クルスニク・オーケストラ
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第七楽章 コープス・ホープ
7-5小節
「! ジゼル、後ろ!」
――ふり返り際に腿のホルスターからナイフを抜いて、目標を定めないまま斬りつけた。もんどり返ったのは、ゴリラにキノコの被り物をさせたような魔物。
クラン社のエージェントがこの程度の魔物に手こずるなんてお思いでなくてよ。
気がつけば今斬って捨てた魔物と同じものが、1…2…3体。
まったく。面倒ですわね。こちら、なるべく消耗したくありませんのに。
ルドガーが双剣を抜いた。Dr.マティスとミス・ロランド、エリーゼちゃんがそれぞれに武器を構えました。Dr.マティスはまだ分かるとして、ミス・ロランドとエリーゼちゃん、何故こんなシーンで冷静でいられるか謎ですわ……っと。魔物の攻撃を躱して二度目の斬撃。今度は深めに。
「も~、面倒! ルドガー! 骸殻でやっちゃってよ」
「任せろ!」
ルドガーが真鍮の懐中時計を構えた。金の光粒子の歯車が現れて――消えた。
「え!? な、何でっ」
骸殻が、発動しない!? どういうことですの。時計もちゃんと持っているのに。
くっ、こうなってくると、さっきユリウス室長に時計を渡したのが痛手ですわ。かくなる上は地道に分担してヒット&アウェイをくり返すしか……
「ぼさっとしないで!」
――え?
助太刀してくださったのは、金蘭の髪をなびかせた女剣士。彼女は魔物どもを一太刀の下に斬り捨て、返す手から炎弾を放って魔物を全滅させてしまった。
まさにあっけ、ですわ。
「この辺りは、私たちの聖域よ。部外者は立ち去りなさい」
「待っ――」
Dr.マティスの制止も聞かず、彼女は去ってしまいました。
「あれって分史世界のミラですよねっ?」
ミラ? エリーゼちゃんたちのお知り合いなのかしら。
それはともかく。大事なのはこちらですね。
「ルドガー。時計を見せてください」
ルドガーから真鍮の時計を受け取って検める。……おかしな点はありませんわね。ちゃんと動いてるし、手入れの不備もない。ならどうして?
ルドガーに時計を返すと同時、エリーゼちゃんが不安げな声を上げた。
「ルドガーが変身できないと、わたしたち、もう正史世界に帰れないんじゃ……」
なかなかに人の不安を抉ってくれますわね、お嬢さん。
青くなったルドガーに声をかける。そう、一番案じるべきは彼。自分の身より先に、友人を無事に帰せないことへの恐れがルドガーを追い詰めているから。
「いざとなれば、わたくしが時歪の因子を破壊します。心配無用です」
「けど、それをやるとジゼル、記憶が上書きされるって、前みたいなふうになるってことだろ!?」
「ええ。ですが、それしきを恐れては記録エージェントなど務まりません」
胸に手を当て、自信ありげに笑んでみせる。
今まで何人もの後輩にしてきたことでも、いつだって上手くできてるか心配になる。
「エージェントの仕事は、増え続ける分史世界を破壊し、我々が生きる世界とそこで生きる命を、不可視の危難から守ることです。そのためにわたくしはここにいます。そして、貴方も」
「う…ハイ」
「よろしい」
そこで電子音化された讃美歌が鳴った。ああ、わたくしに着信ですわ。失礼しますね。
「もしもし」
『ジゼル補佐ですか。ヴェルです。ルドガー様にかけるつもりでしたが繋がらずこのような形に。申し訳ありません』
「よろしくてよ。ルドガーには何を伝えればよろしいかしら」
『《カナンの道標》の回収を最優先に、とお伝えください』
「畏まりました」
通話を切る。存在確率:高なのはすでに分かっていましたからね。《道標》の説明も兼ねてルドガーに伝えに行きましょう。
「ヴェルから?」
「鋭いですね。ええ、今回の任務の追加項目についてです」
ルドガーに通じなかったから、と素直に伝えたら、彼、へこみそうですから。
「ルドガー。《カナンの道標》についてはご存じ?」
「みちしるべ?」
社長もそこまではご説明なさらなかったみたいですわね。歩きながら説明しましょう。
「深々度分史に点在する特別な品です。《カナンの地》のある場所を示す物ですの」
「それは、地図みたいな?」
Dr.マティスが会話に参加なさった。ミス・ロランドもエリーゼちゃんも、興味津々にわたくしの言葉に耳を傾けてらっしゃる。
「詳細はわたくしも存じ上げませんの。ただ、それがなければ、カナンの地に辿り着くことはおろか、見つけだすこともできない。それだけ重要な物だそうです」
うそ。本当は誰より知ってる。だって他でもないわたくしが、《レコード》にあった情報をお伝えしたんですもの。
知っているのはわたくしとユリウス室長、それにリドウ先生とヴェルと、ビズリー社長だけ。
……特にイヤな《記録》だったわ、《最強の骸殻能力者》の《道標》。それを得るために何が起きたか。
《審判》が始まったばかりの頃で、ご先祖様は「最強」の定義が分からず、三日三晩かけて一族内で殺し合った。そうしてようやく、誰が《道標》かも分からないまま《道標》が出現した、なんて顛末だったんですもの。
「《道標》は全部で5つ。正史世界では失われたものばかり。ですので、分史世界に赴いて回収する必要がありますの」
「そうか! 分史世界では『最も異なるもの』が時歪の因子。失われた《道標》が時歪の因子になってる分史世界を見つける。それがエージェントの目的なんですね」
「ご明察ですわ、Dr.マティス。――《道標》の有無は事前に分かりますが、何の《道標》かはその世界で確認しない限り分かりません。今回も5つの内どれかは分かりませんが」
言っている内に、っと――着きましたわ。
ここがニ・アケリア。マクスウェルを祀る里。
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