ラ=トラヴィアータ
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第九章
第九章
「羽田さんにも未来はあります。絶対にです」
「けれど私は」
「過去は消えません」
彼はそれはどうしてもだというのだ。
「けれど。乗り越えられます」
「乗り越えられる・・・・・・」
「僕、何とか乗り越えられました」
彼はまた自分のことを話した。
「ですから羽田さんも」
「野上君・・・・・・」
「僕を受け入れてくれなくてもいいです」
また随分と思い切った言葉だったが彼はそれを自覚していなかった。
「それでもです。それは」
「いいって・・・・・・」
「僕は貴女が好きです」
何処までも淀みがなく澄み切った言葉だった。
「このことは隠せない事実ですから」
「事実・・・・・・」
「だからです」
剣人の目はじっと圭の目を見ている。そのうえでさらに言うのであった。
「僕は圭さんが好きです。他の誰よりも」
「私を。誰よりも」
「それでいいです。圭さんが僕を愛してくれていなくても」
「貴方が私を愛している」
「そうです」
このことが話される。
「それだけで。僕は」
「・・・・・・・・・」
圭は今の剣人の言葉に俯いてしまった。答えられない。しかしそれでも彼の心は自分の心に伝わるのを感じた。痛々しいまでに。
「それでは駄目でしょうか」
「・・・・・・今すぐには」
圭はやっとこの言葉を出したのだった。
「答えられないわ。御免なさい」
「そうですか」
「最後の打ち上げの時」
圭は言う。
「その時だけれど」
「その時ですか」
「答えるわ。それでいいかしら」
「はい、それで」
剣人も圭のその言葉を聞いて頷くのだった。
「御願いします。けれど僕は」
「ええ。わかってるわ」
もうこの言葉の中身はわかっているのだった。
「貴方の気持ちは」
「有り難うございます」
「けれど今は考えさせて」
それでもだった。答えることはできなかったのだ。今の彼女には。
「今は」
「はい、それじゃあそれで」
「ええ。その時にね」
食事をしながらそうした話をしていたのだった。それが終わってから圭は一人に戻った。一人マンションの自分の部屋に入る。そこは都心の高級マンションであり壁も装飾も内装も実に見事なものである。全体に白で穏やかにしてある。彼女は部屋の照明を点けてからそのうえで柔らかい、これまた白のシルクのソファーに身体を沈めそのうえで一人呟くのだった。
「愛している」
先程のレストランでの剣人の言葉をここで反芻したのだった。
「おかしなことを言う子ね」
ソファーに沈み込んだまま呟くのだった。
「私のことを知っていて」
今度はこれまでの己のことを思い出す。過去の破局と報道、それにより傷付いてきたことを。そのことを決して忘れはしないのだった。
そのことを思い出しその古傷の痛みを確かめる。確かめずにはいられない傷だ。思い出さない日はない。それは決して口に出さないだけで。
その傷の痛みを感じながらまた剣人の言葉を思い出すのだった。そしてその目も。
「それでも。愛している」
次に思い出したのは。
「そしてあの子もかつて」
自分と同じような目に遭っている。程度の差こそあれだ。
「受けてきているのね。同じことを」
自身のことばかりを考えていた。これまでは。しかしそれが彼も同じだとわかって。それが親近感を余計に増すことになっていた。
そのうえで今考えるのだった。どうするべきかを。古傷はさらに痛む。しかしその古傷を感じながら。剣人の言葉と顔も思い出し。そうして考えを巡らせていくのだった。
やがてそれは一つの考えに辿り着こうとしていた。ふとテーブルの上の花に目をやる。自分でそこにさしている椿の花だ。赤と白の二色の椿がそこにある。
「椿・・・・・・」
その椿を見てその考えが一つに辿り着いたのだった。
「答えは。これで」
その椿を見つつ呟いた言葉だった。今はただその椿を見ている。だが時間はそうして椿を見ているだけで過ぎるものではなく。遂にその打ち上げの日となったのだった。
圭はまず撮影の現場に一番に来た。そのうえで剣人を待つ。彼はそこで白い服に胸に赤い椿を飾っている彼女を見るのだった。
「羽田さん、おはようございます」
「これが答えよ」
圭は挨拶を返さずにこう彼に告げるのだった。
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