クルスニク・オーケストラ
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第四楽章 心の所有権
4-3小節
「やっぱりお前は凄い女だよ」
「当然です。わたくしはクルスニクの《歴史》を継ぐ者ですもの」
雨足が弱まってきた。助かります。これで倒れたエージェントたちは低体温症にならずにすむし、雨のせいで出血し続けた傷口への処置に効果が見込める。
これでユリウス室長からデータの場所を聞き出し次第、すぐ引き上げて手当てを――
室長? どうしてそんな顔でわたくしを見てらっしゃるの?
そんな、憐れむような、訣別するような、お顔で。
「――降参だ。俺の負けだ」
あ、その目……懐かしくさえある。わたくしたちが《4人》で集まった時にだけ見せる、優しい蒼眸。
「お前といる時間が一番楽しかった。ろくでなしの俺でも、今なら言えるよ。人生は素晴らしい――お前がそう思わせてくれたんだ。ジゼル」
「……っっ!!」
いや。いやです。そんな遺言みたいな言い方しないで。自分をそんなふうに落とさないで。
わたくし、貴方の美点や長所ならいくらでも知ってます。ルドガー君だって、リドウ先生だってヴェルだって。
だから、だからだからだから。
「弟を頼むと言った、あの命令、撤回するな。もうお前の邪魔はしないよ」
室長の節くれだった指が、ナプキンの中に滑り込んだ。
な、何です!? 落ち、落ち着きなさい、ジゼル・トワイ・リートっ。動揺しないで。この人に素肌を触られるのは初めてじゃないでしょう。
? 冷たい、平べったい、硬い、薄い、これは――まさか本物の解析データ!?
そんな。てっきり室長は本物をどこかに隠したとばかり……
「結論を急ぎ過ぎだ。同じ人間で2度目のビックリ箱はないと思い込む思考は、次に会うまでに直しておけ」
「ん…っ」
わざわざ耳朶に息がかかる距離で囁くなんて。さっきから何ですのもう! セクシャル・ハラスメントで訴えますわよ!?
ユリウス室長は、何がそんなに楽しいのか、軽く笑んで立ち上がって、悠然とわたくしたちの前から去って行った。
「……ジゼル補佐。ご無事ですか」
ああ、カール。シェリーも。ごめんなさい。欠けたあの子たちの分も補うと豪語したのに、この体たらくで。
「わたくしは何とか。腹に貰ったダメージが酷いですが、それ以外はさしたるものじゃありませんわ」
「室長、は」
黙って首を振る。それだけで二人には通じたようでした。
くだくだ話している内に、痺れを切らした今回のチームのメンバーがぞろぞろと、わたくしたちの周りに集まってきました。
正直、助かります。立てるか自信がありませんでしたから。
「とりあえず、今ここにいる全員。よく生きていてくれました。本当に、心から喜ばしく思います」
何人かが苦笑して、ぎこちなく敬礼したり、立っていた子が座り込んだり。
はぁ~……さて。
「点呼!」
叫ぶや、最初の男女から所属チーム順に数を数える声が上がる。――死者は出さずにすみましたね。そこは感謝しますわ、室長。
さて、わたくしも宿に行きましょうか。責任者なしで団体様じゃあ、宿の方がびっくりされてしまいますからね。
宿のカウンターで大部屋を二部屋、お借りして。
わたくしとA・Bチーム、C・D・Eチームに分かれて部屋に入って、メンバーはお互い手当てをし合う。ベッドは重傷者に譲るところは、彼らも心得ている。あっちの部屋でもそんな感じでしょう。
何年か前までは、分史破壊活動は骸殻レベルに応じてその場で編成するのが普通でした。采配は室長、不在なら副室長、さらに不在なら補佐、これさえ不在なら社長秘書の順で権限があります。
ですがそれでは非効率的だと同僚の一人がある日提案したのです。
彼の提言は至極もっともでしたし、用意した資料はすでに他のエージェントにアンケートを取ってありました。その上《クドラクの爪》のデータとのリンクによる模擬戦の結果まで添えられていては、ぐうの音も出ませんわ。
前置きが長くなりまして申し訳ありません。
つまり、わたくしたちの「チーム行動」は特に上が決めたのではなく、セクションのメンバーが賛成してくれたから在る体制なのです。
具体的に説明したいのですが、それも疲れますでしょうから、要点だけ。
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