エクシリアmore -過ちを犯したからこそ足掻くRPG-
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第十七話 ある女医の告白
/Victor
その後、アルヴィンは例の落石を調べるために抜けた。
私たちだけで今滞在している宿に向かい、一つの客室に集まってアルヴィンの帰りと報告を待った。
「確認取って来たぜ。やっぱあの落石、アルクノアの連中がフェイを狙って仕掛けたやつだった」
帰って来るなりアルヴィンは何のてらいもなく告げた。
「あちらは完璧にフェイリオをマクスウェルと見なしているわけか」
「あんたの思惑通りにな」
好都合だ。これでもっとミラから敵の目を逸らせて、ミラの安全確保ができる。だがアルヴィン? 人を悪の黒幕のように言うのはよしたまえ。
「あるくのあ、って何ですか?」
エリーゼがこてんと、ティポともども首を傾げた。
どうする、アルヴィン。ここで正体を暴露してしまうか?
「姫にも分かりやすく説明すんなら、帰れなくなった母国に、それでも諦めず帰る手段を探してる秘密組織ってとこかね」
「アルヴィンのボコク?」
『アルヴィン君ってア・ジュールの人じゃないのー?』
「ア・ジュールどころか、リーゼ・マクシア人でもないぜ、俺」
からからと笑うアルヴィン。シャン・ドゥに来てからどんな心境の変化が起きたか知らないが、こうして冗句を交えて身の上を語れる程度にはなったらしい。
「その辺は俺よりヴィクトルのほうが詳しいから、そっちに聞いてちょーだい」
おいこら。勝手に無茶なパスを出すな。皆の視線が私に集中したじゃないか。
はあ。仕方ない。クレインもローエンも一度懐に入れた人間を売る人間じゃないからな。君と違って。
「事の始まりは2000年前に遡る。世界は黒匣のせいでマナが枯渇し、精霊が次々と死んでいっていた。黒匣を棄てない人間に失望した大精霊マクスウェルは、当時の賛同者を引き連れて、時空から孤立した方舟を造り上げた。方舟を断界殻、中身をリーゼ・マクシアと呼ぶ」
イバルが、ローエンが、エリーゼが、クレインが、おのおの大きな驚愕を浮かべた。
「この世界が、人為的に造られたもの……?」
「正確には、元々あったリーゼ・マクシアという国を、マクスウェルが次元ごと切り離して成立させた世界だ」
「マクスウェル……ミラ、さま、が造った、ですか」
『ミラサマすごーい!!』
「いや。実行したのは先代のマクスウェルだ。ミラは関係ない」
全くないわけではないがな。ミラはミラ・クルスニクをモデルに生み出されたんだから。
「ミラというのは?」
「――本物のマクスウェルだ。フェイリオはミラを隠すための影武者に過ぎない」
「だましてて、ゴメンナサイ」
フェイリオは深く、クレインとローエンに対して頭を下げた。
「では六家やア・ジュールの七子は。あれも裏側があるのですか?」
フェイリオのことから話題を逸らそうとしたんだろう。本当に濃やかだな、ローエンは。
「七子は私も知らない。そもそもクルスニクの直弟子は13人いて、内6人がマクスウェルに付いてリーゼ・マクシアに渡った。六家はその6人が祖らしい。子孫ではなく。血縁関係はあったらしいから、子孫といってもあながち外れてはいないかもしれないが。リーゼ・マクシアで真実クルスニクの直系といえるのは、イバルたちニ・アケリアの民だけだ」
「イバルや長老さんたちが……」
『長老さんたちはともかく、イバル君は全然そんなリッパな人の子孫に見えないー』
こらイバル、エリーゼに絡むな。やるならティポを伸ばせ。
「クルスニクはマクスウェルの最初の巫子。ニ・アケリア出身のイバルが現マクスウェルの巫子になったのは運命の妙だ」
なぜイバル、と正直私も若い頃は思った。その辺の選考基準はニ・アケリアの長老方に尋ねてみるしかない。
「――では、あなたは?」
クレイン?
「フェイさんはそのミラという人の影武者。イバルさんは本物のマクスウェルの巫子。ではあなたは何者ですか。無関係な赤の他人にしては、あなたは知りすぎている。世界も精霊も、歴史の裏側も」
最近この手の質問を受けることが増えた気がするな。
「エレンピオス人」
渋るだけの大仰な答えは持ち合わせていない。ここの連中は仲間と認めた者を売らないし、アルヴィンは買収済み。となれば隠す必要もあるまい。
「リーゼ・マクシアの外、本当の時空にある国で生まれ育った生粋の異邦人。いわば時空規模の漂流難民だ。アルヴィンもだ。だから君たちより世界の真実を知っているし、霊力野もないから精霊術も使えない」
シャール主従が納得を浮かべた。そうだよ。ガンダラ要塞の件はだから手伝えなかったんだ。
『フェイ君はフツーに精霊術使ってるよー?』
「フェイリオも幼い頃は普通のエレンピオス人だったよ。後天的な突発変異だ」
『そーなの、フェイ君?』
「うん。元はパパやお姉ちゃんとおんなじだったんだけど、ある人が霊力野を開いてくれたの。どうやってかは、聞かないで。わたしもその人も分からないから。元々なかったモノをムリにこじ開けたせいかな? フェイの霊力野は、リーゼ・マクシアの人たちともチョットちがうみたい。ミラさま…マクスウェルみたいに精霊と交信できるし、先に手続きがすんでるから詠唱はイラナイ」
「手続き?」
同じ感覚型のエリーゼでもそこまでは感得していないか。
「深くツッコむとエリーがしんどくなるから、言わない」
『フェイ君のイケズぅ』
「わたしならヘイキなのに」
「ゴメンネ」
フェイは装束の袖を持ち上げ、苦笑した。
「アルヴィンは祖国エレンピオスに帰るための組織に属している。それがアルクノアだ。エレンピオス人は精霊術が使えない。だから頼みの綱は黒匣であり算譜法になる」
「待て! その技術は世界からマナを失わせ、精霊様の糧を奪う技術のはずだ」
よく覚えていたな、イバル。その通り。精霊を犠牲にすることを前提に、エレンピオス人は今日も生き繋いでいる。
「……俺たちはただ、故郷に帰りたいだけなんだよ」
「そんな手前勝手な理由で精霊様を殺す道具を使い続けたのか!?」
「じゃあお前、生活するのに精霊術使うたびに、その術は異端だつって兵隊が自分を殺しに来たらどう思う! 理不尽だって思わねえでいられんのか!?」
全くもってその通りだ。エレンピオス人にはエレンピオス人なりの基準や機能があるんだ。ただ文化的生活を営んだだけで殺されていては堪らない。
「周りは訳分かんねえまじない使う連中ばっか。黒匣がなきゃ生活だってできねえってのに、黒匣を使えばマクスウェルに襲われる。俺ら元々1000人はいたんだぜ? 兵士でも何でもねえ、ただの旅行客だ。それが今や100人いるかいないかだ。みーんなマクスウェルが殺したんだ。尊敬してた人も、友達も、ぜんっぶマクスウェルに殺されたんだ」
蒼然とするイバルの胸に、まるで銃口のように、アルヴィンは人差し指を押しつけた。
「俺らにとってな、おたくの敬愛するマクスウェルサマこそ、ナハティガル以上の独裁者なんだよ」
こんこん
ノックの音が、部屋の中の気まずい空気を払拭するきっかけになった。
「はいよー」
一番ドアに近い位置にいたアルヴィンが、立ってドアを開けた。
「イスラ」
「話を……しに来たわ。中に入れて」
「おたく、見ない内にとんでもねえ勇者になったな。入れよ」
さっきの女医? アルヴィンの母親の主治医だから顔見知りなのは分かるが、話をするならアルヴィンにだけすればいいのに。何が目的だ。
アルヴィンがクローゼットからイスを引っ張り出して、イスラの席を作った。
イスラが座って、まっすぐ見据えたのは、エリーゼ。
「あなた、私とはどういう知り合いなのかって聞いたわね」
「は、はいっ。教えてください」
「私は……あなたを売ったの」
「――え?」
「4歳の時に両親を亡くして泣いていたあなたを見つけて、国の研究所にあなたを連れて行って、研究体として売った。それが私とあなたの関係よ」
/Elise
“4歳の時に両親を亡くして……”
“国の研究所に売った”
お父さんとお母さんが、もう死んでる? わたしが、研究体?
「私も小さい頃に親を亡くして、一人で生きていけるほど大人じゃなかった。それで始めたのが、人身売買。リーベリーの国立研究所が孤児を集めていたから、孤児を見つけては連れて行って、謝礼金を貰う。そんな汚れた商売だった。あなたは私がリーベリーに売った最初の子。ユルゲンス……今の婚約者に会わなかったら、今でも似たような仕事をしてたでしょうね」
イスラさん、は、イスから降りて、わたしに向けて両手と頭を床につけた。
「過去に私があなたをリーベリーに売ったせいで、あなたが辛い思いをしたのは分かってる。でも私にはもうその過去を変えられないから。せめてこれから先、あなたが幸せになるための手伝いをさせてほしいの。こんなことが償いになるか分からないけど…どんなささいなことでも、エリーゼのためになることなら、今は迷わずやる覚悟よ」
イスラさんがまた頭を床に着くくらいに下げた。
「許せなんて言わないわ。ただ、謝りたかったの。ごめんなさい。ごめんなさい、エリーゼ…っ」
――あやまらないで。
あやまらないで。あなたのせいでわたしはずっと独りぼっちだった。ずっとずっとずっと。
あなたがぜんぶ狂わせた人だったのね。あなたがいなければ、わたしは、わたし、は――
「帰ってください」
「エリーゼ」
「つぐないとかカクゴとか、そんなこと言われてもわたし分かりません! 帰って! 帰ってよ!」
抱き締めたティポに顔を埋める。見たくない、聞きたくないの、何も。お願い、消えて。出てこないで。
そうやって待ってたら、床板が軋む音と、ドアが開いて閉まる音がした。
ふわって。頭からすっぽりくるまれる感触。
「……エリー。イスラさん帰ったよ」
この声、フェイ。そっと顔を上げても、視界はピンクの袖でさえぎられてて、わたしをおびやかすものは何も視えなかった。ほっとして、そのままフェイの胸にもたれた。
後書き
拙作ではイスラ改心しております。エリーゼにちゃんと償いまでする覚悟でいます。
ページ上へ戻る