にさせたい。
例えヴィクトルさんだろうが渡したくない。
彼女から自分を「僕のものだ」と言ったんだ!
「左様ですか」
「おまけに独占欲が強かったみたいだ」
「存じ上げております」
……ローエン?
「お仕えしてたった2年ですが、お近くにいればどのようなご気性の方かは何となく分かります。よく存じ上げておりますとも。旦那様がこれぞ! とお決めになったものを溢すわけがないということも」
ローエンがサイドテーブルにソーサーに載ったカップを置いた。茶葉の香り――落ち着く。
「……いつもありがとう、ローエン」
「何の。このローエン、クレイン様にお仕えするのは喜びでございますれば」
体を起こして、ローエン特製のブレンドティーを頂く。
ベッドの上での飲食は行儀が悪いと躾けられているから滅多にしないのだけど、今日は特別。
「――おいしい」
後書き
ヴィクトル→?フェイ←クレイン
……どうしてこうなったと作者が一番言いたいorz
シャール主従は主従でローエンのメンタルケアのおかげでクレインも暴走することはないでしょう。
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