エクシリアmore -過ちを犯したからこそ足掻くRPG-
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第十八話 ある女医の贖罪
/Elise
夜になっても寝つけなかったわたしは、ティポといっしょに宿のエントランスにあるソファーに座って三角座り。
“許せなんて言わないわ。ただ、謝りたかったの。ごめんなさい。ごめんなさい、エリーゼ…っ”
リフレインしたイスラさんの声。頭を大きく振った。そうしてまたヒザを抱えては、イスラさんの声を思い出す。
……こんな夜をこれからずっと過ごすの? イヤだよ、そんなの。
早く朝になればいいのに。
「おい、人形娘」
ッッ!! び、びっくりした。イバルじゃないですか。おどかさないでくださいっ。
『人形娘ってゆーなー!』
「ならどう呼べというんだ!」
『エリーはエリーだい! ちゃんとエリーゼ・ルタスって名前があるんだい!』
「じゃあ人形娘あらため、ルタス。こんな夜中にこんな暗がりで何をしてたんだ」
「イ、イバルには関係ありませんっ」
「ああ、そうだなっ。関係ないとも。貴様がどうしていようと、俺には関係あるもんか」
『じゃあ何で来たのさー! まさかエリーをいじめる気かー!』
「マクスウェルの巫子たる俺がそんなみみっちい真似をするか!」
むぅぅ~~~~。何で落ち込んでる時にこんなこと言われなきゃいけないの。わたし、昼間の話でこんなに傷ついてるのに。
ああ、でも、イバルなんかにわかるわけない。だって、だって。
「イバルにはちゃんといるんでしょう!? お父さんもお母さんも」
『そんな奴にエリーのキモチが分かるもんか!』
「いないぞ」
――いない? 今、いないって言いました?
「親の顔は知らない。育ててくれたのはニ・アケリアの村人たちだ。物心ついた頃には、俺は社に上がって巫子としてミラ様のお世話をしていた」
「どう、して」
さびしくなかったんですか? 辛くなかったんですか? わたし、お父さんもお母さんももういないって聞いて、こんなに苦しくて、胸がしめつけられるのに。
「はっ、話の流れを持って行ったのはお前らだろうが! だから話してやっただけだ。要するに、自分一人、親がいないから不幸だとか思うな。俺が言いたかったのはそれだけだ!」
イバルはものすごいダッシュで階段を登ってった。ぽかんと、した。
“私も小さい頃に親を亡くして……”
わたしだけじゃ、ない。
でも、わたしがひとりぼっちだったのはホントだもん。研究所とかはわかんないけど、ハ・ミルでずっと閉じ篭ってなきゃいけなくて、トモダチなんて一人もいなくて、おっきいおじさんだっていつもいてくれるわけじゃなくて。
ヴィクトルが連れ出して、ニ・アケリアに連れてってくれなかったら、わたし、もっともっとひとりぼっちだった。
たしかにイバルもイスラさんも親はいなくてタイヘンだったかもしれないけど、だからって、わたしが辛かったのだってウソじゃないもん!
朝ごはんを食べて、部屋でぐだぐだ過ごす。カン・バルクからエッケンのキョカが来るまでは好きに過ごしていいってヴィクトルが言ったから。
ほんとはお外も見てみたいですけど、外に出てイスラさんに会ったらと思ったら、部屋から出られなかった。
そんなわたしの心を読んだみたいに、今日はおなじ部屋のフェイも、どこにも出かけようとしませんでした。
男の人たちはみんな出かけましたけど、ヴィクトルだけ一度戻ってきて、ハートハーブっていう、痛みを和らげるハーブをわたしにくれました。フェイと二人で焚いてみて、少しだけふんわりしたキモチになれました。
「フェイ。ヴィクトルはフェイの本当のお父さんなんですよね」
フェイがミラっていうマクスウェルの「代役」をするって話してました。だからフェイがヴィクトルを「パパ」って呼んでもふしぎじゃなかったけど。
「そうだよ」
『じゃーフェイ君のお母さんはー?』
「……フェイを産んで、死んじゃった」
フェイはたまにこんな目をする。目の前にわたしやだれかがいても、ずーっと遠くを見てるみたいな。
「だからフェイ、ママの顔も性格も知らない。お姉ちゃんは、わたしたちはママに似たんだって言ったけど、それもよくわかんない。知らないから」
「ごめんなさい……」
フェイは何も言わないで首を横に振った。
コンコン
「はーい」
フェイがノックにドアを開けに行く。開けたドアの向こうには、アルヴィン。
「お帰りなさい。どうしたの?」
「ああ。エリーゼにちょっと用事が出来てな」
わたし?
「イスラから伝言預かって来た。聞くだけ聞いちゃくれねえか?」
肩が跳ねた。心臓がどくどく鳴り始める。ティポをぎゅうっと抱き締める。
イスラさん。わたしがひとりぼっちになる原因を作った人。
「エリー」
あ、フェイ……
フェイが戻ってきて、横からわたしの肩を抱き寄せてくれた。ヴィクトルにくっついてる時とはちがう安心感。
「アル。イスラさん、何て?」
「昔エリーゼが住んでた家にエリーゼを連れて行ってやりたいんだとさ。その気があるなら出てすぐの橋で待ってるから来てくれってよ」
わたしが住んでた、家? わたしにもちゃんとお家があったの?
お父さんやお母さんと一緒に暮らしてたかもしれない、わたしのお家。
「来ないなら来ないで、イスラは納得するだろうよ。それとこれ。来るつもりなら着とけとさ。血の巡りをよくする効果付きのコートだ。家の場所ってのが雪原なんだと」
アルヴィンはわたしの横に無造作にコートを放ってから、笑って部屋を出てった。
『エリー! イスラなんかの言うこと聞いてやる必要なんてないよー!』
「こら、ティポ。だめでしょ。決めるのはエリーなんだから」
行く? 行かない? 行く? 行かない?
「……行きます」
コートを取って抱き締める。
イスラさんのためじゃない。イスラさんのためじゃない。わたしはわたしの家を、ルーツを知りたいから行くの。
「一緒に行こうか?」
「ううん。わたし、一人で行きます」
『エリーは強い子!』
「ホントだね。エリー、がんばれっ」
はい。行ってきます。
コートを着込んで、ティポを抱えて宿を出た。アルヴィンの言った通り、イスラさんは宿からすぐの橋の上で、コートを着てぼんやり立ってた。
名前を呼ぶの、何だかイヤだったから、気づいてくれるくらい近くまで歩み寄った。
「! エリーゼ……来てくれたの」
誘ったのはそっちじゃないですか。早く連れてってください。
「付いて来て」
来た時とは別の街の出入口を潜り抜けたら、一面が銀世界だった。
「わあ…!」
『すごーい! 雪いっぱーい!』
「滑りやすくなってるから、足元気をつけてね」
それからどのくらい歩いたでしょう。イスラさんはいろいろ話しかけてきた。無視するのもなんだかできなくて、言葉少なに答えた。おっきいおじさんのこと。ヴィクトルやみんなのこと――
その内、イスラさんは洞窟に入った。この先、ってこと?
うす暗い洞窟の中を手探りで進んでると、イスラさんが火の精霊術で小さな灯りを作ってくれた。ありがとう、って、言わなきゃだめかな?
悩んでる内に洞窟が終わった。
外に出て、すぐにわかった。そこには家が一つだけしか建ってなかったから。
ちっちゃなお家。ニ・アケリアで暮らした家より、ううん、ハ・ミルの小屋よりも小さいかもしれない。
「ここ、ですか?」
「そう。最初はレアメタルでもないかと思って入ったのに、家があって人が住んでて、びっくりしたわ」
……ちょっとだけ、思い出す。しょりしょりしたおヒゲ。そうだ、お父さんはヒゲが生えてた。それで、わたしを背負いながら薪割りして、注意されてたっけ……お母さん、に? あれ?
「どうしたの? 具合が悪いの?」
イスラさんの手が、わたしに伸び……
――フラッシュバック。泣いてたわたしに伸びて来る手。掴まれて、乱暴に引っ張ってかれて――
「いやっ!!」
手を振り解いて、背中を向けた。
『エリーに触るなー!』
「あ……ご、ごめん、なさい」
忘れるとこだった。この人は小さかったわたしを売った人。そのせいでわたしは、わたしは。
「――イスラさん。わたしがシアワセになるためなら、なんでもするって言いましたよね」
「…………ええ」
「本当に、なんでもしてくれるんですか?」
「そのつもりよ」
ウソツキ。声に無茶言われたらどうしようってにじみ出てる。たとえばユルゲンスさんと別れて、とか言われたら、泣いて言い訳するんでしょう? そんなの見たくない。見苦しい。
そう。わたしはもう見たくない。関わりたくないの。あなたも。あなたを通して思い出す昔のわたしも。
「じゃあ、わたしが死んでって言ったら、あなたは死んでくれるんですか?」
ふり返る。きっとイヤがってるよね。でも、その顔が見たいって思うわたしは…………あれ?
イスラさん。その袋は何ですか? 袋から出した丸薬は何ですか? 何でそれを飲もうとしてるんですか?
「私に言えたことじゃないけど、エリーゼ――しあわせになってね」
イスラさんが丸薬を口にふく――
ドスッ!!
「うぇッ…エッホ、ゲホ!」
イスラさんが膝を突いてえづいて、丸薬を吐いた。
ア、アルヴィン…何でいるの。何でイスラさんの首を銃で叩いたの。わたしがイスラさんに言ったことも、聞いて、たの?
「アル……あなた、」
「おいおい。命の恩人に対して何て顔してんだよ。俺が来なきゃあんた、今頃、冥府の住人だぜ」
「それでも私はっ」
「別にあんたが死のうが俺は知ったこっちゃないが、あんたに死なれたら誰がお袋の面倒看るんだよ」
イスラさんがはっとしてアルヴィンを見上げた。
――あ。そう、だった。この人はアルヴィンのお母さんの主治医さん。
じゃあ、じゃあわたし今、イスラさんだけじゃなくて、間接的に、アルヴィンのお母さんも、……殺して、しまう、とこだった?
震えが昇ってくる。歯がカチカチ鳴る。
こわい。アルヴィンがこわい。アルヴィンが気づかないわけない。回り回ってお母さんを殺そうとしたわたしを、アルヴィンはいったい、どう思って……
強くティポを抱くわたしを、しゃがんだアルヴィンが笑って覗き込んだ。
笑ってる、笑ってるのに。
「被害者ヅラしていいボーダーを越えちまったなあ? 人形姫」
こんなに冷たい目をしたアルヴィンを、初めて、見た。
後書き
拙作では公式に逆行してあまり相性の良くない?アルヴィンとエリーゼ。
さあ、間接的に母親を殺そうとしたエリーゼを、アルヴィンはどうするのでしょう?
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