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駄目親父としっかり娘の珍道中

作者:sibugaki
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第5部
紅桜編
  第66話 初めて使うキャラは大概扱いに苦労する

 
前書き
大変お待たせしました。今回からまたシリアスパートで行きたいと思います。

へ? 別に待ってないって……良いんだよ。そこは自己満足って事でおなしゃす。

ってなわけで早速本編をどうぞ 

 
 闇夜を照らす月の光―――
 それはとても幻想的な光であり、また同時に、どこか不気味な輝きを放つもの。
 かつて電気の無かった時代、人々を照らしたのは火の他に月の光であった。
 月の光は誰にでも分け隔てなく光を注ぐ。太陽の光をその身に受け、受けた光を人々に照らすのだ。
 そう、誰に対してもだ。例え、それがどんな悪人であろうとも。それがどんな心の荒んだ人間であろうとも。
 月は、分け隔てなく光を注ぐ。
 ただ、注ぐだけなのだ。




     ***




 夜の江戸を一人歩くのは危険な行為だ。そう言われたのは何時からだっただろうか。
 江戸の町内にて夜な夜な辻斬りが横行するようになったのは今に始まった事ではない。
 侍にとって魂とも呼ばれている刀。だがそれは、使い方次第で人を殺す凶器へとなり替わる。それを行う者達を人々は辻斬りと呼んでいた。
 辻斬りの理由は様々だ。新調した刀の試し切り、人を切る快感に支配され手頃な獲物を求めた、むしゃくしゃしてやった、その他諸々……
 とにかく、辻斬りの理由としては碌な理由がない。どんな理由があろうともそれは殺人なのだから。侍として恥ずべき行為である。
 そう思いながら桂小太郎は一人小さな橋の上を歩いていた。
 攘夷志士である彼は真昼間の往来を堂々と出歩く訳にはいかない。彼はお尋ね者なのだから。だから夜な夜なこうして傘を頭に被り素顔を隠して町を歩いている。別に歩き回る必要はないのだが彼自身も江戸の身を案じている身の上。辻斬りが横行し江戸の治安が乱れている現状を見て見ぬ振りなど出来ないのであろう。
 ならば、自らの手でその辻斬りを成敗してしまおう。そう思い立ちこうして夜な夜な出歩いていたのだ。弱き者を切る事しか出来ない辻斬り程度になら負ける筈はない。
 彼自身剣の腕は立つ方であった、例え不意打ちをしようともその程度の相手に遅れを取る筈がない。
 そう思っていたのだ。
 
「ちょいとお尋ねして良いかい?」

 背後から声がした。男の声だった。何処か人を食ったような神経を逆なでされてるようないけ好かない声だった。
 だが、声に不信感を抱く前に桂は疑問に思った。
 つい先ほどまでここには誰も居なかった筈。気配も感じなかったのに何時の間に後ろに?
 
「あんた、噂の桂小太郎さんかい?」
「人違いだろう。もし、俺がその桂小太郎だったなら、こんな往来を堂々と出歩いたりする筈があるまい」

 言葉を返しつつ、桂の脳内ではこの場をどう切り抜けるか考えていた。音もなく背後に近づく所を見るにこいつは相当の手練れだ。幸いなのは相手が不意打ちをせずに自らの存在を明るみにしてくれた事。だが、相手は今自分の背後に立っている。そいつが今刀を抜いているのかすら分からない。もし抜いていると言うのであればかなり不味い。
 こちらはまだ刀を鞘に納めているのだから。

「そんなに構えなくても大丈夫さ。俺ぁあんたのファンみたいなもんでねぇ。別に幕府の犬でもなんでもないさ」
「ほぉ、俺のファンか……だが、それにしては貴様からは血の匂いがするぞ。それに、犬は犬でも狂った犬ならば保健所へ連れて行かねばな」

 くくく、背後で男の笑い声が聞こえてくる。相変わらず神経を逆なでされるような不快な笑い声だった。わざとそうしているのか? それとも元からそう言う話し方なのか?
 詮索は後回しにしよう。この男は間違いなく俺を切りに来ている。何時までも余裕を見せていては危うい。
 
「巷で辻斬りが横行しているようだが、貴様がその下手人か?」
「だとしたら、どうする? 俺を斬るかい?」
「誰彼噛みつくのも結構だが、噛みつく相手を考えた方が良いぞ。見境なく噛みつくのは早死にする事になる」

 言葉を交わしつつ、桂はゆっくりと振り返った。振り返り男の全貌を見入る。自分と同じように傘を被り、薄汚れた着物一式に足袋と草鞋、其処だけならさほど気になるところはなかった。
 だが、その男が携えている獲物を目にした途端、桂の思考が一瞬停止してしまった。

「いやねぇ、俺も確かに血に飢えてるんですがねぇ、俺以上にこいつが血に飢えてるんですよ。強い奴の血が吸いたいってねぇ」
「その刀……貴様、それを一体何処で!?」

 錯乱状態だった桂に冷静な判断などできなかった。正に一瞬の出来事であった。
 一瞬の内に男の姿が目の前から消え、代わりに背後に男の気配を感じた。

「あらら、こら拍子抜けだわ」

 さもがっかりしたような口調を残し、抜いた刀身を鞘に収めきったのとほぼ同時に、桂の背中がパックリと切り裂かれ、鮮血が辺りに飛び散った。
 辻斬り相手に不覚を取った事、それ以上に桂の脳内を支配していたのはあの獲物の事であった。
 何故あれが奴の手にある。あれは、あの刀は―――
 それを最後に、桂の意識は深い闇の底へと沈んで行った。




     ***




 時刻は既に昼辺り、世間では慌ただしく往来を行き来する人で賑わっていた。静かな夜とは打って変わり活気に溢れた時間である。
 だが、そんな江戸の町内とは全く別世界の様な現状が、此処万事屋銀ちゃんの中で起きていた。

「・・・・・・」

 銀時は終始対応に困り果てていた。久しぶりの客なので本来なら金づるが来たと喜ぶべき場合なのであろうが、今回やってきたのはとても客と呼べる相手ではなかったのだ。
 全身白いペンギンの様な着ぐるみをし、真ん丸でつぶらな瞳とくちばしを連想させるぶっとい口。それだけ特徴を並べれば理解出来たと思うが、今こうして銀時の目の前に居るのは紛れもなくかの桂小太郎のペットとされているエリザベスその人であった。

「そ、粗茶でございます」

 エリザベスの目の前にさりげなくそっと新八は茶を差し出した。来客にはまずお茶を差し出す。一般的な常識とも言える。
 だが、その常識が果たしてエリザベスに通用するのかは甚だ疑問ではあるのだが。

「あのぉ……ご用件はなんでしょうか?」

 このままだんまりを決め込まれると流石に居づらくなる。何で自分の家でこんな居心地の悪さを感じなければならないのか。半ば歯痒さを感じつつもとっととお帰り願う為に銀時は遭えて聞いてみる事にした。
 だが、その言葉にエリザベスは一向に応える気配を見せない。
 と、言うのもエリザベスは本来喋らないのだ。こいつが意志を伝える手段は常日頃から持ち歩いている木の板に今の心情を書き抜いて相手に見せると言う至極面倒くさいと言うか小説泣かせとも言うべき方法を用いているのだ。
 はっきり言って面倒この上ないのである。

「おいおい、何だってんだよあいつはよぉ。何で自分家でこんな居心地の悪さを感じなきゃなんねぇの?」
「知りませんよ。さっきからずっと黙り込んじゃってて何を言いたいのか皆目見当がつかないんですから」
「っつぅかあれじゃね? お前の淹れた不味い茶が飲みたくなかったんじゃね?」
「なっ! 何言うんですか? 僕はちゃんと淹れましたよ。文句があるなら銀さんが淹れてきて下さいよ」

 小声で論争しあう銀時と新八。二進も三進も行かぬ状況で疲弊しきった神経が互いに擦れあい、ささくれあったハートに火がついて互いに激突してしまったのだ。
 と、何時までも無駄な言い争いをしている場合ではない。こうなればとっとと要件を聞いてさっさと退出願いたいところだ。

「とりあえずあれだ。茶を持ってきたのがお前みたいな地味な男だったから不味かったんだよ。きっとあれだよ。もっと可愛くてプリチーなおにゃの子に淹れて欲しかったんだよきっとよぉ」
「って言ってますけどねぇ、今現在家の可愛くてプリチーな子って言ったら―――」

 言葉を区切り、新八は襖で仕切られた方を見た。その向こう側で一体何が起こっているのだろうか。

「ぶえぇっくしぃぃぃ!」

 はい、今のくしゃみで既にご理解頂けたであろう。現在、万事屋の力仕事担当兼原作ヒロイン的ポジションに当たる神楽が夏風邪を引いてしまいダウンしていたのだ。
 んで、その看病になのはがやっているのだが今回の夏風邪は相当レベルが高いらしく中々治らないのが現状のようだ。

「う~~~、頭がガンガンするアル。これって二日酔いアルかぁ?」
「只の夏風邪だよ神楽ちゃん。暑いからってお腹出して寝るから風引くんだよ」

 もっともな意見である。これを読んでる読者の皆様も暑いからと言ってお腹を出して寝てはダメですよ。このチャイナ娘の二の舞になりますから。

「ほら、おかゆたくさん作ったから食べて。いっぱい食べていっぱい汗出せばすぐ風邪なんて治るから」

 そう言ってなのはが持ってきたのは巨大な寸胴鍋に並々と入ったボリュームメガサイズのおかゆであった。ふつうだったらそんな量食べ切れる筈はないのだが、相手は暴食で有名な神楽なので恐らく問題はあるまい。

「う~~、食欲が出ないアルぅ。全然食べる気がしないアルよぉ~~~……あ、おかわりヨロシ?」

 言ってる事とやってる事がまるっきり矛盾しているが、この際目を瞑って貰おう。別に今に始まった事じゃないし。

「はいはい、その分なら後2~3日安静にしてれば治るかな? とにかく、今はしっかり安静にしてないとダメだよ」
「そ、そうはいかないアルよ! 私が倒れたら……誰が、誰が定春を散歩の連れて行くアルか?」

 顔面真っ赤にしてふらふらな足取りで立ち上がろうとするが、すぐさま倒れこみなのはに抱き抱えられてしまう始末であった。

「無理しちゃダメだってば! 神楽ちゃん今熱が40度近くあるんだよ! 安静にしてなきゃ危ないって」
「だって、だって……定春が、定春が私を待っているネ! 散歩に行きたい、散歩に行きたいって大声で私を呼んでいる筈ネ」
「そんな体じゃ散歩なんて無理だよ。大丈夫だって、散歩だったら何時もお父さんが行ってくれてるから今回だって行ってくれるよ」

 因みに最近定春の散歩は専ら銀時の仕事になってしまっている。まぁ、普段仕事がないので暇つぶしがてらやっているのだろうが、相変わらず銀時には懐いておらず、下手に刺激すると頭を噛み砕かれてしまう危険性すらあるのだ。

「おい、何か一つ襖の向こうで恐ろしげな会話が流れてる気がするんだけど。何? この状況で俺にあいつの散歩行かせる気か? 冗談じゃねぇぞ!」

 心底御免こうむると言った状況であった。正に前門の虎後門の狼ならぬ、前門のエリザベス後門の定春状態であった。

「おぉい、お父さん達は今大事な仕事の真っ最中だから、定春の散歩はお前が行ってきてくれや。ってかマジでお願い」

 銀時が襖越しに声を張り上げる。すると、軽快な足音が近づき、勢いよく襖が開かれたかと思うと、其処にはいつも以上に目を輝かせているなのはの姿があった。

「え? 良いの、私行ってきて良いの?」
「あぁ、良いよ。夜までには帰って来いよ。最近物騒だからなぁ」
「分かった。それじゃ散歩行ってくるからお仕事お願いねぇ!」

 とても嬉しそうにそう言いながら定春と共に勢いよく外へと飛び出して行ってしまうなのはであった。これで問題は一つ減った。後は夏風邪全開の神楽だが、あいつならおかゆを置いておけば勝手に食うので問題はないだろう。
 当面の問題はやはり目の前に居るエリザベスただ一人であった。

「さて、残る問題はこいつだけだが……どうするよ」
「どうするよって、相手が何も言わないんじゃ話になりませんよ。いっそコーヒーでも出します?」
「いやいや、粗茶出したんだぞ! その上コーヒーなんてどんだけ贅沢なんだよ! 大体茶一杯出すんだって結構手間と金掛かってんだぞ! 俺ぁやだね。出すんだったらてめぇが自腹で出せ」
「あんたオーナーの癖に何けち臭い事言ってんだよ!普段からいちご牛乳やコーヒー牛乳やら飲みまくってる癖してぇ!」
「んだごらぁ! いちご牛乳様とコーヒー牛乳様を愚弄するんじゃねぇ!」

 とうとうエリザベスそっちのけで銀時と新八の激しい論争が勃発してしまった。今、互いの目には互いしか見えていない。
 そんな二人の空しいまでの口論にエリザベスはかつて、桂に言われた言葉を思い出していた。

【武士たるもの質素な物を好まなくてはならない。いちご牛乳やらパフェなる不埒な物を食していては、体だけでなく心も堕落してしまうであろう】

 主である桂がとある蕎麦屋にてエリザベスに残した言葉であった。
 その言葉がエリザベスの胸に深く突き刺さったのだ。滴が零れ落ちた。
 瞳から熱い滴が零れ落ち、机を濡らしたのだ。
 その光景をたまたま目撃した銀時と新八は歓喜した。どうやら反応があった事に喜びを感じていたのだ。
 まぁ、これを喜んでいいのか悪いのかはその時の心境に任せるしかないのだが。

 突如、喧しい限りの電話が鳴り響く。その音に、普段は鈍感な反応しかしない銀時であったが、今回だけは敏感に反応した。

「はい、こちら万事屋銀ちゃんですぅ。あ、お仕事ですねぇ、直ちにお伺いしますねぇ」
「あ、銀さん汚ぇ! 自分だけ仕事で逃げる気ですかぁ!」
「っつぅ訳でぇ、俺これから仕事だからそいつの対応頼むぜぱっつぁん」
「え? 僕一人でですかぁ!」

 完全に厄介ごとを押し付けられる状況となってしまっていた。現在エリザベスの応対は自分ひとりでやるしかない。銀時は仕事と言う名目で現場から逃げ出し、なのはは定春の散歩に夢中なので暫くは帰って来ないだろうし、神楽は現在進行形で風邪状態なので動ける筈がないだろうし、何でこう毎回面倒事は自分に回ってくるのだろうか?
 これってもしかして神のいたずらか何か?
 神様、もしかして僕の事嫌いなの?
 天に向かい慈悲を乞おうと天井を眺めていた正にそんな矢先の事だった。エリザベスが動いたのだ。
 ゆっくりと手を口の中へと伸ばして行き、そして何かを取り出したのだ。

「え? 何を出したの」

 繁々を見てみると、それは血で汚れたお守りであった。そして、それをエリザベスが大事そうに持っている事は即ち、桂の身に何かが起こった事を指示しているのだ。

「ま、まさか……桂さんの身に何かが!?」

 事の重大さに気づいた新八の目が強張る。
【今朝、橋の上で見つけた】そんな新八の目の前にそう書かれた板を見せる。まさか、あの桂小太郎が辻斬りにやられたと言うのだろうか。
 いや、有り得ない。桂小太郎と言えばあの坂田銀時と共に攘夷戦争を戦い抜いた強者。そんな彼が辻斬り程度にやられる筈がない。
 だが、もしその辻斬りがそれほどの腕を持っているのだとしたら。
 今回のシリアスパートはかなりやばそうな雰囲気がしてきた。そんなメタい考えを頭の中で過らせる新八であった。




     ***




 昼間から喧しい金槌の音と炉の熱気がむんむんと伝わってくる。ただでさえ暑い時期だと言うのに鍛冶屋はまるでサウナ状態であった。
 刀鍛冶の仕事は正にそんな状態との戦いであった。暑い夏の日であっても、寒い冬の日であっても、熱い炉と熱した鉄との戦いなのであった。

「ったく、あっちぃなぁ」

 そんな熱気むんむんな場所に銀時は訪れていた。本来なら絶対来ないのであろうが、何せ仕事である以上仕方がない。我慢しながら中を見ていると、これまた盛大に刀を作っている真っ最中だったようだ。熱せられた鉄を金槌で叩き精錬している最中のようだ。
 まぁ、どんな状態だろうと銀時には関係ない。さっさと仕事を終わらせてこんな暑苦しい場所とはおさらばしたいのだ。

「あのぉ、すみません! お電話頂いた万事屋なんですけどぉ?」
「はぁ、何だってぇ? 良く聞こえないよぉ」
「すみません! 万事屋ですけどぉ!」
「あぁ、牛乳屋さん? 悪いけどまた今度にしてくんない。今家冷蔵庫壊れてて牛乳仕舞えないんだよぉ!」

 全然耳に入っていない状態であった。仕舞には牛乳屋さんと誤解されてしまっているようだ。
 ちょっぴり苛立った銀時。

「ば~かば~かず~んぼ……ま、どうせ聞こえてねぇだろうけどな」

 大声で言ったって聞こえないだろうし、小声で愚痴零したって聞こえる筈はないだろう。そう思っていた銀時の目の前に熱々に熱せられた金槌が勢いよく回転しながら突っ込んできたのは言うまでもない事であった。

「いやぁ、これはこれは、わざわざ遠くから有難うございます!! 先ほどお電話した万事屋さんで間違いないですかな!!」
「は、はい……そうですけど……いてぇ」

 おもいきり金槌が顔面に直撃したので銀時の右目部分は青く変色してしまっていた。

「ささっ、立ち話もあれなんで中に入って下さい。話は中でいたしますので!!」
「へいへい、あぁ別に粗茶とか要りませんよ。俺はいちご牛乳とかもらえればそれで良いんでぇ」
「えぇ!! 分かってますよ。こんな暑い時期は辛い物が食べたいですよねぇ!!」
「お兄さん? 俺飲み物の話してんだけどぉ、しかも辛い物ってなんだよ!」

 どうやらこの依頼主は全く人の話を聞かない類のようだ。かなり面倒臭い相手のようである。もうこの際冷たい飲み物を求めるのは諦めよう。こうなればさっさと依頼を終えて自宅の冷蔵庫で冷やしているいちご牛乳を飲む事にしよう。
 自身の脳内で決定づけた後、銀時は主に導かれるがままに屋内へと案内された。
 鍛冶屋と言うだけあり家内は質素な物であった。廃刀令の煽りを受けた為であろう。部屋の中はがらんとしており、何処か殺風景な感じを受ける。
 古き良き掘立の囲炉裏に吊るし式の鍋。部屋の壁沿いには古びたタンスなどが置かれており、正に古き良き江戸の家屋を連想させる佇まいであった。

「んじゃ、早速仕事の話と行きますか」
「あい分かった。その前にここで自己紹介をさせていただこう!!!」

 気のせいかさっきよりも声の音量が増してる気がする。正直目の前で聞いてるだけでも相当喧しい。
 が、この男に言った所で無駄であろう。此処は我慢するしかない。

「私はここで刀鍛冶をやっております村田鉄矢と申します。そして隣にいるのが私の妹の……」

 依頼主こと鉄矢が隣の人物を紹介しようとした矢先、例の妹と呼ばれた女性は銀時に対しそっぽを向いてしまった。どうやら彼女は兄の様なぶっ飛んだ性格はしていないようだ。其処には内心ホッとする銀時でもあった。

「こらぁ、鉄子ぉぉぉ!!! ちゃんと自己紹介しなきゃダメだろうが!!! それじゃ、銀さんお前の事なんて呼べば良いのかわからなくなってしまうぞぉ!!!!」
「お兄さん、もう名前言っちゃってますから。呼び名に困る事有りませんから」
「すみませんねぇ、こいつシャイなもんでして。他人を前にするとどうしても引っ込み思案になっちまうあんちきしょうなんですよ!!!」
「あっそう。お兄さんも妹さんを見習った方が良いと思いますよ」
「でね、早速仕事の話に移りたいと思うんですけどぉ!!!!」
「おぉい、人の話は全部スルーかよ。お前会話スキルどんだけ低いんだよコノヤロー」

 予想はしていたが自分の話題は全く拾ってくれない上に自分の話題だけを優先して話したがる。妹の鉄子とは違い兄鉄矢は相当面倒くさい輩だった。
 こりゃ今回の依頼は相当面倒な事になりそうな予感がする。そう思い冷や汗を流す銀時を余所に鉄也は話を始めた。




     ***




「と、言う訳なのですがお分かりいただけましたかなぁ!!!」
「あぁ、分かったよ。要するにお宅ん家から盗まれた刀を取り戻せって話だろ?」
「その刀の名前がですねぇ!!!」
「また一から説明する気かよ! もう良いよ。地の文に説明させっからあんたは黙っててくれ!」

 今回の依頼の内容、それはこの鍛冶屋から盗まれた一本の刀の捜索、及び回収であった。その刀の名は【紅桜】と言い、先代刀鍛冶であり今は亡き村田兄妹の父村田仁鉄が生涯を掛けて作った稀代の名刀と呼ばれる刀だそうだ。
 その名の通り刀身は淡い紅色をしており、月夜に照らせば更に一層その紅色が際立つ事からこの名がつけられたと言うそうだ。
 それだけ聞けば相当の値打ちがあると推測される。盗人が目をつけるのも無理はないだろう。
 だが、この刀はどうやら曰く付きだったようだ。
 その紅桜を完成させて間も無くして、父である仁鉄はこの世を去り、それ以降、紅桜に関わった者は使った者も含めて尽く死亡していると言うそうだ。
 今ではすっかりそれを使う者も居なくなり、巷では呪われた妖刀とまで言われる程の不評っぷりだそうだ。これでは此処の刀鍛冶が寂れるのも無理はない。
 妖刀を生み出した刀鍛冶の刀なぞ気味悪がって誰も持ちたがらないだろう。
 
「でねぇ!! その紅桜ってのが淡い紅色を帯びていましてねぇ!!!」
「もう良いっつってんだろ! もうあんたの言いたい事は全部地の文に説明してもらったから! また一から説明すんのとか確実にページの無駄遣いだから!」
「そりゃもう月夜に照らせばより一層際立つ事からこの名がつけられたんですよ!!!」
「駄目だこりゃ。こいつ耳でも悪いのか? 人の話聞きゃしねぇ」

 すっかり兄の無神経っぷりに参ってしまった銀時。そんな銀時を横目で見た鉄子がゆっくりとこちらの方を向き静かに口を開いた。

「兄者に話を聞いて欲しいんだったらそんな風に言ったって駄目だ」
「へ?」
「兄者に話を聞いて欲しいんだったら、兄者の耳元で大声で叫ばないと兄者は気づいてくれんぞ」
「あっそ……それじゃ―――」

 面倒だが仕方ない。銀時は立ち上がり鉄矢の耳元へと近づく。そして大きく息を吸い―――

「お兄さぁぁぁぁぁん!!! あのですねぇぇぇぇぇ!!!」
「うるせぇぇぇぇ!!!!!!!」

 確かに聞こえたようだ。そして見事なまでのカウンターの様な右フックが銀時の顔面に直撃した。
 その痛みを痛感しながら、銀時は今回の依頼を受けた事をちょっぴり後悔していた。




     ***




 お昼時の江戸町内は人で賑わっている。それは新八とエリザベスの居る橋の上でも同じ事であった。
 特にこの時間帯は大勢の人が慌ただしく行き来しているのが見える。
 皆道を急いでいるのだろう。だが、そんな流れの中で二人はその場に立ち尽くしていた。

「それじゃ、此処で例の血まみれの巾着袋を見つけたって言うの?」

 新八の問にエリザベスは『来た時にはこれだけが置かれていた』と板を掲げて意志を伝えた。
 新八は未だに信じられなかった。あの狂乱の貴公子とも呼ばれた桂小太郎が、まさか辻斬り如きにやられるなんて。いや、先も不安になった通りだが、その辻斬りが相当の手練れであれば納得が行く。
 だが、それならば桂の遺体が此処にある筈だ。幾らなんでも死体を運んで移動したら夜中でも目立ってしまう。担いでいこうにも同じ事だ。
 だが、此処周辺ではそんな話は聞いていない。となればまだ望みはある。
 そう思っていた新八の横で、『もう手遅れかも…』と言った板を掲げて深く沈み込んでいるエリザベスの姿があった。
 そんなエリザベスの姿を目にした途端、新八は切れた。

「この馬鹿野郎!!」

 怒号を挙げながら新八の右ストレートが炸裂する。唸りを挙げたそれはエリザベスの側頭部にクリーンヒットし、くるくりと宙を回転しながら口から血を撒き散らし、そのまま顔面から地面に激突した。
 いきなりの攻撃に全く対処が出来ず、ピクピクと震えているエリザベスの胸倉を掴み上げて新八は睨んだ。

「あんたが桂さんを信じなくてどうすんだよ! あんたが諦めたら誰が桂さんの無事を信じてやるんだよ! それでもあんたは桂さんの親友かぁ!? 見損なったぞエリザベス!」

 新八の目には桂の身を案じる気持ちと、エリザベスに対する怒りの入り混じった感情が伺えた。彼とてほんのちょっぴりだけ不安な所もある。だが、其処で諦めてしまえばそれまでの事だ。
 なのにエリザベスは早々からあきらめムードを出してしまっている。これでは余りにも桂がかわいそうでならなかった。

「おい、何か言えよ! だんまり決め込んでたらわかんないだろ? どうなんだよ!」

 更に新八の脳内のアドレナリンが急速に加速しだしたのか、より一層激しくエリザベスをののしっている。仕舞には往復張り手なんかもかましている始末だった。
 普段とは全く違うキャラになっている新八。彼も何気に熱血漢な所があるのだろう。
 だが、何事もやりすぎは禁物である。特にこの場合は―――

【いってぇなぁ】
「へ?」
【いてぇんだよ。いい加減離せよ、ミンチになりてぇのか?】

 突如、エリザベスの中から不気味な声が響いた。そして、くぱぁと開いた口の中から覗かれる不気味な視線。その視線を目の当たりにした途端新八の中でさっきまで渦巻いていた熱意が一気に冷めて行った。
 ぱっと手を離し数歩後退し、その場でいきなり深く頭を下げだし「すすす、すいませんでしたぁぁ!」と、かなり情けない感じで謝罪してみせた。
 そんな新八を尻目にエリザベスは服についた汚れを払う仕草をし、地面に這いつくばっている新八を逆に睨み返した。
 恐る恐るエリザベスを見上げる新八。そんな新八に対し、エリザベスは口からペッと血糊を吐き出して背を向けた。
『後でコロッケパンとコーヒー牛乳買って来い。5分でな』
 と、書かれた板を新八に見せつけて。

「い、行って来ます! エリザベス先輩ぃぃぃぃぃ!」

 即座に立ち上がり、敬礼のポーズを取り、新八は脇目も振らず一目散で買い出しに向かった。
 折角かっこいいと思われたのに、やはり新八は残念なキャラがお似合いなようである。




     ***




「う~ん、久しぶりの散歩だからかなぁ……少し張り切りすぎちゃったかも」

 一人でそう呟きながらなのはは定春と共に歩いていた。空は既に茜色を通り越し暗くなりだしている。そろそろ帰らなければ銀時達が心配するだろう。
 だが、問題が一つあった。それは、今自分がどこにいるのか全く分からないと言う事だ。
 周りには大きなコンテナ類が積み上げられており視界が悪く、まるで迷路のように入り組んでいる為出口も分からない状況だ。
 微かに鼻に入ってくる潮の香りから此処が海沿い。即ち港だと言うのは分かるのだが、生憎こんな港は知らないようだ。

「困ったなぁ、そろそろ帰らないとお父さん達心配してるだろうなぁ。神楽ちゃんもお腹空かしてるだろうし」

 因みに神楽はなのはの作った飯以外は受け付けない傾向になりだしていた。
 と、言うのも新八が握った握り飯が相当不味かったからであろう。以来、新八の作った飯には手をつけなくなったのである。

「ねぇ、定春。此処が何処だか分かる?」

 頼みとばかりになのはは定春に尋ねてみる。が、そんな問いに対し定春はただ『ワン!』と答えるだけであった。
 まぁ、犬だからしょうがないのだろうが。

「困ったなぁ、こうなったら近くを通った人にでも道を聞こうかな」

 一人で悩んでいても解決にはなりそうにない。そう確信したなのはは目的を変えて近辺を歩いている人を探す事にした。この辺を歩いている人であれば此処の地理にも精通している筈だ。
 そう思っていた矢先、近くを通り過ぎている人を見つけた。
 早速なのははその人に近づこうとしたが、すぐにそれを止めた。
 近くを通っていたのはいかつい顔をした浪人が数人だったからだ。
 しかも顔色から見るにかなり殺気立っている。下手に近づけば何されるか分かった物じゃない。
 即座に物影に身を潜め、なのはは耳を傾けた。

「おい、見つかったか?」
「いや、この辺にはいない。どうやらまたあの人の持病が出てきたみたいだな」
「全く、あの人にも困ったもんだ。あの持病さえ無ければ問題ないってのに」

 どうやら浪人達は人を探しているようだ。しかも持病持ちと言う辺り病人なのかもしれない。だが、会話の内容を聞く限りだと、その持病のせいで探し人が何処かへ行ってしまったと言うのだそうだ。
 一体どんな持病なのだろうか? 頻尿なのか? それとも何かしらの依存症?
 どちらにしてもとても道を聞ける状況ではない事が理解出来た。

「定春、もしかしたら此処って相当危ない所かもしれないね。見つかったら危ないから静かに行くよ」

 なのはが口元で人差し指を立てて静かに行くと言う仕草をする。それを見て定春も声をあげず静かにうなずいて見せた。
 その後もなのはと定春は道を歩く浪人に見つからないように出口を探し歩き回っていた。
 が、只でさえ迷い易い場所で更に浪人の視線に気を使いながら移動するのだから更に道に迷ってしまったのは明白な事であった。

「う~~~、全然出られない。それにお腹も空いてきたし……どうしよう?」

 腹部を押さえながら途方にくれるなのは。定春が居てくれるから寂しさは幾らかまぎらわれているが、それでも寂しい事に変わりはない。
 何せ話し相手がいないのだから。
 そんな感じで宛も無く歩き回っていた彼女であったが、ふとその足を止める事となった。
 彼女の目の前にその歩みを止める程の代物があったからだ。

「うわぁ、おっきぃ……」

 なのはの目の前にあった物。それはとても大きな船であった。輸送船かと思われたが所々に武装が見受けられる事から恐らく軍艦だと言うのが分かった。
 だが、何故此処に軍艦があるのだろうか? 食糧の調達でもしているのだろうか?
 首を傾げながらそう考えていた時だった。

(……しゃ……べ………しゃ)
「ん?」

 声が聞こえた。耳にではない。脳内に直接響くように聞こえてきたのだ。その証拠に隣にいた定春には聞こえた気配がしない。どうやら自分にだけ聞こえるようだ。

「誰? もしかして、私を呼んでるの?」
(しゃ……夜叉………其処に………いるのか?………夜叉?)
「夜叉? さっきから何言ってるんだろう。私の事を呼んでるっぽいけど、でも何で夜叉?」

 さっぱり分からなかった。自分にだけ声が聞こえているのだから自分を呼んでいるのだろうと思われるのだが、しかし何故夜叉と呼ぶのだろうか?
 さっぱり訳が分からなかった。しかし、分からないとなるとどうしても知りたくなってしまうのが人の本能と言うものだ。
 そして、その答えは目の前にある巨大な軍艦の中にありそうだった。

「行くしかないよね……でも、ちょっと怖いなぁ」

 辺りはすっかり暗くなった為でもあり、目の前に映っている巨大な軍艦が一層不気味に見られた。
 だが、胸の内に芽生えた恐怖心を無理やり振り払い、きっとその軍艦を見つめた。
 ここでビビッてどうする。私はあの万事屋銀ちゃんの一員なんだ。これも依頼の一旦だと思えば決して怖くない。恐れず行け!
 自分自身にそう叱咤し、向かおうとする。が、そんななのはを定春が止めた。
 着物の裾を噛んで進ませないようにしていたのだ。

「どうしたの? 定春」

 振り返り、定春を見る。そんななのはに定春は首を横に振って「行ってはいけない」とまるでそう意思疎通をするかのような仕草をしていた。
 多分、定春の本能が告げているのだろう。あそこへ行ってはいけないと。
 だが、此処で引き返す訳にはいかない。どの道戻った所でまた延々と出口の分からない迷路を突き進む羽目になる。
 それに、なのはは知りたかったのだ。声の主を、何故自分を呼ぶのかを。その為には多少危険があろうともあの中へ入らなければならない。

「御免ね、定春。気持ちは嬉しいけど、でも私はあそこへ行かなきゃいけないの。分かってくれる?」

 そっと定春の頭を撫でながらなのはは言った。その言葉を受け、定春が少し困った表情を浮かべた。

「定春。私の事が心配なら此処に新八君かお父さんを連れてきて。そうすればきっと大丈夫だから。定春なら匂いで出口が分かるからすぐ帰れるよね」

 定春は半ば名残惜しそうに小声で唸ったが、やがてすぐさま踵を返し、走り去って行った。定春の姿が見えなくなったのを確認し、なのはは再び軍艦へと目線を向ける。
 此処に自分を呼ぶ何かがある。そしてそれを確かめる事が、今の自分に課せられた仕事なのだ。
 自分自身にそう言い聞かせつつ、なのはは単身巨大な軍艦のへと向かって行くのであった。




     つづく 
 

 
後書き
次回予告

『辻斬りに斬られ、行方不明の狂乱の貴公子。奪われた妖刀。少女を呼ぶ謎の声。そして、神楽のおかゆは誰が作る!? 次回もお楽しみに。』

 と、書かれた板を掲げるエリザベスがいた。

新八
「これ、予告になってるんですか?(汗」 
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