エクシリアmore -過ちを犯したからこそ足掻くRPG-
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第十九話 “For Elise”
/Alvin
俺がシャン・ドゥに帰った(って言い方もおかしいんだがお袋がいる以上こう言うしかない)のは今から1ヶ月以上前だった。
カラハ・シャールを出てから超特急でシャン・ドゥの、お袋の家に向かった。
「あ、アルフレド。お帰りなさい」
「何でおたくがいるわけ?」
ベッドサイドでお袋に付き添ってたのは、ガンダラ要塞で別れたはずのメイスだった。
お前、俺より後にラ・シュガル出たはずだよな? 先回りされるたびにしょっちゅう思うんだけど、何なんだこいつの時間差マジック。
「今はワタシがお世話の時間。待ってて。イスラともうすぐ交替だから」
っと、噂をすれば。イスラ先生のご登場だ。
「メイス。交替の時間……アル!? どうして。カラハ・シャールにいるんじゃ」
「そいつがとんでもねえ爆弾落として行ったもんだから、お袋に類が及んでねえか気になったわけ。バラされたんだってな、過去。婚約者に」
そこでメイスの奴がベッドサイドの椅子から立った。
「イスラ。あとよろしく」
「ええ。ありがとう。あとはゆっくりしてて」
メイスはいつもの能面のまま玄関から出て行った。入れ替わりにイスラが行って椅子に座った。
当のお袋は眠ってる。安らかな寝顔で。
眠ってる間は、何にも心患わせることはない。でもずっと眠ったままだと不安になる。――俺も大概ガキだな。
「さっきの話だけど。あなたの言った通りよ。知られちゃったわ。ユルゲンスに。私がしてきたこと」
あんなに過去を暴露されることに怯えてたイスラなのに。何なんだよ、その晴れがましい表情。
「そしたらユルゲンス、言ったのよ。そうまでして生きてきてくれてよかった、でないと自分は私と会えなかったって。ありがとう、って。彼、純粋な人だから、絶対捨てられるって思ったのに」
……男気あんなあ、その婚約者。正義より愛を取ったワケか。
「今は、考えてる。リーベリーに売った子たちにできる償いは何か。ユルゲンスも一緒に考えてくれてる。だからもう、過去を捨てるのはやめたわ。でないと、こんな醜い私を受け入れてくれたユルゲンスに合わせる顔がないもの」
イスラは胸に下がったセルリアンブルーの羽根飾りを握り締めた。
「レティシャさんのことも。もう手は抜かない。医者として全力で患者と向き合うつもり」
俺が外に出ると、外壁にもたれてメイスが待っていた。やっぱ、このウィッチドレス姿のこいつのが、俺的にはしっくり来る。
「言ったでしょ? ダイジョウブ、って」
本当に大丈夫だった。お袋の面倒は二人が交替で看るから、どっちかが疲弊することもない。イスラは本気で人身売買の件で悩んで、償おうとしてた。
お伽噺の魔法使いみたいだ。そう苦笑したら、あいつはいつもの幽かな笑顔で言った。
「アルが望むなら、魔法使いでも、魔女でも、大精霊でも」
感極まって、細い体に抱き縋った。
ああ。お前は俺の最高の魔法使いだよ。ユースティア。
…………
……
…
/Elise
昇降機のドアが開くと、アルヴィンは昇降機を降りて、ずんずん進んで行った。
「大丈夫? エリーゼ」
だいじょうぶです。アルヴィンが怒るのもしょうがないこと言っちゃったんですから。
わたしも外へ出る。イスラさんはわたしの後ろから付いて来た。背中を見られるのは落ち着かないけど、イスラさんを視界に入れたくないんだから、ダキョーするしかない。
――あの時。
イスラさんに「死ねるんですか」ってわたしが言った時。
現れたアルヴィンは、ちっとも笑顔じゃない笑顔で、わたしに言った。
イイとこ連れてってやるよ、って。
そうして連れて来られたのが、ここ。切り立った崖を削って家にした地区でした。今は3階まで上がってきた。
昇降機を降りた先は、シャン・ドゥの景色がイチボーできる展望台。でもアルヴィンは景色には目もくれないで、別のドアに入って行った。
あそこ、もしかして。
「アルと――アルのお母さんの家よ」
ひゅっ、と息を呑んだ。
『な、何でアルヴィン君、自分ちにエリーを連れて来たのさ~』
「分からないわ……」
『ウソでも分かるって言ってよバホー!』
な、泣かないでティポぉ。ティポがそんなじゃ、わたしもどうしていいか分かんないよぉ。
「……彼はお母さんのために働いているの。どんなに汚い仕事でも、大切な家族のためならやる。反対に、お母さんのいるこの場所には安易に他人を近づけたりしない。今でも、彼の家に出入りできるのは私と、もう一人の仲間だけ」
そんなに大事な場所にわたしたちを連れてきたの? どうして?
「エリーゼ。怖いならあなただけでも引き返していいのよ?」
頭をぶんぶん振った。できません。だって、わたしがイスラさんを、アルヴィンのお母さんを殺しかけたことは、事実なんですもん。
イスラさんに付いて行って、岩壁に埋まった家の一つのドアの前へ。
「アル。入るわよ」
返事はなかったけど、イスラさんはそれが当たり前みたいにドアを開けた。わたしもいっしょに入った。お、おじゃましまーす……
太陽がまぶしかった外から入ると、家の中は暗いようにさえ感じた。
「ごきげんよう、レティシャ姉さん。具合はどう」
「――あら。あなた、今日も来てくれたのね。バランはいいの?」
話し声? ふたつ聞こえる。どっちも女の人の声。
家の奥に行くと、アルヴィンがぜんぜん気取らない感じで「よ」ってわたしたちに向けて手を挙げた。
「アルっ。あなた、どういうつもりでエリーゼをここに」
「どういう? 自分がしようとしたことが何かを理解してもらうために決まってんだろ」
い、痛い! 肩掴まないで! 無理に向きを変えられた。
「よーく見ろ。あそこのベッドにいんのが、おたくが俺から奪おうとした俺の母親だ」
こけた頬。生気のない目。それでもきっと、元気な時は上品そうな人なんだなって分かる、そんな女の人。
ベッドの横にはフェイと同い年くらいの女の子。ま、魔女? 今どき伝統的な魔女コスプレですか? ニ・アケリアでもそういう人いませんでしたよ。
「ええ。近所の人にお願いしてきたし。それにバランもそろそろ一人で家にいても大丈夫な歳よ。姉さんは心配性ね」
「そりゃあバランは可愛い甥っ子だもの」
「ふふ。姉さんがそう思うのと同じで、私にとってもアルフレドは大事な甥っ子なのよ。ねえ、アルフレド」
アルヴィンがいつもの肩をすくめるポーズ。え、アルフレドって、アルヴィンのことですか。
「アルフレドが帰ってるの?」
「ええ。恥ずかしがって近くに来てくれないけれど」
「あらあら。じゃあピーチパイを焼かなくちゃね」
「姉さんは寝ててちょうだい。前に焼いたのがあるでしょう。取って置いたの。私が出すから。大丈夫。冷えてたって姉さんのピーチパイは絶品だもの」
すらすら話しながら流れた目線は、わたしたちのほうへ。
「あ、イスラ。用事終わったの? じゃあ交替ね」
灯りのスイッチみたいにカチンって。そのヒトは演技をやめた。
「どうしたの? イスラ。交替」
イスラさんはわたしとレティシャ、さん? を見比べてから、ベッドのほうへ行った。代わりに来たのは、魔女コスプレの女の子。
「ハジメマシテ、エリーゼ。ワタシは――メイス。とりあえずそう呼ばれてる。ラ・シュガルはジランド参謀副長の私的な使い走り」
あれ? ここってア・ジュールですよね。ヴィクトル、ラ・シュガルとア・ジュールが戦争になるかもって言ってました。なのに、この人。
「別に国同士が仲悪いからって人が行き来しちゃいけないってルールはない」
そ、その通りですけど。戦争になるかもって言われてる中で、平然とそれを実行できるこの人の神経って……
メイスがアルヴィンを見上げた。ちょっとだけのアイコンタクト。それからメイスがわたしに向き直った。
「――エリーゼ。ちょっと乱暴な散歩いこっか」
がし。メイスはわたしの腰に腕を回して、窓から飛び降りた。
「え? ――っきゃあああああ!!」
『落ちる落ちる落ちる~~~~!』
「メイス、何を! エリーゼっ、エリーゼ!」
窓から身を乗り出してイスラさんが叫んでる。
イスラさんが引っ込んだ。もしかして、降りて追いかけようとしてくれてるの? イスラさん、だめ! レティシャさんがいるのに!
「心配はいらない。レティシャお母様にはアルが付き添う。イスラが外しても支障はない」
ダダン!!
あ、あ、あぶ、危な…!
『何であの高さから飛び下りてヘーゼンと着地してんのー!?』
「特異体質。しゃべってると舌、噛むよ」
へ? きゃあ! そのまま走り出さないでくださいー!
過ぎ去る景色も見えないくらいの速さで駆け抜けたメイスがようやく足を止めた。わたしは肩に担がれてただけなのに、ヘンな息切れしちゃった……
「何ですか、ここ……」
おっきな穴の周りの崖を削って、なんとか人が行き来できるようにしたみたいな細い道。あちこちに木枠が崩れかけた出入口。
「リーベリー岩坑。かつてア・ジュールの増霊極開発施設があった場所よ。覚えはない? 被験体E、エリーゼ・ルタス」
リーベリー。ブースター。ヒケンタイ。
何で。知らないワードのはずなのに胸がドキドキして息が…できない…っ!
メイスはそんなわたしにお構いなし。おっきな穴を渡るための吊り橋に踏み出そうとして……
ヒュッ――ビィィン…!
メイスの足の先に細い物が落ちてきて刺さった。メイスは停まる。
これ、矢? ダーツみたいな形してるけど。
「エリーゼを返しなさい、メイス!」
この声――!
「イスラさん!」
『わあーーん!! 待ってたよーー!!』
「戦いのシロウトが武器なんて持つもんじゃないわ。うっかりエリーゼに当てたら、アナタ、責任取れる? 償いどころじゃなくなるわよ」
イスラさんは歯噛みしてボウガンと、わたしを見比べた。
イスラさんはボウガンを下ろした。とても、悔しそうに。代わりに口を開いた。
「何でエリーゼを、よりによってココに連れてきたの。もうエリーゼは関係ないでしょう」
ここ? この場所に何かあるの? わたしの、何が。さっきの息苦しさは、だから?
「これからキタル族に嫁ごうって女が、族長の仕事内容も知らない。まあ、これについてはユルゲンスも知らないか。……黙って待っていて。そうすれば彼女は無傷で返す」
「信用できないわよ。あなた、アルと同じかそれ以上の『ウソツキ』じゃない」
「否定しない。むしろアルと同列に扱ってくれてアリガトウ」
ぞわっとした。この人、本気で「アルヴィンとおなじ」って理由で悦んでる!
きゃっ! いったあ……うう、いきなり落とさないでください! わたし、小麦袋じゃないんですから!
メイスが胸から取り出したのは、銀色の、時計?
時計に目を奪われてると、メイスは……え、え? どこ? 消えた?
ザン!
「ああああ!」
「! イスラさん!?」
なんか、全身タイツみたいなカッコになったメイスが、ヘンな形の槍で、イスラさんを、イスラさんを!
メイスが元の魔女コスプレに戻って、またわたしの前に立った。
「どうして…! 仲間じゃないんですか!?」
「死なない程度に手加減はした。医者の生命線の手には傷、つけてない。それとも、手加減なしで斬り捨てたほうがよかった? 彼女に人生を狂わされたアナタにはそうする権利がある」
「言わないで…!」
「何なら今から戻ってそうしてもいいよ。イスラが死んでワタシも消えれば、レティシャさんの看病は誰にもできなくなって、いずれレティシャさんは衰弱死して、アルはひとりぼっちになるけど。アナタが売られて実験動物にされたことに比べれば安いモノよね。そうと決まればプラマイゼロにするためにも戻りましょうか。イスラを殺しに」
「やめて! もうそれ以上言わないで!」
わたし、そんなみにくい気持ちなんて持ってない。確かにわたしを売ったイスラさんは許せないけど。
『エリーはイスラが死んじゃえばいいなんて思ってないもん! エリーはいい子なんだからな!』
そうだよ。死んじゃえなんて思えない。そんな怖いこと、考えたくない。
「そうね。『イイ子』でいようとするなら、例えイスラであってもアナタは許さなければいけないわ」
――、え?
「薄々気づいてるんじゃない? 自分がかたくなにイイ子であろうとしてるワケ」
ワケ。訳。理由。わたしがイイ子でいようとしてる、理由?
メイスはわたしを肩に担いだ。それから吊り橋を渡って、鉱山の中に入った。暗いのにメイスは迷いなんてなしに先へ進んで行く。
暗い洞窟を延々と、どのくらい進んだでしょう。裸電球だけで照らされたうす暗い一室に着いた。
メイスは今度、あっさりわたしを下ろした。逃げたくても、暗くて帰り道を覚えられなかったから、結局メイスと一緒にいるしかない。
するとメイスは、わたしが抱いてたティポをぐにんと引っ張って奪った。
『はーなーせー!!』
「か、返して! 返してください!」
ぴょんぴょん飛んでも身長差があるから届かないよぉ。
「必要なモノを貰ったら返すわ。それまで大人しく待ってなさい」
「いたっ!?」
ただのデコピンなのにすごく痛かった。
もうヤダこの人…早くだれか来てよぅ。ヴィクトル、イバル、クレイン、ローエン、フェイぃ…う、うぇっ…
メイスはティポの背中から手を中に突っ込んで、小さなキューブを取り出した。黒い板を出すと、それを開いて、板に繋がった細い紐をキューブに何本も繋げた。
ティポは目を覚まさない。痛くないのかな? 大丈夫かなあ?
「泣いていいけど」
「…え…?」
「腕は文字通り手一杯だけど、背中は使ってない。使ってないから、もたれて泣いてもいいけど」
「お断りです……ティポに、何してるんですか」
「ティポの知識を分けてもらってる。コレをまた中に戻していいように、ワタシたちが使う分だけ抜き取って。ティポが死ぬのはイヤでしょう? だから」
パコパコパコ。暗いほら穴に、メイスが黒い板を指で叩く音だけが絶え間なく響く。
「何でか知らないけどジュードいないし。ジュード・マティスがミラ=マクスウェルと出会わないんじゃ源霊匣が開発されない。だからボスにはジュードの代わりをしてもらわなきゃいけないの。ココのエレンピオスも、終わった世界、行き詰まった社会だから」
エレンピオスって、確かヴィクトルやアルヴィンの故郷。じゃあこの人もエレンピオス人なの?
「……そんなに、ヒドイん、ですか? エレンピオス、って」
「ヒドイどころじゃない。サイアクよ。ワタシたちの祖国は精霊の主に見捨てられた世界だもの。――よそんちの行く末を気にしてくれるの? イイ子のエリーゼ」
くす、とメイスが初めて笑った。何でか体がカアッと熱くなった気がした。
「イイ子じゃなかったら養ってもらえたかも怪しいものね。アナタに負い目があるジャオは性格がどうあれアナタを匿ったでしょうけど。もしアナタが生意気で口汚い子だったら、ヴィクトルはアナタをハ・ミルから連れ出してあげようと思ったかしら? もしアナタが正直に自分を貶めた人間たちの恨み悪口を言う子だったら、ニ・アケリア村の人たちはアナタを預かってくれたかしら?」
「え――?」
ニ・アケリアの人たちが? ヴィクトル、が? わたしを――見つけてくれない?
い、いいえ、待って。ナマイキとかウラミとか、わたし、そんなこと思ってません! 確かにハ・ミルの人たちは冷たかったけど、ほんのちょっぴり、優しくしてくれたこともあるんです。わたしはちゃんと知ってる子です。だから精霊は見ててくれて、ヴィクトルをわたしと逢わせてくれて……ニ・アケリアっていうあったかい場所へ導いてくれて……
「知ってる? コドモってね。この世で一番可愛くて、この世で一番憎まれてるモノなんですって。誰だってうるさくて物の道理を知らない『コドモ』って生き物は憎らしい。だから真っ先に口減らしで捨てられるのはコドモなのよ。労働力にならないなんて合理的な理由じゃない。それでもコドモはカワイイ、イイモノだって言う人たちが絶えないのはね、コドモのほうがそう思わせるように擬態してるからよ。アナタや昔のイスラみたいにね」
どうして? 悪いことなんて一つもしてないのに、込み上げてくるこの痛みは何?
「昔の、イスラさん? イスラさんもわたしと同じことしてたんですか?」
「そうよ、可愛いエリーゼ。実の母親に『おなかがすいても泣かないから棄てないで』って。アナタと同年代のコドモの言える台詞じゃないけど、擬態としては上級者だわ。アナタの擬態はイイ子のペルソナ。オトナの都合を理解して、純粋無垢に振る舞い、手がかからず、聞き分けがよく、言わなくても働く。それを外して出てくるアナタはただの自己主張が激しいガキんちょ。歳相応の役立たず」
メイスが人差し指でわたしのアゴを持ち上げた。
少し前に見たアルヴィンのとはまた違った、冷たい、蒼い眸。
「さあ、どうしましょうか、エリーゼ・ルタス。イイ子をやめて本音を曝け出してイスラに憎しみを叫ぶか。はたまたイイ子を続けてイスラをも許す聖人となり、この先の人生を多くの人に可愛がられる清純派愛され系マリオネットとして生きていくか」
後書き
タイトルはいわずもがな有名なあの恐怖曲が元です。なのにちっともエリーゼのためじゃないという罠。
メイスの言ってることって極論なのですが、エリーゼもまだ幼いから分からない。誰か「異議あり!」と叫ぶ大人募集な状況。
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