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ソードアート・オンライン~赤き皇が征く~

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第一章
  str3『第一層の地で②』

 迷宮区の壁に、ソードスキルのエフェクトライトが反射して、淡くきらめく。

「せやぁぁぁっ!」

 金髪の少女の手に握られ、剛と音を立てて振り払われた両手剣。ソードスキル《サイクロン》の一撃が、《ルインコボルド・トルーパー》二体を薙ぎ払った。激しいノックバックが発生し、二体の遺跡の犬面人(ルインコボルド)は動きを止める。

「スイッチ!」

 攻撃者であった金髪の少女――――シャルの鋭い叫びに応答して、クロスも両手剣を抜きはらう。ダッシュでルインコボルドに近づくと、大上段からの斬りおろし→切り上げの二連撃、《ブレイク・アーク》を放つ。

 斬撃に吹き飛ばされ、コボルド達は今だ動くことができない。だが、こちらは違う。パーティーメンバーであるシャルは技御硬直(スキルディレイ)から立ち直り、すでに次の剣技の準備に入っていた。

 これが、パーティー戦で最大の肝となる戦術(タクティクス)、《スイッチ》だ。一人が技を大きめの隙を作ることで、その隙に他のプレイヤーが入って、戦闘を引き継ぐ。その間に一人目は体制を整えたり、HPを回復したり、技御硬直(スキルディレイ)やスキル冷却時間(クーリングタイム)が終了するのを待つのだ。

 βテスト出身ではなかったらしいシャルだが、MMOゲームの基礎は比較的知っていたらしく、スイッチの扱いもうまかった。むしろクロスの方がパーティー戦に不慣れで、足を引っ張っているのかと時々思うくらいだ。

 クロスと入れ替わりで前に出たシャルが、《スマッシュ・アーク》を発動。両手剣の重量を生かした重めの打撃攻撃が、二体のコボルドを直撃。そのHPバーを消滅させることに成功した。

 両手剣ソードスキルの基礎技、横薙打撃の《スマッシュ》、縦方向打撃の《クラッシュ》、縦方向斬撃の《ブレイク》、そして横方向斬撃の《グレイヴ》。片手剣のように小回りの利くソードスキルは少ないが、どれも威力が高い。その上位剣技ともなれば、二連撃であるがゆえに威力だけでなく速度も上乗せされるため、より強力になっているのは必至のことであった。

 もうお分かりだろうが、シャルのメイン武器スキルは、クロスと同じ《両手剣》。聞いたところによればスキル熟練度も同じ様なものだそうで、お互いに相手の技の軌道や内容が解るため、パーティー組んで連携をするという面では非常にやり易かった。

 勿論、問題点もある。

 今現在クロスとシャルがいるのは、アインクラッド第一層迷宮区十九階だ。現時点では敵もまだそこまで強くなく、種類も少ない。

 だが今後、もっと上の階層へと登っていき、敵が強くなって、それやその技の種類が増えれば――――その時、全く同じ武器を使う二人きりのパーティーでは、対応し切れないかもしれない。

 と、そこまで考えて。

 ――――今後も彼女と行動を共にするのか……それは未決定では無いのか?

 さもボス戦の後もシャルとパーティーを組んでいることを想定していた自分に驚く。

 彼女と出会ったのは、まだ一日も立たないほどのつい最近の話だ。何となくクロスなりにシャルの性格を掴んでは来たものの、他人の感情を上手く察することが出来ない自分のことだ。実際どうなのかは分からない。

 自分の行動は、正しいのだろうか――――

 無限の思考の渦へとクロスが墜ちようとしていたその時。

 明るいファンファーレの音と共に、

「やった!」

 シャルが嬉しそうに、小さくガッツポーズを取った。先程のファンファーレの音から察するに、レベルが上がったのだろう。よく見れば、自分の視界に表示されているリザルト画面の【EXP】のゲージも、大分たまっている。次の戦闘でレベルアップできるだろう。

 だが、なんとなく盛んに喜ぶシャルの気持ちが不思議になってしまったクロス。

「……嬉しいのか?」
「そりゃあ……まぁ。だって、自分が強くなった、っていう証なのよ? ……と言うか、あなたは嬉しくないの?」

 ふむ、とクロスは真剣に考え込む。成る程。確かに言われてみればそう思えなくもない。どれだけ非常識(イレギュラー)な状況であると言っても、SAOはあくまでレベル制MMOだ。この世界では、レベルは直接その存在の強さを現す要素の一端となる。

 それが上がる、と言うことは、確かに自分が強くなった証なのかもしれない。となると、きっと嬉しいことなのだろう。

「成る程。では次から、俺もレベルが上がったら喜んでみることにしよう」

 再湧出(リポップ)した《ルインコボルド・トルーパー》に、向かって駆け出し、両手剣ソードスキル《グレイヴ》を放つ。空気を引き裂く剛閃が、コボルドの喉元の弱点を切り裂いた。

 クリティカルヒットを示す、眩いエフェクトが飛び散り、一撃でコボルドを倒すことに成功する。

 リザルトが表示され、経験値が加算されていく。通常のそれに加えて、クリティカルヒットを起こしたことによるボーナス。そして、【EXP】のゲージが満杯になり、【Lv】の欄に書かれた数字が13から14に変わった。ファンファーレが鳴り響き、レベルが上がったことを知らせてくる。

 早速、喜んでみることにする。

「いえーい」

 その瞬間。

「ぷっ……くくく……あははははははっ!! な、何よその喜び方! 『いえーい』って……棒読みで『いえーい』って!! あはははははっ! ちょ、ヤバい、お腹痛い!」

 シャルが爆笑し始めた。手で口許を覆って、どうにか笑いを沈めようとしているらしいが……

「……? なにか可笑しかったのか?」
「や、可笑しすぎるでしょ! っていうかそれに気づいてない所も……あはははっ!」

 どうやら、収まりそうに無いようだった。


 ***


「……ごめんなさい」
「いや、別に構わないのだが……そんなに可笑しかったのか……」
「そりゃぁもう、思い出しただけで……笑いが……ぷくくっ……」

 第一層迷宮区の薄暗い通路を、クロスとシャルは歩いて行く。いまだに衝撃が冷めないのか、シャルは笑い続けている。クロスとしてはそこまで面白いことをしたつもりはないのだが、どうやら彼女のツボにはクリティカルヒットしてしまったらしい。

 腹を抱えながら、シャルはクロスに微笑む。
 
「やっぱりあなた、面白いわ」

 その笑顔を見た時――――クロスの中で、何かが動いた……気がした。

 ――――?

 だが、すぐにそれはどこかへと消えてしまい、正体をつかむことはさっぱりできなかった。少なくとも、今まで感じたことのない感情だったような気がしたが……。

 悶々としたはっきりとしない思考の渦の中へと墜ちていくクロス。失ったその糸口をつかむために、堕ちて、墜ちて、落ちて――――

「……ロス、クロスってば!」
「……っ」

 シャルの呼びかけで、クロスの意識は現実に…と言っても仮想世界だが。いや、今現在のクロス達SAOプレイヤーにとっては、この場所こそが《現実》か…に呼び戻される。

 隣を見ると、不思議そうな顔をフードからのぞかせるシャル。

「どうしたのよ。次の階に続く階段、見えてきたわよ」
「あ、ああ……すまない。考え事をしていた」
「まったく……」

 シャルの言葉通り、視線を前に向けると、黒い石造りの階段が見えてきていた。何段あるのかここからでは判別もつかないが、あれはほぼ間違いなく、次のこの迷宮区の次の階――――すなわちは、アインクラッド第一層のフロアボスが待ち受ける《ボスの部屋》、そしてその奥の、次層へ続く階段がある、二十階へと続く階段だ。

「……行くか」
「もちろん」
 
 クロスが問うと、シャルが興奮した調子で頷く。誰も辿り着いていない最上階へとたどり着くのが楽しみになのだろう(あくまでクロスの下手な推測でしかないが)。

 だが、その望みというかなんというかは、結構あっさりと敗れた。

「……プレイヤーがいる」

 クロスの索敵に、反応があったのだ。ミニマップに表示された光点は、プレイヤーをあらわす緑。数は六。SAOで組めるパーティの上限とぴったり同じ数字だ。それを考えれば、彼らがパーティならば十分な人数であると言える。

 因みにそのパーティを全部で八つ集めたのが上限四十八人の《レイド》、さらにそのレイドを八つ集めたのが《レギオンレイド》、となるらしいのだが、システムに登録されているのはレイドまでで、そもそもレギオンを組んだ場合の三百人を超えるプレイヤー達を一か所に集められるかと言えば怪しい(β時代のボスの部屋にはせいぜい二レイド程度しか入れなかった)し、それだけの数のプレイヤーが集まるのかも疑問だ。SAOが普通のMMOで、これからも新規プレイヤーが増えていくというならば話は別だが、現在のSAOは脱出不能のデスゲーム。生産は一万本で止まっているだろうから新規プレイヤーは入ってこない。そもそもこの状況のSAOにログインしようと思うプレイヤーがいるかどうかが疑わしい。

 それに、SAOの一階層の広さや、同時に出現してくる大型モンスターの数的に、レギオンを組むことはありえないだろう。

「なーんだ、先客がいたのね……」

 がっかりした様に声の調子を落とすシャル。やはり一番乗りが楽しみにだったのだろうか。

 通路を進んでいくと、その六人の姿が見えてくる。全員が銀色の鎧に身を包んだ、どことなく中世西洋の騎士風の装備だ。リーダーの武器は片手剣とカイトシールドだろうか。β時代、カイトシールドはそこそこレアだったので、彼の実力は高いと思われる。

 それだけではない。クロスの眼を引いたのは、その髪の毛の色だ。彼の髪は、真っ青にペイントされていたのだ。

 SAOにおいて、キャラ製作を終えた後に行えるカスタマイズは、髪色と髪型、それと目の色に限られる。現在の状況では唯一と言っていい、プレイヤーのリアルとは異なる外見だろう。大抵の色の髪染めアイテムは店売りをしている(恐らくシャルもそれで金色の髪染めアイテムを買ったのだろう)が、青色の髪染めアイテムは現時点では店売りしていない(もう少し上の層なら売っているのだが)。つまりダンジョンの奥で見つけた宝箱か、何らかのモンスターからドロップしたと思われる。やり込み的精神も高いのだろうか。それになかなかの美形だ。まぁ関係ないのだが。

「……どうする?」

 シャルが小声で話しかけてくる。

「どうするって……何をだ?」
「決まってるじゃない。あの人たちに近づくのかってことよ。たぶんボスの部屋を覗こうとしてるんでしょ?」
「む……俺に聞かれても……君がどうしたいか決めてくれ」

 するとシャルは微笑んで、

「じゃ、行きましょう。私もボス、見たいし」

 物陰から飛び出した。クロスもあわててそれに続く。

「……誰だ!」
「脅かせてすまない。俺達もボスの部屋を見に来たんだ」

 青髪の男の横にいた、茶髪の曲刀使いの叫びを、クロスは両手を上げていなした。

「君達もかい? 実は俺達もなんだ」
「そうか。俺はクロス。あなたは?」

 敬語は使わないが、どう見ても年上である青髪の青年に、一応は「お前」「君」と言うのは気が引けて、クロスは「あなた」という呼称を使ってその名を問う。

「はは、そんな畏まった言い方をしなくてもいいよ。俺はディアベル。職業は……気持ち的に《騎士(ナイト)》、かな」

 そう答えて、もういちど爽やかに笑う、青年改めディアベル。SAOに職業(ジョブ)システムはないので、本当に『気持ち的に』何だろうが。確かに彼の武装は、先ほども思った通り騎士っぽい。

 ――――しかし……《騎士》なのに《悪魔(ディアベル)》か……。

 『ディアベル』とは、イタリア語で《悪魔》の意である。スペイン語の《ディアボロ》、英語の《デーモン》と語源を同じくするその名を、どう思って自らのアバターに付けたのだろうか。疑問に思うクロス。ついつい彼にそれを問いただしたい、という欲求が生まれるが、それも彼がボス部屋の扉に手を掛けたことで強制停止させられる。

「良いか。ちょっと偵察をしたら、すぐに逃げるぞ」

 ディアベルが自分のパーティメンバー達に告げると、彼らから「おう」「はい」「了解」と言った返答が帰ってくる。

「……俺達もそれでいいな?」
「問題ないわ」

 クロスもシャルに問う。すると彼女は、小さな声でそう答えた。女性プレイヤーであることを知られたくないのだろうか。フードで顔を隠しているわけであるし、きっとそうなのだろう。

「行くぞ……」

 ぎ、ぃ、ぃ、ぃ……ガゴン、と言った、重厚なサウンドと共に、ボス部屋の巨大な扉が開いていく。その先には、思いのほか広い空間が待っていた。β時代、何度も足を踏み入れた第一層のボス部屋だ。

 その奥に待っている、第一層のボスも――――すでに、見知ったモノだった。

「グォォオオオオ!!!」

 猛々しい咆哮をとどろかせて、第一層ボス――――《イルファング・ザ・コボルドロード》が姿を現した。真紅のカラーカーソルと、ボスの四段重ねのHPバーが表示される。同時に、その取り巻きMobである《ルインコボルド・センチネル》三体も。彼らはコボルドロードのHPバーが一段消滅していくごとに、三体ずつ再登場する。倒せなければ、どんどん増えていくわけだ。取り巻きを相手にするパーティも必要だろう。

 因みに頭上のカラーカーソルだが、プレイヤーならグリーン、NPCならイエロー、窃盗や殺傷などの犯罪を犯したプレイヤーならオレンジ…このことから犯罪者を《オレンジプレイヤー》と呼ぶ…、そしてモンスターなら赤で表示される。緑と黄色以外は、街などの《犯罪防止コード圏内》に入ることができない。

 モンスターの赤いカラーカーソルだが、その色が薄くなっていくごとにプレイヤーに比べて弱いモノ、濃くなっていくごとにプレイヤーより強いモノを表す。例えばどれだけの間殴られていても絶対に死なないほど弱いモンスターならほぼ白に近いピンク、逆にどうあがいても絶対に勝てない相手なら地よりもなお濃いダーククリムゾン。コボルドロードの色は、半ば黒に近い赤か。現在のレベルである14では、一人で相手をして勝てる相手ではないだろう。

 だが、このボスと戦う時、自分は一人ではないのだ。

「よし、確認した! みんな逃げるぞ!!」
 
 ディアベルが叫び、彼のパーティがボス部屋から離脱する。

「グロォォォォッ!!!」

 逃げる獲物を逃がすまいと、コボルドロードが斧を抜き放った。武器もβ時代と変わらない。最後のHPバーが半分を切ると、あれを湾刀(タルワール)という曲刀カテゴリの武器に変更するのだ。それが最初に設置されている位置は、彼の腰の後ろ――――

「……?」
「どうしたの?」
「……いや」

 何か――――違和感を、感じた様な。

 クロスはもう一度ボスに目を凝らすが、疑問の正体はよく分からないままだった。

 結局、クロスとシャルは、そのままディアベルたちの背後に続いて、第一層のボス部屋を出たのであった。 
 

 
後書き
 どうも御久しぶりです、切り裂き姫の守護者です。『赤き皇が征く』最新話、お待たせしました! 中盤のギャグシーンにめっちゃ手間取ってました。いやー、やっぱり苦手だわギャグ。

 今回はディアベルはんとリンドさん、コボルドロードが登場です。武器が刀に変わっていることに気付けなかったクロス君。君は本当に天才なのか……?

 また遅くなりますが、次回も気長にお待ちください。それでは、次の更新でまたお会いしましょう。 
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