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クルスニク・オーケストラ

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第五楽章 ポインセチアの懐中時計
  5-2小節

 地下訓練場で待っていると、ルドガー君がお供をぞろぞろ連れて降りて来た。

 ここにいるということは、ビズリー社長はDr.マティスや皆さんの同行を許可されたということですわよね? ルドガー君に関しては社長がいやに寛大に思えるのは、わたくしだけかしら。

 Dr.マティスたちが驚いてわたくしに注目してらっしゃる。でもわたくしは与り知らぬこと。
 階段を下りてくるルドガー君の対角線上で待ちました。

「あんたが相手なのか」
「ご不満? それともまさか社長御自ら手ほどきしていただけるとでも思って?」

 ほら、そこで不機嫌さを顔に出す。そんな安いプライドは捨てなさい。社会人の一番大事なことよ。

 首のリングに繋がった鎖を、レースのナプキンから引っ張り出す。なじんだ白金の懐中時計を手に取る。

「それ、まさか」
「お察しの通り。クルスニク一族の骸殻を発動させる時計ですわ」
「――デザインは違うんだな」

 今から模擬戦という時に真っ先に言うのがそれだなんて。ボケているのか天然なのか。

 確かにわたくしの時計はルドガー君たちの時計よりも蓋が丸くて、小さい。それにポインセチアのレリーフがある。

「よくお気づきね。一族の時計は一つ一つ異なるもので、同じ時計は決して存在しませんのよ。もっともわたくしのコレは皆とは勝手が違いますが。その辺りの知識は追々レクチャーしてあげます」

 ポインセチアの白金時計を両手で包み込んで突き出した。臙脂色の光粒子の歯車が展開され、わたくしを造り替える。

「その、格好……」

 ――ユリウス室長やリドウ先生の骸殻と違って、わたくしの骸殻に魔物らしいパーツはありません。喩えるなら結晶の蓮だとか。
 ベースは臙脂。さらに重ねて白い鎧。得物はキャンドルスティック。文字通りキャンドルに似た穂先を持つクセの強い武器。
 一番変わるのは髪。黒から常盤緑へ。

 こうも外見が変わるとレベルが分からない、とユリウス室長を困らせたのもいい思い出ですね。
 ……とはいえ、わたくしの骸殻のレベルを知っているのは、わたくし本人とユリウスせんぱいのみなのですが。

 今はとにもかくにも、ルドガー君に新人の洗礼を受けていただきましょう。

「質問は後で受け付けますわ。貴方の体に骸殻の使い方を叩き込んでさしあげます」

 《レコードホルダー》の記憶を想起、肉体にフィードバック。――お任せしますわ。諸先輩方。

 一呼吸の間にわたくしの体は跳んで、ルドガー君の懐に入っていた。キャンドルスティックを大上段から振り下ろす。ルドガー君は全身のバネを総動員して躱して、骸殻に変身した。

 わたくしの体がくり出した二撃目は、変身したルドガー君も槍で受けました。――手持ち武器が骸殻武装にならないなんて、珍しいパターンですのね。人のことは言えませんが。

「《ほら! ぼさっとしてるとすぐに串刺しにしちゃうよ!》」

 わたくしの乱れ突きをルドガー君はしっかり捌いています。

 センスは悪くありませんね。室長が勝手に不合格にされたのが悔やまれます。1年もあればクラウンを狙える戦闘エージェントになったでしょうに。

 ――似てる。ユリウスせんぱいの太刀筋に。武器もスタイルもちがうのに、こんなにも、あの人を彷彿とさせる。

「《ほいっと。足下お・る・す♡》」

 足を蹴られてルドガー君が転んでしまいました。こら、勝手に交替するだけならまだしも、人の体で足癖の悪い真似をするんじゃありません。いくら元指導係でも怒りますよ。

「《王手にゃ早すぎるぜ、新人君?》」
「っ、この…!」

 ズガンズガンズガン!!

 ちょっとルドガー君!? 骸殻の訓練で骸殻を解いて銃撃だなんて、あまりに空気が読めてなくてよ!

 これは厳しく教育してあげなくてはね。ファンタジックな業界であっても、社会は社会、仕事は仕事。
 ルドガー、貴方には骸殻より先に、社会人としてのマナーを教えてあげます。 
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