クルスニク・オーケストラ
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第七楽章 コープス・ホープ
7-3小節
次の日。
今日はリドウ先生が室長席にいます。わたくしはリドウ先生のお仕事をサポート……というより代行、ですかしら。リドウ先生ってぱ、それなりのキャリアがあるのに、事務仕事は大嫌いな方なんですのよねえ。
「ジゼル。今夜空いてるか?」
決済を貰った書類をそのチームに戻そうとしたわたくしに、リドウ先生が唐突に声をおかけになった。
これは十中八九、飲みに行かないかのお誘いですわね。
「駄目ですよ。《誰か一人でも参加できないなら、不参加者の了承を得ない限り集まらない》ってルールじゃないですか」
「……ハイハイ。そーでシタ」
そっぽを向くリドウ先生。あらあら、拗ねさせてしまいました。
無理もありません。ユリウス室長が表向き指名手配の身になられてからは、ぱったり集まりをやめた状態。きっとヴェルもストレスでしょうね。
それでも、申し訳ありません。リドウ先生と二人きりも魅力的ですが、やっぱりわたくし、そこにユリウスせんぱいもヴェルも居てほしいんですの。
「室長! 補佐! 新たな分史世界が探知されました」
ちょうどいいタイミングで観測担当から声が上がりました。ぴりっと緊張が走る対策室。
その中でただ一人、リドウ先生が、彼らみたいに緊張を表に出さずにデスクを立たれました。
「座標偏差は」
「深度115オーバー。偏差1以下。進入点はリーゼ・マクシア、ニ・アケリア」
「《道標》は」
「存在確率:高です!」
室内の探索エージェントたちが、わっ、と沸く。リドウ先生もニヤリとお笑いになった。
「秘書室のヴェルに連絡。ルドガーを呼び出させろ。事務方は社長に決済回す準備。Cチーム、全員出動。俺と一緒に来い」
「「「「はい!!」」」」
4人の男性エージェントが対策室をバタバタと出て行く。ロッカーに保管した武器を取りに行ったんでしょう。わたくしは普段から持ち歩くタイプなので行かなくてもいいのですが。
「ジゼル、お前はルドガーに付け。115オーバーはクォーター骸殻じゃ入れないからな」
「了解しました。副し……リドウ様は?」
「ニ・アケリアから行く。ユリウスの野郎のことだ、弟が行くなら絶対出てくる。だからお前は進入点をズラせ。何が何でもルドガーとユリウスを会わせるな。その間に首根っこ掴んどいてやる」
「畏まりました。どうぞお気をつけて」
「馬鹿。気をつけるのはお前だ」
いつもの応酬で何人かの部下たちが苦笑した。
そう、苦い笑みでも、笑えるなら大丈夫よ。
ルドガーの分史世界進入をフォローする形で、わたくしもルドガーたちに付いて分史世界への進入を果たせました。
それにしても、社長がおっしゃったように、ルドガーの人望は凄まじいものね。
気鋭の源霊匣開発者に新聞記者、女学生、隣国の宰相閣下、さらに――
「まさかあなたがスヴェント家のご子息とは思いませんでしたわ」
ヘリオボーグの丘へ登りながら、アルヴィンさん――いいえ、Mr.スヴェントと呼んだほうが、わたくしにはしっくり来ますわね――とにかく彼に水を向けた。
「今はただの果物商人だよ。おたくこそ実家が有名なファッションブランドのくせに」
「うちは細々と商っているだけの洋服屋ですわ」
「ご謙遜を。俺も持ってるぜ、あんたの実家のスーツ」
「お買い上げありがとうございます」
なんて、言い合う内に丘の上に到着しました。
丘からはヘリオボーグの荒廃した原野が一望できる。《レコードホルダー》によると、1000年以上前だけれど、ここにも文化都市はあったんですって。今ないということは、黒匣によって滅んだということでしょうけど。
あら? Dr.マティス、顔色が悪いですよ?
「ここに次元の裂け目があったよな?」
Mr.スヴェントが彼らの輪の中に入る。明らかに、何かの話題を変えるためだった。
「断界殻が消えた時に、なくなっちゃった?」
「元々存在しなかったのかもな。考えてみろよ。ここじゃジランドがエレンピオスで暮らしてたんだぜ」
「ありえるね……ここはまだ断界殻があって、次元の裂け目が開いていない。リーゼ・マクシアとエレンピオスが分かれたままの分史世界なのかも」
ルドガーが納得顔。本当に理解していて? これはわたくしたちエージェントにとって重大な問題ですのよ?
カナンの道標は一つを除いて全てがリーゼ・マクシアにあります。つまり、こんなふうにリーゼ・マクシアと隔たれた分史世界では、道標は回収できません。
せっかく道標存在確率:高の分史世界だというのに。どうやってリーゼ・マクシアに渡れば……
突如として空に青く輝くオーブが二つ現れた。
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