我が剣は愛する者の為に
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修行編 その一
師匠と本格的な修行が始まって数か月が経つ。
依然と師匠から一本取るどころか、焦らせたこともない。
常に冷静に対処され、ボコボコのフルボッコにされる。
これは母さんの時に体験したから少しは大丈夫かと思った時期が俺にはあった。
まず、母さんのとの修行の時は木の棒で修行していたが師匠との修行は戟を使った実戦を想定している。
つまり、刃の部分以外の所は容赦なく攻撃してくる。
しかも割と本気で攻撃してくるので喰らえば骨は確実に折れる。
今までの経験が生きて来たのか、直撃は何とか避けるがそれでも打撲や内出血、最悪骨にひびが入るなどシャレにならない怪我を毎日している。
さすがに怪我の度合いを見て休む時もあるが、それ以外は基本修行の毎日だ。
山に籠って、精神修行や自然の要塞を巧みに使った基礎体力の向上。
ただ山に籠ってばかりいたら外の世界の状況が分からなくなる。
なので、ある程度の期間を山で過ごしたら別の山や森に移動する。
その際に世界の状況などを情報を仕入れると言った感じだ。
ちなみに山などを移動する理由は別にある。
それは慣れが発生して、修行としての効果が薄れるかららしい。
なので一定期間を過ぎれば移動して新しい山や森で修行する。
この作戦が絶妙に効いている。
おかげで毎日毎日ボロボロの雑巾のような状態だ。
どれほど服を買い直したか分からないくらいだ。
今はとある森の中で師匠と打ち合っている。
これは実践的な状況を想定したものではない。
その修行の始まりは最近の師匠の発言から始まった。
「縁、一ついいか?」
「何ですか?」
夜。
修行を一通り終えて、食事をして寝る前の時だった。
「前々から思っていたのだが、お前の構えについてだ。」
「あれに何か問題がありましたか?」
俺は剣道の構えを基本としている。
何度も言ったと思うが、この時代には剣道というのがないのでめずらしい構えに見えた筈だ。
「何度か打ち合っていて思ったんだが、あれは一対一を想定した構えだろう?」
「よく分かりましたね。」
「毎日打ち合えば誰でも分かる。」
剣道とは一対一で戦う競技だ。
連戦とかあるがそれでも一対一の戦いになるだろう。
それを知ってからか師匠は少し言いにくそうな顔をして言う。
「あの構えは止めた方が良い。」
「えっ!?」
師匠の言葉に俺は驚きながら反応する。
師匠は何故やめた方が良いのか説明を続ける。
「戦場では数百万もの兵士達がぶつかり合う所だ。
戦術などがあるが、基本的一将として戦う場合、一対多数で戦う場合が多い。
強くなり名が売れていくとその可能性は高くなっていくだろう。
お前の構えは後ろや側面に対しての対応が圧倒的に遅い。
その場合、目の前の敵に集中している所を後ろから斬りかかれる場合もある。
しかも、矢だって飛び交う。
今の構えだと戦場で死ぬ可能性が極めて高い。」
師匠の説明に俺は反論の余地がなかった。
確かに剣道は最初は絶対に相手が正面にいる。
なので構えはやや前傾姿勢になり、周りの視界が狭まる。
防具をつけていないので視界はある程度広いが、それでも戦いが始まれば自然と癖で前に集中してしまうだろう。
こうなれば後ろから斬りつけられたり、矢が飛んできても対処する前に死んでしまうだろう。
今まで頼りにしていた剣道の経験がここにきて否定されてしまう。
「お前がどういった考えでその構えに辿り着いたかは聞かん。
だが、今のままだと非常に厳しいぞ。」
その次の日からいつもの修行は少しだけ止め、俺の新しい構えを考える事となった。
俺は構えなんて後からできると言って、今の修行を一旦止める事に反対した。
しかし、師匠は、
「駄目だ。
構えというのは非常に大事だ。
ここで適当に考えた構えをし、それで修行を続けてもお前はそれほど強くはなれない。
構えは己の技や太刀筋などを最大限発揮する為に必要な事だ。
戦場で生きていける構えを見つけられない限り、修行を続けても意味はない。」
そう言われ、自分に一番合い、かつ戦場でも使える構えを考えながら師匠と打ち合いをしている。
あくまで考える事がメインなので、師匠も俺が受け止められる速度で打ってくる。
一応、前の世界での幾つかの剣道の構えを実践してみたが師匠に色々と駄目出しをされた。
この日も合った構えを見つける事ができず、一日が過ぎた。
夜になって師匠は寝てしまったが、俺は寝る事ができなかった。
(こんな所で足踏みしてしまう何てな。
早く見つけないと。)
俺は被っている毛布をどけ、立ち上がる。
刀を持ち、思いつく限りの構えをとってみるがいまいちピンとこない。
満天の星空の元で仰向けになって倒れる。
そのまま星空をじっと見つめる。
(全方向を確認しやすい構えで、かつ俺の剣道のスタイルを崩す事のない構えか。)
そんな都合の良い構えが存在するのだろうか?
今日の夕方頃、師匠はこう言った。
「前は構えは重要だと言ったがそれはあくまで縁自身が決める事だ。
もし自分に見合った構えを見つけたら言ってくれ。
再び修行を再開する。
もちろん、お前が大丈夫なのなら前の構えに戻しても構わない。
全てはお前次第だ。」
と、最後に放任されるような言葉を受けてさらに考えてしまった。
大きくため息をして、ゆっくりと立ち上がる。
刀を地面に突き刺して、両手でパンパン!、と両頬を叩く。
(ウジウジ考えた所で何も解決にならない。
落ち着いて深呼吸しろ。
冷静になったら何か思いつくかもしれない。)
すぅ~~~はぁ~~~~~。
大きく深呼吸をして、突き刺している刀に手を伸ばす。
引き抜いて、構えについて考えようとした時だった。
「あれ?」
思わず呟いた。
今、俺は構えをとっていない。
自然体の形に近いだろう。
左手で刀を持っている以外、ただ突っ立ているだけだ。
その恰好を見て俺はふと思った。
(剣術に何も構えない構えが存在するって聞いた事あるな。
確か『無形の位』って名前だったはず。)
今の構えがまさに『無形の位』だろう。
ぐるりと今の構えのまま周りを見渡す。
流石に後ろは見えないが、それでも前の構えに比べて圧倒的に周りを見る事ができる。
おそらく、後ろまで注意を払う事ができるのは慣れが必要だと思う。
でも、今の構えのままでいけばいける、と思った。
しかし、まだ改良の余地が必要だろう。
けど、基盤はできた。
これを基本にしていけば、いずれ到達すると思う。
俺の構えが。
その後、朝日が出るまで構えについて考え、起きた師匠に怒られる事になった。
後書き
今回は短すぎましたが、修行編はこれよりちょい長い目でいくつもりです。
あと、数話くらいで終える予定。
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