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フェアリーテイルの終わり方

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十一幕 野ウサギが森へ帰る時
  1幕

 
前書き
 妖精 は 目覚めた 

 

 ある日、ついにヴェルから連絡が来た。

『ビズリー社長から申し渡された件の用意が整いました。クランスピア社までお越しください』




 クランスピア本社へ出向くルドガーに、もちろんフェイも同行した。連絡を受けた時にちょうどそばにいたジュードとミラも付いて来る運びとなった。

 相も変わらずざわざわとしたエントランスホールの、受付前。ヴェルがいつもの表情でフェイたちを――正確にはルドガーを待っていた。

 ルドガーが前に出てヴェルに声をかけるのを、フェイは黙って見守った。

「久しぶり。――ジュードたちも一緒でいいか?」
「承知しました。ルドガー副社長のご判断なら」
「――、ちょっと待った。今何て言った? 副社長?」
「はい、本日付けで辞令が下りています」
「ええ!? 俺が!?」

 後ろで聞いていたフェイも、ジュードやミラと顔を見合わせて驚き合った。

 ヴェルはそんな小さな騒ぎにも臆さず、エレベーターへと歩き出した。ルドガーを先頭に、フェイたちも慌てて後を追った。


 エレベーターに乗り込み、真っ先にジュードが口を開いた。

「ルドガーが副社長……今度の呼び出しまでに時間がかかったのは、人事とかでゴタついたからだったのかな」
「ん~。なーんか実感湧かねえなあ。だって俺、つい最近まで平のエージェントだぞ?」
「エージェントの時点で『平』じゃないでしょ」

 エレベーターが停まり、開いた。ヴェルは一行を社長室に案内した。




 社長室にはリドウと、彼の後ろに男女のエージェントが一人ずつ控えていた。リドウはルドガーの後ろ、特にジュードを見て、小さく舌打ちした。

「社長からメッセージを預かっております」

 ヴェルは社長用のデスクに置かれた大画面のモニターの電源を入れた。
 映し出されたのは、社長席に座ったビズリーだった。ビデオメッセージだ。

『ルドガー。私は、カナンの地で行われるオリジンの審判に決着をつけるつもりだ。お前には真相を伝えよう』

 ――知らなかった、隠されてきた真実が、ビズリーが残した言葉によって次々とベールを剥がされる。元は黒匣(ジン)を制御できるか否かの判定。骸殻は欲望制御のバロメーター。願いの権利をクルスニク一族に与えた精霊側の本意。身内で争うよう仕掛けられた罠。分史世界が増え続けた真の理由。


 ジュードとミラが、カナンの地への入り方やクロノス対策を詰問したが、ヴェルは知らぬ存ぜぬで通す。だが、エルの安否に話題が至って、リドウが口を開いた。


「社長、エルの力を利用して、クロノスを殺す気なんじゃないかなぁ」


「な!?」
「カール。シェリー。お帰り願え」

 リドウが男女二人のエージェントを読んだ。どうにか問い詰めようとしたジュードとミラを、彼らは社長室の外に追い出した。
 ヴェルはちら、とリドウを顧みたが、エージェントたちと共に社長室を出て行った。

「ビズリーはエルをどうする気なんだ」

 ルドガーは追わず、今必要な情報を得ることを選んだ。

「それはトップシークレットなんですけどねえ」

 ルドガーがリドウを睨む。リドウは溜息をついた。

「エルが〈クルスニクの鍵〉だとは?」
「――知ってる」
「〈クルスニクの鍵〉ってのは、〈審判〉を超えるために精霊王オリジンの力を与えられた切り札。数代に一人しか産まれず、それゆえ、一族間で争奪の対象となってきた。社長の殺された奥さんがそれだったんだけど――ああ、副社長のじゃないほうね」
「俺のじゃない……ほう?」
「要するに、クロノスに対抗できるのは〈鍵〉が持つ“無”の力だけ――ってこと。まあ、クロノスを倒すだけ力を使えば、〈鍵〉は間違いなく時歪の因子(タイムファクター)化するだろうけどね」
「なっ!? あんた、それが分かってたのに、エルを社長と行かせたのか!!」
「俺に怒られても。副社長だって散々あの娘の力を利用してきたくせに」

 ルドガーが答えに詰まった。それを見たフェイは唇を引き結んで、ルドガーとリドウの間に立った。

「ルドガーはお姉ちゃんをリヨーなんてしてない。お姉ちゃんはルドガーにお姉ちゃんぜんぶを預けて、ルドガーはお姉ちゃんのためにルドガーのホントの何倍もがんばっただけ。リヨーなんかじゃ、ないもん」
「フェイ――」

 リドウの顔から笑みが消える。コワイコトを言われる前兆。それでもフェイはリドウをじっと見据えて動かなかった。

「だったらせいぜいその立派なお姉様に感謝するんだな、〈妖精〉さん。エルはキミの代わりに社長に付いて行ったんだからさ」
「――え」
「キミも〈鍵〉なんだろう? 〈鍵〉が二人いれば確実に、リスクゼロで、100%クロノスに勝てる。でも社長はエルだけを連れて行った。何故か分かるか? エルが頼んだからだよ。自分一人にしてくれって。妹は連れて行かないでくれって」

 フェイはその場にぺたんと座り込んだ。足が萎えて立てない。ルドガーが慌てて肩を掴んできたが、答える余裕がない。

「やっぱ子供だよねえ。二人でやればどっちも助かったかもしれないのにさ。まあ、どっちも死ぬ率のほうが断然高いけど」


 ――この時、フェイの中で何かが弾けた。脳がクリアになり、思考が体中の神経に染み渡る。

 実の娘なのに愛してくれない父親を怖がるとか。
 自分を〈妖精〉としか見ない人たちには関心を持たないとか。
 精霊は自分がキライなのだからヒドイ言葉を投げつけてもいいだとか。
 エルの愛情を独占していたもう一人のミラが邪魔だとか。
 ルドガーとの約束を破ったエルを悪し様に言うとか。

(ぜんぶ、ぜんぶ、フェイが勝手に作り上げた世界との壁。王様の言ってたヒキョウモノのヒガイモーソー)

 ――フェイの中で泣いていた小さなウサギは、たった今死んだ。


 フェイはルドガーの手首を掴むと、ぐいぐいと引っ張って社長室を出た。ルドガーから困惑が伝わるが、今は気にしていられない。
 エレベーターの近くまで行く。

「ルドガー、GHS貸して」
「え、は」
「貸して」

 ルドガーは驚いた様子でフェイをまじまじ見たが、ホルスターから出したGHSをフェイに渡した。
 フェイはGHSの着信履歴を開き、ジュードの番号をコールした。

「ジュード? わたし、フェイ」
『フェイ! あれからどうなったの? そっちに戻りたいんだけど、ヴェルさんが通してくれないんだ。これ以上は警備を呼ぶって言われて』
「そこにいて。ミラさまも一緒に。今すぐ行くから」
『ルドガーも?』
「いっしょ」

 そこでフェイはルドガーに通話中のままのGHSを差し出す。
 ルドガーははっとしたように、すぐGHSを耳に当てた。フェイはしかと肯いた。


 ルドガーはGHSをフリーハンズに設定して話し始めた。エルをビズリーに連れて行かれたこと。リドウが暴露したビズリーの真意。それらを通話でジュードたちに伝える。

『精霊を道具に……それがビズリーの真の目的だったのか』
『しかも、エルを利用するなんてっ』

 ぐ、とココロが圧迫される。

 利用するならいっそフェイ一人を選んでくれればよかったのに。そもそもフェイはエルと違って弱虫だから、あの場でビズリーに身を差し出すなど考えも及ばなかった。
 やはりあの姉はフェイなどよりずっと強い。

「今から俺たちもそっちに降りる。合流次第、全員でカナンの地へ向かおう。アルヴィンたちに集合かけといてくれ」
『分かったよ。エントランスで待ってるから』 
 

 
後書き
 ついに取り返しのつかない道へ、運命へ、ルドガーたちが踏み出しました。

 同時に、オリ主が最後の最後で捨てきれなかった厭世観や自己保身なども、ここで砕け散りました。こうなれば〈妖精〉の本領発揮です。 
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