エクシリアmore -過ちを犯したからこそ足掻くRPG-
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挿話 目の色が変わる話
挿話 目の色が変わる話
/Victor
――それはメイスによるエリーゼ誘拐騒動の次の日のことだった。
「ヴィクトル! フェイが、フェイの目が…!」
エリーゼが私たちの客室に、フェイリオの手を引っ張って飛び込んだ。フェイリオの、目?
「え、エリー。イイから。ホントに何ともないから」
「なんともなくないです!」
フェイリオは腕と袖で顔を隠している。その腕を捻り上げる要領でどかせた。すると今度はきつく瞼を閉じて開こうとしない。
「フェイリオ。目を開けなさい」
「…う…」
フェイリオが、恐る恐るというふうに、ゆっくりと瞼を開けて。
その虹彩は、赤ではなく、薄い紫だった。
「異常と言えば異常だけど、どこかが悪いわけじゃないわ」
病み上がりで申し訳ないが、知り合いで唯一の医者のイスラに来てもらった。フェイリオは自分がイスラの宿に行くと言ったが一蹴した。異常のある目で歩いてトラブルを起こしたらどうするつもりだ。
ちなみにフェイリオの診察は、全員が集まり、固唾を呑んで見守っていたので、イスラはさぞやりにくかっただろう。許せ、イスラ。
「赤目っていうのは、医学的には眼球の色素欠乏で発現する色とされているの。目の中から色のマナが消えるくらいに、この子はマナを大量に奪われたんでしょう。それが薄紫になったのは、眼球に巡るべきマナが正常に流れ込んでる証拠。むしろいい兆候だわ」
「フェイさんの目はこれからどうなるんですか」
「大丈夫。視力に変化はないわ。目の色は、これから徐々に元の色と赤の色素が混ざって、紫くらいで落ち着くでしょうね」
紫――ラルの、色。菫色の目。
「エル」を喪った俺の世界を染め直した、愛しい彼女の色。
「よかったです、フェイ」『病気じゃなかった♪』
「うん。心配してくれてアリガト、エリー、ティポ」
はあ……全く、人騒がせな。今後に支障がないならいいんだが。
薄い紫の虹彩。あれが、もっと時間が経てば、ラルと同じ菫色になる。そう思うだけでゾクゾクと喜びが湧き上がってきた。
イスラが帰ってから、一部屋に、全員が各々の場所に腰を落ち着けた。
「さて。フェイリオの目の件が片付いた所で、別の問題に議題を移そうか」
「別の」『モンダイ?』
エリーゼとティポが同じ角度で首を傾げる。メモリがなくてもティポはティポだな。
「旅費だ。移動はイバルが魔物を足に変えてくれるが、滞在費食費武器調達費その他諸々。そろそろ稼ぎ足したほうがいい」
「僕らの持って来た旅費はまだ余裕がありますが……」
「それは本来、シャール家の財産だろう。有事のための最終手段に温存しておくべきだ」
「ヴィクトルのダンナに賛成。先立つ物は金、冥府の沙汰も金次第、ってね。――で、ダンナ。金策話を持ち出したからには、アテはあるんだろうな?」
無論だとも。これだけの戦上手が揃って、かつ手っ取り早く稼げる手段など一つ。
「闘技場だ」
すでに武闘大会は終わって、この空中闘技場は10年後まで使用されることはない。もっとも、閉鎖されるわけではないので、腕自慢が集ってちょっとしたトーナメントをすることはある。
タッグ・パーティ選択可。優勝すれば何百万ガルド。今回の稼ぎ先はここというわけだ。全員が戦闘職の私たちにぴったりの稼ぎ場だろう?
下見のために、夕焼け空の時間帯にわざわざ船を出してもらい、闘技場に着いた。
「フェイさん。手、どうぞ」
「あ、アリガト、クレインさま」
船から降りるフェイリオの手を引くクレイン。さすが貴族育ち……だが何だこのやり切れなさは。
とにかく。下見もあるし、ずっと籠りっぱなしのエリーゼとイバルにはリフレッシュも必要だ。結局全員で来たわけだが……子供二人はともかく、クレインが物珍しげなのは、こういう場所を見たことがないだろう。
明日からはここが戦場だ。思う存分に見て、本番の参考にしてくれ。
解散して、闘技場のフィールドに残ったのは私とフェイリオだけ。
「すごいすごーい! 空ちかーい!」
裳裾と雪色のロングヘアを翻しながら舞台でくるくる回るフェイリオ。
エルが成長したら、こんな容姿になったんだろう。目に浮かぶ。髪は亜麻色、目は翠。今のフェイリオのように長い髪を翻して踊る。
「うひゃあ!」
べちゃっ
……コケた。分かりやすい娘だ。ほら、手を貸しなさい。
「あ、ありが、と…ハシャイじゃってゴメンナサイ」
謝ってほしいわけじゃないんだが。そうなるような育て方しかしなかった私が言うことではないか。
「この場所はそんなに楽しいか?」
「闘技場がタノシイわけじゃないん、だけど。目が変わったせい、かな。今までボンヤリだった世界がちょっとだけクリアに視えて、それが何だか、うれしくて」
じわ。フェイリオの目尻を濡らす水分。
「泣いているのか?」
フェイは大きな袖で顔を隠して首を横に振る。そんな隠し方ではバレバレだぞ。
「……世界って、こんなにたくさんの色で溢れてたんだね」
袖を外して出てきたのは、紫の虹彩。泣き笑いのフェイリオはきっと自覚していないんだろう。私がその「色」に対してどんな想いを持っているか。
ラル譲りの菫色の瞳。会いたくて焦がれた彼女の面影。それが私を惑わせる。
欲しい。触れたい。ラル、もう一度、君を感じたい。
「あの、パパ…どうし……きゃ!?」
腕を掴んで肩に回させれば、あっさり密着する体。乱暴に引き摺ったせいで剥き出しの肩がさらに露出し、ひどく扇情的なラインが露わとなった。
フェイリオの背中へ回した腕で後頭部を掴んで、困惑するフェイリオの唇を奪った。
何てことだろう。唇の感触、舌の熱さまでラルと同じだなんて。
唇を離す。フェイリオは自分に何が起きたか分かっていない様子だった。
「……え?」
フェイリオは唇を押さえ何度も私の顔を見ては俯く、という動作をくり返した。
一度ではさすがに全て伝達しきるのは無理だったか。なら、二度でも三度でも、何度でも。
もう一度、フェイリオの頬を固定し、二度目のキスを奪おうという時だった。
「何をしてるんです、ヴィクトルさん!」
フェイリオを一端離して無粋な闖入者を見据える。
「クレイン――」
「彼女はあなたの実の娘でしょう! それを、あんな」
「あんな、何だ?」
笑わせる。邪魔をするな、色恋も知らぬ若造が。
フェイリオは私のモノだ。いずれ〈俺〉にくれてやらねばならなかったエルと違って、誰にやる理由もない、私が自由にしていい娘だ。
父娘だろうがもう関係ない。背徳でも恥知らずでも好きに罵ればいい。
これだけは誰にも渡さない。
「あっ」
フェイリオを再び引き寄せて口づける。薄目に、クレインが怒りに染まるのが見える。絵に描いたような聖人君子が嫉妬に怒り狂ってる。何て痛快な気分だ。
「彼女を――」
フェイリオを離して腕に抱く。クレインと目を合わせない位置で。お前の目は他の男なんて映さなくていいんだ。
「――離せッ!!」
クレインがレイピアを抜いてこちらに走ってくる。どこまでも無粋な。
フェイリオを一度横に突き飛ばして、双剣を抜く。大上段から勢いだけで振り下ろされる、クレインの剣閃。
ギィ…ィン!!
「どうした? その程度の腕で私に敵うと思ったのか?」
「ぐっ…!」
確かにいい太刀筋だったが、いかんせん軽い。実戦を知って間もない、若い剣。そんな剣を私が受け止められないわけがない。
クレインが剣を弾いて下がった。そしてまたレイピアを構え直す。
まだやる気か。面白い。貴族育ちの若造が、どこまで耐えられるか見せてもらおうか!
/Fay
何で? 今目の前で起きてるコト、ワケ分かんない。何でパパとクレインさまが争ってるの? 何で剣を交えてるの?
闘技場に鳴り渡る鋼のぶつかり合い。大好きな二人のとてもコワイ顔。どっちも一太刀一太刀がお互いをコロそうとしてる。
やめて、やめて。何で。やめてよ。ヤダ。フェイ、こんなのヤダ!
「あなたのフェイさんへの態度は父娘としての度を超えています!」
何合目か。鍔迫り合いに持ち込んでクレインさまがパパに言い放った。
「それがどうした……っ、私たちの問題だ。君には関係あるまい」
「あります! あなたも彼女も僕にとっては恩人です。恩人がみすみす倫理を外すのを見過ごせるわけがないでしょう!」
コトバで胸がイタむ。そうだよね。クレインさまは正しい人だから、フェイとパパがイケナイコトしてたら怒るのも当たり前だ。
クレインさまが一度離れて、脇にレイピアを撓めた。わかる。クレインさま、パパの仮面を狙ってる。この一撃で決めるつもりだ。
パパが。クレインさまが。パパが。クレインさまが。
呆然と座り込んでなんかいらんない。急いで起き上がって、わたしは二人の間に飛び込んだ。
後書き
タイトルは某プロジェクトからインスピを得てこんなにしちゃいました。
R-15のタグはこの展開のために付けたんです。ずばり、禁断の父娘愛のために。
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