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駄目親父としっかり娘の珍道中

作者:sibugaki
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第64話 何時の季節も蚊は鬱陶しい

 
前書き
今回は夏にちなんだお話になってます。
因みにみなさんは夏に何を連想させますか?
別に答えなくても良いけど……
因みに私は夏と言えば「ゴーヤ」です。

では、本編どうぞ 

 
 万事屋の三人が腐った蟹を食べて食中毒を起こし、病院に搬送されてから早一週間の時が過ぎていた。その間、一人退院したなのはは一人で家に居るのも危ないと言うのと親しい友人の所に居たいと言う事なので、数日分の着替えと貴重品を袋に詰めて、八神はやてや守護騎士達の寝泊りしている真選組屯所に身を寄せていた。
 幸い此処一週間で目立った事件は起こっておらず、平和な日常を過ごしていた。最も、全く事件がなかった訳ではなく、酔っ払った侍が道中で刀を振り回す事件があったり、老婆のカバンがひったくられたりなど、細々とした事件はちょくちょくあった。
 そんな平和であり少し騒がしい日常が続いていたある晩の事だった。
 今でも思い出すだけでも身の毛のよだつあのおぞましい事件は、そう……今日みたいに蚊がやけに多い夜に起こったのであった。




     ***




「あれは、俺がガキの頃に起こった出来事なんだけどよぉ、友達と一緒に寺子屋に行ってた時の事だったよ」

 その日の業務を終え、飯を食い風呂に入り終わった一同は寝床に集まり部屋を暗くして、ろうそくの明かりを真ん中に置いてそれを囲むように円の形で集まっていた。
 夏の風物詩と言えば言わずもがな怪談話である。そして、今現在その怪談話を行っている真っ最中であった。

「友達と遊んでて、気が付いたら辺りが真っ暗になってて、いけねぇ、母ちゃんにどやされる! って急いで帰ってた時だったんだよ」

 語り部の顔がろうそくの明かりに照らされて異様な姿を見せている。下から照らされているせいか普段よりも影が濃くなっておりそれが不思議と恐怖を演出させていた。
 話を聞いている他の隊士達は勿論の事、なのはやはやて、それに騎士達もまた固唾を呑んでその話に耳を傾けていた。
 語り部が周りを見回して反応を伺う。皆同じように自分の話にのめりこんでいるのを見て不気味な笑みを作る。どうやらこちらの術中に上手い具合に入り込んできたようだ。語り部がまず最初に行うのはこれである。如何にして聞き手を自分の世界に連れ込めるか。これ一つで盛り上がりに大きく差がでてしまうのだ。
 反応は上々、後はもっと奥深くまでのめり込ませて行けばこちらの思う壺。そう思った語り部は更に話を進めた。

「辺りは真っ暗で、唯一点々とある街頭の明かりだけが頼りな道をおっかなびっくり歩いてたんだよなぁ。怖かったなぁ、おしっこちびりそうだったなぁ。曲がり角から誰か出てきそうだなぁ。それがもし人じゃなかったらどうしようかなぁ?」

 話しながらも不安を煽るような個所を設ける。これにより聞き手たちの脳裏にはまさに自分が今その状況に置かれていると言う錯覚をさせる事が出来るのだ。今、聞き手たちの脳裏には薄暗い道をただ一人で歩いているビジョンが浮かんでいる事だろう。
 そろそろトドメを刺すとするか。そう思い、語り部はまた語りだした。

「何処まで歩いたかなぁ? 目の前の街頭の下で一人の女が立っていたんだ。真っ赤な着物を着てて、長い髪で顔を覆い隠している薄気味悪い女だったよ。最初は無視して通り過ぎようとしたんだけど、あんまりにもその女の事が気になって尋ねてみたんだよ。「おい、こんな所で何してるんだ?」そう尋ねてみると、女はこっちを見てそっと口を開いたんだ―――」

 いよいよ話はクライマックスに突入した。聞き手たちの顔に油汗が滲み出ているのが伺える。後は締めをしくじらなければこの怪談話は大成功の元に幕を閉じるだろう。語り部の真骨頂が発揮される大事な場面であった。
 語り部は一呼吸間を置き、そしてゆっくりと口を開き言い放った。

「マヨネーズが足りないんだけどぉぉぉぉぉぉぉ!」
「買い出し行った奴誰だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 突如、背後から怒号が響いた。その怒号に部屋中大パニックに陥り、部屋中を走り回る者や床の上でのた打ち回る者などが続出しだした。
 事態の収束を図る為に、部屋の明かりをつける。其処に居たのは不満たらたらな顔で片手に黄色い何かが盛られた皿を持っている土方とシグナムの姿があった。

「ふ、副長! それに姉さんまで、何てことしてくれるんですか? 折角のオチが台無しじゃないですかぁ!」

 折角の怪談話のオチを台無しにされてしまい、隊士達は不満全開の表情を浮かべていた。しかし、そんな隊士達の不満など全く気にしないかの如く、土方とシグナムは持っていた皿の上の黄色い何かを見せつけてきた。

「何が怪談話だ! ガキじゃあるまいし。それよりこれを見ろ! てめぇらがマヨネーズの補充をさぼったせいで折角の焼きそばが台無しじゃねぇか!」
「今日の買い出し当番はシャマルだったな。貴様、あれほどマヨネーズを買い忘れるなと釘刺していたと言うのに忘れるとは、それでも主を守護する騎士か? 湖の騎士の名が泣くぞ!」
「関係なくない? 守護騎士とマヨネーズの接点が全く分からないんだけど」

 話題にされたシャマルはたまったものじゃない。本来なら立ち上がって抗議したいところなのだろうがさっきの怪談話と土方とシグナムの怒号のせいですっかり腰が抜けて立てないようだ。
 その為、座ったままの姿勢でシグナム達を見上げていた。

「大体、マヨネーズのストックならちゃんと買ったわよ。一本だけだけど」
「貴様は戯けか! たった一本で足りる筈がないだろうが! マヨネーズは一日十本買うのが決まりだと言うのを忘れたのか?」
「一日にそれだけ使う貴方たちの神経がおかしいのよ! 大体それの何処が焼きそばよ! もう焼きそばの原型ないじゃない! もうそれは既に黄色い何かよ! イエローデビルよ!」

 一体イエローデビルにどんな恨みがあるのか? そんな疑問を感じつつも結局マヨネーズの買い置きがないのでは仕方ないとばかりにため息をつくマヨラーの二人。
 本当にこの二人が居ると一日のマヨネーズの消費量が尋常じゃないので案外困って居たりする。

「シャマルさん、シャマルさん! 大変だよぉ!」

 そんな矢先の事だった。すぐ近くでなのはが慌てた声でシャマルを呼んでいたのだ。

「どうしたの?」
「近藤さんが白目剥いたまま倒れちゃってるの。それに口から泡吹いてるし……あと、何か何時もよりおっさん臭いんだけど……」
「に、匂いはともかく……近藤さんの身に一体何が―――」

 そう言ってるなのはのすぐ目の前にはピクピクと痙攣し、白目を剥いて泡を吹いている真選組局長の哀れな姿があった。どうやら他の誰よりもさっきの話にのめりこんでしまっていたようだ。その為に最後の土方とシグナムの怒号に胆を潰してしまったのだろう。

「きゃああああ! 大変、すぐに蘇生措置しないと! 心臓マッサージ? それとも人工呼吸? とにかく、死なないで近藤さぁぁぁぁん!」

 意識を手離し反応一つしない近藤に慌てふためくシャマル。そんなシャマルを余所にパニックしまくっている隊士達。そんな阿鼻叫喚の寝床を後にし、土方とシグナムは隣の部屋で互いに対面の位置に座って焼きそばを食べる事にした。

「ったく、何が怪談話だ。ガキじゃあるまいし」
「全くだ。あんな連中の中に居ては主の教育に悪い。少しは自重して貰わなければ」
「おい、それどういう意味だ? 大体そもそもてめぇらが勝手に―――」

 土方の言葉は途中で途切れた。何処からか別の方向から声がしたのだ。薄気味悪いような、か細いような、とにかく気味悪い声が部屋全体に響き渡っていた。

【死ねぇ、死ねよ土方~。頼むから死んでくれよ~。どうせなら隣に居る姉ちゃんもついでに死んでも良いからよ~。二人仲良くあの世でマヨネーズでも啜り合っててくれよ~。ついでに死ぬ前に土方の預金全部(以下略】
「な、何だ? この薄気味悪い声は……」
「分からん、だが……私をついでとはどういう意味だ?」

 どうやら自分がついでと言うのに心底腹立たしく思ったのだろう。シグナムの額には苛立ちの青筋が立っていた。だが、問題はそれよりもこの不気味な声だ。一体何処から声がするのか?
 土方は冷や汗を流しながら耳を澄ませた。部屋中に響くのは音の反響のせいだ。反響の跡を辿り何処から音が流れているかを察知する。常に死線と隣り合わせの日々を送っている真選組ならばそれ位の事は造作もない。そして、それは隣に居るシグナムも同じと言えた。
 二人は全く同じ動作、同じ速さ、同じタイミングで歩んだ。外へと続く障子の取っ手を掴み、一気に開いた。
 
「死ねぇ~、死ね……あっ!」

 其処に居たのは白装束を身に纏い頭に白い布で二本の蝋燭を固定した沖田総梧の姿があった。沖田の両手が後ろに回される。どうやら、何か見られたら不味い物でも持っているのだろうか。

「何してんだ? そんな所で」
「えっと……ジョギング」
「嘘こけ! そんな恰好でジョギングしてたら頭火だるまんなるだろうが!」

 確かに、その恰好でジョギングはいまいちと言えた。

「どうせあれだろう。土方を呪い殺す儀式でもしていたのだろう? 別にかまわんが、何故私もついでに殺すんだ?」
「別に他意はないでさぁ。ただ、一人だと土方さんも寂しそうだし、二人とも案外仲良さそうなんで二人揃って昇天させるのが優しさってもんじゃねぇんじゃねぇかなぁ、って思っただけでさぁ」
「「大きなお世話だ!」」

 二人は否定しているようだが、声が揃っている時点でそれは稀有に終わる事を予見させていた。まぁ、今は他にも言いたいことはたくさんある。だが、ふと土方が沖田から視線を逸らし、空に上がっている月を見上げた時、其処に有り得ない者が映ったのを知った。
 真っ暗な夜空に浮かぶ満月。その満月の下にある屯所周囲を取り囲んでいる壁。その壁にもたれかかるかの様にこちらを凝視している赤い着物を着た長い髪の女。
 土方は目を擦って再度その場を凝視した。その場に女は居なかった。
 だが、確かに土方は見た。赤い着物を着た長い髪の女を。
 ま、まさか……例の怪談話の?
 土方はゆっくりとシグナムの方を見た。そのシグナムもまた目を大きく見開き、冷や汗を流していた。どうやら彼女もまた土方と同じで例の赤い着物の女を目撃したのであろう。
 二人の間に不気味な沈黙が生まれる。

「どうしたんですかい? 二人とも」
「い、今……壁の上に赤い着物の女が居たんだ」
「はぁ? 何寝ぼけた事言ってんですかい。こんな時間にそんなバカな真似する奴なんて居る訳―――」

 居る訳ない。そう言い切ろうとしたその時だった。屯所内に響き渡る絶叫。音からして隊士達のこもっていた寝室の方からだった。
 嫌な予感がする。まさか攘夷志士の強襲では?
 不安を胸に三人は先の部屋へと戻ってきた。其処には大勢の隊士達がもがき苦しみ倒れているまるで地獄絵図の様な光景が映されていた。




     ***




「参ったなぁ、こりゃ」
 
 時刻は既に朝方となり、土方は目の前の惨状に思わずため息を漏らす次第であった。
 昨夜の事件から隊士達はうわ言の様に「赤い着物の長い髪の女が……」とつぶやいてばかりだった。
 まさか、江戸の治安を守る存在である真選組がよりにもよって怪談話に出てくるお化けにやられたなんて世間に知れたら赤っ恥ものだ。下手したら全員即座に切腹を命じられるかもしれない。
 結構危機的状況なのであった。

「皆のびちゃってるねぇ、幾ら突っついても起きやしないや」
「ほんまやなぁ。顔に幾ら落書きしても全然起きやしないわ」
「いっそ10円傷でもつけてみるかぁ?」
「少しは患者を労われ、このちびっ子ギャング共」

 そんな隊士達をある時は棒等でつっつき、ある時は油性ペンで顔に落書きをし、またある時は頬に10円でひっかき傷を作っていたりしている三人のちびっ子ギャング達の姿があった。
 言わずもがな例の三人トリオである。

「ってか、てめぇらは良く無事だったなぁ。隊士達がこんな状態だってのに―――」
「だって、私達あの後すぐに寝ちゃったもん」
「寝てたからってあれだけの惨劇があって起きなかったのか……神経が図太いと言うべきか超が付くほどの鈍感と言うべきか」

 まぁ、患者の数が僅かに減ったのは不幸中の幸いとも言えた。こんな状態の中更に子供たちの面倒なんて見るのは余りにも辛すぎる。こんな所を攘夷志士達に見られたら一巻の終わり物である。

「しっかし情けない話ですねぃ。江戸の治安を守る俺たち真選組がよりにもよってお化けなんかにここまでやられちまうなんて」
「全くだ。隊の殆どが寝たきり状態なんて前代未聞だぞ。上の連中に知れれば確実に切腹もんだなぁこりゃ」

 頭を抱えながらそう呟きながら土方は懐からたばこの箱を取り出し、中から一本取り出して口にくわえた。何とか大事になる前に事態を収拾しなければならない。それが出来なければ俺たちは終わりだ。

「とにかく、一刻も早くこの事態を何とかしなきゃならねぇ。まずは隊士達を動ける状態にして、その後にこのふざけた真似をした奴に落とし前をつけてやる」
「流石土方さんだ。お化け相手でも全く引けをとりませんねぇ」
「当たり前だろうが。天下の真選組がお化けなんぞにビビッてられっかってんだ!」
「うむ、トシの言う通りだ。俺たちは江戸の治安、そしてお妙さんを守る為に日夜死線を潜り抜けねばならないんだ。こんな所で何時までもくたばってちゃいかんのだ!」

 何時の間に其処に居たのか。と誰もが突っ込みたくなるような感じに会話に割り込んできた我らが真選組局長の近藤勲。だが、そんな近藤に贈られるのは憧れの眼差しなどではなく、ただの冷たい視線だけであった。

「な! お、俺は違うぞ! お化けなんかにやられたんじゃないぞ! 俺は昨日マヨネーズにやられたんだ! だから俺はセーフだ! 問題ない! 断じて問題ない!」
「返ってお化けにやられてくれた方が言い訳しやすかったぞ。マヨネーズにやられる侍なんて聞いた事ねぇよ。」

 心底泣きたくなってきた。声には出さないが心の中でそう土方は痛感していた。

「とにかくだ、このままじゃ埒があかねぇ。此処はシャマルを呼んでこいつらを治して貰うとすっか」
「あぁ、シャマルやったら其処で寝込んどるよ」
「はぁ!?」

 はやてが指差す方。それは隊士達の中に混じってシャマルまでもが床に伏せている光景であった。青ざめた顔で螺旋状に目を回し、これまたうわ言の様に「赤い着物の長い髪のお化けが来る~。こっちに来ないで~」と、呟いていたのであった。

「あ~らら、天下の守護騎士さんもお化けにゃ形無しって奴ですかねぇ」
「情けねぇ。それでも騎士かよ。も一辺騎士道を一から叩き込んで来いってんだ」
「それは心外だな、土方」

 声は丁度土方の真後ろから聞こえた。振り返ると、其処には土方の言葉にたいそう不満そうな表情を浮かべているシグナムが腕を組んで立っていた。結構きつめに土方の事を睨んでいる。相当気に障ったらしい。

「我ら守護騎士は主八神はやてを守る盾であり剣だ。そんなわれらがたかだかお化け如きにやられる筈はない」
「あっそう。それじゃ此処で他の奴らと一緒に伸びてる騎士さんはどう説明すんだ?」
「あれは伸びてるのではない。遥か遠くに居る仲間と交信をしている真っ最中なのだ。恐らくあぁして呟いているうわ言が通信の暗号の役目を果たしているのだろう。そうに違いない」
「そっちの方が無理あると思うぞ俺的には」

 幾ら弁解した所でシャマルは暫く目を覚まさない。これではビビッて伸びてしまったと言った方がしっくりきそうだ。

「しかし、これでは不味いな。こんな所を攘夷志士などに襲われたりしたら一溜りもないだろうに」
「あぁ、そうならない様に残った俺たちが何とかしないといけないんだが、俺はそれよりもこいつらが皆お化けにやられたって事実の方が情けなく思えてならないぜ」

 危機的状況よりも目の前に突き付けられた現実に恥ずかしくなり思わず目を背けたくなる思いがした土方だった。

「そう言えば、ザフィーラの奴はどうした? さっきから姿が全然見えないんだが?」
「あぁ、奴ならちょいと人を呼んで来て貰ってる所だ、もうすぐ戻ると思うんだが」

 近藤がそう呟いていると正にその通りの事が起こった。外から帰ってきたザフィーラが何人か人を連れて来たのだ。
 しかし、連れて来た奴らの風貌と言ったら摩訶不思議と言うべきか魑魅魍魎とも言うべきか、とにかくおかしな恰好をした奴らであった。
 一人は長身で、顔全体を目以外の部分を包帯で覆っており三途傘を被り、陰陽師を連想させる衣装を身に纏った男……の様な奴であり、もう一人はまるで一昔前に居た武蔵坊弁慶をパロッた様な風体をした少年であり、その顔には宴会芸で良く用いられている丸メガネのでか鼻ちょび髭のアクセサリーを装備した姿をしており、三人目は如何にも中国系の少女でもあった。中国特有の丸帽子に丸いサングラスを掛けただけと言う他二人に比べればそれほどへんちくりんな恰好ではないのだが、どの道こんな二人と一緒の時点でこいつも怪しく思えた。




     ***




「とりあえず屯所内を一通り見させた貰いましたが……こりゃ相当性質の悪い悪霊がとりついているみたいですねぇ」

 一通り屯所内を歩き回った結果を長身の男が簡潔に述べる。それを聞き、近藤は思わず身震いをし、土方は舌打ちをした。沖田はまるで他人事の様に横目で空を眺めており、シグナムとザフィーラは黙ってそれを聞いている。そんな風景が映し出されていた。

「こりゃ私達が今まで出会ったどの悪霊よりも凶悪ですよ。こりゃぁ料金も相当弾んで貰わないといけませんなぁ」
「そ、そうですか……で、その悪霊とは一体どんな姿なんでしょうか?」
「う~~んと……工場長だったアル」

 突然突拍子もない事を口走った中国娘の後頭部をひっぱたき、黙らせた後また長身の男が口を開いた。

「すみませんねぇ、どうやら此処に居るのはベルトコンベアに挟まって非業の死を遂げた工場長の怨霊だと言っているみたいなんですよ」
「あのぉ……隊士達が言うには女の霊って言ってるみたいなんですけど。ってか何で工場長の霊が家に?」

 近藤が申し訳なさそうに進言すると、突然目の前の三人が集まり何やら相談事でもしているかの様にひそひそと語り合いだす。その時間実に1~2分程度。それが終わると元通りの位置に戻り、軽く咳払いをして話を進めた。

「間違えました。どうやらベルトコンベアに挟まって非業の死を遂げた工場長に顔が似てると言われてショックの余り自殺した女の霊だったみたいですね」
「いや、どんだけ工場長とベルトコンベア引っ張るんだよ! 前半丸々いらねぇだろう確実に!」
「とにかく、これ以上被害が広がらないようにちゃっちゃと除霊しちゃいましょうか」

 言うや否や、三人はそっと立ち上がりだした。

「とりあえずお前。確か名前は何て言ったっけ? むっつり犬天人で良いか?」
「お前、もしかしてわざと間違えてないか? 因みに俺の名前はザフィーラだ」
「あっそう。とりあえずこれからお前を使って除霊するから。少し協力してくれや」
「俺を使ってか? 別に構わんが一体どうやって除霊するんだ?」
「えぇっと……あれだ。お前ごとしばき倒して除霊する」

 はっきり言って無茶苦茶な除霊方法であった。そんな除霊方法に納得などする筈もなく、即座に異議を唱えようとザフィーラが立ち上がろうとしたまさにその刹那、突如中国娘の右拳がザフィーラの鳩尾に深く決まった。

「な、何をする……貴様ら……」
「おぉおぉ、こりゃ相当強力な霊ですなぁ。中々霊が入らないアルよぉ」
「こりゃ参ったなぁ……しょうがねぇ」

 長身の男が中国娘に無情な命令を下した。

「おい、構う事ねぇから気絶するまでボコボコにしろ」
「合点アル!」
「ちょっ、ちょっと待て! こんな除霊方法があるか! お前ら絶対いんちき除霊師なんかじゃないのか?」
「ガタガタ言わずにさっさと気絶しろやゴラァ!」

 中国娘の無情とも言うべき連打連打連打!
 まるで某世紀末漫画宜しく無数の拳が哀れ盾の守護獣に容赦なく浴びせられたのであった。
 かくして、一体どれほどの拳を浴びたか定かではないが、顔面ボコボコになり全身ズタボロになったザフィーラが意識を失ったのはそれから約30分が経過した辺りの事であった。

「はぁい、今霊入りました! これ霊入りましたよぉ!」
「おい、今のはどう見ても霊が入ったと言うよりは貴様らがボコボコにしたのではないのか?」
「おやおや、そちらの巨乳のお嬢さんはお疑いになるようですなぁ。しょうがねぇ、ちょいと見せてやりな」

 長身の男の命令を受けて中国娘がザフィーラの背後に周り彼の右手を掴む。

「え~、みなさんこんにちわ。今日でこの工場は潰れますが責任は全て私にあります。だから皆さんには責任は一切ありませんので―――」
「おい、工場長になってるぞ! しかも何か胡散臭い芝居だし……」

 明らかに嘘っぽい芝居にシグナムは勿論真選組一同の疑いの眼差しが三人に突き刺さりだす。
 こいつら、もしかして詐欺師なんじゃないのか?
 そんな疑いの眼差しが向けられていた。

「おい、何馬鹿やってんだよ! ちゃんと女の真似しねぇと駄目じゃねぇか! 疑われちまっただろうが」
「無理言わないでよ。女の真似をするのって案外難しいアルよ!」
「お前、女の癖して女の真似が出来ねぇのかよ? それでも銀魂ヒロイン候補か? もう良い、俺が変わりにやるから其処退け!」
「五月蠅いミイラ男! 男のお前に女の真似なんて出来る訳ないネ! ここは私に任せてその辺で干からびてミイラになってるネ!」
「あんだとぉゴラァ!」

 忽ち長身の男と中国娘の取っ組み合いが始まりだした。それを止めようと弁慶の偽物の少年が止めに入ったが逆に巻き込まれてしまいぼこぼこにされてしまう始末であった。
 はっきり言って醜いとしか言いようのない光景に、一同は思わず唖然となってしまっていた。

「土方さん、さっきから五月蠅いけど何かあったの?」
「こっちは暇やでぇ。皆うんともすんとも言わへんのやもん」

 そうこうしていると、隊士達の看病を終えたなのはやはやてが騒ぎを聞きつけてこちらの部屋にやってきた。そして目の前で起こっている醜い光景を見つけたのであった。

「うん? 何やその人たち。変な恰好しとるなぁ」
「……何やってるの? お父さん達」
「へっ!!」

 幾ら姿形を変えようと肉親にはその本性が分かるようだ。その証拠になのはには三人の事が分かっていたらしい。
 まさかまさかのなのはの登場に三人の肩が大きく震える。

「な、ななな何言ってるんだいお嬢ちゃん。私達はれっきとした除霊師であって君のお父さんじゃないよ」
「そんな下手な変装したって誤魔化せないよ。お父さんの他に誰がそんな死んだ魚みたいな目を持った人が居るの?」
「誰が死んだ魚みたいな目だゴラァ! この目をちゃんと見てみろや! ギラギラと輝いてるじゃねぇか!」

 自分の目を見せようと勢い余って三途傘と顔の包帯を脱ぎ捨ててしまった。そして、その中から現れたのは既に予想出来たのごとしわれらが坂田銀時その人であった。

「てめぇ……はっ、ってことは其処の二人は―――」

 土方の鋭い眼光が輝く。その後、ほかの二人の変装も取り除くと、その中から現れたのは神楽と新八の二人であった。




     ***




 真選組屯所の庭先にある巨大な木の枝。その枝先に三人が逆さ吊りにされていた。一流の除霊師と偽り、よりにもよって真選組から多額の謝礼をだまし取ろうとした三人にたっぷりお灸を据えようというのだそうだ。

「お父さん達何時退院したの?」
「昨日だよ。無事退院出来たと思ったら入院費が思いのほかかさんじまってな。それにこの時期だったらお化けネタで稼げると思ってやってみたって奴だよ」
「仕事だったら私が何時も見つけてくるじゃない。それじゃダメなの?」
「お前の仕事は面倒なのばっかなんだよ。もうちょっと楽して稼げるのが俺の望みなんだよ」

 何とも銀時らしい高望みであった。

「なぁ、とっととこの縄解いてくれねぇか? お前が頼みゃあいつらもすぐに解いてくれるだろ?」
「駄目だよ。お父さん達は少し頭を冷やした方が良いよ。大事な娘を放っておいてこんな事してて、恥ずかしくないの?」

 どうやら暫く放っておきっぱなしにされたのを相当根に持っているようだ。まぁ、事実三人とも昨日まで入院していたので無理な話ではあるのだが。

「あの、なのはちゃん……今日までほっといてて本当に御免ね。僕たちもこれに懲りてもうこんな真似しないようにするから」
「だから私達は降ろして欲しいアル。私達はただ銀ちゃんの言うがままされるがままだっただけネ」
「あぁ、てめぇら! 自分だけ助かりたいからってせこいぞ! おいなのは、お前は信じてくれるよな? 何せ俺の娘なんだからなぁ?」

 銀時の必至な弁解も空しく、助けられたのは新八と神楽の二人だけだった。哀れ、銀時はただ一人だけ逆さ吊りの状態となってしまっていた。

「なのは……てめぇ後で覚えてろよ」
「あ~あ~、き~こ~え~な~い~」

 睨みつける銀時を余所にそっぽを向いてしまうなのは。今まで銀時に会えなかった寂しさを埋めようとする反面少し意地悪になってしまっていたようだ。

「あ~らら、旦那だけ逆さ吊りですかぃ? 難儀なもんですねぃ」

 そんな銀時の前にドS侍こと沖田がコーラを片手にやってきた。どうやら面白そうなので見に来たようだ。

「あり? チャイナ娘の縄まで解いちまったのか? 残念だったなぁ。もう少し早く来てりゃ逆さ吊りになってたこいつを拝めたってのに」
「うっせぇよ、あべこべにてめぇを逆さ吊りにしてやろうかぁ?」
「生憎だな。俺ぁ縛られるより縛る方が好きなんでぃ」

 その後も沖田と神楽との間では凄まじい抗争が行われていたのだが、この際其処は無視させて貰う。どうせ毎回見る事になるのだろうし。

「おいてめぇら! いい加減この縄を解きやがれ! 主人公にこんな事してただですむと思ってんのかコノヤロー!」
「大丈夫だよ。お父さんは頑丈だから他の軟弱主人公みたいに繊細に扱う必要とかないだろうし」
「俺だって一応繊細なんだよ! ガラス細工なんだよ!」
「お父さんはガラス細工って言うよりは寧ろ超合金じゃないの?」

 片や早く降ろせとわめき散らし、片やそんな哀れな父の姿を傍観する娘。そして、そんな姿を不気味な笑みを浮かべながら楽しそうに見つめるドS王子。何ともシュールな光景であった。

「うぅ……頼むよぉ、お願いだから降ろしてくれよぉ。俺もうこのままじゃ余りにも惨めすぎて大手を振るって町を歩けなくなっちまうよぉ」

 遂には泣きが入ってしまった。流石に其処まで行ってしまうとちょっと可愛そうになってきてしまった。

「やれやれ、まぁ其処まで言うってこたぁ反省したんだろうし、そろそろ降ろしてやろうじゃねぇか」
「おぉっ! 流石は沖田君。話が分かるぜ」
「そんじゃ、これを鼻から全部飲めたら縄を解いてあげますぜぃ」
「え!?」

 そう言って沖田は持っていたコーラの中身を迷うことなく銀時の鼻の穴目がけてたらしていった。じょばじょばと真っ黒な液体が銀時の鼻の穴の中へと入っていき、それが激痛へと変貌していく。

「いだだだだぁぁ! なにこれ、何この懐かしさ! 小学生のころのプール実習とかぁ? ってかもういい加減解いてくれぇ!」
「駄目でさぁ、全部飲みきるまで解きませんぜぃ」
「沖田てめぇ!」
「一滴でも零したらダメですからねぃ。ちゃんと全部飲み切って下せぃや」
「チックョオオオオオオオオオオオ!」





     ***




「あぁ? 隊士全員が寝込んじまっただぁ?」

 沖田の意地悪からようやく解放された銀時は、現在屯所内で起きている惨状を聞かされていた。どうやら金儲けに訪れた筈がとんだ面倒臭い事態に巻き込まれてしまったようだ。

「情けない話だが、今の俺たちぁ見えない敵に四苦八苦状態も良い所だ。胸糞悪い」

 一通り語り終えた土方が不満を覆い隠す様子も見せず無造作にたばこを地面に放り捨てて、それを足の裏で踏み潰した。
 相当イライラしているようだ。

「何時になくイライラしているんですね。土方さん」
「当たり前だ。江戸の治安を守る俺たちがお化けなんぞにやられたなんて知られて見ろ! 赤っ恥も良い所だ! くそっ、実体がありゃ刀でなますに切り刻めるってのにないってんじゃお手上げだぜ」

 悔しそうな面持ちで語る土方。だが、そんな土方を見てか銀時の顔が意地悪そうに歪みだす。

「何? お前もしかして幽霊とか信じてる口なの? いたたたた! 痛い、痛いよぉぉぉ! お母さぁぁぁん、此処に頭怪我した人が居ますよぉぉぉぉ!」

 とっても意地悪そうな顔をしつつお腹を押さえて笑い出す銀時。心底そんな銀時が土方には憎たらしく見えたようだ。その証拠に土方の手は腰に挿してある刀に伸びていた。

「おやおや、どうしたんだい銀時?」

 そんな事をしていると、まるで何処かの長寿アニメのお母さんみたいな恰好をしたなのはが銀時の側に居た。

「あぁ、お母さん! あの人頭が怪我してるんだよ。マジできちがいな事抜かしてるんだよマジで!」
「駄目だよ銀時。幾ら目の前に馬鹿できちがいな人が居たとしてもそれを口に出したらきちがいな人に失礼でしょ?」
「親も親なら子も子だな。親子揃って人をイラつかせやがって」

土方の額に大量の青筋が浮かびある。だが、幾ら怒りが溜まっているとはいえ相手は子供。そんな子供に暴力を振るう訳にはいかない。それこそ侍の名折れだ。

「それにしても、近藤さん遅いなぁ」
「ったく、天下の真選組局長がお化け如きで一人で厠にも行けねぇとはなぁ、同じ侍として情けないぜ」

 ちなみに近藤は場面が変わる少し前辺りで一人で厠に行けないと言う事なので神楽とヴィータを引き連れて厠へと向かったのであった。
 大の大人がお化けのせいで一人で厠にも行けないと言うのは正直笑い話にしかならない気がするのだが―――

【ギィィィヤァァァァァァァァ!!!】

 突如として、盛大な近藤の悲鳴が木霊した。恐らく厠からであろう。不吉な予感を胸に一同は屯所内にある厠へと急いだ。
 例にもよって其処では近藤の入っているトイレの扉を仕切りに叩く神楽とヴィータの姿があった。

「神楽、ヴィータ。一体どうした?」
「あのゴリラチャックに金玉挟んだみたいアル?」
「はぁ、何だそりゃ?」

 いまいち理解できない。仕方ないので強引にトイレの扉を開いてみる。すると、其処には洋式便座の中に頭を突っ込んだ近藤の姿があった。
 さながら犬神家の様な感じだった。そんな姿を見た一同が口ぐちに声を揃えて呟いた。

「何でそうなるの?」




     ***




「あ……赤い着物で長い髪の女が……来る! こっちに来るよぉ!!」

 遂には近藤までもが赤い着物の毒牙に掛かってしまった。床に伏せてしまい、同じような事を呟いている。

「こりゃあれだな。こいつが泣かせた女の怨念がやったんだろう」
「阿呆かてめぇは。近藤さんは女に泣かされる事はあっても泣かせる事はねぇ。第一、家の近藤さんに泣かせる程女が寄りつくと思ってんのか?」
「お~い土方君? 君さりげなく自分たちの局長の事馬鹿にしてない?」

 とにもかくにも、これは由々しき事態であった。もし一連の首謀者が本当に幽霊とかの類であれば正直自分たちの手に負える相手じゃない。早急に霊媒師又は除霊関係の人を呼ぶしかないのだ。

「まさか、本当に幽霊の仕業……なんでしょうかねぇ?」
「はぁ? ぱっつぁんよぉ、お前まで何ビビッてる訳? 俺はそんな非科学的な物は信じない性質なんだよ。あ、ちなみに俺はムー大陸の存在は信じてる口だけどな」

 新八の予測に銀時は鼻で笑って見せた。

「そうだよ、これは幽霊の仕業じゃないよ。絶対に妖怪の仕業だよ!」
「は? おいなのは、お前まで何言いだすんだよ。恐怖の余り頭がおかしくなったのか?」
「人の事を頭がおかしくなったかわいそうな人みたいに言わないでよ。とにかくだよ、さっきからこの部屋一帯で反応があるんだよ」
「反応って何の反応……」

 その時、銀時はなのはの腕を見た。彼女の腕にはどこかで見覚えのある奇妙な形をした腕時計が装着されていた。
 
「あのぉ、なのはさん? その腕時計は何?」
「あれだよ。巷で有名な妖怪ウォッt―――」
「今すぐ元あった所に返して来い! それ銀魂でもリリカルでも出てこねぇ奴じゃねぇか! つぅかそれコロコロのネタじゃねぇか! これ一応ジャンプだからな!」
「私の友達、出て来い天パー!」
「いるかああああああああ! そんな妖怪!」

 やはりなのはは何時でも何処でも自由奔放だったようだ。正直こいつに事件解決を任せたら返って現場を引っ掻き回しそうで恐ろしくなる。

「ったく、幽霊よりガキの方が性質悪いぜ」

 早急になのはから腕時計を引っぺがし、ついでにその辺を飛び回っていた人魂みたいな奴に強引に渡して事なきを得る。もし、もう少し引っぺがすのが遅れたらきっとどこぞのお偉いさんに怒られる事間違いなかっただろう。

「ぶぅ、折角妖怪と友達になれると思ったのにぃ」
「そう言う事したかったら妖怪ウォ○チとコラボしろよ。これ一応銀魂のコラボなんだからよぉ」

 そう言うメタな発言は控えてほしいと思う昨今であった。

「まぁ、今回の相手は恐らく幽霊、つまり霊の仕業だろうから妖怪は関係ないだろうなぁ」
「悪霊退治ならこの私の出番や! この私、八神はやての出番やでぇ!」

 今度ははやてが騒ぎ出した。これに対し大人たちは頭を抱えだす。

「ったく、今度ははやてかよ、一体今度はどこぞのネタを引っ張り出してきた―――」

 銀時達が振り向いた時、其処に居たのは紫色のチューブトップにミニスカートで武装し、ぶかぶかのハイヒールを履き、明らかにかつらと思わしき長髪を身に着けたはやての姿があった。

「はやてさぁん、その恰好は一体何?」
「悪霊退治ならこの私、GS八神が華麗に極楽へ行かせたるわぁ!」
「そう言うネタは後10年後にやりやがれ! ってか、今度はえらく懐かしいネタ使いやがったなぁ。これじゃ作者の年がばれちまうんじゃねぇのか?」

 変な心配をしだす銀時。その横では話題についていけず放心している土方と変わり果てたはやてに落胆しだすシグナム。そして我関せずとばかりに動かない近藤にチョークをかます沖田の姿があった。

「ったくよぉ、お前らもうちょっとネタ使うんならネタを考えろよな。銀魂ってのはジャンプで有名な漫画なんだぞ。どうせならジャンプのネタを使え、例えば俺みたいになぁ―――」

 そう言うと銀時は唐突にポケットの中から黒い手袋を取り出し、左手にはめ、更に経典と数珠を取り出す。

「何するんや? 幽遊○書とか?」
「それともゲゲゲの?」
「違ぇよ。良く見てろよちびっ子ども」

 騒ぎ立てる少女たちを黙らせて、銀時は奇妙な念仏を唱え始めた。

「くうちゅうてんちうんたらかんたら……こうふくぐんまどうたらこうたら……」
「おい! 何だよその適当な念仏。あんたこそ元ネタの作品に失礼だろ!」
「うっせぇよ駄メガネ! 我が左手に封じられし鬼よ、今こそその力を示せぇ!」

 声高らかに左手に嵌めた手袋を拭い去る。その中から出てきたのは、皮を剥ぎ、筋肉むき出しの様な姿をしたおぞましき鬼の手……に見立てた手袋が嵌められてただけであった。

「どうだ見たかぁ、鬼の手だぞぉ、これで悪霊なんざバッサバッサと切り刻んでやるぞぉ」
「「……」」

 自信満々に鬼の手もどきを振りかざす銀時。だが、そんな銀時に対しなのはとはやての冷たい視線が突き刺さる。

「な、何だよその目はよぉ」
「何て言うか……普通な発想だねぇ」
「ホンマやなぁ、最近連載が再開したからその人気にあやかろうって薄汚い大人の欲望丸出しやなぁ」
「う!」

 胸に痛みが走る。まさかこんな幼子達に痛い言葉を放たれるとは思ってもみなかったのだろう。
 思わず胸を押さえだす銀時。

「さしずめ【地獄侍ぎ~んちゃ~ん】ってな感じになるのかなぁ?」
「なんか語呂悪いなぁ。そっちの方が元ネタに対して失礼やないか?」
「う!う!」

 銀時へのダメージは更に蓄積していく。因みにダメージと言っても肉体的ダメージではなく精神的ダメージなので普段より余計に痛みを感じてしまったりしているのであった。

「そもそもお父さんが教鞭を振るう姿なんて似合わな過ぎるよ」
「せやなぁ、寧ろ女子生徒を人気のない体育倉庫とかに連れ込んで○○○な事や×××な事や、挙句の果てには▽△▽や□◇□な事をしでかしてそうやしなぁ」

 傷ついた銀時に向かいなのはとはやての容赦ない連続精神的攻撃が怒涛の如く浴びせられ続けていた。
 尚、はやての言葉の中に多少不適切な言動が見受けられましたのでその辺は伏せさせて頂きました事をご容赦願います。

「ねぇはやてちゃん。さっき言ってたその○○○とか×××とかその他諸々ってどう言う意味?」
「フフフ、私のこの言葉に食いつくとは、なのはちゃんもようやく私と同じ境地に達したみたいやなぁ。それならばお教えしてしんぜよう。その言葉とはズバリ―――」
「てめぇらがその意味を知るのは10年早ぇ!」

 慌てて銀時が止めに入る。なのはをはやてと同じ境地に立たせると言う事は即ちなのはを薄汚れた大人の世界へ突き落すのと同義語になる。そうなってしまえば将来的に嫁の貰い手がなくなってしまう。それだけは何としても避けたかった。
 父親として。そして何より、将来娘婿に養って貰うと言う銀時の薄汚れた願望を成就する為に。

「ってか、そもそも何でこんな話になったんだ?」
「確か、屯所の人たちが皆赤い服に長い髪をした女の霊にやられちゃったって所から始まった筈ですよ」
「あぁ、確かそうだったな。流石はぱっつぁんだ。見事に話のずれを修正してくれるから俺たちも気兼ねなく話をずらせられるってもんだぜ」
「自覚してんならやんないでくださいよ。そう言えばさっきのでふと思い出したんですけどね、一昔前にはやった怪談話にもそれと似た外観の話があった気がするんですよ」

 唐突に話を降り出す新八。そう、新八が話そうとしたのは今回のお話の冒頭で語られた例の怪談話であった。
 皆の注目が集まる中で新八が淡々と話を進める。そんな時であった。
 突如として銀時がその場から立ち上がり、話に待ったを掛けたのだ。

「けっ、何を馬鹿馬鹿しい事を。んなのどこぞの阿呆が作った作り話だろう? そんなのにいちいち構ってられっかってんだ。とにかく、俺たちはもう帰るからな! 儲けにもならない仕事をする程万事屋は暇じゃねぇんだよ」
「どうしたんですか銀さん? 唐突に……」
「だからよぉ、そんな子供だましにいちいちつきあってられねぇってんだよ。分かったかぁ?」
「まぁ、銀さんの言いたい事は分かったんですが、それじゃ一つ聞かせて貰いたいんですけど……何でなのはちゃんとはやてちゃんの手をさっきからずっと握りしめてるんですか?」

 そう、新八が聞きたかったのは銀時の現在進行形でやっている事であった。
 銀時の両手には何故かなのはとはやての手をさっきからずっと必至に握りしめている銀時の姿があった。
 しかも、何故か二人とも凄い不快そうな顔をしている。

「銀ちゃんの手、何かめっちゃ油ぎっとるんやけど」
「お父さん、手離してくれない? さっきからすっごく手が痛いんだけど……」
「こ、ここここれはあれだよ! お前らがさっきの怪談話聞いてきっとビビッてるんじゃねぇかなぁ……と思って配慮してやっただけだよ。流石は俺だな。正に父親の鏡って奴だろ?」
「別に怖がってないけど」
「はよ手ぇ離してくれへんか? 手が油ギトギトになってまうわぁ」

 二人がさっきから離してくれとわめいているのに銀時は一向に手を放そうとしない。しかも、気のせいかとても銀時が必至そうに言い訳をしている気がしてならない。
 もしかして、銀さん……

「あ、赤い着物の女だ!」

 新八がそう予想していた正にその刹那であった。突然沖田が銀時の後ろを指さしながら囁くようにその言葉を漏らした。
 するとどうしたのだろうか? さっきまで必至に二人の手を掴んでいた銀時が今度は脱兎の如く近くのふすまへとダイビングしさながらスライディング土下座も顔負けの如く身を丸めだしたのだ。
 その様は余りにも滑稽でかつ、無様と言えた。

「何やってるんですか? 銀さん」
「もしかして、怖いアルかぁ?」
「なっ! ち、ちげぇよ。これはあれだよ……このふすまの奥にもしたかしたら伝説のムー大陸の入り口があるかもって思って思い切って飛び込んだだけだだからな!」

 必至に弁解しているようだが、時既に遅し。既に周りに居る殆どの者たちが理解してしまった。
 こいつ、ビビッている……と!

「旦那……あんたもしかして……」
「そう言えばお父さん、前にも怖いCMがあった時とか良く夜中に私の事起こしてトイレ一緒に行ってたなぁ。あの時凄い眠かったんだよ」
「ありゃりゃぁ、これじゃどっちが親か分からないですねぃ」

 沖田の下卑た笑みが銀時に降り注ぐ。やばい、このままでは……
 焦りながら必死に言い訳を頭の中で模索しだす。だが、どの言い訳も沖田の前では無碍に終わってしまう。こいつの前ではどの言い訳も死ぬ寸前の虫の如く片手であしらわれてしまうのが関の山であった。
 最早万事休すか。正にそう思った時だった。近くで何かが揺れる音がしだす。
 何事かと皆の視線が集まった先にあったのは、飾ってあった巨大なツボの中にいそいそと避難しようと上半身をそのツボの中に突っ込み、下半身が丸出しの状態になっている鬼の副長こと土方の姿がそこにあった。

「何やってんだ? 土方」

 沖田に代わり、今度はヴィータの冷ややかな視線が突き刺さる。その視線に気づいた土方はツボから顔をだし、冷や汗でギトギトになった顔をちらつかせながらそっと口を開いた。

「いや……あのツボの中に幻のマヨネーズ王国へ繋がるって話を聞いてな。是非それを一目見ようとだなぁ……」

 これまた苦しい言い訳であった。これでは明らかに「私はビビりです」と言っているようなものであった。

「やれやれ、銀ちゃんだけじゃなくてトシ兄ちゃんもお化けが苦手やったんやなぁ」
「はぁ? おおお、俺は別にお化けとか苦手じゃねぇしぃ。勘違いしないでくんない? なぁ土方くん?」
「あ、ああああぁ! 勿論そうに決まってるじゃねぇか! 俺は常に死線と隣り合わせで生きてたんだ、それがお化け如きにビビッてたらキリがねぇってんだよ。なぁシグナム?」

 咄嗟に彼女に助けを求めようと無理やり話題を振ったは良いが、振った時点で一同が気づいた。
 部屋にシグナムの姿がない事に。
 そして、天井から粉の様な者がパラパラと零れ落ちる光景が見られた。
 何事かと思い皆の視線が天井に注がれる。其処には天井に上半身を突っ込み、土方と似たように下半身をばたつかせているシグナムの姿があった。

「シグナム……お前もか?」
「な、何を馬鹿な事を言っているんだ!」

 咄嗟に天井から降りてきたシグナム。勿論の事だが彼女もまた顔中冷や汗でグッショリであった。

「こ、これはあれだ! ここの天井裏にかつて栄華を極めたと言われる古代ベルカ帝国への入り口があると風の噂を聞いたのでな。その真偽を確かめようとこうして行ってた次第でありましてでございましてですますのですじゃ」

 次第に言動が支離滅裂になりだしている。恐らく彼女自身結構てんぱってるのだろう。次第に言い訳のネタが思いつかなくなり最終的には口を金魚のようにパクパクとさせてるだけになっていた。

「シグナム……無理せんでえぇで」
「あ、主……」

 焦るシグナムにそっと優しく語りかけるはやて。彼女の幼い手の温もりがとても心地よく感じる。

「誰しも怖い物の一つや二つくらいあるもんや。別にシグナムがお化けが怖いとか知った所で誰も幻滅せぇへんでぇ。寧ろ烈火の将と呼ばれたシグナムがお化けを見て【きゃぁ、怖ぁい!】とか言って可愛い声で泣き叫ぶ所とか逆に胸熱やん。私寧ろ見てみたいわぁ、そんな訳なんで別に気にせんでもえぇんやで」
「・・・・・・・・・・・・」

 はやての言葉を受けたシグナムは、正に顔面蒼白状態になっていた。彼女なりには必至にフォローを入れたつもりなのだろうが、誰がどう見てもはやての発言は確実にシグナムにトドメを打ったようなものであった。

「はやての奴、案外えげつねぇ事言うなぁ」
「うん、これからははやてちゃんをあんまり刺激しないようにした方が良いかもね」

 ひそひそと互いに耳打ちしあうなのはとヴィータ。何がなんでもシグナムの二の舞にはなるまい。そう心に誓う両者であった。

「何か、場の空気がしらけちゃいやしたねぃ」
「帰るアル。ビビり共は其処で仲良く震えてるが良いネ」

 相変わらずのドS発言が胸に突き刺さる。まるで鋭く巨大な刀の様な物で胸を抉られるような気持ちだった。

「ま、待てお前ら! 俺は別にビビッてなんかいねぇぞ! 此処に居るマヨラーカップルは別として!」
「誰がカップルだ! 俺だって別にビビッてねぇぞ! ただ俺にはちと胎内回帰願望の気があってだなぁ……」
「て、天井裏に攘夷志士が隠れてるかもしれないと思い身を挺して調べていただけなのです! 決して誤解しないで下さい主よ! だから見捨てないで下さいますですじゃ!」

 必至に弁解する三人。だが、そんな三人に対し、一同の冷たい視線は容赦なく降り注いだ。

「分かった分かった。ムー大陸でもマヨネーズ王国でも古代ベルカ帝国でも何処でも好きな所へ行って来いよヨ。いい加減お前らの言い訳が見苦しくなってきたネ」

 最早逃れようのない事実が突き付けられた。今此処に居る人間たち全てにこの事実がはっきりと刻まれてしまったのだ。
 つまり、銀時、土方、シグナムの三人はお化けを怖がっている……と。

「上等じゃねぇか! こうなったら俺たちがその赤い服に長い髪の女をとっ捕まえててめぇらの前に突き出してやんよぉ!」

 その発言がそもそもの間違いとなってしまった。その言葉を聞いた一同は「それじゃいってらっしゃい」と言って三人だけを残し、部屋に戻って呑気に雑談をし始めたのであった。
 しかし、今の三人にそんな奴らの事などどうでも良かった。今に見ていろ貴様ら。必ず今回の事件の首謀者を捕まえて奴らの鼻を明かしてやる。
 三人は互いに頷き合い暗い屯所の中へと消えて行った。
 それが……三人を恐怖のどん底へ突き落す切欠になろうとは、この時はまだ誰もそれを知る由もなかったのであった。




     つづく 
 

 
後書き
次回「蚊だって生きている!」お楽しみに 
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