ソードアート・オンライン~赤き皇が征く~
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str1『監獄の始まり』
『――――それでは、諸君らの健闘を祈る』
その言葉を残して、真紅のローブは上空へと消えた。たった今しがた、あの赤ローブの巨人が宣言した事態を、多くのプレイヤー達はすんなり飲み込むことができないでいるはずだ。
――――たった今を以て、このゲーム……《ソードアート・オンライン》は、自発的・受動的共にログアウト不能となり、実質的な脱出不能状態となる。
――――ゲーム内で死亡すれば、現実世界でも死亡する。
――――救助はない。脱出方法はたったひとつ、舞台となる浮遊城、《アインクラッド》を踏破すること。最上階は第百層。そこに待つ最終ボスを倒せばいい……。
赤ローブは、自らを《茅場晶彦》と名乗った。この場にいる人間なら、ほぼすべてがその名前を知っている。なぜならば彼こそが、このゲーム、《ソードアート・オンライン》、通称SAOの開発者であり、そのハードである《ナーヴギア》、および《フルダイブシステム》の開発者であったからだ。
フルダイブ。
それは、現実の五感全てをシャットアウトし、代わりに仮想の五感を与え、仮想世界のアバターを動かすという、人類が完全な仮想世界を再現しうることに大きく貢献した技術。
提唱者は茅場晶彦。高校生にしていくつものゲームのライセンスを取得した彼は、卒業後、大学生にしてゲーム企業《アーガス》のトップ開発者に着任する。以後、様々なヒットゲームを生み出してきた彼が、満を持して発表したのがフルダイブシステムと、そのシステムを搭載した初の家庭用ゲームハード、《ナーヴギア》。
プレイヤー達の熱い希望に答えたのか、茅場晶彦がその後に発表、アーガスがリリースしたのが、世界初のカテゴリ、《VRMMORPG》を冠したゲーム、《ソードアート・オンライン》だった、というワケだ。
完璧な仮想世界で、まるで本物の異世界にやってきたかのように生活する、ソードアート・オンライン……通称《SAO》。
《職業》の縛りはなく、プレイヤー達は無数のスキルを自由に取得し、自分だけのビルドを作っていく。さらにファンタジーRPGに必須ともいえる《魔法》スキルは無く、代わりにシステムアシストが絶大な威力を導き出す、いわば必殺技――――《ソードスキル》が無数に設定されている。プレイヤー達は自らの武器と知識と時々勘だけを頼りに、百にのぼる階層を攻略していく。
背景世界設定だけはやけに少なかったものの、それらの情報が段階的に発表されていくにつれて、プレイヤー達の熱狂はいやおうなしに高まっていった。
クローズド・βテストに参加できるテスターの募集枠はたったの千人。一万本しか生産されない初回ロット生産盤の優先購入権が与えられるというのだから、これに応募したプレイヤーの数は十万人を超えたらしい。
そして迎えた2022年11月6日、午後1時30分。正式サービス開始。直後から9000人を超えるプレイヤー達がログインし、SAOに人々がどれだけ期待していたのかをあらわした。
これから始まる楽園に、プレイヤー達が心を躍らせていた、その日。
その、午後5時30分。
全プレイヤーを飲み込んだ転移の光。連れてこられたのは第一層主街区、《はじまりの街》。その上空が真紅に染まり、そこから一つの巨大なローブ姿が現れたのだ。
そして、がらんどうのローブは言う。
『諸君、私の世界へようこそ』
と。
ローブは自らが茅場晶彦であると名乗り、プレイヤー達にSAOデスゲーム化を宣言、現実世界からの助けは来ないことを告げ、全プレイヤーの容姿を、ナーヴギアが読み取った現実世界のそれへと置き換え、そして去った。
ローブが消え去った後、プレイヤー達は絶望と恐怖におののき、泣き叫び、うずくまる。
その渦中に、一人の青年がいた。
黒い髪の毛に、鋭利な顔立ち。身長は165センチから170センチほどか。どことなく少女めいた線の細さもありながら、纏っている冷徹な雰囲気が、刀のような印象を抱かせる、その男。
プレイヤーネーム《クロス》は、小さく、誰にも聞こえないくらいの声で、呟いた。
「……なぜ、だ?」
クロスが疑問に思っているのは、デスゲーム化、というこの状況ではない。彼はしばらく前から、たった一つのことを検証し続けていた。
茅場晶彦のチュートリアルのワンシーン。彼が、外部からの救出手段が存在しないことを示唆した場面。
ナーヴギアのロックの解除、またはギア本体の破壊が試みられた場合。もしくは、2時間以上の電源・回線切断、がおこなわれた場合。ナーヴギアに搭載された大型バッテリーから流れ出た高出力マイクロウェーブが、装着者の脳を焼く。
すでに茅場晶彦からの声明は全リアルワールドに向けて発表されており、リアルで待つ人々もこの事態を知っていること。
だが、『既にナーヴギアの強制解除を試みた人間がおり、その結果、200人以上ものプレイヤーが犠牲になっている』こと。
ここである。
なぜ、ナーヴギアを解除してはいけない、と言われているのにもかかわらず、解除に踏み切った? ――――決まっている。解放の可能性が遺されているからだ。
だが、なぜその可能性が絶対ではないと気付けなかった? いや、むしろそんなことがあるわけがないと、どうして気付けなかった? いったいどういう思いで、ナーヴギアを、取り外した? なぜ? なぜ? なぜ?
不謹慎にも、それだけがクロスの胸中を占めている。
それは、クロスがこの世界にやってきた理由とも直結する。
クロスは、リアルワールドでは《神童》と呼ばれた天才だ。だが、それであるがゆえに、いつの間にか『人の心が理解できない』人間へと育ってしまっていた。それは他人のそれでもあるし、もちろん自分の感情すらも察せない。
だが、初めて仮想世界に触れた時。
クロスは、見失っていた自分の感情が、取り戻されていくのを感じた。
――――この世界に触れ続けていれば、いつか十全な感情を取り戻せるのでは。
――――他人の心に触れれば、何か分かるのではないだろうか。
ナーヴギアで作られた仮想世界は、感情表現が少々オーバーである、というのも手伝って、仮想世界とクロスは相性がよかった。
クロスは、なにか命題に直面した時に、優先的に他人の心情を理解しようとする習性がある。だが、彼は良くも悪くも『天才』だ。さらに、彼は感情を察せないがゆえに『物わかりが悪い』。さらにたちの悪いことに、『探究者』である。とことん突き詰めて、その理由を知りたがる。
故に、先ほどから、ナーヴギアを取り外した遺族たちの心情を察そうとしているのだが――――
「……だめだ。全く分からない」
やはり、理解はできなかった。
どうやら、まだ何か足りないようだ。
ならばどうすればいい? ――――方法は、既にでている。この世界で、生きていけばいい。自分の感情を取り戻して、主観的に物事を見つめられるようになれば、なにか分かるかもしれない。
ならば、次なる命題は『この世界で生き抜くために、自分はどうすればいい?』である。これの答えも、至極簡単に出てくる。
――――力が、必要だ。
これより先、SAOではほかにも『生きるためには力が必要』と考えたプレイヤー達が、それを欲してあがくようになるだろう。SAOはMMOゲームだ。経験値をためてレベルを上げ、様々な知識を獲得し、強い武器をそろえることが、強くなるための近道。そして、溢れ出たその『強くなりたいもの』たちは、遠からずリソースの奪い合いを始めるだろう。
ならば、それに巻き込まれないためにはどうするのか? 簡単だ。もっと遠くに行けばいい。
幸いなことに、その方法と、いくべき場所は、すでにクロスの中で確立されている。クロスは、βテスターだったからだ。
βテスターは、新規プレイヤーよりもこの世界に関する知識が多い。強さの一つである『知識』は、既に持ち合わせているのだ。
もちろん、β時代の限界分までしかそのアドバンテージは生きないし、正規版で変更された点には知識が追いつかない。
だが、そこまでならどうにかなるだろう。幸い、クロスは近場で自分と相性のよさそうなクエストなどはすべて暗記していた。
クロスのβ時代の武器は《両手用直剣》だ。本来は日本刀のような武器の方が相性がいいのだが、日本刀はβ時代を含めて、この世界には存在しなかった。噂によれば第十層に刀を使うモンスターがいたとのことだが、残念ながらクロスは最高で八層までしかたどり着けなかったため、彼らとは出会っていない。
刀と形状のよく似た《曲刀》という武器はあるのだが、この武器、《片手用装備》なのである。クロスが日本刀に求めているのは、『両手用装備の剣であること』。だとすれば、相性がいいのは必然的に両手剣になってくる。
SAOをSAO足らしめる《ソードスキル》の使用のためには、スキルが必要だ。そして《両手剣》のスキルは、《片手剣》スキルの派生。幸い、既にスキルスロットに《両手剣》は出現している。問題はあるまい。
あとは買い揃えられていない防具と武器を揃え、β時代通ったクエストをクリアしていく。そしていずれは第一層ボス攻略戦にも参加し、レベルを上げる。
そうして、生き残る。戦いに参加すれば死ぬかもしれないが、参加せずに弱いままでは、もっと危険だ。第一層の安全地帯にとどまる、という手もあったが、恐らくはその安全も永遠ではない。例えば、街中にモンスターが出現するようになるイベントやバグが起きる可能性が、全く皆無、とは言い切れない。いやむしろ、茅場晶彦自身がそれを仕組んでいる可能性だってある。
だったら、安全がなくなっても対応できるように、強くなるべきだ。
やるべきことは、決定した。
「……はじめようか」
クロスは小さくつぶやくと、β時代の記憶を頼りに、両手剣を扱っているNPCショップへと向かった。
偽物の空が、夕やけ色に染まり始めたころ。
二年にわたる剣の監獄の、始まりの日の出来事だった。
後書き
因みにクロス君に足りないのは、どう考えても『思考を投げ出すこと』。『まぁいっか』で済ませられないから突き詰めすぎておかしくなる。
どうも、切り裂き姫の守護者です。今回のSAO二次の主人公は、『優しい騎士』でも『価値を求める勇者』でもなく、『心がほしい天才』です。にも拘らず、作者が低能であるが由にその天才度を発揮できないクロス君……ごめんねクロス君。切り裂き姫の守護者はバカで主観的なんだ。
それ故に、皆様の助けを借りて行ければな、と思っております。感想だけでなく、『こんなことも思いつかねーのかよ』『いや、普通ここはこうだろ』などの意見もお待ちしております。
それでは次回の更新でお会いしましょう。
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