ソードアート・オンライン 少年と贖罪の剣
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第三話:偵察
前書き
更新遅れて申し訳ありません。私生活の方でゴタゴタしていたもので…
「…どうしたものか」
ヒースクリフに啖呵を切った夜が明けた。結局、あの後ずっと虫の居所が悪かったオレは一睡もできずに朝を迎えることになってしまった。
「…ヒースクリフからある程度の情報を受け取ったが、これは明らかに苦戦必至だ」
ベッドに腰をかけたまま、右手で顔を覆う。思い出すのは、昨日の会話。
『第71層のボスだが、それはまだ確認されていない。だがボス部屋までのマッピングは済ませてある。明日の朝には全攻略組プレイヤーに公開されるだろう。さて…ここからは君の仕事だ、レン君。偵察隊を送るもよし、自ら様子を見に行くもよし。好きにしたまえ』
『まだ誰もボス部屋に入ってはないのか?』
『偵察隊の約二名が潜入したようだが…そのどちらもが帰っては来なかった』
「…偵察隊の二人が死亡。そのためボスの情報は皆無…か。まだ攻略組の連中は集まって来ないだろうし、一人で行ってみるか?」
キチンとした攻略方法が整った頃から、こういった犠牲は減って来ていたのだが、未だ死亡するプレイヤーの数は極少数だが確かに存在する。最前線で戦える攻略組のプレイヤーはただでさえ数が少ないのだ。あまり勝手をされて死なれるのが一番困る。
「…まあ、ソロであるオレが言えたことじゃないんだが」
ソロプレイヤーは最も死亡率の高い種類の人間だ。一人だということは、頼れるのは自分と保有するスキルと武器だけだということ。一度の判断ミスが死に直結する。しかし、集団で行動するよりも小回りが効くし、何よりも効率が段違いだ。
だから、一番勝手なことをしているのはソロであるオレなのだ。だがまあ、今はそのことは置いておこう。一つのことでウジウジしてるのは、《レン》というプレイヤーにあってはならないことなのだ。
「でも、流石に偵察一人ではキツイな…どうしたものか」
さっきも言った通り、ソロプレイヤーには効率主義な人間が多い。そのため、効率の良い狩場を探しどこぞのパーティと鉢合わせてトラブルになるケースも少なくない。故にソロプレイヤーは結構嫌われたりするのだ。
まあつまり、何が言いたいのかと言うと。
「オレ…フレンド少ないな…」
ギリギリで二桁のフレンドリストを見て少し気持ちが沈む。だがまあ、ソロプレイヤーなんだから仕方がない。
「…取り敢えず、アスナに連絡をとるか」
今回の階層攻略の指揮を共に執ることになった彼女だが、オレのせいでこんなことになってしまったのだ。打ち合わせも兼ねて謝罪もしておこう。
「さて…」
今の時間なら血盟騎士団の本部にいるだろう。
† †
「ふむ…なんでお前がいるんだ、キリト?」
「随分とご挨拶だな、レン。俺がここにいちゃ悪いかよ?」
「いや、別に悪くないが……なるほどな、ようやく結ばれたか?」
アスナと会いに血盟騎士団の本部へ赴いたオレは、旧知の仲であり、戦友である攻略組きってのアタッカー『キリト』と出会った。
ふむ、二人して顔を真っ赤にして慌てている所を見るとオレの想像通りになったようだ。
「な、なんでお前がそんなこと知って…」
「なに言ってるんだ? お前とアスナの仲はオレ界隈では有名だ」
「どんな界隈だよ…」
呆れたのか、頭を押さえるキリト。ソロプレイヤーであるキリトが態々血盟騎士団の本部にいるということは、オレはもしかしなくても邪魔か。
「そ、それで! レン君は私に何の用だったの!?」
顔を真っ赤にして話題を変えてくるアスナに少し弄りすぎたかと思う。これ以上は勘弁してやろう。
「ああ。今回の階層攻略、オレとお前で指揮を執ることになっただろう?」
「…え?」
まさか、聞いていなかったのか。まったくあの似非騎士め、部下への命令伝達は徹底しておけよ。
「…聞いてなかったのなら仕方ない。第71層攻略作戦において、オレとお前が指揮をとることになった。巻き込む形になって悪いが、手伝ってくれ」
「う、うん…勿論手伝うけど、なんでそんなことに?」
「…オレの我儘みたいなもんだ。巻き込んじまって悪ぃな」
そう、これはあいつらがただの犯罪者じゃなかったことを証明するための戦い。それに関係のないアスナや攻略組の奴らを巻き込んでしまうのは心苦しいが。
「…よく分からないけど、私は手伝うよ」
「…ありがとう」
それでも手伝うと言ってくれるのなら、それを断るのは最低な行為だ。ここは、素直に感謝しておこう。
† †
「さて…」
「ここが、ボス部屋ね」
アスナ(キリト付き)と運良く協力を取り付けられて数時間。オレとアスナとキリトによる臨時パーティは現在、最前線である71層のボス部屋の目の前まで来ていた。
「それにしても、お前またレベル上げたか?」
「ああ。出所してからここに潜りっぱなしだったからな…二つ上がって今は90だ」
90!? と驚愕を露わにする二人に、レンだけが不思議そうに首を傾げた。
「お前、それって下手したら全プレイヤー中最高レベルなんじゃないか?」
「いや、それはないだろ。まだヒースクリフがいるからな」
あいつは最強ギルド血盟騎士団団長だし、それ以上にゲームマスターでありラスボスだ。そんな奴が、一般のプレイヤーであるオレよりも低レベルなはずがない。それに、技量でさえオレよりも高みに存在している。以前、オレが敗れた通りに。
「お喋りはここまでだ。取り敢えず今回は様子見…すぐに転移できるように転移結晶を用意しておけ」
目の前に聳える巨大な扉。この先に、駆逐すべきボスがいる。が、今日は討伐ではなく情報収集が目的だ。無闇に攻撃せず、回避に専念すればこのメンツで死者が出ることはないだろう。
「……行くぞ」
二人が頷くのを確認して、オレは扉に手をかけた。内部からの強烈な威圧感でピリピリとざわつく。それを無視して、一息に扉を開け放つ。
「…これは」
第71層のボス部屋は、かなり広く遮蔽物の何もない空間だった。
「天井が高いな…有翼系のモンスターか?」
「かもしれないね。上からの奇襲に気をつけていこう」
背後のキリトとアスナの会話を聞きながら、エスピアツィオーネを鞘から引き抜く。
ゆっくりと歩を進め、フロアのほぼ中心に辿り着いた時、それは、突然現れた。
『グオオオオオーーーーン!』
空間を裂くような雄叫びがフロア中に響き渡る。思わず耳を抑えてしまうオレ達の前、濃紺の鱗を持つ巨大なナニカが宙から降下してきた。
「…ドラゴンか」
表記されたボスの名は、フェルゲニシュ・ザ・シャドウムーン。巨大な体躯に、それ以上に大きな赤色の翼。後ろ足に鎧のようなものがついているのを見ると、そこを攻撃してもいい効果はなさそうだ。
「…どうする、レン?」
「攻撃パターンもある程度把握しておきたい。オレがヘイトを取り続けるから、各自、回避に専念して散開しろ…危なくなったら即転移。死ぬことは許さないからな」
「了解」
互いに頷き合って、アスナは右へ、キリトは左へ、そして、オレは正面から突っ込んだ。
雄叫びがフロアに響き渡る。先攻は、オレだった。
「オオッ!」
四足で立つ竜の、右脚にエスピアツィオーネを叩きつける。刃が抜ける感覚、前脚への斬撃は普通に通るようだ。
『グルァァッ!』
「っ!」
短い唸りと同時に繰り出してくる右前脚の薙ぎ払いをバックステップで躱す。
「セヤァッ!」
「ハアアッ!」
その隙に、アスナが右から、キリトが左から竜へソードスキルを叩き込んだ。攻略組きってのエースプレイヤーの二人だ。その威力は凄まじい。故に、オレが竜のヘイトを稼ぐにはその威力を超える攻撃が必要な訳だ。
怯んでいる竜の顔付近まで跳躍。これまでの経験で、竜種らは顔面が弱点のことが多い。確認の意味も込めて、全力を叩き込む。
「オ、らァっ!」
片手剣最上位ソードスキル《ノヴァ・アセンション》
ほぼ全ての剣技の先を取ることが可能な最速の上段斬りを初撃に、一撃一撃が単発重攻撃に勝るとも劣らない正に最上位に相応しいソードスキルだ。
それが、竜の顔面にクリーンヒット。どうやら予想通り弱点部位だったようで、なんとか二人のダメージを超えてヘイトを稼ぐことができた。仰け反っている間に、体制を整えるべく少し距離をとる。
(動きが鈍重で見極め易い…ソードスキルの使い所をミスらない限り、危険はいまの所はない、か)
『グルルル……』
唸り声を上げてオレを睨みつけてくれる竜に、嘲笑を浮かべる。が、すぐに引き締めて剣を握る手に力を込める。
ガギィン! という金属同士が激しくぶつかる音が響き、オレのHPが削れる。
(わざと受けてみたが、攻撃力はかなり高いようだな。防御と回避は徹底させておいた方がいいだろう)
まだ回復は必要ないと判断して、開きかけた距離を詰める。
「ハァッ!」
回転力をプラスした横薙ぎで、竜の右前足を斬る。硬い鱗を削り、内部の肉を抉り切る。血にも似たライトエフェクトを振り払って、更に剣を叩きつける。
『ガァァァァァァァァォッ!』
と、そこで一際大きな竜の怒号が響いた。恐らくダメージが蓄積して怒り状態になったのだろう。咄嗟に距離を取ったオレからも見える程に、竜の全身に赤い筋…恐らく血管が浮き出ていた。
「キリト! アスナ! 用心しろ!」
これまでのボス戦で怒り状態のボスが思わぬ行動をとってきた経験は幾つも存在する。キリトとアスナは攻略組きってのトッププレイヤーだ。オレに言われずともそんなのは承知な上。既に距離をとっている。
『ウグルルラルル……』
竜が鎌首をもたげた。口元に燻る黒煙から見て、恐らく来るのはブレス攻撃だろう。取り敢えず正面から一気に側面まで走り抜ける。
『ガァァッ!!』
直後、竜の正面全域が黒炎に飲み込まれた。
「…ブレスの範囲が広すぎる…!」
怒り状態のブレスは正面全てが攻撃範囲内となると、位置どりがかなり重要になってくる。あのブレスにどれ程の威力があるのかは分からないが、恐らく盾役以外のやつが受けるのは危険だろう。なんらかのデバフ効果もありそうだからな。
だが、その広範囲ブレスも避けてしまえば絶好のチャンスとなる。
「ォオっ!」
気合を迸らせ、単発重攻撃ソードスキル、《ヴォーパル・ストライク》をブレスによって膨張している腹へ放つ。
一点に重きを置いた突きは竜の腹へ突き刺さり、その動きが急停止した。
悲鳴をあげて倒れる竜。
「退避するぞ!!」
様子見は十分だろう。これ以上攻めればきっと三人では対処できなくなる。そうなればオレ達の未来は死一択だ。
ここで攻め立てたいのはヤマヤマだが、2人もそれを理解しているはず。頷き返されたのを見て、オレは一気にボス部屋の出口へ急いだ。
† †
「…ふう」
ボス部屋から無事脱出することができたオレ達は、全力で走り抜けたせいの荒い息をボス部屋の扉の前で落ち着けていた。
「…今見てきた感じだと、今回のボスはそこまで強敵って感じじゃないな」
キリトの感想に頷きを返す。今回のボスは有翼系ということで飛行行動などには気をつけなければならないが、今の攻略組には有翼系モンスターとの戦闘経験が豊富なプレイヤーが多い。そこまで危険視するほどでもないし、一撃一撃が重かったものの、その動きは鈍重だ。見極めることも容易にできるだろう。
「とにかく、街に戻って攻略組を集めよう。話はそれからだ」
二人が頷いたのを確認して、オレ達は迷宮区の出口へ足を向けた。
to be continued
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