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ソードアート・オンライン~赤き皇が征く~

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第一章
  str2『第一層の地で①』

 アインクラッドは、全百階層で構築されている。その中には森林でみたされた階層や、牧歌風の街並み、真っ暗なスラム街のような場所から、海に囲まれたリゾート地のような場所まで存在しているという。

 現在クロスがいるのは、その最下層にして、最大規模の階層、第一層。その《迷宮区》と呼ばれるエリアだった。

 この浮遊城の全ての階層の最奥には、タワー形式の《迷宮区》が設置されている。出現するモンスターはフィールドや通常ダンジョンの物よりも少々強く、他の場所では出現しないモンスターが出ることもある。
 
 それもそのはず、この《迷宮区》の最上部には、その階層で最強のモンスター、《フロアボスモンスター》が待ち受けているのだ。このフロアボスを斃せば、はれてその階層はクリアされたこととなり、次層へとつながる階段が解放される。

 βテスト時代、この階層のボスモンスターには、大人数のプレイヤー達が無謀に何度も挑戦し、五回目あたりの挑戦でやっと倒した。だが、今回はそれが許されない。一度全滅してしまえば、もうそれで終りなのだ。

 その恐怖のせいなのか。

 今だ、アインクラッド第一層は、突破されていない。

 SAO開始から、一か月のこと。死者の数は、およそ2000人だった。



 ***


 
 闇を切り裂くエフェクトライト。色は、蒼。まるで流星のように、素早い一撃。

 両手剣用横凪ソードスキル《グレイヴ》の一撃が、第一層迷宮区、第十七階基本モンスター・《シャープコボルド・フェンサー》を吹き飛ばす。大きくHPを減らしたコボルドは動きを止め、再び動き出すころにはクロスの技御硬直時間(スキルディレイ)も終了している。
 
 《ホリゾンタルグレイヴ》は《両手剣》スキルの序盤から使えるスキルの一つだ。植物型モンスターや、コボルドの弱点であるのど元を攻撃するのに向いているため、クロスは第一層ではよくこのソードスキルを使用していた。

 アインクラッド第一層で手に入る両手剣の中では最優の品、《スティールブレード》を振るい、一撃、二撃とダメージを与えていく。最後にとどめとして、《グレイヴ》を再び打ち込むと、《シャープコボルド・フェンサー》は悲鳴と共に爆散・消滅し、クロスの視界にリザルト画面が出現する。

「ふぅ……」

 獲得アイテム・経験値の確認を終了させると、クロスは小さく息をついた。

 デスゲーム開始から一か月が経過して、大分現在のSAOにも慣れてきた。感情が足りないがためにさほど恐怖感も感じないので、凶悪なモンスター共と対峙しても何の問題もない。

 この、モンスターと対峙することに恐怖感を感じない、という要素はそこそこ重要だった。SAOはVRゲームだ。現実世界で強暴な怪物や野獣と戦った経験のある人間など、ネットゲーマー揃いのSAOにはほぼいないに等しい。コボルドやゴブリンなどの亜人や、第一層序盤で出現するネペント系の植物モンスターなどは、そもそも現実世界には存在していない。

 故に、モンスターと戦う際に、恐怖…怪物に対する恐怖と、デスゲームに対する恐怖…によって体が動かなくなり、なすすべもなく殺される、というプレイヤーが続出したのだ。

 それにさらに拍車を掛けたのは、SAOに《魔法》が無いという現実。遠距離からの攻撃ができないため、必然的に敵に近づかなければならない。そうすると、恐怖はさらに増大する。

 今ばかりは、クロスも恐怖を感じない己に感謝する。

 因みに、β時代からの知り合いであるとある情報屋によれば、この時に死んだプレイヤーの多くがβテスターだったらしい。彼らは『経験者であるが故』に、引き際を間違えたのだろう、と言っていた。自分には知識があるから大丈夫、と過信したのだと。

 なぜなのだろう。そう思った。全ての知識がアテになるわけではないだろうに。現に今まで、β時代とはドロップレートが異なるアイテムや、モンスターの出現率が変化している場所なども多く見てきた。

 故に。

 クロスには不思議でならないのだ。《過信》というドツボに、はまらざるを得なかった元βテスターたちの心情が。どうして自分は大丈夫、と信じてしまったのか。

 ふと、そのとき、クロスは思い立った。

 ――――油断しては、いけないのだ。

 ――――もしかしたら、自分も、いつか。

 注意しなければならないのだろう。そう確信する。

 よくよく考えれば、先ほどのリザルト確認もそうだ。昔、リザルトを確認する時は必ず周囲を《索敵》してからにしろ、と、勇者顔の少年に教えられたことを思い出す。

 なるほど、確かにそうだ。遅すぎるかもしれないが、クロスは一応《索敵》をかけてみる。

「……っ!」

 鋭く息をのむ。

 隣の部屋に、反応。プレイヤーがいる。今だプレイヤーが直接プレイヤーを手に掛ける《プレイヤー・キル》……通称《PK》は横行していないものの、事故を装って大量のモンスターをおびき寄せ、標的を殺させる《モンスター・プレイヤー・キル》ことMPKなら何度か発生しているらしい。

 出会った人を一人一人疑っていては話にならないが、警戒して損はないだろう。

 そう思って、するり、とその部屋を抜け出す。

 すると、掛けたままにしておいた《索敵》に反応。隣の部屋にモンスターが出現したらしい。二体だ。

 ……だが。

「撃退、しないのか……?」

 プレイヤーを示す光点は、微動だにしない。これはどういうことか――――少々不思議に思って、隣の部屋をのぞき込み。

 絶句した。

 出現していたのは《アームズコボルド・ソードマン》。大型の剣を構えたコボルド族だ。それが二体いるところまではいい。この二体はそれほどレアなモンスターではない。

 最大の問題は、プレイヤーだった。

 倒れている。部屋の中央に、ごっとりと。色の濃いフードに隠れて顔は見えないがどうやら気を失っているようで、モンスター達に気付いていない。

 ――――動かなかった理由はこれか!

 このままでは、殺されてしまうだろう。

「……せぁっ!」

 小さい気合いと共に、両手剣を抜き放つ。

「ぐるるるっ!」

 コボルドがこちらに気付く。その時にはすでに《両手剣》用ソードスキル、《スマッシュ・アーク》が発動している。

 両手剣の片手剣よりも大ぶりである、という利点を生かして、斬るというよりは殴りつけるような一撃。返す刀で、もう一撃。合計二連撃だ。《両手剣》スキルで最初期から使えるソードスキル、《スマッシュ》の上位互換で、使い勝手もいいため、クロスが重用している剣技の一つだ。

 一体目のコボルドが吹き飛ばされると、二体目がこちらに近づいてくる。技御硬直(スキルディレイ)の影響で動けない隙を狙おうというのだ。

 だが、間一髪硬直は溶ける。熟練度50で追加Modとして選らんだ、《技御硬直時間短縮》が生きたらしい。

 今度はソードスキルを使わずに、コボルドの剣戟を受け流す。隙を見て両手剣を突き出し、コボルドを吹き飛ばす。

 先ほど攻撃した一体目が戦線に復帰。HPはすでにイエローゾーンへと陥っている。チャンスだ。

「……シィッ!」

 再び《スマッシュ・アーク》。コボルドのガードの上から、二連撃の打撃が与えられ、遂にそのHPを空にさせる。断末魔と共に無数のポリゴン片へと爆散・消滅したコボルドをしり目に、二体目へと躍り掛かる。

 こちらはまだHPがグリーンゾーンだ。何度か攻撃を当てつつ、上から斬り下ろすソードスキル、《ブレイク》を発動。重斬撃がヒットし、コボルドを切り裂いた。数瞬のスキルディレイの後、追い打ちをかけるように《グレイヴ》を打つ。直後、相手が爆散・消滅。コボルドを倒すことに成功した。

「おい、大丈夫か!」

 気絶しているため、声は聞こえないだろうと分かっていながらも、反射的にそう叫びつつ、クロスは倒れていたプレイヤーに近づく。

 ダークブラウンのフードケープは、第一層の店売りアイテムだ。クロスも一応一つ持っているが、顔を隠す必要がないため使っていない。何かの際に役立つだろう、と思って買ったのだが、結局つかっていないので、その内売ってしまおうかと思っていた。

 そんなことを考えつつ、そのプレイヤーを抱き起そうとして――――触れた体の、柔らかさに絶句した。

「んぅ……」

 小さな、高めの声が、プレイヤーの口から洩れる。フードが少しずれて、中の素顔がほんのちょっとだけ、覗く。

 その瞬間。

 クロスは、このプレイヤーがなぜフードで顔を隠しているのか悟った。

 プレイヤーは――――金色の髪の、少女だった。それに、一般的に《美少女》と呼ばれる類の。

「なるほど、確かに顔を隠した方が好都合そうだ……」

 思わず感想が口を突いて出る。

 それと同時に、少女が目を開き、クロスをその双眸に捉えて、その存在を認識し――――

「きゃぁぁぁぁ!?」
「うおぉぉ!?」

 思いっきり、ぶん殴ってきた。


 
 ***



「……さっきは、その……ごめんなさい」
「いや……何故謝るんだ? 君を驚かせてしまったこちらの不注意だと思うが……」

 迷宮区最寄りの、第一層で二番目に大きい街。名を、《トールバーナ》の宿屋の一つ、その一階に併設された居酒屋の一席で、クロスと少女は向かい合っていた。

 少女は人目を避けるためなのか、街中だというのにもかかわらずフードを目深にかぶっていた。まぁ、先ほどちらりとだけ見た素顔ならば、この世界では相当話題になってしまうだろう。

 SAOでは、現実世界の容姿に上書きされた際、同時に性別もリアルのそれと同期させられた。恐らく脳波で判別しているのだろう。そんな面倒なことをするなら、そもそもなぜ最初から性別変換禁止にしなかったのだろうか、と多少疑問に思わなくもないのだが。

 とにかく、それ故に、購入者は重度のネットゲーマーが大半を占めるSAOには、女性プレイヤーが非常に少ない。加えて髪の色や髪型、目の色などのカスタマイズ可能要素を除いて、容姿は現実のものだ。美形となればさらに少ないだろう。

 そんな中で美少女、しかも(恐らくだが)ソロとなれば、いろいろとしがらみも多いのだろう。

 そんなことを考えていると、少女が再び口を開いた。

「とにかく、助けてくれてありがと」
「構わない」

 素っ気なく答える。こう言うときは何か気の効いた事を言うべきなのだろうが、生憎クロスはこう言うときどう言えばいいのか知らない。相手の心情を理解するのが苦手なので、対人に不向きなのだ。

 しかし少女は、そのクロスの態度に対して、くすり、と小さく笑った。

「なぜ笑う?」
「何でもないわ。変な人、と思って」
「変な人、か……そう、なのか?」

 クロス自身は、自分が変人だとは思っていない。故に、何故『変な人』呼ばわりをされたのか真面目に考えていると、

「ますます変な人ね」

 また少女が笑う。

「気に入ったわ。ね、あなた……ボス攻略には参加するの?」
「一応、そのつもりでいる」

 アインクラッド第一層フロアボスモンスター攻略戦。一か月に渡って行われて来なかったその戦いも、近い内に行われるだろうと予想されていた。現在、全二十階構成の迷宮区は十九階まで突破されているため、そう遠くないうちに次階層へと続く階段と、それを守護するフロアボスが待ち構える《ボスの部屋》がある二十階が解放されるだろう。

 クロスは一応、それに参加するつもりでいたのだが……。

「じゃぁ、私と一緒に参加してくれない?」

 少女の言葉には、さすがに驚いた。感情の起伏の乏しいクロスでさえ、初対面の相手にいきなりそんなことを言われれば、警戒せざるを得ないだろう。

「……な、なによ」
「いや……いいのか? 俺の素性も知らないだろうに」

 そこまで言うと――――

 少女は、突然、わずかにフードの下から見える頬を真っ赤にして、

「あ……こ、これから知ればいいのよ!」

 叫んだ。

 後に聞いた話によれば、どうやらこの時、パーティーメンバーを獲得する事で頭が一杯で、何も考えていなかったらしい。

 迷宮区で倒れていた理由も、その影響何だとか――――その話を聞いたときのクロスは、大いに呆れ、しかしそんな彼女のことを、強く愛おしく思った。

 だが、今この時間のクロスは、そんなことを知る由もなく。

「私はシャル。一応名前を聞いておこうかしら?」
「何故上から目線なんだ……? ――――クロス。ソロだ」

 少女の申し出も、特に断る理由はなかった。 
 

 
後書き
 どもっす、切り裂き姫の守護者です。

 今回は本作のメインヒロイン、シャルの登場。ちなみに切り裂き姫の守護者の別の作品を読んだことがある人ならば、この時点でピンと来ることがひとつ。

 そう、『赤き皇が征く』の主人公・クロスと、ヒロイン・シャルは、『セファーラジエル』の主人公のクロス・スズガモリと、ヒロインの原作キャラ、シャルロット・ブリューと同名なんですね。こっちのシャルは向こうほど分かりやすいツンデレじゃないけど。本編中で全く語られないのでばらしちゃいますと、本作のクロス君は機巧少女の方のクロス君とシャルの、パラレルワールドにおける子孫、という設定になっています。『セファーラジエル』の世界では当然SAOにはつながりませんからね。こっちの世界のクロスとシャルはちゃんとイギリスで普通に出会って結婚しています。ライシン? あんな奴知らん!←
 その辺の話は向こうで書けたらなー、とか思いつつ。 
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