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横浜事変-the mixing black&white-

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暁ケンジは己のエゴのために裏世界への一歩を踏み出した

数日後 JR根岸線関内駅改札口

 親には少し遅くなるとあらかじめ伝え、ケンジはとある場所へと向かうために関内駅にやって来た。それは数日前に出会った人物に関する事案である。

 殺し屋。そして彼らが所属する組織。ケンジが偶然会った殺し屋は、ご丁寧に名刺を出して彼に渡した。まるで同じ目を持った人間を道連れにするように。

 最初、ケンジはそれを千切って捨てるつもりだった。だが、あの日殺し屋に言われた言葉が(くさび)となってケンジの頭に居座り、その動きに躊躇(ためら)ってしまっている。

 『鏡を見てみればいい。今の君の目は、殺し屋さながらの冷酷さを持ち合わせている』

 『でも、これだけは確実だ。君は、いつか犯人を殺す。例え私が君を裏の住人として迎え入れなくてもね』

 ――僕は、人を殺せるのか……?

 ――そんな筈がない。僕は彼らとは違う。人を殴る事だって出来ないのに。

 自分の部屋に戻ってから、彼は脳裏で再生される殺し屋の言葉を噛み締め、片っ端から否定し続けた。けれどその行動自体が返って本音を表している気がしてきた。つまり、自分は大事な人のために人を殺める事が出来るのだと。

 ――何が本当なんだろう。もう、自分が分からない。

 ――あの人なら、今の僕が分かるのかな。

 長髪で眼鏡をかけた青年の顔が言葉と連続して浮かんでくる。理知的で人の心理を深く捉えられるあの人なら。だが彼は普通の人間ではない。彼が持つ二つの不純した特質が、ケンジの判断を大きく鈍らせる。
 散々迷った挙句、彼は決心した。殺し屋に――彼の所属する組織の元に行く事にしたのだ。
 自分は少し狂っているのではないかという疑問を感じた。普通なら殺し屋の元に単身踏み込むなどという愚か極まりない真似はしないし、何より復讐をしようとも考えないだろう。そんな事をしても、生まれるのは自身の手に塗れる殺害の残りかすだけだ。

 しかし彼は苦難と絶望塗れの道を選択した。生と死の天秤が常に上下している、あやふやで危険な世界への切符を使用したのだ。

 右手に握られた名刺に書かれている住所を見て、携帯の地図で検索。駅からさほど遠くない事に驚いたが、足を止める気は無かった。

 学校を終えて、いつもとは違う電車に乗ってここまで辿り着く。辺りはオフィスビルやコンビニばかりが幹を連ね、自動車やバイクといった人工的な騒音と人の喧騒が入り混じって駅周辺を賑わせている。駅から見て右手には横浜スタジアムが立ち、丸い外壁を大胆に晒している。横浜のランドマークとしての機能は十分に果たしているようだ。

 そんな風情のある風景に見惚れていたケンジだが、すぐに当初の目的を思い出す。携帯でチェック済みの場所と現在地を見比べていくと、彼らの巣窟はかなり近い所に位置している事が判明した。

 ――殺し屋ってそんなオープンな感じでいいのかな?

 映画などで見られる描写を予想していたため、腹に()もっていた緊張感が少しだけ薄れた。ケンジはそれを一時的なものだと思い浮かべながら目的地へと歩き出す。

*****

 横浜スタジアムの真反対に位置する区域。やはりビルが土地を占拠している大通りを一本左折した路地に、彼はいた。

 「やあ、ここで出会ったのは偶然?それとも……」

 「僕が、僕の意思で来ました」

 「なるほど。その意思を尊重しよう。こちらに来てくれ」

 彼――八幡はそう言ってケンジを手招きした。彼は左手に建つビルの裏口と思われる扉を開けて「こっちだ」と手招きする。それに従い、恐る恐るその扉の先へと一歩踏み込み、軽く咳込んだ。単純に埃で煙っていたのも理由の一つだが、その他にも理由はあった。

 まず最初に、そこがまさしく『空間』と呼ぶに等しかったことだ。裏口だと決め付けていたので、てっきり無機質な階段か通路だけしかないと思っていたのだが、想像以上に(ひら)けている。ビル自体は周りに建つビルと大差ない造りだったために、中も普通の仕様だと考えていたのだが、実際は全く違った。

 まるで潰れた廃工場のような構造で、錆びた鉄格子が剥き出しになっている。足元にはコンビニのゴミや埃や見受けられ、手入れをしていないのが一目で分かった。『田』形の窓から漏れ出す太陽の光が、空間のあちこちを照らし出し、ビル内部の全体像が伺えた。ビルは直方体の形をしていたので左奥の方にも続いているのだろうが、多くの鉄屑や壊れた機械などの山で通行出来そうにない。

 そこで目の前に人がいる事に気付いた。二人おり、窓の前にいる。外光に反射して顔がよく分からなかったが、八幡に促されて近付いて顔をちゃんと視認出来た。

一人は金髪で、黒の無地に分厚いホスト風のジャケットを纏った男。パイプ椅子に腰掛け、右手に携帯を持っている。八幡とは違った方向で大人っぽいが、ニッと横に口を広げた顔はどこか幼いように受け取れる。

 もう一方は金髪男よりも少し背の高い女性だった。枝毛の目立つ長髪を始めとして、グレーの長袖シャツや登山さながらのトレッキングパンツなど、女性的な点が見当たらない。服装に一貫性が無いのが、返って女の大雑把な性格を表現していた。

 そして、当の女がケンジの顔を一瞥し、続いて八幡の方を見て開口一番に口を開いた。

 「リーダーの観察力と知識はいつも表敬に値するものだと思っていたけれど、どうやら勘違いだったみたいね」

 「いや、宮条の私に対する見方は正しい。私は常に物事を俯瞰的に捉え、最善の方法を見つけ出す事を心掛けている」

 「なら、どうして貴方の隣に学生がいるの?目が狂ったとしか思えないのだけれど」

 宮条と呼ばれた女が嘆息しながら八幡に嫌味を吐き捨てる。隣にいた金髪男も、態度こそ違えど八幡を指摘する言葉を投げかけた。

 「そうっすよ八幡さん。俺まだ19だけど、事情が違うっしょ。そこの学生さん、山垣の制服着てるって気付かなかったんすか?」

 かなり砕けた喋り方だ。それでもリーダーと呼ばれた八幡に対して一応敬語のようなものを使っているらしい。が、その男はニコニコしながら数秒前とは異なった答えを紡ぎ出した。

 「でも、彼がこの世界に入りたいってんなら俺は歓迎するぜ。じっくり裏世界の歩き方教えてやっからさ」

 ケンジは彼の笑顔が少しずつ残忍な色を帯びていくのを感じた。途端に敬語を使わなくなったのも、どこか狂気的に思えてしまう。

 そんな彼の言葉を聞いて、八幡は顎に人差し指を乗せるポーズをする。そして数秒のラグの末、ケンジに向かってこう言った。

 「君の名前は?」

 「え?えっと、暁ケンジです」

 「そうか。暁君、君は本当に復讐のために人を殺める事が出来るか?」

 「……それは」

 「人は簡単に死ぬ。私達はそれを知っている。そして君もまた、私達と同類となる」

 「……!」

 「頭の中で理解していても、本心はとても素直なものだ、人間というのは」

 そう言って八幡は一歩ずつ歩き出し、さらに二人の男女まで距離を詰めた。そしてケンジの方に振り向いて、淡々と言葉を吐き出した。

 「もう一度聞こう。君は、復讐という利益も価値も意味もない事の為に、銃の引き金を引けるか?」

 「……」

 「だんまりは良くないな」

 「……ない」

 「ん?」

 「意味がないなんて事はない!」

 そのときケンジは自分でも驚くぐらいに大きな声を出していた。普段そこまで大きい声を出さないので、本当に自分のものなのか訝しく思えてしまうほどだった。気付けば腹の奥が熱くなって、続いて全身にまで熱が浸透してきていた。

 一方の八幡は突然大声を上げたケンジに動揺する素振りも見せず、続きを促した。

 「ほう。なら、その答えを聞かせてもらおうか」

 「それは……」

 正直、先程の八幡の言葉はケンジにとって許せなかった。何故ならそれは自分がここにいる事を完全に否定しており、同時に幼馴染の死を軽々しく扱っていたからであり――

 ――でも、そんな事を言って彼らが納得してくれるのだろうか?

 ケンジは目の前にいる人間達の職業を思い返す。殺し屋。人からの殺人依頼を引き受けて、対象を感情問わず殺す非道な連中だ。『死』に対してドライであろう彼らとでは、復讐の価値が異なる可能性が高い。

 だからこそ、自分の考えに納得してもらえるかが不安だった。

 ――いや、僕が悩んでいるのはそれだけじゃない。

 ――僕自身が怖いんだ。人を殺す事が、どうしようもなく……。

 あまりにも単純で、あまりにも近い場所にあった、潜在的恐怖。復讐すること。それは相手を追い詰めて追い詰めて追い詰めて、最終的に自身の手で犯人の命を奪うこと。

自分は復讐をバカにされた事で大声を上げてしまったのではなく、復讐をするための『殺人』をするだけの勇気がない事を隠すために声を張り上げてしまったのではないだろうか?

 ――ああ、やっぱり僕狂ってるのかも。

 ――ここにきてまだ諦めてないんだから。

 心中で苦笑いしつつ、ケンジは前を見据えた。八幡から目を逸らしたら負けだと自分に言い聞かせ、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 「僕は僕の意思で、ここにいます。でも貴方達とは違って、まだ人の命を簡単に奪うだけの力も、手段も、勇気もない」

 「なら、君はどうしたい?」

 「……僕は、自分のエゴで引き金を引きます。貴方達の持つ情報量や知識を使って」

 「そうか」

 短く受け答え、八幡はフフッと笑った。やはり自分の甘い考えは一笑に付す程度のものだったのか。ケンジが自分の非力さに嘆こうとしたところで、

 「やはり君は面白い。君みたいなキレた人材は久しぶりだよ」

 八幡はやや興奮気味に、廃屋の天井に向けて宣言した。

 「我々、殺し屋統括情報局は暁ケンジ君を歓迎しよう。燃える復讐心は君を必ず強くしてくれる」

 その言葉を聞いた瞬間、彼は必然的に感じた。

 ――もう、元には戻れないね。

 しかし彼は、自分が思っている以上に後悔や己の愚考に浸っていない事に気付いた。それはすでに自分が心の整理を終えた表れなのかもしれない。そう考えただけで背中や額から汗がスーッと消えていった。

 「おお、怖い怖い。お前そんな顔も出来んのかよ」

 突然、パイプ椅子に座った金髪男がそんな事を言い出した。一体何を言っているのかと聞くと、彼は実に面白そうに答えてくれた。

 「決まってんじゃん。今のお前の顔だよ。狙った獲物は逃がさねえとでも言いたげな、恐ろしい顔だぜ?」 
 

 
後書き
各話のタイトルは某小説のアニメを似せています。
バカ騒ぎに魅力を感じてしまい、ついつい真似てしまいました。 
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