戦国†恋姫~黒衣の人間宿神~
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
十八章
今の越後×夜の悩み相談
「よう、お前ら」
「一真様」
「一真。一真は正しいことをしたの、それにここにいる武士たちを片づけても何も変わらないの。でもね、一真は冥界の神として裁いたの。そして、残りの武士に言ったの。城にいる者たちへの警告を。でもあの状況を伝えても、上は知らんぷりなの。それが今の越後なの」
「・・・・・・おかしいです。でも一真様のあの姿になったお陰で、綾那の怒りは収まったですけど」
「今の越後だけがそうなのではないというのは重々承知している。だがな、俺の目の前で命を散らした者を裁くのも俺の仕事であり、綾那の仕事ではない。それにな、俺達がすることはここの情報を集めることだ。目の前で命を散らかした下種に怒りをぶつけると、任務は失敗する。あんな奴らがいない越後にするためなんだから、その怒りは戦までにとっておけ」
「一真様・・・・。すると小波はいつもこんなのを見ているからですか?」
「・・・・おそらくね。諜報任務は感情的になると失敗の確率が上がる。だから、小波は俺と知り合う前はあんなの冷たい目線ではあったけどな」
様々な場所に行くとなれば、こういうことも起きることはよくあるのだろう。
「そうですか・・・・。一真様や小波は、凄いですね」
綾那なりに考えが纏ったのか、理解をして納得はできなくとも、何とか飲み込んだのであろう。
「鞠様も凄いです」
「・・・・綾那も凄いの」
といいながら、二人の間に入って手を繋ぎ、宿に戻った。小波が戻ってきたのは、俺達よりもだいぶ遅い時間になってたけど。
「ご主人様。ただいま戻りました」
「ご苦労。無事で何よりだ」
座布団とお茶を勧めながらも、俺も隣の座布団に腰を下ろす。傍らには、鞠と綾那も、真剣な面持ちで座っている。
「どうかなさいましたか?」
「ちょっとな。それより報告を聞こうか」
「はい。物資の流れについてですが、すでに座に所属する商人たちが、城中への物資搬入に面従腹背の姿勢を取っているようです」
「物資搬入に面従腹背ってどういうことです?」
「米、武器弾薬、味噌や塩などの調味料、油などの物資に至るまで、必要とされる半分ほどしか供出せず、それも質の悪い物しか納めていないとのこと」
「供出・・・・?お召し上げなのです?」
もしかして、無料で差し出せということか?
「その通りです」
「最悪だな、それは。金がないから無料で差し出せとか」
「どうも、越後の青芋を一手に取り扱う青芋座を無理矢理押さえようとしたようで・・・・。そのまま、青芋座は美空様の勢力圏である魚津に逃げ延びたそうです」
青芋って確か越後の一大収入源のはず。美空の信頼感は半端がないようだ。
「それで、他の座もそっぽ向いちゃったの?」
「その通りです。商人の情報網は、自分たちとは比べものになりませんから」
青芋座がいなくなって、明日は我が身と思ったのだろう。武士以上にフットワークの軽い商人たちなら、さもありなんということだ。
「で、お金がなくて矢銭も物資も召し上げです?んー、おバカな連中なのです」
「自分から敵を作るようなもんだ。だから、城の頭もバカなのだろうな」
金がないからタダで召し上げようとするから、信用性がなくなる。信用がないともっとお金がなくなる。ちょっとした自己破産みたいな感じだな。そもそも経済を敵に回すとどうなるか分かっていないのだろう。だから美空は姉のことを無能だとか言ってたけど、少し納得がいくくらい無能だよな。
「膝元の住民達もそっぽを向き、座の連中もそっぽを向いている。どこかで見たことがある光景だな」
「どこかで同じ事あったです?」
「うむ。随分前に美濃でな」
まだ久遠が美濃を治める前のときは、あのバカ龍興を、商人も、町人も皆、冷たい目で見てたからな。
その雰囲気が伝わって、詩乃を筆頭に内応が続出してから、堅城と言われた稲葉山城もあっけなく落ちたもんな。
「・・・・小波から見て、この町はどう見る?」
「将は些細な事にも荒ぶり、おかげで兵や民の間では不安が広がっています。・・・・今日だけで切り捨てを二件、些細な事で引き立てられる者を三件見ました」
「そんなに・・・・」
「ただ、兵や民たちからの噂がこの宿に帰る前に聞きました。この町に閻魔と名乗る者とその僕となる死神が現れたと。そして、その閻魔は切り捨てをした者を黄泉路に送ったとのことで、民たちからは不安半分安心半分とのこと」
もう噂が広がったのか。まあ、あの場にいたらそうなるよな。
「・・・・小波もそれを見て、我慢したですか?」
「その者達の排除するのは簡単ですが、末端を潰しても意味がありません。それにここで騒ぎを起こすのは、ご主人様の意に背く事になりますから」
小波は淡々と語っているけれど、自分を納得させるのにどんな葛藤があったのか。
「やっぱり、小波は凄いのです」
「・・・・当たり前の事をしているだけです。ご主人様の明日のご予定は?」
「もう少し芸をしながら、町の様子を見る。もう少し様子見だ」
目の前で切り捨てがあったら、また俺の登場だが、しないだろうな。この町に閻魔と死神が現れたのだから、切り捨てをした者は即刻地獄に落ちることを。それが無くなるのなら、この先の未来で世の中が切り捨てで命が消えるのは阻止したいね。
「承知しました」
「とりあえず皆でご飯を食べてから、早く寝よう。小波は宿の人がお湯を支度してくれるから、後で使わせてもらえ」
「ありがとうございます」
いよいよ明日で三日目だ。調査も大詰めだろう。ころが調べているときでも、小型偵察機で調べているだろうし。黒鮫隊が。俺達で調べられるのは、出来るだけ調べておきたいな。ご飯を食い終わったあとに俺は空を船に戻ると言ってから、風呂に入る。そして、偵察機や調べてくれたことを報告書で見たあとに宿に戻ってきた。そしたら。俺達の部屋の障子が開いていた。そこに座っていたのは鞠だった。
「鞠、どうした?」
「あ・・・一真。戻ってきたの?」
「うむ。どうした、寝られないのか?」
「・・・・・・・」
俺の問いに、鞠は静かに笑うだけ。でもその笑みは、いつもの笑みではなかった。どこか胸の奥で締め付けられるような感じであった。
「・・・・・・・」
いつもとは違う様子で、夜空を見上げていた。俺は鞠が座っているところに座る。俺と鞠は黙ったままだったけど。
「なんだかね・・・・」
まるで独り言のような感じで、小さな声で紡ぐ。
「昔の事、考えていたの」
普段と変わらずの声音だが、少し悲しみが入ったようなものだった。
「昔というと、駿河にいた頃か?」
「・・・・・・・・うん」
小さく頷く鞠に、俺は質問をする。
「どんなことを思い出していた?」
「独立しちゃった葵ちゃんのこととか、東の北条のお姉ちゃんの事とか。信虎おばさんの事とか・・・・」
相模と駿河は同盟をしていたんだったな。鞠は、北条と面識あるんだったな。
「お母さんがいなくなって、でも駿河を守らなきゃって思って、その事だけを考えていたけど・・・・気が付いたらみんな。鞠の側からいなくなってたの・・・・。鞠、おかしいの?」
「昼間、綾那が言った事なら、気にしなくていいんだよ。それに俺の部下も来てくれたのだから」
「あのね。綾那の目、鞠から離れていった皆と同じだったの・・・・。一真が何とかしてくれたから、綾那とも仲直りできたけど・・・・。一真がいなかったら、綾那も鞠から離れていっちゃった気がするの。どこで間違ったのかなーとか、どうしてダメだったのかなーって。・・・・ずーっと考えても分かんないから、鞠がおかしいのかなって思ったの」
それで、落ち込むような感じだったのか。鞠もこんな想いを抱えていたのか。
「でもな・・・・・」
「うん・・・・・」
「俺は駿河にいた頃の鞠を知らんから、今の鞠のことしか言えんが、鞠は駿河でも、一番正しいと思って行動をしたんだろう?鞠が出来る全力で」
「・・・・うん」
ふむ。鞠の守護者から聞くにそういうことらしいな。
「だったら、それは間違っていない。おかしい事なんて何もない。人間の道はな、枝分かれしているんだ。他人にとっては、正しくないのかもしれないけど、自分や家臣や仲間にとっては正しい事だと思い続けたことだ。同じ道でも踏み外す者もいるだろう」
「・・・うん。今は、綾那の気持ちを分かるの。一真のやりたい事がなかったら、きっと鞠も綾那と同じ事をしていたの。綾那のした事は間違いだけど、間違っていないの。一真が人の姿じゃなくて神の姿になったお陰で綾那も鞠も気持ちが抑えたの。一真なら正しいことをするためにあの姿になったんだろうって」
まあ、俺の目の前であんなことがあっても、俺は動かないだろう。でも、あのときは小さな命を散らした綾那の怒りを代弁したからに過ぎない。今度もあんなことが起こったとしても、大閻魔化になって死神を呼ばないだろう。呼ばなくても勝手に死ぬ運命にはあると思うし。
「駿河にいた頃の鞠は、それが分からなかったのかな」
「たぶん、そうなのかもな」
それでも鞠がしてきた行動には意味があったのだと思う。人の行動と言うのは必ず意味があることだ。
行動したあとには、後悔をするのかは、それも人の道の一つだ。意味なんてないなんてことはないはずだし。
「でもな、今の鞠なら、それが分かっているんだろ?」
「うん。まだ全部は分からないけど、ちょっとずつ分かってきてる気がするの」
「ならばそれで良い。落としてきた物は、一つずつ拾って、なんだったのかを確かめればよいのさ。だから、答えを一緒に探せばいこうよ」
「一緒に・・・・・」
「あのとき、桐琴が言った。『お主が信じる道を行けば良い。それが正しいと思うのなら、ワシらはついていく。間違っているならば、喧嘩をしてでも止める』とな。仲間っというのはそういうものだ。主がおかしなことがあれば、進言をして正しきところに進ませる。鞠も俺がおかしいと思ったら言ってくれ」
「一真にもあるの?そんなこと」
「神でもな、間違いは起こる事なんだよ。それを間違いだと進言するのは俺を主だと言ってくれる神たち。それに悩む事もあるさ。何かがおかしいのか、ちゃんと教えてくれたら話すさ」
「うん・・・・っ」
主語無しで話すと分からないが、ちゃんとした筋道で話してくれたら理解する。たぶん、駿河にいた頃の鞠はこうやって話してくれた人が少なかったのだと思う。だから鞠も、お互いの視点がズレて気付かなかったのだろうな。それが重なったのか限界を超えてるからこそ、今の鞠は駿河から離れたこんな所で静かに月を見上げていたンだと思うんだな。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・へへ」
鞠の口から漏れたのは、ホッとしたような感じだけど、どこか力のない笑みだった。
「あのね。・・・・一真にね、聞いてもらえて良かったの」
「そりゃそうだろうな。上司は部下の悩み相談を聞く立場でもある。それに今の鞠は俺の部下、鞠の悩みを聞くのは当たり前じゃないのか?」
「そうなの。あのね、さっきまであったモヤモヤしてたのが、聞いてもらえたからなのか消えて無くなったの」
俺にはまだあるように思えたが、先程より鞠の表情は明るくなっていた。
「これって、一真とたくさんお話したから?」
「ああ。俺はそう思うよ。・・・・そのおかげで鞠の事がもっと知れたのだから」
こういう悩み相談で軽くなるなら安いもんだ。それに部下の知らないところは本人が言うまで、無理やりには聞かない。
「鞠。いつまでも夜風に当たっていると、風邪をひくぞ」
「あぅ、そうなの。さっきからちょっと寒いの」
「明日も鞠の力は必要なことだ。今日は一緒に寝よう」
「うんっ!」
用意されていた布団に入る前に寝間着に着替えたあとに、掛布団をめくる。そうすると鞠は障子をそっと閉めて、そこに入るようにするりと飛び込んできた。
「えへへぇ・・・・」
胸元からひょっこりと覗く顔は、さっきまでの寂しそうな笑みではない。幸せになりそうな満面の笑みであった。
「一真の身体、あったかいの」
そりゃそうだろうよ、神の力で少し暖かくしてあるから。そして俺の体に回るのは、鞠の小さなか細い手足。
「暑い?ちょうどいい?あと寝づらくない?」
「ちょうどいいの。あと今日はこういう気分なの♪・・・・だめ?」
「ダメとは言ってないだろうに。ゆっくりお休み」
理由がなくても甘えてくるのなら俺は嬉しい。
「えへへ。おやすみなさぁい」
「おやすみ、お姫様」
幸せな温もりを感じながら、俺は鞠を抱いたまま寝た。綾那も爆睡中で、小波も屋根裏で寝ていたけど。
ページ上へ戻る