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ラ=トラヴィアータ

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第十章


第十章

「これが私の。貴方への答えを」
「答えって!?」
「赤い椿」
 花のことを教える。
「これがね」
「赤い椿が答え」
 これは彼にはわからないことだった。ついつい首を傾げてしまったところにそれが出てしまっていた。
「それって一体」
「すぐにわかるわ」
 しかし圭はここではこのことを彼に言わないのだった。そのかわりにその胸の赤椿を手に取ってそっと剣人に手渡す。それだけであって言葉をかわりに告げた。
「すぐに。だから今は」
「あっ、はい今は」
「撮影に入りましょう」
 こう言うだけであった。
「今は。それでいいわね」
「わかりました。それじゃあ」
 とりあえずこの場はこれで終わりだった。撮影に入る。しかしその撮影の合間に彼はふと知り合いのスタッフに何処となしに尋ねたのだった。
「あのですね」
「どうしたの?剣ちゃん」
 そのスタッフは気さくに彼の仇名を呼んで笑顔で応えてくれた。
「何か深刻な顔っていうか考えてる?やっぱりこれが最後の撮影だから?」
「それもありますけれど」
 これも実際にあったので隠しはしなかった。
「けれど。実はですね」
「うん。実は?」
「気になることがありまして」
 首を捻りながら答えたのだった。
「椿ってありますよね」
「うん。それがどうかしたの?」
「赤い椿って何か意味があるんですか?」
 こうスタッフに尋ねるのだった。
「赤椿って。何の意味が」
「ああ、それね」
 スタッフはその椿のことを聞いてすぐに納得した顔になる。剣人はそれを見て彼が何かを知っているということをすぐに察したのだった。
「知ってるんですか?」
「一応ね。まあ二つ意味があるね」
「二つですか」
「うん、まずはね」
「はい」
 話しはじめたその言葉を聞くのだった。
「椿三十郎って映画あるじゃない」
「ああ、あれですか」
 剣人もこの世界にいるからには知っている映画だった。とはいっても観たことはないが。
「リメイクもされましたね」
「あれで椿が出るんだよ」
「そうなんですか」6
「そうだよ。椿を川に流したら決起を決行する」
 合図に使われるのが椿だったのだ。
「そこで敵に捕まった主人公が仕込んでいてね。椿を川に流したらそれで決行だったんだけれど」
「それで一体」
「敵に捕まった時にわざとこう言ったんだ。赤椿ならよし、白椿なら駄目ってね」
「赤ならですか」
「元々椿ならそれでよかったんだ」
 それを踏まえて敵にわざと赤と白の話をしたというのである。
「けれどそれを知らない敵は謀って赤椿を流してそれで主人公の仲間を討とうとしたら」
「それが失敗で」
「そう、主人公達の目論見は成功したんだ」
 こういう話である。黒澤明の不朽の名作である。
「まずはそういう話があるんだ」
「そうだったんですか」
「そしてもう一つだけれど」
 スタッフはこのことも彼に話してきた。
「剣ちゃんオペラは聴く?」
「オペラですか!?」
「そう、オペラだけれど」
 話は今度はかなり知的なものになっていた。
「聴くかな。どうかな」
「いえ、ちょっと」
 彼の問いにはついつい申し訳なさそうな顔になって首を横に振ってしまった。
「あまりそういう高尚なのは」
「じゃあ椿姫なんて知らないよね」
「椿姫ですか」
「ヴェルデイのオペラなんだ。原作は有名な文学作品でね」
「文学、ですか」
 どちらにしと剣人には馴染みのない世界であった。彼はそうした話とはあまり関係のない世界を過ごしてきた。趣味といえばテニスにテレビゲームなのである。
「それのヒロインが。娼婦でね」
「娼婦っていうと」
「簡単に言うと風俗嬢だね」
 スタッフはここではかなり現代風に砕けて説明した。
「そのヒロインはね。そういう立場だったんだよ」
「風俗嬢がヒロインですか」
「こう言ったらあれだよね」
 スタッフはこの現代風の表現から少し苦笑いになって述べた。
「今の携帯小説と同じだね」
「まあそうですよね」
 携帯小説なら読まないわけではない。だからこそ今は頷くことができた。
 
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