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エクシリアmore -過ちを犯したからこそ足掻くRPG-

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第二十話 そしてサナギは蝶になる

/Victor

 昼間。アルヴィンを除く男性組でシャン・ドゥの街を歩いていたところに、

「パパ!!」

 瞬間移動でもしてきたかのようにフェイリオが現れたかと思うと、

「近くで骸殻が発動した気配がした! この街にメイスがいる!」

 とんでもない報せを我々にもたらした。

 …

 ……

 …………

「どの穴に入・っ・た・ん・だ!!」

 地団駄を踏むな、イバル。こちらまで苛つく。

 イバルが呼んだダチョウ型の魔物、ファンテイルを馬代わりに、フェイリオの〈妖精〉の異能で骸殻の気配の残滓を追って、ようやく辿り着いたのがここ、リーベリー岩孔だった。

「フェイリオ。まだ気配は追えるか」
「……、……ダメ。ここで途切れてる。ココで骸殻使ったのが最後みたい」

 ちっ。すぐ追いつけると思ったのに。

 私と同じ骸殻能力者。我々と〈同類〉と思われる娘。ラ・シュガル兵のはずなのになぜア・ジュールにいるのか。どんな理由でこの方舟に迷い込んだか。問い質してどうなるわけではないのだが。

「パパ、下!」

 ! 人が落ちている。あれは……イスラ? 確かエリーゼと一緒に出かけたのではなかったか? まさかエリーゼもここにいるのか!?

 イバルがすぐさまファンテイルを駆って岩肌を滑り降りる。
 窪地に着地したファンテイルを降りたイバルは、イスラをひとしきり診てから、自分に結び付けて再びファンテイルに乗る。ファンテイルは土埃を立てて私たちの下まで戻ってきた。

「ローエン、どうだ」
「外傷のほうは命に関わるものではないですね。ただ、落下の際に頭を打ってるとしたら、私には手が出せません」

 意識のないイスラを地面に横たえる。天候のせいで顔色の判断がしづらい。一刻も早く街に連れ帰って別の医者に診せるべきだ。

「フェイリオ。シャン・ドゥまで戻ってユルゲンスにイスラを診せろ。婚約者のユルゲンスならいいように図らってくれるだろう。街の上層、ワイバーン小屋の前だ」

 フェイリオは硬く肯き、宙に翠の方陣を刻んだ。ローエンがよく使うエアグライダーの術式。
 フェイリオはイスラを抱き締め、そのまま浮いてエアグライダーに乗って、発進した。


「詠唱も動作もなしにあれだけの術を……マクスウェルの影武者を任せたのも肯けます」
「だろう?」

 エレンピオスでは〈妖精〉と呼ばれ、一人で一軍に匹敵するからといって秘匿され続けたんだ。本人の話では〈ミラ〉と切り結んで無事だったというんだから、これ以上の〈代役〉はいない。

 それは措いて。

 今はメイスと、いるかもしれないエリーゼを探すのが先だ。手がかりがここで途切れている以上、岩孔の中を一つ一つ検めていくしかないか……

 と、イバル!? 急に走り出すな。この猪突猛進が。
 イバルが吊り橋を半ばまで行って、何かを拾い上げた。

「おい! これ、ルタスの簪じゃないか!?」

 追いかける。イバルから受け取った簪は君影草のモチーフ。確かに私がエリーゼに贈った物だ。

 吊り橋を渡って入れる岩孔は一つだけ。メイスとエリーゼがいるとしたらあそこしかない。

「よくやった、イバル。お手柄だ」

 イバルの肩を叩いてから、吊り橋を渡り切った。一拍遅れてイバルが、その後からローエンとクレインが追いかけて来た。

 重い鉄扉を開け、坑道に全員で踏み込んだ。

 中は複雑な造りだったが、どの道がフェイクでどの道が本命かを見分けるのは難しくなかった。これでもダンジョン攻略には慣れているんだ。こんな分史世界も任務でいくつも経験したんだから。

 灯りが見えた。その下にある常盤色も。やはり連れて来られていたのか、エリーゼ。

「エリーゼ」

 呼びかけると、エリーゼは顔を上げた。幾筋もの涙の跡。
 理由を尋ねる前に、エリーゼが腹に縋りついてきた。

「うわああああん! あああああん…っ! ヴィクトル、ヴィクトルぅ…!」
「遅くなってすまなかった。もう大丈夫だよ、エリーゼ。怖いことはもう――」
「ティポが、ティポがぁ…!」
「ティポ?」

 イバルや、クレインやローエンと顔を見合わせる。
 ローエンが行って、床に転がったティポを拾い上げた。

『はじめまして。まずはぼくに名前をつけてねー。はじめまして。まずはぼくに名前をつけてねー。はじめまして。まずはぼくに名前をつけてねー。はじめまして。まずはぼくに名前をつけてねー。はじめまして。まずはぼくに名前を――』
「これは……」
「め、メイス、がっ、ティ、ティポから、何かっ、抜き取って…ずっと、そうなんです!」

 ティポが増霊極(ブースター)だという事実自体は知っていた。ただ、あまりにティポが普通にしゃべるから、忘れてしまっていた。エリーゼとティポの繋がりの正体を。
 まさかこんなにも深く依存しているとは思わなかった。これが〈俺〉も知らなかったエリーゼの一面。

「貸せ!!」

 イバルがローエンからティポを引ったくり、前後に乱暴に揺さぶる。

『ぼくの名前はティポだね。よろしくー』
「おいこらヌイグルミ! いつもの威勢はどうした!? ルタスが目の前で泣いてるだろうが! 慰めてやらなくていいのか!」
『なぐさめたって、エリーゼが独りぼっちなのは変わらないよー』
「お前はッッ!! ティポという名前で、ルタスのことはエリーと呼んでいて、何で出来てるか分からないヌイグルミで、生意気で、…っこいつの…ルタスの友だろうが! ずっと、ルタスと、共にいたんだろうが!」
「イバル……」
『ちがうよー。ぼくはエリーゼのトモダチにはなれないよー。ぼくはエリーゼのココロに反応して、エリーゼが考えてるコトだけしか言えないんだから』
「! ち、ちがいます! ティポは…わたしは…!」
増霊極(ブースター)とトモダチなんて、エリーゼってオカシイよねー。アハハハハハッ』

 エリーゼは泣くことも反論することもなかった。ただ――若草色の目を、深い深い絶望の色に染めた。12歳の少女がするには、あまりにも残酷な色。

 エリーゼは私から離れると、イバルの前まで行ってごく自然な動作でティポを取って、いつものように胸に抱えた。

「とりあえず、一度街に戻りましょう」

 無言で肯くエリーゼに、どんな言葉をかけてやれというんだ。



 岩孔の外へ出た途端、すぐ前に大きな何かが飛び降りた。何か、はシルヴァウルフを従えたジャオだった。

「すまなかったな。密猟者を追って……お前さんたちがどうして」

 腕の後ろにエリーゼを庇った。一度は強硬手段に出てエリーゼを取り戻そうとしたジャオだ。また同じことをされては堪らない。

 だが、ジャオは戦う姿勢を見せず、ただ憐れむようにエリーゼを見つめただけだった。

「娘っ子。とうとうこの場所に来てしまったのじゃな。覚えておるのだろう」

 エリーゼは切なく、されどしっかりと肯いた。

「わたし、ここで――育ったんです」
「以前、侵入者を許してしまっての。その時この場所は放棄されたのだ」
「ここで一体何をしていたのだ! こいつのような幼子を使ってまで、何を!」

 ジャオは答えない。一応は国家機密だから、四象刃(フォーヴ)のジャオが答えるわけないか。仕方ない。

増霊極(ブースター)の開発だ。霊力野(ゲート)から分泌されるマナを増大させる装置。ティポもそれだ。エリーゼはその被験者だった。――間違いはあるか?」
「思い、出しました」

 エリーゼが崖の突端近くに立ち、首を上に傾ける。

「わたし、ここで、おっきいおじさんに肩車してもらって…おじさんが、お父さんとお母さんにはもう会えないって…わたし、何のことか分からなくて、おじさんのヒゲを伝って落ちる涙を、ぼんやり、見てた…っ」

 エリーゼの両目からほとほとと涙が溢れ落ちる。さっき泣きじゃくっていた時とは異なる。激情ではなく、駄々ではなく、ただ死んだ親を悼んで流される涙。

『教えて、おっきいおじさん。エリーゼが独りぼっちになったのはどうして? お父さんとお母さんに会えなくなったのはどうして?』
「……お前の両親は……お前が4つの時、野盗に遭い……殺されたのじゃ。遺されたお前は、売人に連れられて研究所に来た」
「その売人がイスラさんだったのですね――」
「ワシが言えた義理ではないが、頼む。娘っ子を、これ以上、一人にせんでやってくれ」



/Elise

 街に戻るまでは、ファンテイルっていう魔物に、イバルと相乗りしました。イバルは魔物に言うことを聞かせる才能があるんだって、ヴィクトル言ってました。

 お父さんにもお母さんにも、ティポにも、もう会えないのに。どうしてわたし、一滴の涙も出ないんでしょう。

 シャン・ドゥに入ると、すぐ近くの塀にフェイが座ってた。
 フェイはわたしたちに気づくと笑顔になったけど、すぐ暗い顔した。何かあったってことは伝わったみたい。

「オツカレサマ、エリー。がんばったね」

 フェイがとことこ、わたしの前まで来て、屈んでわたしをぎゅってした。言いたいこと、いっぱいあるのに、声にならない。

『アルヴィンはいないの?』

 アルヴィンだけはわたしとメイスを追って来なかった。ひょっとしたらメイスがわたしを連れてくことも最初から知ってたのかもしれない。

「お母さんのそば、離れられないって。こんなに近くにいるのに、自分がいない間に何かあったら悔やんでも悔やみきれないからって」

 アルヴィンのお母さん、レティシャさん。レティシャさんのお世話はメイスとイスラさんにしかできない――

『フェイ。イスラはどうなったの?』
「キタル族のお医者さんに手当てしてもらって、今は休んでる。会いたい?」
「会いたいっていうか……」『気になるよねー』
「じゃあ、イスラさんのとこ、行く?」
「フェイリオ」
「ダイジョウブ。エリー、強い子。フェイ知ってる」


“イイ子をやめて本音を曝け出してイスラに憎しみを叫ぶか。はたまたイイ子を続けてイスラをも許す聖人となり、この先の人生を多くの人に可愛がられる清純派愛され系マリオネットとして生きていくか”


 メイスが言ってたの、こういうことだったんですね。
 わたしには、ただそれだけしかないんですね。

「連れてってください」『イスラを怒るか許すか決めなくちゃいけないから』

 フェイはわたしに手を差し出した。手を伸ばす。手を繋ぐ。

「エリーゼ、我々も一緒に」
「へいき、です。フェイがいますから」



 フェイと手を繋いで、わたしたちが泊まってるお宿よりもっと低い層へ降りた。上の層の橋の数だけ影のある石の道を歩く。

 フェイは石に埋め込まれたみたいな一つのドアの前で止まって、ドアを開けた。中は、わたしたちが泊まってるとことあんまり変わらない、普通のお宿。

 階段は登らないで、1階の客室へ行く。それからまた、フェイがドアの一つを叩いた。
 ドアが開いた。出て来たのは、後ろ髪にセルリアンブルーの羽根飾りを着けた、日焼けした男の人。

「君たちは……」
「ユルゲンスさん。イスラさんに会ってもいいですか?」
「ああ、もちろん」
「いいってさ、エリー」

 どきどき、してきた。でも、だいじょうぶ。こわくない。「ティポ」がいなくなっちゃったあの時に比べれば、こんなのコワイ内に入らない。

 部屋に入ると、ベッドでイスラさんが横になってた。

「イスラさん」
「! エリーゼ!? よかった、ケガは……、っ!」

 起き上がろうとして、できなかったみたい。――あの時のメイス、あんなにおっきい槍で、思いっきりイスラさんを斬ってたもの。

 何から話せばいいかな……

「イスラさんは、いつからわたしに悪いことしたって思うようになったんですか?」

 わたしが死んでって言ったら本当に死のうとしたくらいに思うようになったのは、どうして?

「つい最近。婚約者にメイスが、わたしの過去、洗いざらい話しちゃってね。それまではあなたや、今まで売った子供たちが自分と同じだなんて考えなかった。ただの商品、そう見てた」
「そう…ですか」
『サイテー! サイアク! そのせいでエリーゼはずーっと独りぼっちで辛い目ばっかりだったのに!』
「……ごめんなさい。言い訳はしないわ」


“イイ子をやめて本音を曝け出してイスラに憎しみを叫ぶか。はたまた”


「どんなに謝られたって、わたしがひとりぼっちなことは変わりません。お父さんにもお母さんにも、もう会えない……」
『みんなみーんなイスラのせいなんだから!』
「ごめんなさい……」

 イスラさんははっとしたように、ベッドに片手を突いて身を乗り出した。

「今はもう、商品だなんて思わないわっ。好きな人に人間らしく扱ってもらって、ようやく気づいた。自分がどれだけ残酷なことをしてきたのか。どんなに祈ったって、私がしてきた行いがなくならないってことも」

 この人の言ってること、ウソじゃない。わかりたくないのに。ウソだって思って責めたいのに。何で、わかっちゃうんだろ。

「あなたがいないと、アルヴィンのお母さんの看病ができなくなるって聞きました。あの人、メイスって人から」
「……ええ。レティシャさんを安定させる薬はアルクノアでないと作れないし、処方できるのは私だけなの。だからアルは、私がレティシャさんから離れないように……いえ。これは言っちゃだめね。彼もお母さんのために必死だったんだから」
「お医者さんなら、昔売った子なんかにかまけてないで、きちんと患者さんの面倒を見てあげてください」

 イスラさんは信じられないものを見る目でわたしを見上げた。そ、そんな目で見ないでくださいっ。えいっ、ティポお面!

『後ろばっか向いてんじゃないぞ! もしアルヴィンのお母さんに何かあった時、エリーゼたちを言い訳に使ったら、ぼくもエリーゼも一生イスラを許さないからな!』
「エリー、ゼ……あなた」

 イスラさんの目に涙の膜が張っていく。ティ、ティポお面ももう限界ですっ。

「わたしの家の場所、ずっと覚えててくれてありがとうございました。し、失礼します!」

 急いで部屋から出なくちゃ。ドアまで走る。

『ちゃんと休んで治せよー! 無理して仕事しようとして倒れたらお尻ペンペンだからなー!』

 ティポ! お願いだからもう口利かないで~! 
 

 
後書き
 そして少女は一つ大人の階段を登ったのでした。
 エリーゼがイスラを許したのか罰を与えたかは、読者様それぞれの解釈にお任せします。 
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