私立アインクラッド学園
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第二部 文化祭
第53話 集中
「キリトさん、一体なにしてたんですか……」
「もうリハ終わっちゃったわよん。すっぽかした誰かさんは、もうぶっつけ本番を待つだけね」
シリカとリズベットが、呆れたように言う。悪い、と俺が一言告げると、リズベットは苦笑いを浮かべ、俺に向かって、飲料水の入ったペットボトルを投げつけた。
「あんた、さっきまで森にいたんでしょ? お疲れ様。本番までまだ時間あるし、少し休んでていいわよ。歌なんて、水でも飲まなきゃやってらんないだろうし」
「あ、ああ。ありがとう、リズベット」
「はいはい。ほら、アスナも、これ飲んどきなさいよ」
「ありがと、リズ」
投げられたペットボトルを片手でひょいっと受け取り、アスナは微笑んだ。リズベットはにっと笑い返した。
「どういたしまして、アスナ。……それでさ、キリト。例のおねーさんは見つかったわけ?」
「その話なんだけど……いなかったよ。多分な」
「そっか……まあ、そう簡単には見つからないか。特徴も、何にも情報はないわけだしね」
そのとき、黙っていたアスナがふと口を挟んだ。
「えっ。でもさ、ほら……あのとき一緒にいた女の人は? 急いでたからお礼言いそびれちゃったけど、わたしはてっきりあの人がユイちゃんを助けてくれたんだと思ってたよ」
「ストレアが、ユイの恩人……?」
「へえ。あの人、ストレアさんって言うんだ。いつかちゃんとお礼しなくちゃって思ってたけど、ユイちゃんを助けてくれたあの人じゃなかったのね。なら、お礼する必要もないか……」
そう言ってペットボトルの蓋を開け、水を少しだけ飲んだ。
──うん、はじめましてだよ。
それまでに会ったことがあるか否かを訊ねたとき、ストレアはそう答えた。もしユイを助けたあの人物が彼女だと言うのなら、「前に洋館で会ったことあるよ」とか言えばいいはずだ。わざわざ隠す必要もあるまい。
しかし、もしかすれば、なにか"隠さなければならない理由"があって、ああ答える他なかったのかもしれない。どの道、もう1度会って、彼女と話をする必要がありそうだ。
アスナは俺の意思をいち早く悟ったように、小さく頷く。
「次会いに行くときは、わたしにも声掛けてね。わたしも、あの人にお礼がしたいから。危険な場所じゃないなら、ユイちゃんも一緒に」
「ああ、一番に知らせるよ。何処に潜んでいるんだか、検討もつかないけどな」
「うん、ありがとうキリト君」
ストレアは、俺に興味があって、観察していたと言っていた。なら、今も俺達の近くにいる可能性はある。それに、彼女の人柄から察するに、その内あちらから話し掛けにくるだろう。
取り敢えず、今は文化祭に集中だ。歌うのは正直恥ずかしいが、今更この場で言っても仕方あるまい。ならもう、この際思いっきり楽しんでやろう。
俺は拳を上に向かって突き上げると、大声で叫んだ。
「みんな! 文化祭、絶対に成功させようぜ!」
「お──!!」
突然言ったにも関わらず、みんなは直ぐに応じてくれた。しかし──
「お、おー……」
まりあだけ、少し遅れていた。
少し内向的な部分のあるまりあだ。こういうことをするのには、あまり慣れていないのかもしれない。
「あはは。まりちゃんって、結構シャイなところあるもんねー」
アスナが笑って言う。その言葉は、もちろん嫌味も何らかの含みの影も一切ない。まりあは、愛想笑いのような苦笑いを浮かべた。
俺は、まりあのその表情に、それ以外の理由が隠されているような──そんな気がした。
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