駄目親父としっかり娘の珍道中
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第65話 蚊だって生きている
前書き
気づけば11月ももう終わりに向かい、もうすぐ12月に入ろうとしている。
でも、この小説内ではまだ夏のお話。
・・・・・・言いたい事は分かります。ですが、敢て聞かない事にします!
ってな感じで今回のお話も楽しんでください。
昼よりも夜が怖いと思う人は案外多かったりする。
視界が悪くなるだけだと言うのだろうに、それだけのせいで妙な不安感を覚えてしまうのではないだろうか?
「そんな訳ない、俺は夜を制した男だぜ、イエイ!」 などと勇敢な発言をしている方が居たらその場合は「さいですか」とスルーさせていただく事にする。
何しろ今回の話は暗い夜中をおっかなびっくりしながら読んで貰いたい話でもあるので。
ホラー風に纏めたい所ではあるのだが、如何せんこれを書いてる作者本人がホラーなんて書いた事がないので無理でもある。
読んだ事はあるけどね。
空には真ん丸と満月が昇っている。
何時もとは違いほのかに明るい夜空だ。
だが、そんな夜空の下であったとしても、建物の中は不気味に暗かったりする。
どれ位暗いかと言うと、押し入れの中に明かりも持たずに入った時な位の暗さと不安感がダブルパンチで襲い掛かる感じだ。
もし、過去に押し入れに閉じ込められた経験がない人が居たら、是非一度試してみて欲しい。その結果どうなったとしても当社は一切責任は負わないのであしからず。
とにもかくにも、そんな暗い夜の中で、頼りになるのと言えばか細い懐中電灯が灯す光程度。
だけど、この光がまた恐怖感を煽ってしまうのだから溜まったものじゃない。
そんな事を懐中電灯を持っている坂田銀時本人は思っていた。
何でこんな事になってしまったのか。
思えば、前回の最後辺りで見栄を張ってあんな事を言ってしまったのが事の発端だったのであろう。
何て言ったかは前回を見て貰えば分かるので前回を参照してほしい。
んで、両隣に居る土方とシグナム共々見栄を張ってそんな事を言ったもんだから「じゃぁ、後は宜しくお願いしますね」と軽く流されてしまい一切を任される形でこうして夜中の屯所内をうろつく結果となってしまったのであった。
自らが招いた結果とは言え、あんまりな話でもあった。
「畜生、屯所なんだから通路に明かり位つけとけってんだよ! これじゃ暗くて何も見えねぇじゃねぇか!」
苦し紛れに苦言を漏らしてみたが、返って恐怖感が増しただけに終わった。
この状況ではどんなボケも空振りするどころか逆効果になりそうだ。
「馬鹿かてめぇは! そんなムダ金何処にあるってんだよ」
沈黙に耐えかねたのか土方が必至になってツッコミを入れた。
そんな彼のツッコミを受けて銀時が黙る筈がない。
即座に振り返り土方の顔を照らしながら睨みを利かせた。
「あるだろうが! 俺たちから散々税金搾り取ってるんだからよぉ! ちったぁ庶民に親しみやすくする努力しろってんだよ!」
「だからって屯所を改築する予算がある訳ねぇだろうが! 家だってピンキリ状態なんだよ! ってか、熱っ! 熱いから、ライト近すぎだから!」
喧々囂々。まるで犬と猿の喧嘩、はたまた雄猫同士の喧嘩にも似た全く以って見てても何の得にもならない時間の無駄とも思える光景が展開されていた。
「おい、お前らいい加減に―――」
このままだと埒があかないとばかりにシグナムが喧嘩の仲裁に入ろうとした正にその刹那だった。
三人の背筋が突如としてゾクリと震え上がったのだ。
背筋を駆け上がる不気味な悪寒。チリチリと首筋に伝わる危険信号。
それに相乗効果を植え付けるかの如く辺りの暗さが一層際立って感じ取れた。
今更になって自分たちが明かりのない薄暗い不気味な環境の中に立たされている事を痛感させられる事に気づいた。
そして、それに気づいた途端三人の表情が徐々に青ざめだした。
今更胆が冷えだしたのだ。
本当に今更―――
「お、おいお前ら……何顔真っ青にしてんの? ままま、まさかビビッてんじゃねぇよなぁ?」
茶化すかの様に言い放つ銀時ではあったが、その声は異様に震え上がっていた。
「びびび……ビビッてる訳ねぇじゃんかよ! おおお俺たちは仮にも真選組なんだぜぇ。それがここここんな状況でビビる筈がねぇだろうが! なぁ―――」
銀時の言い分を真っ向から否定するかの如く土方は声を発したのだが、その声色には覇気が感じ取れず、呂律も良くは回っていない。
普段の土方ではありえない言動であった。
それに、気のせいか冷や汗が流れ続け、肩も震えている。視線も泳いでおり焦点が定まっていない。これだけでもう十分彼がビビッていると言う揺るぎない事実を突きつける結果となってしまった。
「へへへ、へぇ? さ……さっすが鬼の副長だねぇ。んじゃその腰巾着さんはどどど、どうなんだい?」
「だだ、誰が腰巾着だ! 私も土方とどど、同意見だぞ! たたたたかが暗闇程度でビビる筈がないだろうが!」
土方と同様にシグナムもまた銀時の言い分を否定して見せたのは良かったが、相も変わらず呂律が全然回っていないせいか同じようにビビッているのが丸わかりとなってしまった。
まぁ、要するに此処にいる三人が揃ってビビりまくっていると言う訳なのではあるが。
「へへっ、なぁんだお前ら。口ではビビッてないって言ってる癖してビビりまくってるじゃねぇか。顔が真っ青だぜぇおい」
「アホか、そう言ってるてめぇだって膝がガクガク震えてるじゃねぇかよ。お前こそビビッてるんだろ? ビビッてるんだよなぁ」
「馬鹿かお前、これはあれだよ。武者震いって奴だよ! そう言うお前こそどうなんだよ。大前なんて膝どころか全身ブルブル震えてるじゃねぇか。あれですか? 巷で流行のデュアルショックのつもりですか?」
「てめぇと同じだよ。俺も武者震いしてんだよ」
互いにメンチを切り合う銀時と土方。
だが、側から見ると互いに怖いのを誤魔化し合ってるようにしか見えないのだから哀れと言えば哀れだったりする。
「ふっ、とんだ哀れな光景だな。怖いのを必至に誤魔化してるようにしか私には見えないぞ」
「あんだぁてめぇ、一人だけ傍観者気取りしてるみてぇだけどよぉ。実際は早くこっちに混ざりたいんじゃねぇのか?」
「貴様、騎士である私を愚弄する気か?」
「あぁん? 騎士だぁ? 此処は江戸だぜ。江戸じゃ騎士じゃなくて武士なんだよ。そんなに騎士やりたいんだったらベルばら全巻読破してから来いや」
「何故騎士とベルばらが関係するんだ!?」
「ったりめぇだろうが! 騎士=ベルばら。これ常識だよ。常識……あ、そうか! お宅上京したてだから江戸の常識分からないんだっけ。こりゃ失礼。ごめんねごめんね~」
明らかに喧嘩を吹っ掛けるような銀時の言動にシグナムの眉間に亀裂が走る。
普段は冷静を装っているが根っこは少々短気なようだ。
突然銀時の前に歩み出てその胸倉を掴みあげだす。
表情からして相当ご立腹なのが伺えた。
「貴様、今日と言う今日は許せん! 度重なる侮辱の数々。この場で手打ちにしてやる!」
「おいおい、止めてくんない? こっちは善良な一般ピーポゥですよぉ。それとも何? 真選組ってのは気分次第で一般市民を苛めるんですかい?」
「貴様の発言は警官侮辱罪に相当する立派な犯罪だ! 手打ちが嫌なら今すぐ豚箱へ搬送するぞ! それとも出荷の方が良いか?」
「おい! 人の事家畜みたいに言ってんじゃねぇよ! 俺ぁどっからどうみてもジャンプ人気の主人公だろうが! そこんとこ察しろやボケがぁ!」
忽ち三人揃って激しい口論が勃発しだした。
余りに騒々しく、それでいてかつ、哀れにしか見えなかった。
まるで仲の悪い犬と猿に更に雉を加えたような光景であった。
最初はお互いにけん制し合うかの様な喧しい口論だけであったが、やがて互いに理性と言う名のダムが決壊し、遂にはお互い胸倉をつかみ合ってのいがみ合いにまでなってしまっていた。
今にも全力で殴り合いをしそうな勢いにまで発展していた。
その証拠に三人の開いていた手が硬く握りしめられてプルプルと震えているのが見えた。
「大体てめぇら脇役の分際で出番多すぎなんだよ! 幾ら使いやすいからって出過ぎなんじゃねぇの? そろそろ自重しないと本気で削除されっぞ!」
「何抜かしてんだ! それを言うならてめぇだって同じだろうが! 幾ら主人公だからって何やっても許されるなんて思ってるんじゃねぇのか? てめぇの方こそ自重しねぇとこの小説自体運営から削除される事になるんだぞ! お前、そうなった時の責任とれんのか?」
「馬鹿かてめぇは! そうならねぇ為にこうして主人公である俺が好き勝手やってんだろうが! 良いか、例えこれが銀魂とリリカルなんちゃらとのコラボだったからと言ってなぁ、俺は絶対自粛もしなけりゃてかげんなんざしねぇ! 何時でも何処でも全力全開な銀魂の銀さんで行くつもりでっす! そこんとこ理解しとけよ其処の野武士女!」
「誰が野武士女だ誰が!」
銀時から野武士宣言された事に心底遺憾の意を表明するかの如くシグナムが食い下がる。
「貴様、何処をどう見たら私が野武士になるんだ!」
「何処をどう見たって野武士だろうが! それともあれか? お前まさか自分が今巷で話題の胸キュンプリチーロリ巨乳ヒロインにでもなったつもりですか? 甘ぇんだよ、缶詰みかんの汁並に甘ぇんだよ! ただ胸がでかくて顔が良いだけじゃヒロインにはなれねぇんだよ! そう言う奴は大概ギャグの捨て駒にされるか読者もしくは視聴者の夜のおかずにされる運命なんだよ」
「下品な表現は止めろ! ならば聞かせて貰おうか。貴様の言うヒロイン像とは一体どんなのなんだ?」
「おぉ、聞かせてやろうじゃねぇか! 良いか、耳かっぽじってよぉく聞けよ野武士共。俺が思うヒロイン像ってのはなぁ……まず、CVは断然『井上○○子』さんか『宮○○美』さんだ! これだけは絶対譲れねぇ! 後『野○○かな』さんとか『桑○○子』さんでも可だ!」
「CVからして無理あるだろうが! 大体私の中のCVと一つもあってないぞ!」
「ったりめぇだろうが! てめぇの声なんざ上の皆様方の魅惑のヴォイスに比べたら蚊の羽音程度にしか聞こえねぇんだよ!」
「今すぐ上の声優陣達と清○○里さんに土下座して謝って来い! 貴様のその発言は全国の清○○里ファンへの最上級の侮辱になるぞ!」
「シグナムの言う通りだ。今すぐ土下座して謝れ、この腐れ天パー。てめぇのその発言だけで下手したらこの小説が打ち切りになるかも知れねぇんだぞ」
「あぁ? 俺だけのせいかよ。大体てめぇらだってお子様の教育に悪い行為ばっかしてんじゃねぇか。飯時の度にマヨネーズ丸々一本空にするわ瞳孔開きっぱなしの目ぎらつかせるわ、酒が入っただけで暴れまくるわ。お前らの方が俺より数倍土下座した方が良いんじゃねぇのか?」
「あんだとてめぇ、マヨネーズの価値も分からず糖分ばっか異常にとりまくる糖分依存症に言われる筋合いはねぇんだよ!」
「上等だこのマヨラー中毒カップル! 今ここでてめぇらの存在をデリートしてやらぁ!」
「望むところだ! 今ここで貴様を消し去り、この腐った世界を修正してやるわぁ!」
「マヨネーズ舐めんなよゴラァ!」
三人が揃って握りしめた拳を振りかぶり、思い切りたたきつけようとした正にその時であった。
三人の耳元に不快な音が響き渡った。
そう、誰もが聞いたあの音だ。夏場になると鬱陶しい位に湧いて出るあの忌々しい羽の音。耳元に近づくと露骨に苛立たしく響き渡るあの音が三人の耳元に響いたのだ。
その音を耳にした直後であった。三人がお互いに向けて放たれた筈の拳は突如軌道を逸れ、壁に向かいめり込んでいた。
そのめり込んだ壁の隙間からヒラヒラと舞い落ちる落ち葉の如くの勢いで床に落ちたもの。それは紛れもなく羽音の主……即ち蚊であった。
「んだよ、人騒がせな蚊だぜ」
「ったく、ここ最近妙にこいつらが多くていらいらしてくるぜ。只でさえイライラの元凶とも言える奴が側に居るってのによぉ」
「所詮は害虫。近づけば駆除される存在だ。此処にいる銀髪と同じでな」
「おいおい、俺は害虫かよ」
気が付けばさっきまで煮えたぎっていた憤りの熱もすっかり冷め切ってしまった。
そして同時に胸に募る疲労感と空しさ。
もうすっかり三人の中にはこの騒ぎの首謀者を探そうと言う意欲はすっかり消え失せてしまっていた。
「止めだ止めだ。何かやる気失せちまったよ。何で俺達がこんな疲れる事しなけりゃならねぇんだってんだ。とっととあいつら連れて帰るとすっか」
「おぉ、帰れ帰れ。下手人は明日の朝にでも燻りだしてやる」
「そうだな、私も今日は疲れた。ここいらで休むとするか」
三人共満場一致で下手人捜索を打ち切る事となった。そんな訳でスタート地点でもある近藤の私室に戻ろうと180度振り向いた。
そんな三人の目に映ったのは、捜索意欲を失くしすごすごと引き下がろうとする一同をとても恨めしそうに見つめる女であった。
その女の出で立ちは、赤い服に傷みまくりの黒い長髪と言う、正に自分たちが探していた女そのものであった。
そんな女が今、三人の目の前に立ってさも恨めしそうに三人を睨みつけている。
まるで、今にも『お前ら全員呪い殺してやる』とでも言いたそうな顔つきで。
『こ………こんばん………わ―――』
目の前に現れたそれに、三人の思考は停止し、口から出たのはこの言葉のみであった。
その直後で、屯所内に三人の絶叫にも似た悲鳴が木霊するのであった。
***
「今、何か聞こえませんでしたか?」
新八の耳が何かを捉えた。
音だった……と、言うよりも寧ろ悲鳴、もしくは絶叫に近いそれが響いたのだ。
「気のせいじゃないアルか? 私は何も聞こえなかったアルよぉ」
「俺のログには何もありやせんねぃ。っつぅ訳で聞こえてやせんぜぃ」
神楽や沖田は聞こえなかったらしい。試しに他の人間にも聞いたが皆同じだった。
となるとただの空耳だったのであろうか。まぁ、そうなのであれば別に良いのだが。
「ほれ、次はお前の番だぜチビ」
「チビって言うな!」
沖田の悪態に対し心の叫びを叫びつつ、ヴィータは沖田の持っていた手札の中から一枚のカードを引き抜く。
カードを引き抜き、それを自分の山札に加えたのを確認した後、沖田の不気味な笑みが浮かび上がった。
「げっ、これババじゃねぇかよ!」
「ふん、この俺の裏をかこうなんざお前じゃ無理な話でぃ」
「ぐぬぬ……」
沖田の勝ち誇った笑みの前に苦虫を噛み潰したような顔をするヴィータ。だが、時既に遅し! 一度取ったカードを戻す事など出来る筈もなし。見事にしてやられたと思って諦めるしかなかった。
「にしても総梧兄ちゃんババ抜き強いなぁ。今の所総梧兄ちゃんの連勝やん」
「お前らが弱すぎるんでぃ。俺からして見りゃお前らの考え方は筒抜け状態だからな」
そう、今一同は床に伏せている近藤の真横で暇を持て余す為にとババ抜きをしている真っ最中であった。
「って言うか、僕たちだけこうしてババ抜きしてて良いんでしょうかねぇ? さっきは勢いで銀さん達だけに行けって言っちゃいましたけど」
「気にする事ないネ。ギャグパートの銀ちゃん達は不死身だから刺しても切っても死なないネ。だから安心してどっぷり構えてれば良いアルよ」
「どっかりね。ってか、流石にギャグパートだからって銀さん不死身にはならないと思うよ。確かにギャグパートの銀さんはシリアスパートに比べて幾分か頑丈な気がするけど、だからって不死身ってのはないんじゃない?」
そう言いつつ一枚カードを抜き、その中から二枚のカードを真ん中にポイ捨てする新八。
「大丈夫だよ新八君。神楽ちゃんの言う通りお父さんはギャグパートだと不死身なんだよ。その証拠にこの間起きなかったお父さんの顔面に熱々の鍋落としたんだけど暫くしたら元通りになってたから」
「どんだけ酷な起こし方してんの君は! 一応銀さんってなのはちゃんのお義父さんだよねぇ? そんな起こし方してたら何時か銀さん顔水ぶくれでアンパンマンみたいになっちゃわない?」
「………」
新八の問になのはは答えなかった。ただ、無言のまま目元が暗くなり不気味に微笑む姿が其処にあった。
間違いない、この子銀さんの顔がアンパンマンみたいに膨らんだ光景を連想して笑ってるんだ。
黒い、余りにも黒い。この子にはどっちかって言うと白のイメージが定着している筈なのにその中身は真っ黒であったのだ。
一体、何が彼女を此処まで変えてしまったのか? まぁ、思い当たる節は沢山あったりするのだが。
「そんな事よりもさぁ、早くカード取らせてよ。そんなに持ち上げてたら私取れないんだけど。他人の身長考えてよ」
「あぁ、ごめんごめん」
急ぎなのはの目の前にカードの山札を近づける。そして、その中から一枚取り出して手元に持っていく。
「やったぁ、今回は私一番!」
「やるじゃねぇか、この俺より先に上がるなんざぁよっぽどの事だぜぃ」
沖田以外の人間が一番乗りした事により場の空気が更にヒートアップしていく。こうなれば是が非でも沖田より先に上がろう。そう言った思いを胸に少女たちは戦場へと舞い降りていく。しかし、彼女たちの前に立ちはだかるはドSマスターの異名を持つ沖田総梧。どんな卑劣な罠が待っているか分かったもんじゃないのだ。
「いや、皆心配にならないの? 銀さんや土方さんやシグナムさん達の事少しでも心配にならないの?」
「心配性だなぁ、仮にも烈火の将を自称している奴だ。たかが幽霊如きでやられる筈がねぇっての。寧ろ逆に返り討ちにするだろうさ」
「ま、まぁ……ヴィータちゃんが言うと納得出来る気がするけど、でもその幽霊にシャマルさんがやられちゃってるんですよ。仮にもヴィータちゃんやシグナムさんと同じ騎士であるシャマルさんを卒倒させちゃうんだから相当やばい相手なんじゃないんですか?」
「う~ん、確かに新八にそう言われるとやばいかもなぁ」
「でしょ、やっと分かってくれた?」
「あいつがいねぇと洗濯物全部ごっちゃにして洗っちまうんだもんなぁ」
「って洗濯物の心配しかないんかいぃぃぃぃ!」
因みに屯所内での洗濯物担当はシャマルだったりする。その前にシグナムとザフィーラにやらせた事があったのだが、見事に色物や男子女子混合で洗ってしまった為に女性陣の下着類が見るも無残な結果になった為にシャマルが担当すると言う結果に行きついた訳である。
「あいつが洗濯してくれねぇとパンツとかパリっと糊のきいた感じにならねぇんだよなぁ」
「分かるわぁ、シャマルはアイロン掛け上手やもんなぁ」
「戦力面の心配をしろぉぉぉ! 何、あんたたちの中じゃシャマルさん=お手伝いさんレベルでしかないの?」
「馬鹿野郎。シャマルはお手伝いレベルな訳ねぇだろう! あいつは僧侶クラスだよ。回復魔法使わせたら騎士随一なんだからなぁ!」
「唐突にドラクエネタに走んなぁぁぁ!」
額に青筋を浮かべた新八の怒号が木霊する。
「何いきり立ってんでぃ新八。未だに勝ち星がないからっていらだつなんざぁガキの証拠だぜぃ」
「いい加減にして下さいよみなさん。今の現状分かってます? 今この屯所内にとんでもない奴が居るかも知れないんですよ! シャマルさんを倒して、更にザフィーラさんまでもが戦闘不能状態になっちゃってるんですよ」
「って言うか、ザフィーラを戦闘不能にしたのってお前らだろ?」
「あ、そうか……とにかく! このまま呑気にババ抜きしてる場合じゃないってば!」
「五月蠅ぇなぁ……分かったよ、ババ抜き止めれば良いんだろ?」
新八の激に応じてくれたのか、皆がそそくさとトランプカードを片付け始めた。その光景を見て新八の胸中は感動の色一色に染まって居た。
あぁ、やっと皆僕の言葉を聞いてくれたんだ。新八はそう実感出来たのであった。
「そんじゃ気を取り直して今度は人生ゲームでもやろかぁ!」
”おーーー!”
「って何一つ聞いてねぇじゃねぇかぁぁぁぁ!」
新八の怒りのボルテージが更に上昇していく。
が、彼の怒りのボルテージが例え天を貫く勢いに達したとしても、目の前に居るこいつらが動き出すことはまずありえないのであった。
***
気が付けば、銀時は一人だだっ広い庭の真ん中に立っていた。
肩が震え、呼吸が乱れ、体中が汗ばんで不快極まりない状況だった。
手の甲で強引に顎付近に溜まっていた汗を拭い取り、銀時は自分が何故こうなったのかを必至に頭の中で整理していた。
唐突に目の前に現れた赤い着物の女。
不気味な女の霊のサムズアップに胆を潰された三人は一目散に女から逃げ出したのだ。
一心不乱だった為に脇目も振らず、ただひたすら逃げ続けた結果が今のこの現状だったりする。
「くそっ、まさか本当に女の幽霊が居たってのかよ。冗談じゃねぇぜ……畜生!」
悪態をつく銀時であったが、その言動からは普段の元気が感じられない。
体力の限界を超えて走り続けた為に既に彼の体力は底を尽きかけていたのだ。
更に、薄暗い夜中と言う不気味な状況に加えて先ほどの恐ろしいサムズアップも合わさり銀時のSAN値がガリガリ削り取られてしまっているのだ。
「参ったぜ、マヨラーカップルとも逸れちまったし、もしまたあの女の霊が現れたりしたらどうする? 俺一人でどうにか出来んのか? 俺ってこんな也してっけどごく普通の侍だしなぁ。陰陽道とか霊媒関係とか全然ダメだし……こんな事ならマジでその手の人連れてくるんだったかなぁ、例えばぬ~べ~とか……」
一人愚痴っていた銀時の耳元にまたしても鬱陶しい蚊の羽音が響いた。
こんな時にまで人の神経を逆なでしてくれる。銀時の頬に青筋が浮かび上がる。
「鬱陶しいんだよこの蚊がぁ!」
「何処でも何処でもブンブン出てきやがって!」
「少しは空気を読めこの害虫がぁ!」
銀時の怒号に合わせるかの如く、真横にあった池から土方が姿を現し、真後ろにあった木の葉っぱの中からシグナムが飛び出してきた。三人とも案外近くに隠れていたようだ。
互いに視線を合わせる。そして気まずい空気が流れだす。
「よ、よぉ……お前ら、こんな所で会うなんて奇遇だなぁ」
「お、おう……さっきは不意打ちを食らっちまって面喰っちまったが今度はそうはいかねぇ。次に出てきたら即刻袈裟がけに叩き斬ってやるぜ」
「無理すんなよ声が震えてるぜ。本当は怖くてちびりそうなんだろ?」
「誰がちびるか!」
顔を合わせるとすぐさま喧嘩を始めてしまう両者。正しく水と油の様な関係であった。
「やれやれ、貴様らは揃う度に見苦しい言い争いをするしか能がないんだな」
そんな見苦しい光景を目の当たりにしたシグナムが鼻で笑って見せた。そんな態度に二人の怒りの矛先が一斉に向けられる。
「んだぁてめぇ、随分と余裕ぶっこいてんじゃねぇか。あれですか? 盗んだバイクで走りだしたい年頃なんですか? 年考えろや」
「貴様に言われたくないわ! とにかくだ、あれは確実に人間の類じゃない。恐らくは私達と同じ類。いわば魔法関係の輩に違いない」
「なんだと!」
シグナムの推測を聞き、二人の顔が突如強張る。もし仮にそうだとしたら野放しには出来ない。
あのまま奴を放置していたらどんな騒動にまで発展するか分かったもんじゃないからだ。
「だが、安心しろ。奴は私が始末する。この烈火の将シグナムの手で、奴の薄汚れた野望を根絶やしにしてくれるわ!」
自信満々の表情のまま腰に挿していた刀を抜き放ち、月光の光に当てる。
刀身が月の光に照らされて美しい輝きを見せる。
そんな彼女に何処となく美しい、そう思ってしまう二人であった。
ガサガサ! ガササッ!
突如、草陰から草のざわつく音がしだした。
その音がした途端土方は再び池の中に沈み、その後に続くかの様に銀時とシグナムまでもが池の中へと身を沈めたのであった。
三人の姿が完全に池の中へと消えた後、草陰の中から一匹の小さなカエルが姿を現す。
音の正体がカエルだった事に安堵したのか、三人が揃って池から顔を出した。
「な、なんだカエルか……てっきり奴が来たかと思い咄嗟に身構えてしまったな」
「何が身構えるだよ。お前あんだけ見栄切って結局ビビってたんじゃねぇか」
「何を馬鹿な事を言う! 私の心は常に戦場の真っただ中に居るのと同じ心意気だ!」
「どうだかな、案外さっきのあれで股間の辺りとかぐっしょりになってんじゃねぇのか?」
「貴様……まさか私が……したとでも言いたいのか?」
「はぁ? 何言ったんだ? 良く聞こえなかったぞ」
これみよがしにシグナムを挑発しだす銀時。彼が片耳に手を掛けて聞いてくるその仕草が心底むかついた。
「い、良いか! 私は断じて漏らしてなどいないからな!」
「ふぅん、それってつまり……図星って奴か?」
「ななな、何でそういう結論に行きつくんだ!」
「だってあれだろ? 案外そうやって図星な奴に限って墓穴掘るって相場が決まってるんだよ。これって常識だぜ、常識」
「貴様の常識など宛になるか!」
「あ、そうか! お前の場合は違うのか。股間からじゃなくてその無駄にでかい胸からぐっしょりと―――」
其処から先の言葉はなかった。
言い切るよりも先に彼女の固く握り締められた鉄拳が銀時の顔面にクリーンヒットしたからだ。
シグナムの拳を中心に銀時の顔がめり込んでいく。
とても痛々しい光景であった。
「おめぇ……いきなりコークスクリューブローはないんじゃねぇの? 今ので俺鼻の辺りに大ダメージ食らっちまったんだけど」
「貴様が余りにも破廉恥な発言を繰り返すからだ。これ以上そんな発言をしてみろ。確実にこの小説が打ち切りになってしまうんだぞ!」
「馬鹿かてめぇは! そんな女の○○が出ただけでこの作品が打ち切りになるかってんだ! こっちの話じゃぁなぁ、原作じゃ散々男の恥部を曝け出してんだよ! もう使い古されてんだよ下ネタはよぉ! もう男の下ネタじゃ誰も食いつかねぇんだよ! だったら今度は女の下ネタに行くしかねぇじゃねぇか! そうすりゃ読者も食いつく筈だろうが!」
「阿呆か貴様は! そんな事をしたらこの小説に「18禁」タグがついてしまうぞ! この小説は一応健全な作品を謳っているのだぞ! その根底を主人公である貴様自らが瓦解しようと言うのか?」
「良いんですぅ。主人公なら何しても許されるんですぅ!」
シレッと言い切る辺り流石銀時だと言えた。
が、仮にそんな事をされたらシグナムの言う通り本当にこの作品に18禁タグをつけねばならなくなる。それだけは勘弁であった。
「シグナムの言う通りだ。これ以上てめぇが主役を張るようじゃこの作品自体が下品なネタのオンパレードになっちまう。いっその事ここらで主役交代しといた方が良いんじゃねぇのか?」
「あんだとぉ? この俺を差し置いて誰がこの小説の主役をやれるってんだよ! 大体元々歴史の偉人キャラの名前をもじっただけの奴とエロゲーの改ざんキャラが雁首揃えたって主役になれやしねぇんだよ。もうちっと自分のキャラを考えろや」
「それてめぇもだろうが! てめぇ一人がオリキャラって顔してるけどなぁ、てめぇだってちゃんと元ネタあるって事位読者の奴らは皆知ってるんだからなぁ!」
「時代が違うだろうが時代がよぉ。俺の元ネタはてめぇらの大大大先輩なんだぇ。もちっと先輩を敬えやこらぁ」
三人揃って互いに睨み合いながら喧々囂々しあう奴ら。
正に一触即発と言った具合のその中にまでも鬱陶しい蚊の羽音が喧しく響き渡る。
こんな時まで空気を読まずに来るとは、害虫は皆KY属性持ちのようだ。
「さっきからブンブン五月蠅ぇんだよ! ちったぁ空気を読めや蚊の分際―――」
三人が喧しい羽音のする方へと視線を持っていく。
しかし、其処に居たのは空中を不気味に飛び回る赤い着物の女であった。
何と、赤い着物の女は空を自由自在に飛ぶ事が出来ると言うのだ。
余りの唐突な事実に驚きの表情を隠せない三人。
唖然として開いた口が塞がらないとは正にこの事であった。
「ななな、何だよあれ! 最近の幽霊ってのは空も飛ぶのか? 赤い着物の女は化け物か!?」
などと、3,40代のおっさん辺りが聞いたら喜びそうなセリフを吐く余裕があるようにも見えるが実際銀時達の理性はマッハでガリガリ削り取られている状況であった。このままでは事件の首謀者を前にして発狂する危険性も危ぶまれている。
「お、おおおおい! お前ら何とかしろよ! こんな時の真選組だろ? 今すぐ善良な市民を助けてくれよ!」
「は、ははははぁ? ななな何をトチ狂った事言ってんだてめぇは! おおおおいシグナム、お前は何か聞こえたか?」
「い、いややや……わわ、私のログには何もないが?」
「んだてめぇら! こんな時に役に立たなくてどうすんだよ! しっかりしろよぉ武装警察ぅぅ!」
「てんめぇ、誰がてめぇみてぇな人間助けるかってんだ! 俺達は善良な市民は守るがてめぇみてぇな社会のルールからはみ出した野郎を守る義理はねぇ!」
こんな時でも喧嘩を絶やさない流石銀魂クオリティ。と、地の文は盛大に褒め称えるのであった。
そんな間でも、赤い着物の女は空を旋回しながら三人に奇襲を仕掛けてくる。
相手が幽霊で、しかも空を飛んでいるのであれば手の出しようがないのであった。
「ってか、シグナム!」
打つ手が封じられたかと思われた正にその時、銀時は大声でシグナムの方を見て怒鳴った。
「な、何だ?」
「お前、さっきあれだけ啖呵切っといて結局それかよ! ほら、お待ちかねの化け物だぞ! さっさと退治しろや!」
「な、貴様それでも男か! あんな化け物退治を女一人にやらせようと言うのか? 見損なったぞ!」
「おめぇがあんだけ自信満々に啖呵を切ったからだろうが! それにお前あの有名な烈火の騎士様なんだろ? 化け物退治はお手の物なんだろ? だったらさっさと退治してくれねぇかなぁ? このままじゃ夜も安心して眠れないんだよなぁ?」
言葉の度に区切り、チラッチラッとシグナムの反応をうかがって見せる銀時。明らかにわざとらしい振りなのは明白な事であった。
「おい、これ以上シグナムを責めるのは止せ!」
「じゃぁ、お前があいつを退治すんのか? 出来んのか?」
「・・・・・・」
銀時に言われ、土方は上空を悠々と旋回する不気味な怪物を目の当たりにした。そして、目の上辺りが真っ黒になり、そのまま無言でシグナムの両肩を掴んだ。
「頼む、シグナム! あいつを倒せるのはお前しかいねぇ! 俺に代わってあいつを召し捕ってくれ!」
「貴様もか土方!」
上司に裏切られ、哀れシグナムは単身赤い着物の化け物と対決させられるフラグを立てられてしまった。
銀時と土方は完全に及び腰状態になってしまっており、嫌がるシグナムの背中を押して無理やり前進させ始めたのだ。
「止めろ! 貴様らそれでも侍かぁ!」
「るせぇ! 今日はあれだよ、腹の調子が悪いんだよ! あんな奴本来なら一撃粉砕なんだけどよぉ、今回だけは出番を譲ってやるってんだよ! 流石俺寛大だなぁ」
「そそそ、その通りだ! 上司たるもの部下の成長を見守る必要があるからな。日頃の鍛錬の成果を見る為にもあいつを倒せ! これは上司命令だからな!」
「ふざけるな! それただの言い訳だろうが! 私は絶対に嫌だからな! ってか押すな! 止めろ、止めろぉぉぉぉぉぉ!」
大声を挙げて嫌がるシグナムを無理やり押し込み戦わせようとする情けない男二人。そんな三人に向かい赤い着物の女が猛スピードで突進してくる。
恐らく次の一手で勝負を決めるつもりのようだ。そして、それはこちらにとっても同じ意味を成している。
次の一手で勝負を決められなければ恐らく勝機はない。チャンスは一回きりだった。
「よし、良い感じで相手が突っ込んできてくれたぞ! さぁやれシグナム! お前の剣技を見せてやれ!」
「行け、シグナム! 日頃の鍛錬の成果を見せてやれ! 俺はその間援護してやるからな! (心の中で」
「貴様ら完全に他人任せにするつもりだろ! ってか土方! 貴様心の声駄々漏れだぞ! 絶対に援護する気ないだろうが!」
こちらに突っ込んでくる赤い着物の女を前にしてシグナムが突如ジタバタと暴れ始めた。今更往生際が悪いぞとばかりに銀時と土方が押さえつける。
その間にも赤い着物の女はグングンと迫ってきている。
その距離は徐々に縮まり、20メートルになった。あ、今15メートルに、今度は10メートル。そして5メートルに……やがて互いの顔面があわや激突する距離にまで迫ってきていた。
「嫌だとぉぉぉぉ!」
「え?」「え?」
シグナムは背中から自分を押している男二人の頭部を両手で鷲掴みにした。余りに突然起こった出来事に男二人は互いに目を合わせて現状を整理しようと必至に脳内計算を行い始めた。
そんな無防備な状態の男二人を女の細腕が軽々と持ち上げたのだ。
そして……
「言ってるだろうがぁぁぁぁぁ!」
「ぎぃぃぃぃやぁぁぁぁぁ!」「んごわぁぁぁぁ!」
怒号と共に迫り来る女目掛けて投げ飛ばしたのである。哀れ、男達は絶叫を挙げながら赤い服の女に激突し、そのまま女と共に放物線を描きながら地面へまっしぐらとなった。
後に残っていたのは肩で息をするシグナムただ一人であった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
暫くの間一言も話さず呼吸を整えようとしている。その為かシグナムの肩が上下に激しく揺れていた。
数分の後に、無事に呼吸を整え終えたシグナムが軽く深呼吸を一回して、そのまま目の前で無様に倒れ伏している二人と赤い着物の女を見下ろしていた。
「ふん、貴様らの言う武士道とやらも大した事はなかったな。やはり時代は我等騎士の時代。武士の時代など既に終わった時代よ。後で此処の局中法度も書き直しておかないとな。いや、それよりも下手人の捕縛が先―――」
言葉の途中でシグナムの喉は詰まった。さっきまで倒れていた筈の男二人が赤い着物の女を持ち上げてこちらを睨んでいたのだ。
二人の目は血走り、怒りに理性のたがが吹き飛んでいる事は明白の事であった。
「シ~~グナ~~ムさ~~ん? よぉくもやってくれましたねぇ~~?」
「てめぇ、上司を投げ飛ばすたぁ、良い度胸してんじゃねぇか? あぁ?」
「いや……それは……その……」
どう言えば良いか言葉が見つからず、しどろもどろしだすシグナム。だが、すぐに軽く咳払いを一回した後、何事もなかったかの様な振る舞いをしつつ爽やかな顔をして二人を見た。
「いやぁ、赤い着物の女は強敵だったなぁ」
まぶしく、そして爽やかな笑みを浮かべながらそう述べる烈火の将。
が、それが通用する状態な筈もなく―――
「どの口が言ってんだこの野武士女がああぁぁぁ!」
二人共見事に同じ言葉を同じタイミングで声高らかに叫び、そして持ち上げていた赤い着物の女を今度はシグナム目がけて猛然と投げつけてきたのだ。
シグナムはそれを避ける事など出来ず、顔面から赤い着物の女の眉間を諸に食らい、今度はシグナムが赤い着物の女と共に地面に無様に倒れる結果となった。
「きゅぅぅ---」
「けっ、この俺を見下そうなんざ100年早ぇ!」
「武士道を見下すのもだ。もっぺん武士道のなんたるかってのを勉強しなおしてこいや!……ん?」
冷静になった状態で銀時と土方は、改めてシグナムの横で気を失っている赤い着物の女を見入った。良く見ると、この女は幽霊と言うには良く見えるし、脚もある。それに、背中に羽が生えている。
「おい、幽霊の背中に羽……生えてたっけか?」
「生えてる訳ねぇだろうがったく!」
無造作に頭を掻き毟りながら土方は苛立つ。
「どう見てもそいつは天人だよ! まさかこんな天人如きに家の隊は総崩れになったってのかよ。これじゃ笑い話にもなりゃしねぇぜ」
「ったく、幽霊にしても蚊にしてもはた迷惑なのは変わりねぇ話だぜ。ま、これで俺達がビビりじゃねぇってのが立証された訳だな」
「まぁな、後はこのはた迷惑な下手人を奴らの前へしょっ引けば今回の事件は無事解決って奴だ」
思えば長い戦いであった。そう思えざるを得ない心情にあるのを心底銀時と土方は痛感していた。
激闘に次ぐ激闘、死闘に次ぐ死闘。正に九死に一生を得るかの様な激しい戦いの一幕が、今ようやく幕を下ろしたのであった。
……え? そんな戦いなんてなかったって?
心の汚れた読者には見えないのです。彼らの激しい死闘、そして激闘、それらの一部始終が。
「おら、さっさと起きろ!」
「うっ……づっ!」
何時までも赤い服の女の横で横になりっぱなしのシグナムに声を掛ける。
その声に呼応するかの様に痛そうに頭を押さえながらシグナムは起き上がった。
「ったく、人の顔面に向かって下手人を投げるとは、貴様らそれでも侍か! 全く」
「てめぇも人の事言えねぇだろうが! それよりも、とっととこのはた迷惑な下手人をしょっ引くぞ。今回の騒動の首謀者だからな」
善は急げとばかりに未だに意識を失っている下手人を捕縛しようと縄を取り出して縛り上げようとする真選組メンバーの二人。
そんな二人の作業を傍観する銀時。
だが、そんな矢先の事であった。
ふと、三人の目の前にそれが映った。
それは、三人が潜った池のすぐ近くの木の下であった。その木の幹付近でまた女が一人立ち尽くしていたのだ。
先の赤い着物の女と同じ黒の長髪なのだが、今度のは白い着物だった。
「なんだぁ? また幽霊詐欺のお方ですかぁ? 生憎、家はそんな輩はお断りしてるんでぇ、さっさと退散して貰えますぅ?」
「俺達警官を侮辱するたぁ良い度胸だ。こいつも纏めてしょっ引くぞ!」
「懲りない奴だ。我等に同じ手が二度も通じると思うなよ」
先ほどとは打って変わり、完全に強気になった三人が白い着物の女に群がっていく。本来なら怖がる場面であるのだが、先の赤い着物の騒動の後であるが故か、どうせこいつも天人の類だろうと予想していたようだ。
いや、その予想はもはや確信とも言えた。ともかく、こんなはた迷惑な輩がこれ以上うろつかないように確実に捕縛する必要がある。
「おい、中に入れ! 不法侵入罪と警官侮辱罪だ。朝方までみっちり説教してやるよこの腐れ天人……ん?」
白い着物の女の手を取った時、土方の手に伝わったのは不気味なほどの冷たさだった。
そして、それと同時に伝わる嫌悪感。ぬめり気がある冷たい手であった。
それも、ただのぬめりじゃない。何処か不気味な湿り気を持っていた。
土方は手を放し、女を掴んでいた手を自分の目の前に持ってきた。
土方の手は真っ赤に濡れていた。そして、濡れた手から漂う鉄臭い匂い。
其処から察するに、これは血であった。
銀時、そしてシグナムもまた土方の濡れた真っ赤な手を見て真っ青な顔へと変色してしまった。
ポタリ、ポタリ……
何かが滴る音がする。それは、白い着物の女の足元から聞こえる音であった。
視線を下ろすと、女の足元の周囲が赤い水たまりとなっていたのだ。
女は血の池の上に立っていたのだ。
「えと……お嬢さん? 場所を間違えたんじゃないかなぁ? ここは真選組屯所って言ってぇ、江戸の治安を守る場所なんだよ。だから、此処はそのぉ……」
【………い】
「へ?」
【………だい】
ぼそぼそと、白い着物の女の口から言葉が発せられていた。だが、とてもか細い声の為に何を言っているのかさっぱり分からない。
「あのぉ、何を言ってるのか分からないんだけどぉ、もちっと大きな声で言ってくれない?」
「お、おい……足元……足元!」
わなわなと震える指で土方が指差す。それを見て一同が足元を見た。
足元に広がっていた血の池が女の脚を伝って一人でに昇って行ってるのだ。どんどん、どんどんと血の池が女の体へと昇っていき、昇って行った血はやがて、女の純白の着物を真っ赤な血の色へと染め上げていく。
やがて、足元周辺に広がっていた血の池は完全に干上がり、その代わりとして女の着物は真っ白な色から真っ赤な色へと変色する。
色が変わったのと同時に、女の顔が三人の方へと向けられる。
女の目は見えなかった。長い髪が女の目を覆い隠していたのだ。
見えたのは女の不気味な口元しか見えない。
その女の口元が、突如としてにんまりと微笑だした。
【貴方たちの……血を……ちょうだい】
微かにではあったが、確実に聞こえた声であった。
それ以降の事は残念ながら分からない。ただ、その声を聴いた後、銀時、土方、そしてシグナム。三人の絶叫にも似た断末魔が屯所中に響き渡ったのは丁度この後の事であったそうだ。
***
「よくやってくれた! 俺達真選組一同礼を言わせて貰うよ」
時刻はすっかり夜が明け、朝になっていた。空にはさんさんと輝く太陽の下で、庭先にある一本の巨木の下で宙吊りとされている今回の事件の下手人でもある赤い着物の女を見ていた。
それを見て未だに青ざめる隊士達と近藤。そんな近藤達とは対照的に、とても誇らしげな顔をしている待機組のメンバー達。
「いやぁ、夜中に土方さんと旦那、それに姐さん達の悲鳴が聞こえたもんでしてねぇ、皆で慌てて声のした所に行ったら案の定ってところでしたぁ」
「良く分からないんですけど、何か気を失ってましたし、今回の下手人っぽかったんで皆で縛り上げて此処に吊るしたんですよ」
それは、昨晩の事であった。三人の断末魔の声を聴き、部屋で呑気にUNOをやっていた待機組メンバーが急ぎ現場へと駆けつけると、其処にはうつ伏せに倒れている赤い着物の女の姿があったのだ。
その風貌を見る限り今回の事件の下手人だと予想した沖田は懐からSMプレイ用のロープを取り出し、見事な手腕であっと言う間に赤い着物の女を縛り上げて宙吊りにしてしまったのであった。
かくして、赤い着物の女事件は真選組一番隊隊長の沖田総梧率いる待機組メンバー達によって無事に解決されたのであった。
「流石ははやてちゃんね。まさかあの化け物を退治しちゃうなんて」
「えっへん! そらそうや。なんせ私は皆の主やからな。これくらいでけへんと示しがつかんからな」
「面目次第もない。こうなればこのザフィーラ。盾の守護獣の二つ名を返上するつもりです」
「私も、湖の騎士の名を返上した方が良いかも知れないわねぇ。しょんぼり」
今回全く活躍できなかったシャマルとザフィーラがしょぼんとしている。そんな二人の肩をヴィータが軽く叩いた。
「元気出せよお前ら。今回何も出来なかったってんなら次で挽回すりゃ良いじゃねぇか」
「そうそう、一回の失敗ごときでくよくよしてたらあかんよ。人生は長いんや。もっと気楽に行こうや」
ヴィータとはやてのその何気ない一言は二人を元気づけるには充分過ぎるほどであった。その言葉を受け、二人は再び立ち上がり、硬い決意の元、今度こそは主をその身を挺してでも守る事を誓うのであった。
そうして、ヴォルケンリッター達と主との間の絆はより一層硬く深い物へと変わっていくのが周りの皆にも分かるのであった。
「ちょっとちょっとぉ、沖田さんやはやてちゃん達ばっかり褒めないでよぉ。私達万事屋メンバーだって頑張ったんだからねぇ!」
「いやぁ、すまんすまん! そうだったねぇ。それじゃ後で皆にはおじさんが昼飯をごちそうしてあげよう。勿論、俺のおごりだ! 何でも好きな物食ってってくれ」
「わーい、やったぁ!」
「きゃっほぉい! ゴリラ太っ腹アルゥ!」
「いやぁ、ごちそうになりますよ。近藤さん」
近藤の太っ腹な発言に大手を振るって喜ぶ万事屋メンバー達。
皆が笑顔で新しい一日を迎える事が出来た。めでたい話である。
だが、少し気掛かりな事があった。
「そう言えば、トシはどうしたんだ? それにシグナムの姿も見えないんだが?」
「って、そう言えば旦那の姿も見えませんねぇ、何処行ったんだろう?」
まわりを見ながら近藤と山崎、そして隊士達が視線を泳がせる。
そう、この輪の中に坂田銀時、土方十四郎、シグナム。この三名の姿が見えないのであった。
すると、沖田がまるで呆れ果てたかの様に目を細めながら口を開いた。
「あぁ、あの三人ならその女のすぐ近くで延びてましたよ」
「何? 本当なのか総梧!」
「えぇ、あのままにしておくのも何かあれだったんで、部屋まで運んで寝かせたんですけどねぇ……どうやら、今度はあの三人が目を覚まさないようですぜぃ」
「全く情けないアルなぁ。たかが蚊みたいな天人如きで気絶するなんて、銀ちゃんは今日からビビり決定アル!」
「そこに土方さんとその腰巾着も付け加えるべきだな。ま、とにかく、あの三人だったら今頃布団の中で唸ってる最中でしょうぜぃ」
***
「あ、赤い着物の女が……女がこっちに来るぅぅぅう!」
「足元を、足元を見るなぁぁ! 足元には真っ赤な、真っ赤な……ぐぅぅぅぅ!」
「止めろ、その不気味な顔をこっちに近づけるな! 頼む、来ないでくれ、いや、来なでぇぇぇぇ!」
事件が無事解決した中、影の立役者となってしまった銀時、土方、シグナムの三人は床に伏せり、誰も理解出来ないうわ言をただひたすらに苦しそうに呟くだけなのであった。
その呟きは、三人が経験した世にもおぞましく、恐ろしい経験をこと細かくリアルに言い放っているのだが、不幸にもその言葉を理解出来る者は誰一人として居なかった。
***
果たして、三人が見たのは一体何なのだろうか?
知りたいですか?
止した方が良いですよ。
なぜなら、今回のお話を見ている貴方の後ろに―――
「彼女が立ち尽くしているんですから………」
つづく
後書き
次回までには銀さん達元通りになってると良いんだけどなぁ(汗)
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