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横浜事変-the mixing black&white-

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局長は姿を見せぬまま街の裏を台頭する組織について語る

 八幡は最初に、殺し屋という仕事について説明した。

 「一般に人から受けた殺人依頼をこなすのが我々の基本的な仕事だ。人と言っても、大体はヤクザとか密売組織関係の人間だ。カタギの奴からの依頼はほとんどない。ああ、でも時折重要人物の護衛任務が下る場合もある」

 「それはチームBがメインだから俺らには関係ないんじゃないすか?」

 「あの、チームBって何ですか……?」

 ケンジは八幡と金髪男――狩屋のやり取りで出てきた謎めいた単語に思わず首を突っ込んだ。だが八幡は「ああ」と手で続きを制する形を取った。

 「それについては後で説明しよう。今は殺し屋について聞いてほしい」

 どうやら、一つ一つの段取りをしていくつもりらしい。彼は少し抜けているところがあるとはいえ、基本は生真面目な人間のようだ。

 ――まぁ、本当に真面目ならこんな世界に足突っ込んでないよね。

 八幡は夕焼けが差し込む窓際へとゆっくり歩きながら言葉を紡ぎ出す。

 「現代の殺し屋は年々減少傾向にある。警察の取り締まりが厳しくなったのもあるが、全体的に依頼数が減っているのが主な原因だろう。昔は専門業者やら初心者の殺し屋やらごった返していたそうだが、今は『その筋』関係の人間しかいない」

 依頼が減った一端には、暴力団取締法による検挙もあるという。情報の流れが精密になり、警察もある程度の情報供給力を得てきた。それは確実に任侠団体の首をじわじわと絞めていたのだ。

 ヤクザ間の抗争や密売組織同士の牽制や抗争も現在ではほとんどないそうだ。そのため、補充要員として呼ばれていた殺し屋にまで依頼が回ってくる事が無い、と八幡は神妙な顔つきで語った。

 「だが、そんな殺し屋不況の中でいまだに現代に生き続ける『殺し屋の組織』がある。それが殺し屋統括情報局。横浜の裏通りに存在する、日本にただ一つの殺人請負組織だ」

 「なんか掃除機の宣伝みたいな言い方っすね」

 すぐに狩屋がツッコんだ。が、それに返すお調子者は誰もいない。

 すると、今まで沈黙を貫いてきた女性――宮条が八幡の説明に加わってきた。

 「私達は組織直属の殺し屋。とは言っても、私達は組織の一部にすぎないけどね」

 「組織の一部……?」

 「宮条、後は今日の夜の定時報告で局長がしてくれるだろう」

 「そうね」

 思いきりケンジをスルーして、二人の会話は簡単に終わってしまう。ケンジには宮条が口にした内容が気になったのだが、それを正面から聞くだけの勇気は残念ながら持っていなかった。

 そこで狩屋が思い出したようにリーダーの八幡に問い掛けた。

 「そういや定時報告って何時でしたっけ?俺最近時間無くて行けてなかったから忘れちゃったんすよ」

 「夜の9時に新港埠頭だ」

 「狩屋、アンタいい加減ちゃんと覚えたら?頭の中に何を詰めてるのかしら」

 「姐さん、それちょっとキツいわ……」

 宮条の軽い罵りに狩屋がふざけた調子で落ち込む。それだけ見れば学校の先輩後輩みたいな風に見えるが、彼らがれっきとした殺し屋である事を忘れてはならない。

 そのまま彼らのやり取りを遠い目で眺めていたのだが、いつの間にか隣に来ていた八幡に声をかけられた事で我に返った。

 「暁君は定時報告に出席できるかな。出来れば局長から聞いた方が良いかと思って説明を中断したのだが」

 「ああ、それなら多分大丈夫です。親は基本放任主義なので」

 「それにしては律儀だね。放任主義と言っても、ちゃんと面倒を見てくれていたようじゃないか。素晴らしい親御さんだ」

 「いえ、そんな」

 「けれど、君の常人とは違う切れ味を持ったところには気付けなかったようだがね」

 彼の最大限の皮肉を込めたその言葉に、ケンジは何も言う事が出来なかった。

*****

午後9時 新港埠頭 新港客船ターミナル付近

 新港埠頭。それは1944年に完成した日本初の本格的な繋船岸壁を持つ巨大な埠頭だ。岸壁には同時に13隻の船舶が接岸し、はしけによらない荷役を可能とした、近代的な造りとなっており、現在でも使われている。数年前に横浜港開港の節目として行われた博覧会では会場の一つとして利用され、多くの観光客の足を向かせていた。

 また、みなとみらい再開発により赤レンガ倉庫やワールドポーターズなどの商業施設を始め、横浜海上防衛基地などの湾岸関連の施設、カップヌードルスタジアムや運河パークといった振興地が整備され、市外からの観光客も多い地域として生まれ変わった。

 そうした観光地は一つの通りの左右に立ち並んでおり、観光客にも分かりやすい仕様になっているのだが、ケンジ達がいる場所はそうした表舞台とは違った。

 何故なら今彼らがいるのは、まさに客船が出港していたターミナル駅のど真ん中だったからだ。近くにはかつて使われていたハンマーヘッドクレーンが佇み、夜の横浜湾に無骨なシルエットを映し出していた。勿論周囲に人はいない。

 ここは数年前まではターミナル駅として利用されていたそうだが、ターミナルや岸壁の老朽化、別のターミナル駅の普及などの観点からタグボートの係留地としか使われていないらしい。とはいえ整備計画が無いわけではないらしく、ハンマーヘッドクレーンを象徴にした公園なども考えられているそうだ。

 というより、本来ここは立ち入り禁止区域なのではないか。ケンジが恐る恐る八幡に尋ねると、

 「局長は何でも可能にしてしまう。だからこうして定時報告のためにここを使えるのだよ」

 と説明してくれた。

 ――組織の局長ってどんな人なんだろう。いかにもヤクザって感じかもなあ……。

 これから顔を合わす事になる人物の顔を空想の中で思い浮かべて嘆息する。もしかしたら怖すぎて声が出せなくなってしまうかもしれない。ケンジはなるべく平常心で行こうと深く息を吐いた。
10月の冷たい風が口内を乾かせて、逆に話しづらい状態になる。さらに風は制服の奥にまで進入し、背筋がゾクッとする。しかし、背筋が強張るのはそれだけが理由でない事は分かっていた。

 ――ここにいるメンバーが、みんな殺し屋……。

 左右には夕方に顔を合わせた八幡と宮条がいるが、少し声のボリュームを上げないと会話が通じない程だ。

 そんな広大な場所に、見知らぬ人間達が円を描いて向き合っている。もちろんケンジや八幡もその輪を繋げる一部となってその場で立っている状態だ。それが何の意味を成しているのか、ケンジには理解出来なかった。

 ――仲間意識なのかな。こういう世界は裏切りが多そうだし。

 そうやって勝手に解釈するのが限界だった。ケンジは周りと目が合うのが怖くて、足元の革靴を見つめる。そうしていると隣にいた宮条が円の中心に放り込むように言葉を口にした。

 「報告があります。今回チームAに新人が入りました。名前は暁ケンジ。私立山垣学園の生徒で、『殺し屋の電話番号』の被害者です」

 彼女が言い終えると同時に一人の男が手を挙げた。「大河内さん」と宮条が名前を述べると、大河内と呼ばれた青年がケンジに向かって声をかけた。

 「暁君に質問があるんだけれど、いいかな?」

 その声は殺し屋と思えぬほどに柔らかく、男とは考えられないほどに透き通っていた。確かに声は男のものなのだが、まるで聞き間違いを許さないように凛としていて耳に優しい。顔は遠くて識別しづらかったが、きっとルックスも良いのだろう。

 「えと、はい。どうぞ」

 何と返せばいいか分からず、たじたじになりながら顔の見えない青年に言葉を返した。すると彼は少しの間を置いてから質問してきた。

 「八幡君から聞いただろうけど、僕たちは殺し屋だ。やる事はいちいち血生臭いし、精神的に壊れる可能性は十分に高い。それでも君は復讐のために戦うのかい?」

 「……はい。僕はもう決めたんです。だから、ここにいるんです」

 そう言ってから、ちょっと挑発的だったかと反省する。相手の態度次第では謝るつもりだった。しかし彼は「ハハッ」と笑ってからこう言ってみせた。

 「君は凄いね。どこまで頑張れるか、見せてもらおうかな」

 「はぁ」

 またもや予測を変えられた。殺し屋といっても根本は一般人と変わらないのだろうか。ケンジは気の抜けた声でそう返した。

 「誰か、彼に異存のある者は」

 宮条はそう言って彼らに問うた。けれどその中に異論を述べようとする者はいなかった。彼女は八幡の方に目をやり、八幡はその視線に頷いておもむろに携帯を取り出す。早い手つきで携帯番号を打ち込み、どこかに電話を掛けたかと思うと通話は瞬時に繋がった。スピーカーモードにした八幡の携帯からは、しわがれた男の声が弾け出た。

 『やあやあ殺し屋統括情報局の殺し屋諸君。今日まで生き残れたのはまさに奇跡の連続と言えよう』

 「局長、毎度そのセリフで始めるのは止めにしませんか?妙に『死』を意識してしまいます」

 『ふむ。私は気に入っていたのだが。八幡君がそういうなら今後は違う言葉で始めるとしよう』

 ――え……これが局長?

 八幡が「局長」と言ったところで、ケンジは驚きを隠せなかった。周りは少しも気にしている様子を見せていないが、初めてこの場に出席したケンジにとって、これほど驚愕を覚えた事は無かった。

 ――てっきり、ゆっくりここまで歩いてきてカッコよく現れると思ったんだけど……まさか電話で登場するなんて。まただ。また予測を変えられた。

 「局長、今日は各チームの報告の前に、新人の紹介をしたいのですが」

 『新人?ああ、山垣学園の学生さんだね』

 「え、ええええええ!何で、僕のこと!」

 「覚えておくといい。局長は何でも知ってるんだ」

 ――そんな真顔で言わないでよ!

 八幡が簡単な説明をしてくれたが、それでも納得出来ない。もしかしたら個人情報も把握されているかもしれない。そう考えただけで血の気が引いていく。

 しかし局長はケンジの今の心の内を察したようにフォローの言葉を飾った。

 『安心してくれ暁君。私は他人の情報を漏洩したりする愚か者ではない』 

 「ま、まだ僕名前名乗ってないのに……」

 『む、しまった。本人は知らないのに他人が知っているような事はしないと決めたのに』

 もはや緊張なんて吹き飛んでいた。ただし恐怖は緊張の分まで倍増し、自分や親族の身がより一層心配になったが。

 ――僕がこんな事を考えなければ母さん達に迷惑掛けなくて済むんだけどね。

 自分に他人を心配する権利などないと言い聞かせながら、ケンジは改めて自身の名前を名乗る事にした。

 「暁ケンジです。合気道を数年やった程度で運動音痴です。よろしくお願いします」

 「えっ、お前合気道やってたの!?すげぇ!」

 そこでいきなり狩屋が口を挟んでくる。しかし即座に彼の後ろに回り込んだ宮条によって後頭部に打撃を喰らい悶絶してしまう。

 ――宮条さん、僕の右隣にいた筈なのに……いつの間に左側にいた狩屋さんのところまで?

 素朴な疑問を頭に浮かべつつ、今は局長に集中する事にした。携帯から響く老人の声はとても朗らかで、これまた裏の住人とは思えなかった。

 『まずチーム毎の報告を済ませよう。暁君にはその後に組織の説明するよ』

 ――その、チームってのがまず分からないんだけどなぁ……。

 とはいえ新米の自分が流れをぶち壊すわけにもいかない。結局チーム毎のリーダーと呼ばれた人間による報告が行われている間、ケンジは殺し屋達の会合を先程の狩屋と宮条のように遠い目をしながら眺めていた。

*****

 定時報告は一つ一つの項目を終え、数十分後に全てが終わった。各殺し屋達は三者三様の態度でターミナルを離れて行った。大半の人間が消えた事で空虚さが増したそこにケンジと八幡、通話先の局長だけが残った。

 『八幡君はどこまで話したのかね?』

 「現在の殺し屋情勢だけです。組織についてはやはり長である局長から聞いた方が良いと判断したので、簡単にしか伝えていません」

 『なるほど。私の電話番号を持っている君だからこその選択だね。阿久津君でも良かったんだがな』

 「副局長は依頼の仕分けで忙しいでしょう」

 『まるで私が忙しくないみたいな言い方だね』

 「いえ。ただ、この時間は私達にも局長にとっても都合が良いかと思っただけです」

 『そうとも受け取れる。では話をしようか』

 通話口から局長が息を吐いたような音がザザッと聞こえ、続いてしわがれた声が横浜港に吹く風に乗って二人の耳に届けられる。

 『我々は殺し屋統括情報局。横浜の裏に潜む殺人請負組織だ。あらゆる情報をかき集め、常にその状勢を見守る。本部は依頼者から送られてくる多くの依頼を『組織に関わるもの』と『一般の殺人依頼』に振り分けて、それらを各殺し屋チームに任務として渡す。要約すればこんなところだね』

 局長はそこから長い事語り続けた。

 殺し屋チームはAからDまであり、それぞれ4~5人で構成されている。そしてそれぞれのチームには通常とは違う特殊担当というものが用意されている。A、Cは特殊任務担当、Bは隠密行動担当、Dはスクランブル出撃、つまり切り札として動く場合だと言う。

 『と言ってもそうした非常事態はほとんど起きないから安心してくれ。普段は依頼で人を殺す程度だから』

 ――人を殺す程度って。

 彼らにとってはそれが日常だからそれを突っ込むのは失笑を買うだけなのだろうが、それでもケンジには違和感が拭えなかった。

 局長は殺し屋統括情報局は規模が大きいため、敵が多いとも言った。そして他国のマフィアや他組織とは提携を結んでおり、事態が危険レベルに達した時は協力体制が敷かれるらしい。それを聞いた時は完全に遠い世界の話のように思えて逆に驚けなかった。


 『大まかに言えばこんなところだろう。暁君から何か聞きたい事は無いかね?』

 「いえ、十分お話は聞けました。えと、ありがとうございました」

 『まぁ最初は生で血を見るのも辛いだろうが、その辺は覚悟してくれ。八幡君、彼の事は君達チームAに任せてもいいかい?』

 「了解。ありがとうございました」

 それから二言三言話して八幡は通話を切った。局長によると定時報告は月に2回あり、欠席してもお咎めは無いそうだが『基本的に欠席や遅刻はあり得ない』という暗黙の了解が殺し屋間で置かれているらしい。毎回夜を抜け出す事は出来るだろうかと、ケンジは少し心配になった。

 と、そこでちょうど心配の種からの電話が掛かってきた。ケンジは携帯のディスプレイに表示された『母さん』という文字を見て、露骨に嫌そうな顔をする。そんな彼を横目に、八幡はフッと笑いながら先に歩き出してしまった。

 慌てて彼の後を追い掛けながらケンジは電話を取った。耳から盛大な怒りの声が飛び込んできて肩をビクリとさせる。

 『ちょっと!いくら何でももう帰ってきなさい!今どこにいるの!?』

 「えっと、山下埠頭」

 『何でそんなところにいるのよ!今何時だか分かってる!?』

 そう言われて携帯の画面で時間を確認する。時刻を見たケンジは顔を思いきり引き()らせた。

 「じゅ、11時半……」

 『早くしないと電車乗れないわよ?補導されても知らないから』

 「そんな!」

 『明日学校なんだから、早く帰ってきなさいよ。私寝るけど』

 それを最後に母との通話が切れた。一方的に切られたのだ。茫然と携帯画面を見続けるケンジを見て、八幡は愉快そうに呟いた。

 「ちゃんと定時報告に顔を出せるか、これからの態度に関わって来るね」

 「はい、そうみたいです……」

 少しでも生活を改めるよう努力しよう。ケンジは赤レンガを横目に見ながら、いつものように溜息を吐いた。

 「ああそうだ。暁君、明日は空いているかな?」

 「明日ですか?はい、僕は帰宅部ですし、空いてます」

 「それは良かった。なら明日から始められるね」

 「?何を、ですか?」

 純粋に話の展開に追い着けなかったので、八幡に疑問をぶつけた。すると彼は長い黒髪を棚引かせながら、こう言った。

 「特訓だよ。人を殺すためのさ」

*****

 自分がなんと答えていたのかはよく思い出せない。だが気付けばケンジは自宅の部屋で布団を被っていた。時間は母親からの電話以来一度も見ていないが、深く眠れたところですぐに起床時刻を迎えるだろう。

 ――彼らは、そして僕も曖昧だ。

 ずっと喉元に引っ掛かっていた言葉。それを心中で呟く。その考えがケンジには的を射ているようにしか思えなかった。

 普段ありそうな日常的な会話。しかしその大本は殺し屋。

自分がいるのは砂漠。だと思っていたら実は海だった。そんな想定外の場面の連続。それが彼らなのだ。

 ――もう、元には戻れない……。

 ケンジは最後にそう言い聞かせ、そのまま意識を微睡みの中に落とした。

 次に目を覚ます時は、眠気覚ましの退屈で平和な日常が来る事に深く安堵しながら。 
 

 
後書き
ケンジ君は本当に良い奴なんです。進むべき道と無駄に真面目な性格が変に回転しちゃってるだけなんです。 
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