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ラ=トラヴィアータ

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第十一章


第十一章

「何かそんな感じですか」
「実際は違うけれどね。お金持ちがお客さんだったし」
「お金持ちがですか」
「そう、貴族とか富豪とか。パリのね」
 パリという都市の名前が出ると急に話が豪奢なものになったと感じる剣人だった。このことは言葉には出さず話を聞くだけであったがそれでもだった。
「そういう娼婦でね。いつも胸に椿の花を飾っていたんだ」
「椿をですか」
「そう、その椿」
 スタッフは言った。
「その椿を飾っていてね」
「それでその椿に何が」
「この人も赤い椿と白い椿を使っていたんだ」
「赤と白のですか」
「ここは椿三十郎と同じだよね」
「ええ、まあ」
 スタッフの言葉に頷くと共に彼女とも同じだと感じていた。そう、その彼女とだ。
「そうですね」
「それでその椿だけれど」
「どういった椿だったんですか?」
「これがはっきりわからないんだけれど」
 ここでスタッフの話は少しばかり歯切れの悪いものになった。
「実はこの椿姫ってね」
「何かあるんですか?」
「実在のモデルがいて」
 この話を間に入れてきたのだった。
「高級娼婦のね。彼女がそうした椿を胸に飾っていてね」
「実在のモデルの人がいたんですか」
 剣人にはこれが驚きであった。
「その人には」
「うん。それでだったんだ」
 スタッフもこの話を続けてきた。
「その娼婦が日によって胸に飾っている椿の色を変えていたんだよ」
「赤と白にですか」
「これは小説を書いた小デュマが言っていたけれど」
 スタッフは考える目になりながらまた述べた。
「あれなんだよ。白は娼婦としての彼女で」
「そして赤は」
「本来の彼女なんじゃないかってね」
 首を捻りつつ剣人に述べたのだった。
「そういうことかもっていうけれど」
「本来の、ですか」
「だからその日は本来の彼女だから娼婦じゃない」
 娼婦は客を取るものだ。それが仕事だから当然である。
「そういう意味なんじゃないかなっていうんだよね」
「本来の彼女、ですか」
「うん、らしいよ」
 また剣人に話す。
「それでオペラではヒロインは相手の青年の告白を受けるんだ。娼婦としてでなく一人の女性としてね」
「一人の女性として」
「そういうこと。最後はヒロインは結核で死んでしまうけれどとてもいい話だよ」
 オペラのことも話すが実は剣人にはこのことはあまり頭には入ってはいなかった。頭に入ったのはその椿のこととヒロインのことだけであった。
「とてもね」
「わかりました」
 頷いた内容も椿と彼女のことについてであった。
「そうだったんですか」
「うん。これでわかってくれたかな」
「はい」
 スタッフの言葉に強い声で頷いた。
「そういうことだったんですか」
「そうなんだ。わかってくれたんだね」
「よくわかりました」
 彼が知りたいことは、という意味であったがスタッフはそこまではとてもわからなかった。だがこれは致し方のないことであった。彼は剣人ではないのだから。
「それなら。やっぱり」
「やっぱり?」
「あっ、何でもないです」
 とりあえずこのことは誤魔化す剣人だった。
「それは」
「そうなんだ」
「はい。どうも有り難うございました」
 こう言って頭を下げる。
「おかげでためになりました」
「うん。それじゃあ最後の最後まで頑張ってね」
「はい」
 こうして椿の意味を理解したのだった、そのうえでその最後の最後の撮影に挑んだ。ラストシーンは二人の結婚式だった。それが終わってから圭と二人並んで花束を受ける。こうしてドラマの撮影は終わったのだった。
 
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