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クルスニク・オーケストラ

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第七楽章 コープス・ホープ
  7-4小節

 青いオーブが結んだ立体球形陣の中でヒト型が象られる。
 その者を見た瞬間、わたくしの脳に凄まじい回顧の奔流が起きた。
 勝手に四肢が震え出す。わたくしのものでない怒りが、腹の中でとぐろを巻く。あ、あれ、は……あれは……!

「あちらもこうであれば、彼の地に手出しできないのだが」
「かの地、それって……カナンの地のこと!?」

 エルちゃんが走って崖の突端に立った。ダメよ、エルちゃん、近すぎる!
 案の定、エルちゃんの足元に魔方陣が展開して、三つの黒球がエルちゃんを襲わんとした。

 わたくしが踏み出すより速く、ルドガーが変身しながら駆けてエルちゃんの前に転身した。
 速い。骸殻の瞬間移動の特性を、教えもせずに使いこなしたなんて。

 大爆発だった。煙の範囲が広すぎて視えない。ルドガー! エルちゃん!

 ようやく煙が晴れて、無事な二人の姿が見えた。よかった。でもルドガーの骸殻は防御のダメージで解けてしまったみたいね。エルちゃんが心配そうにルドガーに寄り添っている。

「クルスニクの一族。飽きもせず《鍵》を求めて分史世界を探り回っているのか」

 その時、横にいらしたMr.スヴェントが銃を、クロノスに向けて連射なさった。

「何様だよ、お前」
「――、我はカナンの地の番人」

 わたくし自身は遭ったことはない。けれども、《レコード》の中にはいくつもの《奴》の記録があった。恐怖、あるいは憎悪と共に、わたくしの脳に刻まれている、忌地の番犬。その、名は。

「大精霊クロノス」

 クロノス。そう、クロノス。《憎らしい》。《許せない許せない許せない》。わたくしたちのご先祖様がカナンの地を目指して奮闘してきたものを、散々邪魔してきた理不尽な存在。こいつさえいなければ、カナンの地に辿り着けた《ご先祖様》だっていらしたのに――!

「貴様らも時空の狭間に飛ばしてやろう。人間に与する、あの、女マクスウェルと同じようにな」
「マクスウェル!?」

 Dr.マティス!? いけませんわ。いくら貴方が武術を納めてらしても、クロノスはそんな次元で戦える相手じゃございません。《そーだぞ! 俺たちだって誰も勝てなかったんだ》 ほら、《レコードホルダー》だってそうおっしゃってる。

「皆さん!」

 っ! 何てタイミングの悪さ。ローエン閣下とエリーゼちゃんが駆け上がってきたところでした。

 クロノスがこちらに手の平を向けた。《……強力な術が来る。にげて》 そうできたらどんなに楽か。でも、もう時間が――

 クロノスが、大きなレーザーを放った。
 しょうがない。隠しておきたかったけれど。骸殻発動……しようとして、人一人がレーザーとわたくしたちの間に割り込んで、双刀でレーザーを逸らした。

「兄さん!?」

 どうやってここを突き止められたかなんて、今はどうでもいい。わたくしたちを救ったのは、ハーフ骸殻に変身なさってるユリウス室長だった。《さっすが室長。オイシイとこ持ってくねえ》 《信じてました、室長!》 喜んでる暇はなくてよ、《レコードホルダー(あなたたち)》。

「せんぱい!」

 ポインセチアのレリーフの時計を投げる。ユリウス室長はそれを器用にキャッチなさって。

「ぐっ……うおおおおおっ!!」

 スリークォーター骸殻に変身されたユリウス室長が、クロノスの攻撃を横に弾かれた。黒球がぶつかった場所に穴が開いた。

 室長がルドガーの腕を掴んで引っ張って行って、穴に飛び込まれた。

「皆さん、あそこへ!」
「説明くらいしろっつーの――!」

 まずMr.スヴェントがエルちゃんを抱えて一番に穴に飛び込まれた。続いてローエン閣下とエリーゼちゃん。Dr.マティスとミス・ロランドが猫さんを抱えて。

 最後にわたくしも穴に飛び込みました。クロノスを顧みずに。顧みては捕まると、エージェントとしての経験が告げていたから。

 …………

 ……

 …

 骸殻を使わない初めての次元跳躍は、はっきり一言。
 気持ち悪い。
 リドウ先生の言葉を借りるなら、脳みそがシェイクされたみたい。二日酔いでもあんなに酷い気分にはなりませんわよ。

 けれどこれでリーゼ・マクシアに渡れました。《道標》を回収できます。わたくしはそうしやすいようにルドガーをフォローしましょう。

 Dr.マティスが、麓にある精霊信仰の村へ行こうと提案なさいました。村の名はニ・アケリア。エルちゃんたちと合流できる、できなくても情報があるかもしれないからと。
 その方針に従って、わたくしたちは社を降りて現在山歩きを敢行中です。


「それにしても、アスコルドでジゼルさんがアスカに礼拝したのには驚きました」

 う。思い出させないでほしかったですわ、エリーゼちゃん。

『本物の巫子みたいに奇麗なお礼だったね~』「精霊信仰の人みたいでした。エレンピオスの人なのにスゴイですね」
「あの、お褒め頂いたのに申し訳ないのですが……あれも《レコード》によるものなんです」
「『あ』」
「ご、ごめんなさい。わたしが無神経でした……」『ごめんなさぁい……』
「気にしておりませんわ。お気遣いありがとうございます」

 巫子みたい、というのもあながち間違ってはいないのよね。あの《レコードホルダー》はまさに大精霊アスカの巫子ですから。
 エレンピオス人が巫子? と、わたくしも昔は思いましたわ。でも、遠い遠い昔には、まだエレンピオス人にも霊力野はあったと理科で習いましたし、すぐ辻褄は合いました。

 まだ大精霊と人とが共栄していた時代と現代のギャップは、あの《レコードホルダー》には大きかったのでしょう。囚われのアスカを見て《アスカの巫子》が揺り起こされ、わたくしは一時我を失ってしまった。失態でしたわ。

「最近は多いんですの。おかしいとお感じになったら、遠慮なくひっぱたいて正気に戻してくださいませ。エリーゼ様」
「はいっ!」『ヤルぞ~!』
「いやいや、そこ。叩くのはダメだろ」

 ……ユリウスせんぱいと同じことを、貴方も言うのね、ルドガー。やっぱり兄弟ってことかしら。 
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