戦国†恋姫~黒衣の人間宿神~
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十八章 幕間劇
笑顔
「・・・・・・・」
木の陰に身を潜め、少し離れた川辺へと目を凝らす。視線の先にあるのは、じっと水面を見つめる少女の横顔。
「何をやっているんだろうなー。小波」
春日山城での諜報活動が一段落して、一真隊は美空の合流までの間に休息をしていた。どこにいるかは知っているがあえて言わないけど。午後になって、小波の事を考えたてたら、川原の方に小波がいるとの通信が来たので行ってみたら本当にいた。川辺の岩に一人で腰掛けていた小波。忍び寄って驚かそうとはしない。もう分かっていると思うし。観察をしていたら少し様子が違っているように見えた。
「・・・・・・・」
しばらく眺めていると、小波は水面に映った自分の顔を見ているけど何をしているのかは分からない。なので、望遠鏡で見てみることにした。そしたら表情を作っていた。何を練習しているんだろうと思ったが、笑顔を練習しているのかなと思った。以前俺は小波の笑顔が見たいとか言ったような覚えがあったような気がする。
「・・・・んっ・・・・・くっ」
どうにか笑顔を浮かべようとしているらしいけど、上手くいかない様子。笑顔なんて自然に出るだろうと思ったが、あるゲームのキャラで全然笑顔にならないキャラがいたな。漢で、確か貂蝉だったか。あと卑弥呼。あれは慣れないとただの気持ち悪いオッサンだからな。話を戻すが小波は悪戦苦闘をしているようだ。
「何をしているんだろうな」
と思わず口に出してしまった。
「むっ!」
顔を上げたので、望遠鏡をしまって隠れるけどもう遅かった。
「(ご主人様、そこにおられるのですか?)」
わざわざお家流で話しかけるか、普通。この距離で聞こえるのか、それとも、お守り袋を通じて聞こえたのかな。
「・・・・・・・」
小波は正確に俺の隠れている木を見つめている。見つかってはしょうがないので、素直に姿を見せた。
「いつ気が付いた?隣座っていいか」
「はい」
小波の隣に腰を下ろす。小波は岸の岩に腰掛けて、素足のつま先を川の流れに遊ばせていた。俺はそのまま岩にあぐらで座ったけど。
「それにしても、小波に気付かれずに近づくのは無理そうだな」
「いえ、ほんの先程までは気付かなかったです。声が聞こえたのでそこでやっとご主人様の気配だと分かりましたから」
「まあ俺は気配を消すのは得意だからな。だけど、さっきのは失敗した」
「まあそれは声を出したら分かりますが・・・・。それに・・・・(好きになってしまったから)」
言いかけた言葉を飲み込み、小波は小さく頭を振った。
「・・・・・・」
まあ何となくだが、小波が何を言おうとしたのかは分かるさ。妻を持っている者としては。しばらく俺と小波は無言のまま、しばらく川面を見ていた。話したい事はあるが二人きりになると言葉が浮かんでこないな。
「小波」
「はい」
互いに川面から目を離さないまま、細切れの言葉を交わす。
「いろいろとありがとな」
春日山城下の諜報活動もあるが、これまでいろいろと手伝ってくれたこともある。みんなは慣れない仕事をよく頑張ったと思うが、諜報のプロである小波の働きがやはり大きいと思う。
「いえ。それが自分の仕事ですので」
相変わらずの小波だ。褒めてもけして奢らない。あの夜、少しは柔らかくなったと思ったが、そう上手くいかないようだ。作戦外ではよそよそしくなっている。小波は黙っているが、横顔を見ると憂いに縁取られていたけど。小波の立場や性格を考えれば、その理由は容易に見当がつく。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
また長い沈黙。聞こえるのは川の流れによるせせらぎだけ。あの夜、二人の絆は深まったと思ったが、俺と小波の事情は複雑だ。全てが想いだけで解決することはない。小波が俺を想ってくれるのは分かっているし、その気持ちを押し殺してるのも分かっている。身分の違いに、二人の主、そして大義の名の下の大勢の恋人であって未来の嫁達。
「ほう・・・」
一瞬指が触れたので、それを逃がさないと思い、小波の指を触れた。いつしか遠慮がちに近づいてきてくれてたけど。
「あ・・・・」
ため息のように聞こえたが、触れることによって小波が考えていることが手に取って分かる。再び沈黙はするが、今度は温かい時間だ。言葉は交わさなくともこの温もりだけで伝わってくる。これだけでも俺と小波の気持ちが同じというのが分かる。
「小波・・・・」
「ご主人様・・・」
二人の指は重なるがここで邪魔者が発生した。跳ねたような魚が来たのだ。
「なんだ、魚か」
「鱒、でしょうか」
「良く分かるな」
「野営中、川魚は貴重な食料になりますので」
「食べられる物と食べられない物が判断できるのは凄いと思うな。小波にとっては基本中の基本なのかもしれないけど」
「・・・(コクッ)」
「鱒ねぇ。採りたてならきっとおいしいだろうな」
「ご所望とあれば・・・・」
小波が苦無を抜こうとする。
「別に今食べたいわけじゃないからいいって」
「そうでしたか」
ほんとに忠義が篤いというか、素直だな。
「今度は一緒に食べような」
「は、はい」
鱒のおかげで雰囲気はいい方に向いたようだ。水の精霊も雰囲気をよくしてくれたみたいだし。
「この国は自然の恵みの豊かなところですね。山にも川にも生気が満ち溢れています」
「ああ」
俺は頷く。確かに水もきれいだし、地には食い物も採れる。風は気持ちいいくらいに良い風だしな。なのに人は戦をしているから、勿体ない話だ。
「そういえばさ・・・」
「はい」
「さっきは何をしていたの?」
「べ、別に何もしていません」
目をそらす小波だが、分かりやすいな。
「ただ、ぼんやりと川を眺めていただけで・・・・」
「笑う練習をしてたろ?」
「ど、ど、どうしてそれをっ!?」
「これで見てたからな」
取り出す望遠鏡をしばらく小波に見せてからしまうけど。
「あうあうあう・・・・」
みるみる紅潮していく小波の顔。望遠鏡で覗かなくとも何となく分かるけどね。小波の反応で確信したけど。
「わ、笑ってみせろとの・・・・ご命令でしたので」
「あれは命令じゃないぞ」
「ご主人様が見たいとおっしゃれば、それは自分にとっては命令も同じなのです」
「まだまだ固いなぁ」
「・・・・すみません」
別に謝ることはないんだけどな。
「で、練習の成果は出たの?」
「・・・・頂いた木彫りのようには上手に笑えません」
木彫りとは、御所での戦の褒美にと、俺が木っ端を削って作った小波の似顔のことだ。
「笑顔に上手下手は関係ないと思うんだけどな」
「関係はあります。・・・・自分は下手です」
「そういうもんなのかねー」
「・・・(コクッ)」
「じゃ、俺に見せてくれる?」
「えっ、今ですか!?」
「うむ。今」
「じ、自分の術は未熟ゆえ、まだご主人様にお見せ出来るものではっ!」
「笑顔は術じゃないぞ。難しく考えすぎだ、自然でいいんだよ」
「う、ううう・・・。ほ、本当に期待せずにご覧下さいませ?」
「大丈夫だから、やってみろ!」
「で、では参ります!」
「お、おう」
「に・・・・にこっ。い、いかがでしょうか?」
「いい笑顔だと思うぞ」
俺は笑顔が上手い下手は関係ないとは言ったがここまで下手な笑顔は初めて見た。まるであいつだな。
「まあその調子でいけばいいけど、その笑みの練習をしたいのであれば俺や他の者を頼れ。その方がいいかもしれないぞ」
「他の者ですか?」
「ああ。俺ではなく、例えば一真隊の者たちとかな。異性より同性の方がいいと思うが」
「そうしてみます。あとは自分が心が冷たいのかもしれません」
何を言い出すんだか。
「小波は人一倍感情豊かだと思うが」
心の冷たい人間が笑顔の作り方ひとつで、こんなに一喜一憂するわけないし。
「でも現実にはこうして顔を引き攣らせているだけで・・・・」
「違うよ。心を表に出せないだけだろうに。それとただ慣れてないだけだ」
代々「草」の家で、そういう風に育てられてきたのだから仕方がない。いつもヘラヘラしている忍者もどうかと思うし。
「木彫りの自分はこのように楽しげに笑っているというのに・・・・」
木彫りを懐から取り出し、悲しげに見つめる小波。
「それは俺が想像で彫ったもんだし、大袈裟にしてるところもあるし」
「ご主人様が見たいとおっしゃる笑顔とは、この木彫りのようにおおらかな笑顔ではないのですか?」
「木彫りの真似をしてまで笑えという意味ではない。小波の自然な笑顔が見たいんだよ。木彫りはあくまで小波に似せたものだし、今ここにいる小波自身が本物だ。小波が心から笑えたらそれが正解なんだと思うよ」
「ですが・・・・自分の中に笑顔が見つからないのです」
「時間をかけると自然にできるからな。焦るな、ゆっくりと見つければいいのさ」
で、しばらくしたら、また空気の読まない鱒がいたので生け捕りにしてから、こいつを食った。しばらく一人にしたいと言った小波は少し離れたけど。
「(胸が痛い・・・。でもご主人様のそばにいたい。もっと笑いたい。もっと褒めてもらいたい。今は余計な詮索はしないでおこう。ご主人様のために出来ることだけを考えよう。それが今の自分の幸せなのだから。好きですよ、ご主人様)」
そのあと聞こえたので、俺は結界を張りシてしまったけど。嫌がっている様子はなかったし。これで小波もやっと正直な気持ちを聞けたわけだし。そのあとは浄化をしてから、小波と話していたのであった。
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