戦国†恋姫~黒衣の人間宿神~
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十九章 幕間劇
膝枕
「ふぅ・・・・」
新品同様の匂いがする畳に寝転がり、小さく息を吐く。この無人の神社に世話になって、しばらく経つが、人質の件は完了したからな。現在も久遠たち織田のとは連絡は取れないけど、この調子で春日山を取り戻せばな。そうすることで織田家のスパイというか草か。その草が今回の騒動を聞けば確実に久遠の耳に届く。
「今はそれ期待するしかないのかもな」
すると襖が開いたので誰かと思ったら一葉だった。
「おお、主様。ここにいたか」
「どうしたんだ、一葉」
「余は主様の恋人よの?」
「それがどうかした?」
何を今更言うのかな。あとは未来の妻ではあるし。
「なら、何も聞かずにかくまってくれ」
「あとで聞くからな。とりあえずそこの壁に張り付いていろ。一葉を気配なく透明な姿にするから声を出すなよ」
「分かった」
と言って壁に座った一葉に、透明と気配を遮断されるのと近づかないように人払いの結界を一葉のところに張った。足音が聞こえてきたので、俺は何もなかったかのようにもう一度寝転がる。大きなあくびと同時に襖の向こうから声がかかったけど。
「一真様。入っても宜しいですかな?」
「どうぞ」
「失礼致します」
予想通り入ってきたのは、いつもの幽。
「おや。おくつろぎの所でしたか、申し訳ありませぬ」
「別に構わぬが、何かあったのかな?そんなに慌てて」
「一真様。公方様をお見かけしませんでしたか?」
「一葉?知らんが。何をした」
「何もしておられませぬ」
「何もしてない?なら、別に慌てる必要はないだろうに」
「ああ、言い方が悪うございましたな。ざっくり噛み砕いて申しますと、公方の仕事を打ち捨ててどこかに雲隠れしおったのです。あの糸の切れた凧は」
「それは噛み砕き過ぎ」
「いやはや。どこまで加減をして良いやら分かりませんので・・・・つい」
今のは明らかにわざとだろうな。絶対加減を分かっていそうだ。
「この事は公方様にはどうかご内密に」
「分かってるよ」
さっきの一葉の様子からしてみれば、やはり予想通りの展開何だな。まるで桃香が事務職を投げて愛紗に怒られるという場面があったような。
「今の状況に仕事なんてあるのか?」
「ございますとも。足利衆の軍事指揮に、各種報告の対応。人事に糧食の配分の指示、一真隊や森衆、松平衆との各種行動の細かな調整まで。確かに征夷大将軍の仕事そのものは僅かですが総大将としての仕事は山のようにございますよ」
「ああ・・・・そっちか」
「一真様は・・・・・ああ」
「そういうことだ。一真隊のその辺の仕事は全部詩乃やひよがやっている。俺は主に黒鮫隊の仕事をするが、今はないからな」
方針の相談は来るけど、実務とかは任せている。逆に俺は船に戻って報告書を読み漁っているからな。あとは各武器の手入れや部下とのコミュニケーションとか、一緒に食事や風呂とかも。最初は男風呂だったけど、女性隊員が隊長は特別だからこちらでも構いませんよと言ってたので、気分で男風呂だったり女風呂に行ったりとしている。あとは主にトレーニングかな。神器を使い禁手化をしてトレミーの周りを飛んだり、ドラゴンブラスターを放ったりしているけど。上に立つ人間だけど、一真隊の方はお任せだけど黒鮫隊は別。部下と一緒に模擬戦やったりもしてるけど、一真隊の人材には恵まれている。
「まあ俺もたまに船に戻っては事務職とかそういうのしてるけど、一葉を見たらちゃんと仕事しろと言い聞かせるから」
「お願い致します。それがしの言葉は暴れ馬の耳にそよ風の如しでしょうが、恋人である一真様の言う事ならば、あるいは・・・・」
「普通なら責任重大だな」
「まあ当たって砕けろとも言いますし、いくら一真様でも鬼神ぐらいの覇気を浴びせれば言う事を聞くかと」
「砕けないけどな」
仕事をしろというたった一言だけで、命がけの説得みたいに聞こえるけど。
「・・・・・・」
「・・・・・・ん?」
「・・・・ふむ。これだけ粘って悪口を言うても音沙汰無しという事は、鼠は本当に足下には居らぬのでしょうな」
随分と粘ると思ったらやはりそう言う事か。
「それでは失礼致します。一真様も公方様をお見かけしたら、それがしが探していたとお伝え下さい」
「ああ。早めに見つかるといいな」
そう言い残して、幽はほてほてと俺の部屋を出て行くのだった。そんな幽を出て行ってすぐに、透明と気配を遮断されるのと近づかないように人払いの結界を解除した。
「あの表六玉!人の悪口を散々聞こえるように言いまくりおってからに!」
全力で怒りを露わにしたのは、姿を現した一葉が立ち上がってからの一言だった。
「・・・・よう我慢したな。一葉」
あの悪口で反応して、物音が聞こえたら即効アウトだったけど。幸い結界を+防音にしたので、一葉が物音を出しても外からは聞こえないようにしたけどな。
「当たり前だ。あの程度の悪口で腹を立てるほど、人間が出来ておらんわけでもないぞ。余は」
今無茶苦茶腹を立てて言っても、何も説得力はないけどね。
「後で覚えておれよ」
「覚えてって、さっきの悪口は俺も聞いていない事になっているんだからな」
俺から聞いたことになればとばっちりを受けるのは俺なんだけど。
「ならば余が勝手に床下に忍んでいた事にしてくれる。であれば、主様も悪くはあるまい」
「幽の事だから、絶対とぼけるだろうな」
俺辺りに話を振ってきて、俺が聞いていない事にすれば、結局幽の勝ちになる。相変わらず、抜け目のないタイミングであったな。幽の奴。
「ぐぬぬ・・・・。どうにかしてへこませる手段はないかの」
「それを言う前に仕事を放り出して出て行くのはどうかと思うが」
と言いながら一葉の頭をそっと抱き寄せてみた。
「そ・・・それはまあ・・・・そうであるが・・・・。というか主様も言えんのではないのか。詩乃やひよにどれだけ仕事を任しておるのだ?」
「俺の場合はやると邪魔になるからやってないだけだ。一真隊の調練とかは見てるけどな。あとは船に戻っての事務職をするだけだから仕事はしているぞ」
そのままゆっくり腰を下ろせば、一葉も俺に寄り添うように腰を下ろす。
「・・・・二条がおった頃は、幽と双葉が色々と引き受けてくれておったのだ」
「それは知っているよ。二条館で初めて会ったときも、公方役は双葉だったしな。あとあのときの弾を弾いたのは俺だけどな」
「やはりそうか。今頃になって考えるとそうか。さすがに幽も疲れておるようでの・・・・。じゃから余もたまには肩代わりしようと思うたのだが」
「まあそうだな」
「久しぶりにやったら肩が凝ったゆえ、しばし休みたいと思うてしもうた事は否定せん」
「しばし・・・・・か」
「後でちゃんとやるぞ?別に、余で分からぬ仕事という訳ではない。かつては余が全てを取り仕切っておったのだからな」
「最初から幽がいたわけではないのか?」
「おるにはおったが、最初から何でもしておったわけではないぞ。徐々に色々してくれるようにはなったが・・・・」
なるほどな。最初からそのような感じではなかったと。まあ俺の副長である劉零だって、最初から万能ではなかったしな。それに苦手分野は部下である仲間のフォローがあって今の劉零がいる。それに俺もな。色んな機体操縦や軍での仕事も最初は万能でもなかったし、最初は10人くらいだったけどな。それが今じゃ300人になって今のブラック・シャーク隊がいるからな。
「何なら後でちゃんとやれよな。仕事」
「うむ」
「少しはここで休んでいくといい。幽もしばらくは来ないと思うしな」
まあ、幽の事だから、分かっていて放っててくれている可能性大だと思うし。
「そうか・・・・。主様がそう言うのなら、しばし休んで行くかの」
そう呟いたら、一葉は俺にもたれかかると、ことりと頭を預けてくれる。
「そういえば一葉とこうしてゆっくりするのは、初めてかもな」
「そうかもしれんの・・・・」
二条では双葉と共に初夜を迎えたり、勉強をしたり、金ヶ崎でも合間に話をした程度。そのあと俺一人で殿する前にも少し話したけど。
「そうじゃ、主様」
「何だ?」
「一度、主様にしてみたい事があったのじゃが・・・・構わんか?」
「俺が出来ることならな、で、何?」
「うむ・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
しばらく黙っていたけどやはりなんでもないらしいが、気になるな。手合せでも俺とは勝てないと思うけど仕合とかならな。
「もしかして、手合せか?」
「それは良い。主様が最強であるのはもう分かっておる。まあ手合せをしてたら幽に見つかる」
だよなー。金属音で野次馬が集まってくるだろうし、それと同時に幽も来るだろう。今はお忍びでの休憩タイムということだしな。
「その・・・・じゃな。京におった頃、街の遊女が男衆をもてなしていた振る舞いなのだが・・・・」
一葉言いにくそうなのかそう呟くと、ほっそりとした手で膝の上をぽんぽんと叩く。
「膝枕か?」
「うむ。一度、主様にしてみたいのじゃが・・・・。そういう遊女のような真似は好かんか?」
「いやそういうのも好きだ。一葉がしてくれるのなら普通に嬉しいぞ」
「・・・そうか!なら・・・・」
そうして俺は一葉の膝に頭を置く。ふむ。公方の膝もなかなかなもんだな。
「重くはないか?」
「少し重いが、悪い気分ではないな」
一葉の膝は俺の本妻である奏を思い出す。奏の膝もこんな感じだったな、武術を極めていて体を鍛えているからこんなに柔らかいのだとな。
「主様はどうだ?余の膝は」
「ああ最高だ。まるで奏を思い出すな」
「奏とは確か一真の・・・・」
「ああ。俺の妻だ。俺の妻たちもいるが、この時代に合わせると奏が正室になるからな。随分前にやってもらったから、懐かしくてな」
膝枕は夫婦ではよくすることだ。最近は今の仕事をしているからな。よく結菜にしてもらっていたが。
「今更だが本当にはしたなくないのか?それに余は男に膝枕するのは初めてだ」
「分かっているさ。それにこれぐらい慣れて行かないと夫婦にはなれんぞ。こういうのは別に恥ずかしくがるようなことではないだろう」
「・・・・そうか」
「何か気になる事でもあるのか?」
「・・・・すまんな。余は、夫婦のそういった場をよう知らんのだ」
「なるほどな。一葉の両親は?」
「母は先代の将軍であったが、余に将軍職を譲って少しして病でな。・・・・父とこういう事をしている場など、ついぞ見た事がなかった。双葉も幼い頃から仏門に預けられておったから、こういった家族の甘えようはあまり知らんだろう」
「そっか」
一葉にとっての膝枕は、久遠や結菜がするような感じではなく、遊女が男にもてなすという印象ではしたない行為だと思ってたわけか。俺にとっての膝枕とは違うみたいだけどな。それに俺の妻たちには一夫多妻制なので、一人というわけではない。俺の拠点である駒王町は、そういうのはないが、俺の権限によってできたことだし。
「・・・・・・主様」
「何?」
「その顔は、別のおなごの事を考えておる顔じゃな」
ほう。分かるのか。
「久遠や結菜、それに別の世界にいる俺の妻たちを考えていた」
「・・・・・そうか。主様の妻たちは離ればなれだからか?」
「そういうことだ。だけど、心と心が繋がっているから寂しいとは思わない」
まああとは写真とかあるし、声が聞きたいのであれば通信もできる。
「それと双葉は何をしてるかなー?」
「まあ主様の予想通りかもしれんぞ。それに余の臣は、余がおらずとも勝手に動く者が多い。余が何を望んでいるのも理解しているはずだ」
そうかもな。俺の部下も何も言わずに行動するときもあるし。
「信じているのだな」
「主様も久遠や結菜のことは信じているのだろう?」
「無事に朽木谷に下がったという報告は来ているから心配はないだろう」
ただ久遠は優しい子だ。俺が消息不明になったのは自分のせいなのではと考えるだろうな。
「主様は久遠が心配か」
「それもある。この世界に来たときに出会った最初の者だ。それにずっといるという約束を破ってしまったから」
本当ならいますぐ船か翼で久遠のもとには行きたいが、今は帰れない。春日山の事も放っておけないからな。距離的にはいつでもいけるが、今は美空の力になりたいと思って自らここまで来たからな。
「一葉の髪はきれいだ」
「そうでもない。もう、当分双葉に梳いてもらっていないからな」
「双葉ね。二条館の朝はいつも双葉に髪を梳いているんだったな」
ああいう光景を見れるのもいいけど、たまに俺がやるときもあるからな。主に髪が長い妻たちに。人数が多いときは俺が分身をしてやったこともあったけどな。
「うむ。余の髪を一番上手く梳けるのは、双葉だからな。あとあまりじろじろ見ないでくれ。別に悪いわけではないが、主様には、もっと美しいときの余の髪を愛でて欲しいのだ」
「今の髪もきれいだと思うし、何だかいい匂いがする」
「今日は匂い袋を付けておるからな。京の市で買えば、そう高いモノではないからの。そこえあのゴロツキを締め上げれば、買える額だ」
おいおい。ゴロツキどもはATMか貯金箱だな、それは。あとこの近くで見た品は高い値だったようだ。ここからだと京とは違うし、距離も違う。土地も違うし、物価が高いんだろうけど。京と他では違うとカルチャーショックでも受けたのであろう。
「まあいつかお前を京に戻す日が近いかもしれん」
「そうだな。いつかは戻りたいものだ」
一葉の膝枕なのか、あくびをしながら言うけど。寝ちゃいそうだ。
「春日山を取り戻さんと話にならん・・・・・からな・・・・」
「・・・・主様?」
声をかけても、返ってくるのは声ではなく寝息だ。
「・・・・寝てしまったか。ふふ・・・・」
呟き、膝の上に乗った頭をそっと撫でてみる。一葉のよりかは短い髪であってちくちくしていたが、その変わった感触に一葉は思わず顔を綻ばせた。
「普段は冷静沈着で戦いになると鋭くなる顔だが、こうなると子供と変わらんな」
「・・・・・公方様」
「幽か。入れ」
「おや。一真様はお休みですか」
「主様も相当疲れておるのだ。大声を立てるなよ」
「御意」
穏やかな大将の寝顔を軽く覗き込み、幽も思わず苦笑い。
「仕事は少々休憩をしたくなっただけだ。主様が起きたら戻る」
「ははは。そこまで無粋を働いては、それがしが馬に蹴られて死んでしまいます。適当に片付けておきますので、御簾中様は未来の御夫君のお守りをお願い致します」
「そうか。・・・・すまんな、いつも」
「何を今更」
「ならば任された大役、見事果たしてみせよう」
「承知致しました。では、無粋者はこれにて」
幽が姿を消せば、部屋を満たすのは再び一真の寝息である。
「・・・・・・主様」
そんな眠る男に声を掛けるのは、彼さえ知らぬ表情を浮かべた、この部屋にただ一人の娘。
「余は、親の愛には恵まれなんだが・・・・どうやら良き家族と友は持てたそうじゃ。それと・・・・すまんな、主様」
そして、紡ぐのは贖罪の言葉。
「余も、双葉の事は案じておる。久遠と同じで心優しい娘ゆえ・・・・な」
久遠もいるし、彼女とて小谷に残した本当の意味を理解してもいるのだろう。同じ男を未来の僧侶と選んだ盟友は、双葉を新たな将軍として立てる事にも尽力してくれるだろうが・・・・。彼女の大切な妹は、将軍の後継者という重責に耐えられるのだろうか。
「だが・・・・な。そんな全てを投げ打って、この膝の重みをずっと独り占めしたいと思ってしまうのだ。・・・・余は」
静かに呟き、眠る男の頬を撫でる。
「・・・・主様の物を大事に隠し持っていた双葉と変わらぬな、これでは」
そんなところまで姉妹で似てしまうのかと、思わず漏れるのはどこか自嘲を孕んだ微笑みだ。
「・・・・お前はそれを許してくれるかの、主様」
そして。眠る男に、長い髪の娘の影が・・・・そっと重なったのだった。
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