我が剣は愛する者の為に
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修行編 その二
お昼ご飯がおいしく食べれそうな昼頃。
今日も今日とて師匠と森の中で修行中の俺。
師匠の戟による無数の突きが襲い掛かる。
「わ、とと!?」
気の抜けた声を言いながら俺は師匠の戟を受け流す。
真面に受けたら俺の刀は簡単に折れてしまう。
師匠の戟の一撃一撃がとても重い。
まだこの刀を完全に扱う事ができない俺が正面から受け止めれば、真っ二つに折れてしまうだろう。
なので、剣先と刀身でレールのように道を作り、戟の軌道を逸らして受け流している。
『無形の位』の構えを基本としてからかなりの日数が経つ。
体力作りなどの基本的な修行以外は師匠と打ち合っている。
未だに構えを完全に会得していない。
というより、これは慣れに近いだろう。
『無形の位』の構えはもはや呆然と立っているだけと同じだ。
本来構えというのは自身の集中力を上げるために取るモノと俺は考えている。
サッカーでも身構える事で飛んでくるボールに対して少しでも早くスタートする為に身構える。
ようは構えとは集中するためのきっかけのようなものだと思う。
それをしないという事はリラックス、つまり集中しにくくなるだろう。
別に構えをとらなくても集中はできるが、やはり構えをとった方が集中しやすい事は変わりない。
ともかく、俺はこの状態で極限まで集中できるように修行している。
雨を思わせる突きの嵐を徐々に、だが確実にさばけなくなっている。
そして、最後には完全に受け流せなくなり剣先を寸止めされる。
「ふぅ~~、少し休憩にしよう。
朝から5時間以上ぶっ通しで打ち合っている。」
「はい。」
俺は刀を鞘に納刀して、昼ご飯の準備を始める。
師匠も森で採れたきのこやら何やらを調理している。
それを見て、火をおこす。
串を差して、きのこやら何やらを焼いていく。
毎日、こういった食事をしているが飽きてこない。
理由は各地方を転々と移動している。
なのできのこなど味などが結構違いがある。
飽きがこないってのは結構重要だと思う。
充分に焼けたきのこを食べていると師匠が言う。
「そうだ、縁。
お前は王になろうとは思わないか?」
「王、ですか?」
手を止めて師匠の話を聞く。
俺の言葉を聞いて頷いて答える。
「深く考えないでいい。
ただの興味だ。」
そう言って話を続ける。
「私は数多くの弟子をとり、その成長する姿を見てきた。
各々目指す所は別だった。
この国に轟く武人になる者、崇拝する王に仕える者、大切な者を守る者など様々だ。
その中に王になると言い出した者がいた。」
「でも、王様ってなりたいからなれるものなんですか?」
「現実問題難しいだろう。
まず、領土が必要になる。
その領土を安定させる政治、その領土に住む民達が暮らしたいと思う国造り、その領土を守るための兵の確保。
そして、何より必要なのが。」
言葉を区切り、師匠は俺の眼を見つめて言う。
「その者に死んでもついて行こうと思わせる人望と王としての資質、これが絶対的に必要になる。
まぁ、そんな事は置いておいてだ。
今はなりたいかなりたくないかを聞いている。」
う~ん、と唸りながら少し考えて言う。
「正直興味はありませんね。
何より、柄じゃありませんから。
俺が王様って似合わないでしょ?」
「そうか?
私は結構いけると思うのだが。」
「またまた、からかわないでください。」
俺はそう言って食事を再開する。
うん、おいしい。
この生活を始めてから食生活が非常に安定していると思う。
俺がご飯をバクバク食べているが、逆に師匠は手を止めて何かを考えている。
(私が思うに、縁よ。
お前は王としての資質があると思うんのだがな。)
「師匠?
早く食べないと全部食べますよ。」
「私の分はちゃんと残しておけよ。」
俺がそう言うと師匠も食事を再開する。
午後も同じようにひたすら打ち合いをした。
ほぼ毎日同じことをしているが、師匠はこれを変えるつもりはないらしい。
何でも基礎は大事だから今の内にしっかりとしておく必要があるとの事。
技術などは成長してからでも身につける事ができる。
しかし、基礎体力などは日々の積み重ねなので怠ればその分つらい修行をする必要がある。
俺は師匠の修行内容にケチをつけるつもりは一切なかった。
心の支えになっているのはただ一つ。
大切な人を守る為に力をつける。
これだけだ。
これが俺の心にある限り、どんな修行も耐えてみせる。
赤ん坊の時、目の前で親が死んでいき何もできなかったあの日。
もう一人の母さんには身体を張って守って貰って、自分は守られる側にいることを認識して悔しい思いをした。
だから、俺は強くなる。
全部を救えるなんて思っていない。
せめて、俺の大事に思う人だけでも守って見せる。
その夜。
星を見つめながら俺は昼間に師匠が言っていた事を思い出す。
(王に興味・・・ね。)
あの時は興味のない発言をしたがあれは嘘だ。
俺と師匠は長い間、様々な街や村を訪れながら旅をしている。
だが、土地を治める人が有能であればその街など近隣の村々は安定する。
しかし、腐った役人などが統治する街は民は苦しみ、飢えや貧困が原因となりやがて犯罪を犯す。
街を離れようにも賊がそこら辺をうろちょろしているこのご時世。
街から離れることは自殺行為に他ならない。
商人などは傭兵を雇う事はできるが農民などはそうはいかない。
離れれば賊に殺され、街にいれば飢えや貧困で苦しみ、やがて死んでいく。
負のスパイラルだ。
俺は確実に強くなっている気がする。
師匠との打ち合いもある程度はさばけ、体力もついてきた。
背も伸びてきて長かった刀は振り回しやすくなってきて、手も足も伸びてきた。
強くなればいずれ、どこかに仕える事になるだろう。
それでもいいと最初は思っていた。
けど、旅をしていて心の奥底で思ったのだ。
この剣で大事な人以外の人も救える事はできないのか?
多分、それには限界がある。
俺は人だ。
神様でも何でもない。
俺個人が救える数などたかが知れている。
(考えても無駄だな。
何より修行中の俺にそれを考えた所で意味ないだろ。)
俺は考えるのやめて目を瞑って寝る事にする。
しかし、目を瞑っても長い間眠る事ができなかった。
路銀が少なくなってきた。
いつもの事だ。
街で何かしらを買う事があるのなら金が必要になる。
最初の方は俺の服を買うのに結構使っていたので、路銀が少なくなってきたのだろう。
いつも通り大きな街に向かい、傭兵として一時的に雇ってもらう。
ただ今回の違いは。
「縁、お前も参加しろ。」
そう、俺も賊の討伐に参加する事になったのだ。
二人なら報酬金は倍になる。
近くの街に入ると兵士を募集している張り紙があった。
それを見て、城の受付のような場所に向かう。
師匠が手続きをしに行っている間、俺は近くの壁に背中を預ける。
俺がこうやって戦場に出るのは初めてだ。
つまり、人を殺した事がない。
賊の討伐という事は賊を殺さないといけない。
俺は賊が嫌いだ。
父と母の命を奪い、母さんを傷つけた賊が大嫌いだ。
今までは木刀で相手していたので当たり所に気をつければ、命を奪う事はなかった。
しかし、俺は刀、人を殺す武器を手にしている。
傭兵としての手続きを終えた師匠が刀を見つめながら立っている俺に話しかける。
「恐いか?」
俺が何を思っているのか分かったのか、師匠が話しかけてくる。
その言葉に俺は頷く。
「人の命を奪うのが恐いです。」
賊は嫌いだ。
でも、命を奪うまで憎しみがあるのかといえばそうでもない。
あれは俺に力がなかっただけだ。
前の世界でも暴力などそういった世界から無縁の所で生きていた。
師匠は刀を握っている俺の手に自分の手を重ねる。
「この戦い、私は縁に何があっても無視する。
自分の力だけでこの場を乗り越えろ。」
「これも修行ですか?」
「そうだ。
避けて通る事のできない道だ。」
それだけ言って、師匠は俺の元から離されていく。
少しして俺達を取り仕切る将軍が現れる。
賊の集団はここから少し離れた廃墟となった砦に籠城しているらしい。
正規軍で正面に囮となって、俺達傭兵は裏から忍び寄り奇襲する事になった。
銅鑼を鳴らして、賊達を引き付ける。
数はそれほど多くはない。
情報では600人程度らしい。
こちらは正規軍と合わせると2000人。
圧倒的にこちらが有利だ。
だが、討伐は基本的に俺達が行う事になっている。
自分達の兵の消費と傭兵である俺達に極力金を渡したくないからだろう。
死亡率を高める事で、俺達を一人でも削るつもりなのだろう。
作戦は上手く運び、俺達は砦に侵入して背後から奇襲をかける。
次々と傭兵たちが賊達に向かって剣を振るう中、俺はその遥か後方にいた。
まだ覚悟が決まらないのだ。
ここにきて人を殺すという事にびびっている。
師匠の姿は見えなかったが、俺より前線で戦っているだろう。
他の人の活躍もあるのか、後方にはほとんど賊が居ない。
だが。
「お、おおおおおおおおおおお!!!!」
物陰からその雄叫びと共に俺に剣を振り下ろしてきた。
日頃の修行の賜物なのか、後ろに下がる事で回避する。
完璧な不意打ちを避けられたことに驚いているのか、すぐにこちらに向き直り剣を構える。
「ッ!?」
俺も咄嗟に刀を抜くがそこで留まる。
俺はこの人を殺すのか?
この期に及んでまだびびっている俺に賊の方から斬りかかってきた。
しかし、師匠との修行で目が慣れたのか振り下ろされる速度はとても遅く感じた。
完全にワンテンポずれたがそれでも俺はその振り下ろされる剣より早く振り、剣を弾く。
剣を弾かれるとその賊は腰の抜かして、地面に座り込む。
「やめてくれ・・・命だけは・・・」
俺に殺されると思ったのだろう、涙を流しながら命乞いをしてくる。
「俺には家族が・・・家族が待っているんだ!!」
嘘を言っているのだと思った。
自分が死にたくないから俺に嘘を言って見逃してもらおうと考えているのだと思った。
「俺は農民で飢えで娘も妻も苦しんでいるんだ!!
でも、役人が無茶な徴収をして食べていく事ができないんだ!!
だから、こうして賊になるしかなかったんだ!!」
ふと、俺は賊の手に視線をやる。
そこには農具を持って作業するにできるまめができていた。
どうやら、農民という所は本当らしい。
「あんた、何人殺した?」
「あっ・・・・」
「どれだけの村や人を襲った?」
「・・・・・・」
賊は何も言えなくなる。
つまりこういう事だ。
自分の家族が飢えで苦しんで、それが理由で他の村や街を襲う。
自分より下な弱者から奪っていく。
それなら奪われた人はどうすればいい?
最愛の人を家族をそのせいで死んでしまい失ったらどうすればいい?
俺は目の前で家族を失ったからその気持ちが痛いほどわかる。
「だったら、どうすればいいんだよ!!
俺はあのまま飢えで苦しんで、惨めに死ねばよかったのかよ!?」
「・・・・・・」
俺は何も答える事ができない。
それは俺も同じだ。
こうやって傭兵として雇われ、自分より下な賊を殺して生きていく。
弱肉強食。
これほどまでにこの世界にぴったりの言葉はないだろう。
これが今のこの世界の現状だ。
誰かが誰かを殺して奪っていくしか生きていけない。
しかし、それらの原因はこうならざるを得ない状況を作った人物が悪い。
この賊が住んでいる街の役人叱り、漢王朝叱りだ。
俺は彼方を強く握りしめ、賊に言う。
「逃げろ。」
「えっ?」
「今ならこの裏口から逃げれば生きて家族の所に帰れるかもしれない。
そして、できる事ならこんな事はもうやめてくれ。
あんたの家族のためにも。」
賊は何も答えない。
何も答えないまま、賊は裏口から逃げて行った。
俺の事を偽善と笑う人もいるだろう。
だから、これが最後だ。
俺は未だに討伐しきれていない賊達に向かって走り出す。
目の前で他の傭兵が賊に殺されそうになっているのを、俺は腕を斬り裂き心臓を貫く。
「あ・・・っが・・・」
その声を最後にその賊から力が無くなる。
刀を抜いて、初めて人を斬った感触を確かめる。
眼を閉じて、刀を強く握りしめる。
命を重さを確かめる。
そして、後ろから斬りかかってくる賊に対して、俺は一歩横に避けてその斬撃を避けてカウンターで首を刎ねる。
俺はただ無心に剣を振るった。
討伐はそれから数十分くらいして終わった。
夕暮れ時、俺は街の道端で小さく縮こまりながら近くの家の壁に背中を預けていた。
すると、足音が前から聞こえた。
「どうだ、初めて人を斬った感想は?」
師匠の声を聞いて、俺は顔を上げる。
「分かりません。
人を斬った感触は確かにありました。
けど、命とかそんな重みとか全然感じなかったんです。」
何度か目を瞑ってその重さが分かるかと思った。
でも、全然分からなかった。
「当たり前だ。」
と、師匠がそう言った。
「私だって今まで多くの人を斬ってきたがその命の重さを感じた事はない。
私達は仏や神でもない人だ。
ただの人が命なんて、眼に見えないものを感じる事はできない。」
師匠はしゃがみ込んで俺の眼を見て言う。
「人を殺す事に慣れてはいけない。
命の重さを感じなくてもお前は間違いなく人を殺した。
殺した人のその先の人生、その殺した人を待っている家族。
お前はその全てを奪った。
それを忘れてはいけない。
目に見えなくても、感じなくても、お前はその人の命を背負っているんだ。
だから、お前はお前の道を行け。
殺してきた人を命を踏みにじっているんだ。
後悔のない人生を贈る事が、人の命を奪った人が行うべき事だと私は思う。」
師匠は二つある袋を俺に渡す。
「今日は久々に街で食うか。
きのこや山菜やらで飽きていただろう。
何を食べるか、どれくらい食べるかは縁に任せるよ。」
そう言って師匠は先を歩いて行く。
師匠がさっき言った言葉を俺は自分の中で噛み砕く。
(後悔のない人生、俺が目指す道。)
そして、砦で出会ったあの賊の話を思い出し俺は前にいる師匠に大声で言った。
「師匠!!」
その声に反応して振り返る。
俺は自分に決意するように言った。
「俺、王になります!
いつか、必ずこの国を平和な国にする為に!
そして、大事な人を俺の手で守る為に!」
これから俺は多くの人を殺す事になる。
大事な人を守る為に。
この腐った国を平和な国にする為に俺は戦う。
後書き
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